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心のたねを言の葉として

安倍晋三の死           関川宗英

2022-07-22 04:07:34 | 安倍晋三

安倍晋三の死           関川宗英



1 安倍晋三の死

 安倍晋三元首相が2022年7月8日、死去した。67歳だった。奈良市で参院選の街頭演説中に銃で撃たれたためだ。犯人の山上徹也容疑者(41)は、その場で逮捕された。

 安倍晋三は2006~07年と12~20年の2度にわたり首相を務め、通算の在任日数は3188日で憲政史上最も長かった。

 メディアは安倍晋三の功績を称え、家族葬のはずの葬儀会場付近にあふれる人々の姿をTV映像に映し出す。

 岸田内閣は国葬の実施を決定した。国葬が実施されるとなれば、吉田茂に続いて二人目となる。

 しかし安倍晋三ほど、言葉を弄び、法治国家の基礎をないがしろにした首相はいない。国会では何度も嘘をつき、質問中の野党議員に「ニッキョウソ」とヤジを飛ばす男だった。

 安倍は、日本の構造的な権力のトップに長く君臨し、二度の突然の首相退陣後も影響力を発揮した。「森友」「加計」「桜を見る会」など様々な疑惑にまみれながら、集団的自衛権の憲法解釈変更、安保法制、秘密保護法など、自ら「国民に不人気」と語った政策を強行に進めた。

 「米国の若者が日本のために血を流すのに日本は流さない」と日米同盟の強化を強調し、戦後レジームからの脱却を唱え続けた。それは世界の大国に伍して、日本が戦場に立つことを意味している。

 

 安倍銃撃事件の後、統一教会との関係が取りざたされているが、安倍の汚点がまた明らかになる。日本をダメにした首相の筆頭として、安倍晋三は後世の歴史に刻まれるだろう。



 

2 権力に近いレイプ犯

 

 日本の権力構造がいかに腐敗しているか、それは一つの事件を追うだけでも見えてくる。

 

 安倍銃撃後の7月10日、フランスのフィガロ紙は、銃撃事件に関する記事の中で「日本の警察は、権力に近いレイプ犯の起訴を止めたことで有名な中村格氏が現在トップを務めている」と報道した。

 「権力に近いレイプ犯」とは、元TBSワシントン支局長、山口敬之のことだ。 




 山口敬之のレイプ事件は、2015年4月3日に起きた。ジャーナリストの伊藤詩織さんをホテルに連れ込み、レイプしたというものだ。

 その事件から7年、なんと安倍晋三銃撃事件の前日の7月7日、最高裁は山口の上告を退けている。山口敬之のレイプは認定された。



最高裁 伊藤詩織さんの性的被害認め 賠償命じる判決確定

2022年7月8日 NHK 

 

ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者の山口敬之さんに性的暴行を受けたと訴えた裁判で、最高裁判所は双方の上告を退ける決定をし、山口さんに330万円余りの賠償を命じるなどした判決が確定しました。

ジャーナリストの伊藤詩織さんは7年前、元TBS記者の山口敬之さんとの食事で酒に酔って意識を失い、性的暴行を受けたとして賠償を求めました。

山口さんは同意があったと主張して争っていましたが、2審の東京高等裁判所は「伊藤さんの供述は具体的で一貫しており、信用できる。同意がないのに性行為を行ったと認めるのが相当だ」と指摘し、1審に続いて伊藤さんの訴えを認め、330万円余りの賠償を命じました。

一方、事実と異なる内容を公表され名誉を傷つけられたという山口さんの訴えについては、1審は退けましたが、2審は「記者会見や著書の内容のうち、食事中にデートレイプドラッグを飲まされたという部分は的確な証拠がなく、真実とはいえない」と一部認め、伊藤さんにも55万円の賠償を命じました。

これについて双方が不服として上告していましたが、最高裁判所第1小法廷の山口厚裁判長は、8日までに退ける決定をし、2審の判決が確定しました。

 

伊藤さんの会見 #MeToo 性被害をめぐる議論のきっかけに

伊藤詩織さんは被害について告訴しましたが、東京地方検察庁は嫌疑不十分で不起訴としました。

これについて伊藤さんは2017年、検察審査会に不服を申し立てるとともに、顔や名前を明らかにして記者会見を開き、性被害にあったと訴えました。

確定した2審の判決は、伊藤さんが被害を公表したことについて「性犯罪の被害にあった女性が泣き寝入りせざるをえない状況を憂慮し、これを改めるきっかけにしたいという目的で、公益を図るためだった」と認定しています。

伊藤さんの会見は「#MeToo」の動きが世界で広がる中で注目を集め、日本での性被害をめぐる議論のきっかけにもなりました。

刑事事件については、その後、検察審査会が不起訴が相当だと議決しています。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220708/k10013708631000.html




 引用したNHKの記事では、「ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者の山口敬之さんに性的暴行を受けたと訴えた裁判」について大まかな過程が紹介されているが、大事な点が抜けている。それは、事件後の警察の動きだ。警察は山口を逮捕しようとしていたが、逮捕中止の命令が警察の上層部からかかったという特異な経緯だ。

 性的暴行を受けた後の5月30日、伊藤詩織さんは警察に出向き、準強姦容疑で被害届を出した。

 2015年6月8日、高輪署の捜査員は山口敬之の逮捕状を取り、成田空港で帰国する山口敬之を逮捕するために待ち構えていた。しかしその逮捕執行の直前、「警視庁幹部の指示」により、山口の逮捕は見送られたという。

 ストップをかけたのは、当時の警視庁刑事部長中村格だった。中村格は、週刊新潮のインタビューに「私が決裁した」と明確に述べている。

 その後準強姦容疑の山口敬之は書類送検されるが、2016年7月22日、東京地方検察庁は嫌疑不十分で、不起訴処分とした。

 それから約一年後の2017年5月、伊藤詩織さんは検察審査会に「不服申し立て」をするが、4か月後に検察審査会は「不起訴相当」を議決する。

 そして2017年9月22日、伊藤詩織さんは慰謝料など1100万円の損害賠償を求める訴えを起こしたのだ。以上のような特異な経緯は見過ごせない。


© 時事通信 提供 伊藤詩織さん(EPA時事)

 

 <レイプ事件から最高裁の判断までの流れ>

2015.4.3  レイプ事件

2015.4.30  伊藤詩織さん準強姦容疑で被害届提出

2015.6.8  高輪署捜査員が山口敬之を逮捕しようと動き出すが、警視庁刑事部長中村格がストップをかける

2015.8.26     山口敬之、準強姦容疑で書類送検

2016.7.22   東京地方検察庁、山口を嫌疑不十分で不起訴処分

2017.5.29   検察審査会に不服申し立て

2017.9.21   検察審査会、不起訴相当

2017.9.28   性的暴行による損害賠償を提訴

2019.12.18 一審の東京地裁は、伊藤詩織さんの訴えを認め、山口に330万円の賠償金

2022.1.25   二審の東京高裁も、一審を追認、山口に332万円の賠償金

       山口の訴えも一部認められ、伊藤詩織さんに55万円の支払いを命じた

2022.7.7  最高裁は山口の上告を認めず、二審の判決が確定する





 

3 メディアの支配 司法の関与

 

 山口敬之は、2016年6月、『総理』を出版している。出版社は幻冬舎、以下はその本のコピーである。

 

 そのとき安倍は、麻生は、菅は――綿密な取材で生々しく再現されるそれぞれの決断。迫真のリアリティで描く、政権中枢の人間ドラマ。

 

 『総理』の出版は、参議院選挙の直前だった。




 安倍晋三と幻冬舎といえば、2012年に出された『約束の日 安倍晋三試論』(小川榮太郎)が思い出される。第二次安倍内閣が生まれる直前に出版された本だ。安倍首相の地元の政治団体が大量に購入したと話題になった。

 「自民党山口県第4選挙区支部」は2013年1月24日、紀伊國屋書店新宿本店で『約束の日』2000冊を315万円で買っている。これは政治資金収支報告書に添付された領収書でわかる。また、安倍首相の東京の政治団体「晋和会」の2012年の政治資金収支報告書からは、例年になく書籍代が760万円を超えていることが確認できる。

 この大量買いのせいなのか、『約束の日』は紀伊國屋書店、丸善書店、リブロなど都内有力書店で売り上げ1位となった。今度はそれを、幻冬舎がニュースとして振りまく。安倍晋三と幻冬舎の見城徹社長の親密さは有名だそうだが、2012年のベストセラー『約束の日』誕生にはこのような裏話があった。

 2016年の『総理』出版の際にも、参院選前の話題づくりのために同じような工作があったかもしれない。

 

 2018年1月30日、衆院予算委で当時の安倍首相は、山口敬之との関係を問われ、「週刊誌報道を基に質問するな」と色をなして牽制した後、「私の番記者だったから取材を受けたことはある。それ以上でも以下でもない」と答弁している。

 しかし、山口は安倍晋三に最も近い記者と言われ、テレビ朝日、フジテレビなどのテレビ番組やラジオ等に出演して安倍政権の露骨な提灯持ちを繰り返した。山口敬之ような男は、メディアを支配しプロパガンダを推進するためになくてはならない存在だったに違いない。

 

 ここで一つ気になるのが、準強姦容疑で書類送検されていたその渦中で、『総理』が出版されていることだ。『総理』出版後に、山口敬之が起訴となれば、政権のダメージは大きかっただろう。

 しかし時代の波は安倍晋三にあった。それを見透かしていたかのように、安倍晋三は政局を自分のものにしていく。山口敬之の不起訴処分もシナリオ通りの展開だったのか。

 

 2016年7月10日の参議院選挙で自民党は圧勝、改憲勢力は三分の二を超えた。

 

 参院選後の2016年7月22日、東京地方検察庁は山口敬之について「嫌疑不十分で不起訴処分」と発表した。

 その後2017年5月、伊藤詩織さんは検察審査会に不服申し立てをするが、同年9月、検察審査会は「不起訴相当」を議決している。

 

 安倍政権時、地検の「不起訴処分」、検察審査会の「不起訴相当」は他にもある。甘利明の現金授受問題、小渕優子の政治資金事件も「不起訴」となっており、真相は解明されないままだ。

 

 司法への官邸の関与は明らかだ。2020年、当時の黒川東京高検検事長を検事総長にするために、安倍晋三内閣は国家公務員法を変えて、黒川検事長の定年延長を図ろうとしたことは記憶に新しい。

 時の政権の意向に沿って、司法も動いている現実が今の日本にはある。



 そんな権力構造に立ち向かうように、2017年9月22日、伊藤詩織さんは山口敬之を提訴する。

 それから5年、山口敬之の有罪が確定した。二十代半ばだった伊藤詩織さんがレイプされてから、7年が過ぎていた。




4 日本の構造的な問題

 

 伊藤詩織さんは2022年1月25日の二審東京高裁の勝利判決の後、記者会見で次のように語った。

検察審査会で不起訴不当を訴えて5年。性被害を語る風潮は珍しいとされたが、『#MeToo』運動が始まり、大きな流れを感じた。不同意の性交が、法で裁かれる世がくるのを信じている。 

 この記者会見は、2017年5月の裁判開始の頃のことから始まっている。裁判の当初は、なぜ性暴力の被害者本人が声を上げるのかといった驚きの報道が多かった。なぜ性暴力の刑法改正を訴えるのか、その社会的背景など伝えるメディアは少なかったという。

 

 伊藤詩織さんの裁判が始まった2017年は、性犯罪に関する刑法が大幅に改正された年である。

 「強姦罪」は「強制性交等罪」と名称が変わり、最も短い刑の期間は3年から5年に引き上げられた。従来は被害者は「女性のみ」が対象となっていたが、被害者の性別を問わなくなった。つまり男性に対する性被害も扱われることになった。

 改正は1907年(明治40年)の制定以降初めてで、実に110年ぶりのことだ。

 

 また2017年は、#MeToo運動が起きた年でもある。普段隠されてしまいがちな性的被害問題を訴えることで、団結して立ち上がろうという動きだ。アメリカで活躍する歌手・女優のアリッサ・ミラノさんの「セクハラや暴力を受けた場合は、このツイートへの返信として「私も」と書いてください。」というツイートがきっかけで始まり、世界中に広まった。

 

 提訴から5年、性犯罪の刑法改正がなされ、#MeToo運動が広がるなど、隠匿されがちだった性暴力の被害を訴える声は大きくなっている。しかし不同意の性交などまだ不十分な点がある、それがきちんと法で裁かれることを信じていると語った伊藤詩織さんの言葉は重い。



 記者会見では、東京新聞の望月衣塑子記者が次のように質問する。

 中村格は山口敬之について、安倍晋三に近い記者だったなどということは知らなかったと述べている、しかし山口が記者クラブに登録されており、言論の自由などの問題もある中その逮捕は慎重でなければならない、だから逮捕を止めたという。一般人なら強姦容疑で逮捕され、記者クラブだとその執行を止められる、その決断が刑事部長一人の判断で行われる、このようなメディアと権力の問題をどう思うか。

 

 これに対して伊藤詩織さんは次のように答えた。

 中村格が山口敬之の逮捕を止めたことは週刊新潮で公となった。しかしその後、後追いの報道はほとんどなかった。メディアは今このことをどう考えているのか。そして、なぜ逮捕をやめたのか、刑事部長一人の判断でそんなことができるのか、警察はきちんと説明するべきだ。性暴力、ハラスメントのような問題が起きるとき、必ずそこにはパワー関係が介在している。それは権力かもしれない、年齢かもしれない、上司かもしれない。そういったパワー関係、構造の問題をメディアとしてどう取り扱っていくのか。

 

 山口敬之のレイプ事件は、ワシントンと東京を往復しながら活躍する報道記者とジャーナリスト志望の女性との間で起きたことだが、単なるスキャンダルではない。この男のレイプ事件は、男が女を支配する、権力のある者が下の者を従わせる、事件の決着は上の者が決める、下の者は上の者に忖度して問題が表沙汰にならないようにする、そんな日本の腐敗、構造的な問題を露わにした。



 山口の逮捕にストップをかけた中村格はその後出世し、2021年9月、警察庁長官になっている。

 官邸は、警察の人事を握り、司法を操り、マスコミを巧みに利用して権力の伸張を実現してきた。

 その権力構造の頂点にいたのが、安倍晋三である。

 安倍晋三の国葬など、絶対に認められない。

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