母が亡くなってから、よく相談に乗ってもらったりした女性がいる。その方は広島の三原市近くの出身。当時広島県立女学校の学生さんだった。原爆の日は8月の登校日になっていた。ところが朝から頭痛が酷くて休むことにされた。そして原爆投下の時、家の襖等がみんなぶっ飛んだそうだ。今のは何だったのだろう?と思いつつ、その時頭痛はすっかり治っていた。それから昼過ぎになって、西からゾロゾロ怪我人が大勢来たそうだ。その方の叔父さんは医師で、隣の家が病院だった。酷い火傷や皮膚がめくれた人達でいっぱいになり、家族全員で看護補助をしたそうだ。めくれ剥がれた皮膚等、バケツに何倍も溜まったとか。・・・登校した学友達は殆ど亡くなられた。・・・その方は後、京都の大学に入られ、京都市にお住まい。広島に行くと、身体が抑え締め付けられ、金縛りにあうとか。亡くなられた人達の深く暗い「思い」みたいなものを感じるらしい。