コール・ウェルカム

活動予定をお知らせします

コーラス連絡0531

2016年05月31日 | コーラス連絡
明日はコーラス練習日です!〓

逢えてよかったね

の楽譜も持って来て下さいと長島先生より連絡が来ましたので、よろしくお願いします!〓

小宮は用事のため申し訳ありませんが明日は欠席します〓

小宮〓

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逢えてよかったね

2016年05月30日 | 曲目解説
今日は朝から雨が降って、肌寒いくらいでしたね。そろそろ梅雨の足音が聞こえてきたようです。

6月18日のウェルカムコンサートまで、あと20日あまりになりましたが、演奏曲が1曲追加になります。小原孝さん作詞作曲の「逢えてよかったね」。一度演奏したことのある、すてきな曲です。

小原さんは国立音楽大学出身のピアニスト/作曲家ですが、NHK-FMで「弾き語りフォーユー」という番組を持っていらっしゃいます。この「逢えてよかったね」は、この番組にシャンソン歌手の石井好子さんをゲストに迎えたことが縁となり、ジョイントリサイタル(2003年6月7日、シアターコクーン)をひらくことになって、その際に小原さんが作られた曲です。


↑ ↑ 弾き語りフォーユーのHPトップ

小原さんが「多摩川新聞」のインタビューに答えて語ったのがこちら。(2013-5-1)
http://blog.goo.ne.jp/tamagawa-np1962/e/53ec43f72d6b23115f004b9624875413

僕が取り組んでいる東日本大震災復興支援活動のテーマ曲「逢えてよかったね」を作詞作曲したのは、2003年ですから、今から10年前になります。
(中略)
その後、楽譜やCDが次々と発売され少しずつ広がり、今では復興支援曲として多くの皆さんが歌って下さるようになりました。
(中略)
今年はこれまでよりも積極的に展開しようと計画中、まずは1月発売のCD「弾き語りフォーユーBEST」ではテノール秋川雅史さんがこの曲をレコーディング。
 さらに4月14日はサントリーホールで被災地の合唱団も交えてみんなで「逢えてよかったね」を大合唱する演奏会を開催、6月以降には逆に被災した地区に伺ってみんなで歌うコンサートをスタートしようと計画中です。


「逢えてよかったねともだちプロジェクト」という取組をされているのですね。心に染み入るこの曲が、いろいろな人の心を慰めているようで温かい気持ちになります。丁寧に演奏したいですね。

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荒井由実

2016年05月27日 | その他
ウェルカムコンサートで演奏する「春よ、来い」は、松任谷由実の作品です。

ユーミンが活躍しだしたころに地方の中学~高校生だった私にとって、荒井由実といえば「東京の早熟な天才」であり、「ぜんぜん世界の違う人」でした。「飛行機雲」「ルージュの伝言」「卒業写真」などは、昼休みの放送番組(放送部制作)でよくオンエアされ、そのたびに特徴的な声と羊羹を切ったようなブツリと切れるフレージングに驚かされたものです。ついでに言うと、我が故郷では「荒井由実は音楽の実力はすごいが、声が変わっているので芸大の声楽科を受験したけれど最後の面接でおとされた」という都市伝説がまことしやかにささやかれていました(そんなバカな(笑))。放送室にあった荒井由実のアルバム(LPレコード)は、宝ものでした。
荒井由実=東京=都会=憧れであったのだと、その頃の気分を懐かしく思い出します。

荒井由実自身は、当初は作曲家志望で自ら歌うことは望んでいなかったようです。高校生のころから洋楽が好きで、立川や横田にあったPX(米軍の売店)に出入りしてロック系のレコードに親しんでいたといいます。いろいろな出会いがあってレコード制作に関わるようになり、「飛行機雲」は、雪村いずみが歌うことになっていた由。ところが「うますぎて味がない」という理由で、荒井由実自身が録音することになったそうです。

そのころの荒井由実の歌唱は、私たちが親しんでいる歌声ではなく、「細かいビブラートが入る、音程の悪い歌い方」だったそうで、制作スタッフによって今に至る直線的な歌い方が指導されたとのこと。この歌い方は作られたものだったのですね。

その後の活躍は皆さまご存じの通りで、「春よ、来い」はNHKの朝ドラのテーマ曲でしたね。安田成美(途中降板)、中田喜子が主役を務めました。朝ドラの楽曲で今なお演奏されるのは、この「春よ、来い」と「あまちゃん」の吹奏楽版くらいでしょうか。「あさが来た」by AKBも、今の宇多田ヒカルの曲も、どうでしょう、20年後にも演奏されているでしょうか。改めて荒井由実(松任谷由実)の力量を実感します。

ということで、皆様も青春時代を思い出しながらしっとりと演奏いたしましょう!


↑全音の楽譜です。

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コーラス連絡0524

2016年05月24日 | コーラス連絡
明日はコーラス練習日です!

四つの動物の歌と
春よ来い

の楽譜を持って来て下さい!

よろしくお願いします!〓

小宮〓

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辻堂の駅メロが「浜辺の歌」に!

2016年05月22日 | その他
本日付の毎日新聞朝刊神奈川版によりますと、辻堂駅の発車ベルの音源が「浜辺の歌」に正式に決まったとのことです。

辻堂駅は地元住民の要望によって設置された駅で、今年12月に開場100周年を迎えます。一方、「浜辺の歌」(成田為三作曲、林古渓作詞)は、成田為三が東京音楽大学在学中の1916年に作曲したもので、ちょうど辻堂駅と同じ100周年です。また、この詞は林古渓が幼少時代に辻堂海岸を逍遥した景色をうたったものだそうです。

以前、地元の人が「浜辺の歌」を駅メロに!と運動をしているという記事を読んだことがありますが(3年くらい前でしょうか・・・)、その思いが実りましたね。先日東海道線に乗車した折にはまだ普通の発車ベルで、丁度、どうなったかな~と思っていたところでした。よかったですね!


毎日新聞 2016年5月22日 神奈川版

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ひばりエクササイズ

2016年05月20日 | その他
昭和の歌姫といえば美空ひばりですね。50代で亡くなったということが信じられないほど、「大物」感のある、すばらしく歌が上手な方でした。クラシック界にもファンが多く、とくに岩城宏之さんはコンサートにもいかれたそうで、「僕だけをみつめて歌ってくれていたと思った」とエッセイに書いていらっしゃいます。

また、「題名のない音楽会」で、オペラアリアをうたったこともありました。確かトスカの「歌に生き愛に生き」を日本語で演奏されたと記憶しています。クラシックでも歌謡曲でもない、不思議な歌唱でした。

そのひばりさんを心の支えにして戦後の高度成長期をすごしてきた世代の方が、今はリタイアされて健康に気を配る生活を送っていらっしゃいますが、その世代がメインユーザーである地元のスポーツセンターで「ひばりエクササイズ」というイベントのチラシをもらいました。

これは、公益社団法人日本フィットネス協会というところが出している「ひばりエクササイズ」という動画に合わせて、みなさんでフィットネスをしましょうという催しのようです。



フィットネス協会のHPを見てみましたら、体育大学教授や各種フィットネス関連団体の代表者、大学保険医療学科教授などが理事を務める健康づくり団体のようで、ショートバージョンの「ひばりエクササイズ」が動画で紹介されています。「からだを目覚めさせるウォーミングアップから有酸素運動へと展開し、最後は心身をリラックスさせ、クールダウンへと導きます。複雑な動作はなく、覚えやすく楽しみながら運動できる振り付けになっています。」と書いてありますが、結構難易度が高いです。まじめに取り組むと、下半身の大きな筋肉の鍛錬と、肩甲骨周りの強化ができそうな印象です。

「愛燦燦」「東京キッド」「まっかな太陽」「人生一路」「ひばりのチャチャチャ」「お祭りマンボ」「素敵にランデブー」「川の流れのように」の全8曲で、ひばりさんの歌声に合わせて曲想や歌詞にあった振りが付けられており、エクササイズ系のインストラクターがお手本を示してくれます。

スポーツセンターやジムに行っても、ハイキングに行っても、観光に行っても、団塊の世代はほんとうにお元気ですね・・・。ひばりエクササイズでますます健康寿命を延ばされることでしょう。

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ヤマハとレイモンド

2016年05月17日 | その他
音楽に関わる人であればたいていはお世話になっているヤマハ。

銀座通りに昔から「ヤマハ銀座店」があります。現在はファサードが多色ガラス張(音楽のリズムを表現しているらしい)で、1階は受付とミニコンサートができるオープンスペースになっています。この「新ヤマハビル」が竣工したのは2009年(日建設計)で、その前はすっきりとした印象のビルが建っていました。

極めて個人的な話で恐縮ですが、新卒で就職した会社が銀座8丁目にあったため昼休みにはよく銀座通りまで散歩に行き、ヤマハの中をぶらぶらしたものです。正面の入口を入ると一階がレコード(だったんですね、当時は)売り場で、入ってすぐのところにひんやりとした石づくりの手すりを持つ階段があって、地下は楽譜売り場でした。
そして、一階から見上げると建物の内側ぐるりに回廊があり、その上に二階があったように思います。回廊にはずらりと鍵盤楽器が置かれていて、そこで試弾したり、時にはレコード会社の人が若い演奏家のオーディションをしたりしていました。
今はもうありませんが、日比谷にあった三信ビルもすてきな回廊のある建物で、この三信ビル、ヤマハ、交詢社、日比谷大ビル(もう、全部なくなってしまった泣)が、私の好きなビルでした。

この昔のヤマハビルを設計したのが、アントニン・レイモンドというチェコ出身の建築家です。レイモンド(レーモンド表記もあります)は、日比谷にあった(現在は愛知県の明治村に移築)旧帝国ホテルを設計したフランクロイドライトのお弟子で、1919年、帝国ホテル設計・施工のためにライトとともに来日しました。




↑ライト設計の旧帝国ホテル(中央玄関部)。これが皇居の目の前にあったというのが驚きです。(探したら出てきた大昔のスナップ写真。同郷の友人たちです)


その後ライトの元を離れて独立、関東大震災の後に事務所をつくります。戦争の影響で一時アメリカにわたりますが、1948年に再来日、1973年に米国に戻るまで日本で設計を続け、多くの弟子を育てました。現在もレイモンド設計事務所はよい仕事を続けています。



この写真は神奈川県立美術館で開催されたレイモンド展のポスターですが、奥様のノエミさんと自宅でくつろいているところです。ご自宅は笄町(現在の麻布)だったそうで、狸穴という地名が今も残るくらいですから、その当時はとても自然が豊かだったのでしょうね。避暑地のようです。

レイモンドがヤマハの設計をしたのは1950年代のようですので、戦後再来日して仕事が軌道に乗ってきたころでしょう。銀座の教文館もレイモンド作品です。この教文館ビルには塔屋があるそうですが、今はそのまわりを看板で覆っているらしく、ちょっと残念ですね。

そしてレイモンドはそのときにピアノのデザインも行っています(1960年くらい、GBシリーズ)。アップライトとグランドのシリーズで、5~6種類あったようです。特にアップライトのデザインは面白く、足元の板(普通のピアノだと大きな板が手前にはずれるようになっている箇所)は多孔板で足元が左側が浅く、右側が深い不思議な意匠です。そして、鍵盤のふたはスライド式、譜面立てはずいぶん前にあり、弦が収まっている筐体部分は革張りです。「レイモンド ヤマハ アップライト」で動画検索すると、ピアノ屋さんが納品前のレストア品を解説している動画がヒットしますので興味のある方はどうぞ。

建築家で家具のデザインをする人はたくさんいて、とくに椅子にはみなさん個性を出していらっしゃいますが、ピアノのデザインをするのは珍しいかも。音響設計的にはどうなんでしょうね。聞いてみたいものです。グランドピアノの方は、高崎で2008年に発見されています。
 ↓
高崎新聞の記事
http://takasakiweb.jp/news/article/2008/05/2301.html

レイモンドのヤマハビルは、ひんやりとした、喧騒を圧するような空気感がありました。建築にも、楽器にも、手わざの感覚が残る、そんな時代だったのでしょうね。


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ねこ耳カチューシャ

2016年05月13日 | その他

猫の耳。もしかして、「ねこふんじゃった」で使うかもしれませんよね。

100円ショップにあると聞いてレモンに行ってみたのですが、あれはハロウィーン時期のものらしく、残念ながら在庫がありませんでした。ないと聞くと猛然と作りたい気分が盛り上がり、材料を購入して作ってみました。見つけられなかった方、案外簡単でしたのでどうぞ手作りしてみてください。

■材料


左から、耳の内側用の布、針金(使いませんでした)、耳本体用布(毛並みのあるリバーシブルマフラー)、誕生日の人用のカチューシャ。針金をのぞいていずれも100円ショップのものです。カチューシャに耳を取り付けますので、布で金具を覆っているこのタイプにしました。

■手順
カチューシャの飾りを外します。


布を裁断します。毛並みのある布は「抜け毛」が凄いので、コロコロや卓上掃除機をご用意ください。


黒い布の角に5ミリほど控えて内側用布を縫いつけます。内側布は端を折りアイロンで押さえてあります。下はカットしますのでナリユキで結構です。


この耳は頂点から両側9センチが出来上がり寸法ですので、その位置で適切な幅になるよう折りたたんでまちばりを打ち、底辺が直線になるよう余分をカットします。その際、内側布は断ち落としにせず、ほつれないよう耳本体布側におりこんでまつり付けます。





カチューシャに縫い付けます。


できあがり。




フェルトでも作ってみました。


↑こちらは、耳本体=フェルト二重、内側=ピンクと同じ厚さで作ったものです。
フェルトに腰があるため、毛足ありの布と同じ大きさにすると、巨大な感じになって耳の短いウサギ状態になります。6.5~7センチの二等辺三角形になさるとよいかと思います。

ということで・・・・
肝心なところの写真がないような気もしますが、テキトーにやってみたらできましたので、試す方もトライアンドエラーの精神で挑戦してください。

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ねこふんじゃった

2016年05月11日 | 曲目解説
4つの動物のうた、4曲目は「ねこふんじゃった」です。
この曲は、たいへん謎に満ちた曲のようです。作曲者も諸説あり、また曲のタイトルも「ねこふんじゃった」(日本)、「犬のワルツ」(ロシア・・・ワルツじゃないのに)、「ノミのワルツ」(ドイツ・・・ワルツじゃないのに)、「お箸」(アメリカ)、「カツレツ」(フランス)、「チョコレート」(スペイン)、「三女の足」(デンマーク)など、謎が深まるばかりです。(以上の情報は、「ねこふんじゃった」を研究している宮本ルミ子さんのHPから引用させていただきました。)




↑ ↑宮本さんは「ねこふんじゃった」を学術的なアプローチで研究されているようで、ここをご参照いただくととても知識が深まります。ぜひご覧ください。
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/2623/index.html

私たちがなんとなく耳にしたことがある歌詞は、たぶんNHKの「みんなのうた」で紹介されたものであろうと思います。すでにあった曲にあらためて詩をつけたものですが、作詞を依頼したのが後藤田純正さんで、依頼されたのが作詞家の阪田寛夫です。阪田さん以前には、

ねこふんじゃった ねこふんじゃった ねこふんじゃ ふんじゃ ふんじゃった
(繰り返し)
ららら~ ららら~ ららららら~・・・


のような、「ねこふんじゃった」オンリーの歌詞(のようなもの)が愛唱されていた記憶がありますが、今は阪田バージョンが定着しているといってよいのでしょうか?? 

同郷の夫に聞いてみましたら、

ねこふんじゃった ねこふんじゃった ねこふんずけたら しんじゃった
ららららら~(あとはずっと「ら」)


と、いきなり主人公が絶命するというまさかの展開でした。

印象としてはピアノを使った手遊びのような曲なので、個人的にはこの曲を声を出してうたった記憶はありません。阪田さんもご苦労なさったことでしょうね。

ちなみに阪田寛夫さんは「さっちゃん」の作詞者です。手元の「夏がくれば思い出すーー評伝中田喜直」に、以下のような一節があります。

岡崎裕美(引用者註:歌手の方です)も、中田の晩年、「中田喜直・日本のうたコンサート」に歌手として出演し、ともに各地を回った。コンサートで中田がよく口にする話があった。
「ボクは『さっちゃん』(阪田寛夫作詞、大中恩作曲)の歌が大好きです。これがボクの作曲だったらいいなあ、と思うくらいです。ちなみにボクの奥さんの名前もサチコです」
中田の言葉に会場はどこも笑いにつつまれたという。


中田喜直さんは日本語の自然な流れに音を付していくというお作法で作曲された方ですので、
阪田さんの詞に音楽の流れを感じられたのでしょうか。

そして! 「ねこふんじゃった」といえば、「柔道一直線」の結城慎吾が足で弾いた曲というのを忘れてはいけません。「あさがきた」で京都のすてきなおじいさんを演じられた近藤正臣さんも、あのころは若かった。実際に(足で)演奏したのはバーにぶら下がった状態の別の人だったらしいですが、インパクトは大きかったですね。音楽的には全然関係ない話で恐縮です。


ということで、調査不足をお詫びいたします!

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ドリームツアー@KAMAKURA!

2016年05月11日 | お知らせ


井上さんがドリームツアーのスナップ写真をコラージュにしてくださいました。
みなさん、とっっっても楽しそうですね! 井上さん、ありがとうございました。

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