日本の風習では行われている。
韓国は7日が旧正月で7日を挟んで3日は休みである。もう金曜日あたりから日本にきている留学生たちは韓国に帰国したりしているのだろうか。
先日、高校時代の女友達と会ったときに1人が「明日は節分や。太巻き作らなあかん」と言った。それで私も思いだした。私も「明日は買わないとあかんわ」といっていた。1人は帰化したけれど在日韓国人「そんなこと何も気にしてへんわ」と言ったが「うちはだんなが太巻きをかじるのを毎年楽しみにしているので買っている」と言った。
在日コリアンも様々な生き方がである。
私と2人だけになると自分の親のことも話すのに日本人の同級生がいると在日コリアンのことは話さない。それが韓国のドラマや俳優には夢中になって日本人の同級生に話している。私は心の中ではしらけているが在日コリアンの生き様が幾通りもあるのだと思うことにしている。
こんな話を家ですると夫は「在日の親は子どもに何も教えていないんや」と私の父親に感謝しなきやいけないというが子どものころの父親はこれでも好きになれなかった。けれど大人になって思う。「在日朝鮮人は日本の歴史がつくったもの。国籍を隠していきることはしたらあかん。堂々と生きたらいい」と子どもたちには在日同胞の渡日史を教えて本貫も教えて記憶のあるものは話してくれた。子どものころはうっとおしいと思ったが今は感謝している。
在日韓国人の同級生を見ていると日本社会で繕って自分を隠して生きていることは「辛いのか」「喜びなのか」とふと考えてしまった。
他の同級生の1人が私のことに気遣ってくれて奈良で会うようにしているのでこの気持ちを大事にしないといけないと他の同級生と話していると楽しいので気持ちが穏やかになる。
昨日は大阪府内公立学校の民族学級で学ぶ子どもたちのカルタ大会があった。ハングルのカルタ大会である。
弁論大会合わせて100人近い子どもたちが参加。19チームの白熱したカルタ取り、楽しんで遊びながら民族の文化を学ぶ。日本国籍になった子どもも本名使う。そうでなかったら名前を本名読みで使っている。
そして子どもたちは活き活きしている。見ているとうらやましい。いずれそのカルタ取りの様子をまたお知らせしたい。
この子たちの取り組みに感動しているのは保護者や1世たち「孫が本名で書ける。読める。それもすらすらと読める。孫たちはいい時代に生まれた。この子たちは幸せ者です」と目を細めて見ている。
優勝できなくて準優勝になったチーム。「負けた。負けた。悔しい」とオリニ(子ども)たちは民族講師や保護者にすがって号泣している。
こんな光景を在日コリアン、自分の出自を隠し通している2世たちはどんな思いを見ることににるのだろうか。ふと在日韓国人の同級生の心を探っていた。私は隠し通すことはできない。自分をありのままに出せないというほうがもっと辛い。
昨日、私は現場に入っていた。夕方遅くなった。夫が太巻寿司を買ってくれていた。恒例の太巻きである。京都で子どものころから大人になるまで過ごしたので母親はこうした行事も大事にしてきたのだろうか。料理上手な姑だったのでたぶん子どものころに太巻きを食べさせていたのだろうか。
京都の千枚漬けも大好きである。京都の九条葱にも目がない。ときどき京都の食材を話すが目を輝かせて話している。韓国料理の食材で育っているのに京都の食材も案外好きで京都の鯖寿司も好物である。
ちょっと休憩をしよう。
韓国は7日が旧正月で7日を挟んで3日は休みである。もう金曜日あたりから日本にきている留学生たちは韓国に帰国したりしているのだろうか。
先日、高校時代の女友達と会ったときに1人が「明日は節分や。太巻き作らなあかん」と言った。それで私も思いだした。私も「明日は買わないとあかんわ」といっていた。1人は帰化したけれど在日韓国人「そんなこと何も気にしてへんわ」と言ったが「うちはだんなが太巻きをかじるのを毎年楽しみにしているので買っている」と言った。
在日コリアンも様々な生き方がである。
私と2人だけになると自分の親のことも話すのに日本人の同級生がいると在日コリアンのことは話さない。それが韓国のドラマや俳優には夢中になって日本人の同級生に話している。私は心の中ではしらけているが在日コリアンの生き様が幾通りもあるのだと思うことにしている。
こんな話を家ですると夫は「在日の親は子どもに何も教えていないんや」と私の父親に感謝しなきやいけないというが子どものころの父親はこれでも好きになれなかった。けれど大人になって思う。「在日朝鮮人は日本の歴史がつくったもの。国籍を隠していきることはしたらあかん。堂々と生きたらいい」と子どもたちには在日同胞の渡日史を教えて本貫も教えて記憶のあるものは話してくれた。子どものころはうっとおしいと思ったが今は感謝している。
在日韓国人の同級生を見ていると日本社会で繕って自分を隠して生きていることは「辛いのか」「喜びなのか」とふと考えてしまった。
他の同級生の1人が私のことに気遣ってくれて奈良で会うようにしているのでこの気持ちを大事にしないといけないと他の同級生と話していると楽しいので気持ちが穏やかになる。
昨日は大阪府内公立学校の民族学級で学ぶ子どもたちのカルタ大会があった。ハングルのカルタ大会である。
弁論大会合わせて100人近い子どもたちが参加。19チームの白熱したカルタ取り、楽しんで遊びながら民族の文化を学ぶ。日本国籍になった子どもも本名使う。そうでなかったら名前を本名読みで使っている。
そして子どもたちは活き活きしている。見ているとうらやましい。いずれそのカルタ取りの様子をまたお知らせしたい。
この子たちの取り組みに感動しているのは保護者や1世たち「孫が本名で書ける。読める。それもすらすらと読める。孫たちはいい時代に生まれた。この子たちは幸せ者です」と目を細めて見ている。
優勝できなくて準優勝になったチーム。「負けた。負けた。悔しい」とオリニ(子ども)たちは民族講師や保護者にすがって号泣している。
こんな光景を在日コリアン、自分の出自を隠し通している2世たちはどんな思いを見ることににるのだろうか。ふと在日韓国人の同級生の心を探っていた。私は隠し通すことはできない。自分をありのままに出せないというほうがもっと辛い。
昨日、私は現場に入っていた。夕方遅くなった。夫が太巻寿司を買ってくれていた。恒例の太巻きである。京都で子どものころから大人になるまで過ごしたので母親はこうした行事も大事にしてきたのだろうか。料理上手な姑だったのでたぶん子どものころに太巻きを食べさせていたのだろうか。
京都の千枚漬けも大好きである。京都の九条葱にも目がない。ときどき京都の食材を話すが目を輝かせて話している。韓国料理の食材で育っているのに京都の食材も案外好きで京都の鯖寿司も好物である。
ちょっと休憩をしよう。
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