鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

8月25日、北京五輪は閉幕した。

2008-08-25 10:49:34 | 直言!
日本と中国の時差は1時間という。日本のテレビ中継は9時だが中国は8時と言っている。夜の11時まで3時間の閉会式になった。
あっと驚かせるマスゲーム的な太鼓に踊り、日本の国でもこんなことができるだろうか。日本の学校教育の中でこんなことをするとモンスターペアレントといわれる保護者がでてきて「うちの子は同じことをさせません。強制的にさせるのは人権侵害です」というだろう。
どこかの国だったらその人は即に拘束されるだろう。
日本は発言が自由である。
こちらから言えば人権侵害になりこちらかに言えばモンスターペアレントになる。また一方から言うと協調性の教育の取り組みになる。
なんとややこしい国、日本になったものだ。
そんなことを思いながら見ていた。
相当な訓練が行われたことだろう。
「何でもオリンピックのため」とまわりは気迫をつけていたのだろう。
日本の東京オリンピックの時は私は19歳、まだまだ普通の若い女性で政治のことは韓国のことも北朝鮮のことも日本のことも知らなかった。
テレビから流れるオリンピックの歌に田舎に住んでいた私も東京はオリンピックが開かれているのだと思っていた。
在日韓国人の新聞記者になって当時の韓国選手団の来日の舞台裏を聞いた。
1964年、まだ韓国と日本が国交正常化していなかった。
複雑な中で迎える選手たち、当時は北朝鮮支持者の朝鮮総連が活発な時期で韓国選手団の来日の反対した。民団と朝鮮総連との熾烈な戦いの中にいた。
そして何より韓国経済が復興していなかった。6・25動乱といわれる朝鮮動乱からまだ立ちなおっていなかった。
選手団の訪日の費用、国も大変だったという。そこで民団(在日本大韓民国居留民団)の関係者ら経済人が来日費用と宿泊費用等の支援をして東京オリンピックに出場させたと1世からの談話で知った。
1965年、韓日国交は正常化した。
1世たちは故郷に帰った。故郷につぎ込んだ支援は計り知れない。2世はそんな親の背中を見て育った。子どもにするより先に故郷に支援してきた。
2世はこんな親の背中に日本で生きる社会構築を重点にしながらも民団組織にも寄与してきた。
この集約がソウルオリンピック開催だった。在日韓国人の金融機関は日本全国を回って資金を集めた。その資金は韓国に寄与された。
そして民団組織も傘下団体を含めて寄付金を募った。
この当時、筆者は在日韓国人の新聞社で記者をしていたので覚えている。
慶州市の公園の中にあるトイレは民団婦人会がしたものである。
他にもトイレ施設を設置して寄与してきた。
その金額は8億円と言われている。
この時の韓国のスポーツ選手は自信をつけてどんどん伸びてきた。
ソウル五輪から20年後の北京五輪、日本よりたくさんのメダルを獲得した。
日本の選手もよくした。
日本の指導は世界に誇れるものがあるのはマラソンで実証した。ケニア国から出場した選手は日本の高校に留学していたという。

何かが足りない日本の選手たち、もちろん金メダルをとった選手もいる。銀・銅メダルもいる。しかし日本の選手に何がたりないと思っているのは私だけだろうか。日本で生まれて育った在日コリアンは日本の選手も応援している。これが普通の感情である。

北京五輪の閉幕式、感動するところはたくさんあった。
機械化されたマスゲーム、この訓練に頭が下がった。日本はこんなことをするのに大変だろうと思って見ていた。
協調できない若者が増えている。協調することからはじめなければならないが日本の民主主義は何を発言しても自由なので何を基準にして若者たちを育成していくのか。頭の痛いところである。
昨日、遅くまで閉会式を見ていたので眠たい。

しかし朝から電話確認の仕事と取材要請の電話をした。メールの受信の返信などをしていた。そしてネットの原稿も1本セットアップした。
時計は10時半をまわった。休憩をしょう。
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