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鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

4月29日(金)今日は「昭和の日」である。

2011-04-29 08:32:29 | 直言!
少し寒いけれど閉めるとまた暑い。
今日は仕事です。
昨日、急に入った。
編集局からの連絡で急に入った。
本当は知人と一緒に大阪のある所に訪問の予定だったが仕方がない。
仕事が優先なので仕方がない。
8時半にはパソコンを閉めて身支度をしないといけない。
明日からはまた原稿作成、4本もある。
気合を入れてしないといけない。
また連休明には連絡して取材交渉をしないといけない。
とりあえず連休の初めに仕事の原稿を仕上げて後の連休はゆっくりと過ごしたいものだ。

さきほど朝食をしながらテレビを見ていた。
会社の同僚などで食事会に行くと上司が払うとか割り勘とかというデーターを出していた。
私も若い頃は年輩の人のご相伴になった。
韓国から日本に赴任してこられている駐在職員にもよくご相伴になった。
そんな恩返しは今、私より若い人たちと食事をすると私が自分で出すようにしている。仕事関係はもちろん領収書をもらって経費で落としている。
しかし何かのサークルや女友だちとの食事会は必ず割り勘にしている。
長くお付き合いするのにはこれが1番良いことだと長いこと人生を生きてわかった。
知人との食事会やコーヒータイムはお互いに暗黙の通じるものがあって奢ったり奢られたりしている。まったく後に響いてこない。奢ってもらった後遺症が心に残らない。
けれど時と場合によっては奢ってもらうと心の負担になる。
テレビでも割り勘もデーターに出ていた。
これでいいと思っている。
出してもらうのが当たり前という人を昨年、目の前で見ることになった。
私と食事やコーヒーを飲んだ時は若い人なので私が出していた。これは何も苦にならなかった。しかしある会合で見たものは-------。その光景を3度見た。
男性が支払っている。他の人の参加者は自分のものは自分で出している。
5千万円とか500万円とか。冗談を言いながら会費を出している。
その会合に納得しているから自分で出して参加している。
グループの食事会と割り切っている。当たり前と思っている。
その時、見たものは同じところでの会合で2回、会費を払っていない。
男性が払っている。もう1回は違う会合でも男性に出させている。
日本人や在日コリアンはこんなこと絶対にしない。
日本の文化を理解している。そして人に迷惑をかけないという日本文化も体に刷り込まれている。
韓国から来ている女性、1970年前後の生まれだがいわゆるニユカマーである。日本人も在日コリアンも定年退職した人たちも会合の中では自分の参加費は出しているのに彼女は出して当たり前のように出させていた。
その光景は日本では異様だった。
そんなことに彼女は早く気がつかないといけないのに当たり前のように振舞っていた。私はその光景にいたたまれなくなった。
在日韓国人の男性に話すと「韓国の女性は男性が出すのでそれは韓国では普通だ」という。
そこで私は「ここは日本です」といいたいのをぐっとこらえた。
後に本人には言わないでそこの関係者に「男の懐をあてにして会合に来るなら参加しないで」といった。
関係者は私のいうことを理解してくれた。彼女に話したのだろう。
いっとき、彼女はブスッとしていたが、しばらくしてからは私には普通にしている。しかし私は1度、その人に私の心に鍵をかけてしまうとなかなか元通りにならない。これは私の悪い癖と思っているがなかなか心が開かない。
韓国も男尊女卑が激しくさらに家長は男性で働く女性が昔はほとんどいなかった。今は違う。高学歴の女性も増えそれなりに収入を得ている人が多くいる。
世界に向かって民主主義国家として発展している。
これからは女性も自己確立をしていくなら割り勘という食事会の仕方も取りいけていかないといけない。意識の変革が必要だろう。

この話を3年前に北朝鮮から脱北してきた男性に話した。
「チヨンさん。よくいいました。ここは日本です。そして僕らは在日です。私は北朝鮮に30年以上暮らしましたが北朝鮮の国に合いませんでした。韓国も合いません。日本に戻ってきてやはり日本が1番合っています。僕たちは『在日』です。日本で暮らしたものが身についています」と話した。
50代を越えた男性、中学時代に北朝鮮に渡ってそして脱北してこられた。
日本の産湯を使ったものは日本が故郷です。
このことを思うと同時に1世たちは日本があくまで仮住まいだったのだとまたあらためて認識している。
生前の父親は子どもの頃から私によく言っていた。
「外国に住んでいる在日朝鮮人、日本は客地だから外国人登録をするのは当たり前、指紋押捺拒否をしたらあかん」と、言い聞かせていた。
私は父親の言葉にそんなものだと思っていた。
指紋押捺運動した青年たちにこんなことを耳にすると気分が悪いかもしれないが-----。父親にすれば日本は仮住まいだった。
故郷にどれほど帰りたかっただろうか。
南北分断国家になっていなかったら韓国の故郷を行ったり来たりしていたと思っている。南北分断国家は自分のしたいことは押し殺して生きてきた父親だとまた分かってきた。
父親の兄弟9人のうち2人は北朝鮮の支持をしていた。当時は北朝鮮が韓国より国力があると思っていた人が多かった。
今はその2人も韓国籍に切り替えていく方向になってきている。
そして南北分断国家になってから、父親は政治運動をしないで日本の会社で生涯働いた。政治運動から遠ざけた。このことにようやく親戚は理解を見せるようになった。どんなに辛い日々だったのか。今、やっと父親の心の中を理解している。日本は客地、仮住まいだった父親の思いをもっと聞いておくべきだった。14年前の今日に父親は亡くなった。
昨日、父親の法事だった。
連休には父親の墓参りをしないといけない。
脱北者が見たものはやはり結論は日本で生まれた者は日本が故郷であると断言した。親の故郷は韓国だが2世や3世は日本が故郷である。
そして国籍でなにかもくくられていることに矛盾も感じるがこれをどうしろとか、ああしろかという弁、私はもちあわせていない。
そろそろパソコンを閉めないといけないです。


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