セスタバジカ Cesta Basica

「基礎的なバスケット」という意味のポルトガル語。
ブラジルでは「日常生活を送るための必需品のセット」を指します。

お知らせ

2012年3月をもって食料品・日用品の配布は終了しました。これまで皆様からお寄せいただいたご支援・ご協力に対し心よりお礼申し上げます。なお今後はブログの更新も基本的には行わないつもりです。(もし活動を再開するようなことになれば、ここでお知らせします。)

立ち上げました


既に私たちの「セスタバジカ」運動を中日新聞(3/19)と毎日新聞(3/22)で取り上げていただきましたが、これからも支援の必要性をアピールし続けるため、本日ブログを立ち上げることにしました。(ブログ作るの初めてだけど大丈夫かな?)また、時には自分の思いを綴ってみたいと考えています。言い足りないことがまだまだあると感じているので(2009年3月24日記)。

この活動の目的

2009年3月15日に放送されたNHK-BS「世界のドキュメンタリー」にて南米コロンビアの "La Voz del Secuestro"(誘拐の声)というラジオ番組を紹介していました。ゲリラに誘拐された人質に向けて家族がメッセージを届けるための放送です。再会のラストシーンはちょっと言葉にならないほど心打たれましたが、アナウンサーの「この放送がなくなる日を待っています。そして、その日まであなた方とともにいます。」という言葉も強く印象に残りました。私たちの思いもこれと一緒です。

本会の概要

名称:セスタバジカの会
事務局の所在地:滋賀県彦根市八坂町2500 滋賀県立大学
代表:泉 泰弘(同大学の環境科学部生物資源管理学科に所属)


フードバンク活動をしている在京NPO法人の御厚意によるトラック便、および一般市民や各種団体から寄せられた物資を支援グループの代表者に取りに来てもらい、各家庭への配達はそちらに任せています。(個人への直接手渡しは行っていません。

これまで以下の団体に配りました。

・彦根カトリック教会(ブラジル人グループとフィリピン人グループ)
・ウィズユー(自立支援センター)
・Grupo Ipê(南米系市民をサポートしているボランティア団体)
・Assembléia de Deus(長浜のプロテスタント教会)
・サンタナ学園(愛荘町のブラジル人学校)
(外国人家庭の事情に詳しい本会メンバーにも配布をお願いしています。)

・活動再開(2010年10月)以降はペルー、ベトナム、ボリビア、および日本人の世帯にも配付しています。

これまで支援の基準は「とくに緊急を要する家庭」というやや曖昧なものでしたが、再開前に聞き取り調査を実施し、家庭の状況や支援を必要とする理由を元に判断することとしました。なお調査は支援グループの代表者にお願いし、こちらで作成したヒアリングシートに記入してもらっていますが、その目的はあくまで「限られた支援物資をなるべく緊急度の高い世帯に配付する」であり、一部で噂されているらしき「個人情報の強化」というのが全くの誤解であることを申し添えておきます。

現在必要としている物資(食料品と日用品)は以下の通りです。少量でも結構です。

、塩、砂糖、小麦粉、即席麺(袋入り&カップ)、パスタ、缶詰類、食用油、
石けん、洗剤(洗濯用&台所用)、トイレットペーパー、紙おむつ、粉ミルク、その他

なお最重要品目のについては事務局が精米機を備えていますので玄米でもOKです。籾のままでも(種もみの残りでも)何とかします。おこめ券も大歓迎です。


これらの物資は品目ごとに仕分けし、米などの基幹食糧とその他の品を組み合わせたセット(すなわちセスタバジカ)を所帯数だけ作って月に1度提供しています。


支援の受付は随時行っております。
(配布日までは施錠可能かつ清潔な場所で責任を持って保管しています。)
まずはメールアドレスcestabasica@hotmail.co.jpまでご連絡下さい。
(迷惑メール対策として@を全角表示していますので半角の@に直して下さい。)

併せて本会が作成したチラシもご覧下さい。PDFファイルをダウンロードしていただくことも可能です。

運命

2016年04月20日 | 雑感
今から19年前の話をします。

当時私は学業を終えたものの定職には就くことができず、3年契約の博士研究員(ポスドク)として働いていました。

その2年目となる1997年のたしか6月だったと思うのですが、私はここへ面接を受けに行きました。そして見事に落とされました。(後で聞いたところでは面接官から反抗的と見なされてしまったとのこと。私は本音で答えただけだったのに。)

その大学の農学部助手のポストは周囲から薦められたものの、私はあまり気乗りしなかったので、正直なところ落ちてせいせいしました。が、あの時もし採用されていたら今ここ(県大)には十中八九いないはずです。というより、どうなっていたか? 先週のあの出来事以来、「運命」という言葉が頭から離れません。

何にしても亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りします。そして被災地の皆様には心よりお見舞いを申し上げます。

人生は実験

2015年09月25日 | 雑感
「慣れたことをやってもつまらない。うまくいかなくて当然。それを楽しむ。人生は自分を題材にした実験ですから」

これは元千葉ロッテマリーンズ捕手(現スペシャルアドバイザー)の里崎智也氏が昨年引退した直後のインタビューの終わりに発した言葉です。その新聞記事を読んでいたく共感し、感銘を受けました。私も「予定調和だけの人生は退屈」という価値観でずっと生きてきた人間なので。

「予定調和」を崩してみようか、という気になったのは確か3年前のこと。その後しばらく経って事態は動き始めました。しばらくは予測の範囲内で。ところが先月から今月にかけての急展開と急転回にはとても付いていけません。これから起ころうとしていることにも半信半疑という状態です。

が、今の私は「参ったなあ」としょっちゅうぼやいてはいるものの「弱ったなあ」とは言いません。(弱音は吐きません。)こうなったらハプニングをとことんまで楽しんでやろうという心境になっています。

とにかく今は自分の意志と無関係にことが運んでいるように思えます。ただし私にとっては決して悪い兆候ではありません。セスタバジカの運動を始めた頃と似ているような気もします。

(最後まで抽象的なことばっかりですいません。自分でも呆れるほど急なことですが、明日からニューヨークへ行くことになりましたので、現地から報告するかもしれません。ただし、渡航の目的が本当に実現するという確信がまだ持てないので、その約束もできません。)

ことばの障壁

2015年07月10日 | 雑感
昨日で終わりにするつもりだったのですが、火曜日の晩に新潮社のPR誌「波」を読んでいたところ、「英語の害毒」(新潮新書)という少々ショッキングなタイトルの本の著者自身による書評(エスキモー研究者が見た「英語の脅威」)が面白かったので紹介する気になりました。(なお、この本自体は既にアマゾンでベストセラー1位になっておりカスタマーレビューも概ね好意的です。)

エスキモー語を専門とする著者は、アラスカ北部のエスキモーがみんな英語を話すようになった結果、村長も学校の先生もみんな白人となり、エスキモーの間に若者の自殺やアル中などの社会問題が蔓延しているという例を引いてから、「みんなが英語を話すようになると、ことばの障壁が失われてしまう」という弊害を説きます。(その結果として「英語の母語話者にとって有利な社会、つまり英語の文化的植民地になってしまう可能性がある」、さらに「英語を学ぶことは、自発的に植民地化を進めることでもある」とまで述べていました。)

続いて日本人の英語についての一面的な誤解へと話は移ります。著者によると「グローバル化社会では英語ができないとやっていけない」「英語の重要性は増していく一方」「就職活動では英語がものをいう」「英米式の英語が正しい発音で日本語なまりでは通じない」「英語が上手になりたければ早くからネイティブに学ぶべき」等々の「常識」はデータにもとづいて検証すればいずれも誤りなのだとか。(ついでながら隣の広告ページにも「日本英語はアメリカ英語よりも通じやすい」「企業は新人に英語力を求めていない」といった文字が並んでいました。うち前者は昨日採り上げた「へたな英語」でも全然構わないということをある程度裏付けてくれているように思います。(ついでながら、その記事で「話した内容の79%が通じた」として「通じやすさ第1位」に輝いたと紹介されているスリランカ人の英語を一度聞いてみたいものだと思いました。たぶん今までその経験はないはずなので。ちなみに海を挟んでいるとはいいながらお隣にあるインド人の英語はお世辞にも聞きやすいものとはいえませんでした。)にもかかわらず、このような英語観にもとづいて日本の英語教育は急速に変わりつつある、とのこと。確かに聞き捨てならぬ話です。

会話中心の教育、小学校への英語導入などはバイリンガルを究極の目的としているが、学校教育程度で完璧なバイリンガルが育つわけがない(これは全く同感)。日本人の多くが日常会話程度の英語力を持つようになるかもしれないが、それはエスキモーと同じように、ことばの障壁を失うということだ。社内で日本人が中途半端な英語力を持てば、外国人経営者が日本人社員を支配するということになるだろう。日本の植民地化が進むということだ(実例もあるような気はするが半分くらい同意)。

そもそも「書評の書評」をするつもりはなかったのに思いもかけず大量引用になってしまったので、この辺で終わります。(昨日と同じくネガティブ話は隔離することにしました。)普段私たちは「ことばの障壁」というとデメリット(負の側面)しか見ませんが、と同時に「失くしてはならない大切なもの」であるということに改めて気付かせてくれたのがこの書評の最大の収穫でした。

へたな英語

2015年07月09日 | 雑感
いつどこで読んだのかはっきりしないのですが(たぶん昨年の朝刊のコラム)、以下のエピソードが印象に残っています。

とある国際学会の最初のスピーチで偉いさんがこんなことを話し始めた。

「科学の世界の共通語は英語ではありません。」

これを聞いていた人(日本人)は「この人は何を言い出すんだ? まさか今さらドイツ語に戻せと主張するんじゃないだろうな?」と訝しく思ったそうな。

で、偉いさんが続けて言ったのがこれ。

「科学の世界の共通語は『へたな英語(poor English)』です。」

私はそのウィットに「なるほど。うまい!」と感心しました。(ついでに「座布団3枚」ぐらいは思ったはずです。)で、改めて出典を探してみましたが、これを紹介したのはどうやら福岡伸一さん(生物学者)のようです。(ここにまとめページがありました。)

たしかに私にしても海外の出張先(注)で、あるいは留学生や県大を訪れた外国人とコミュニケーションを取る際に使うのは多くの場合(中南米出身者を除いて)「へたな英語」です。が、それで十分と思っています。なぜなら「英語は世界共通語である」というのも結局は「どちらも相手の母語ができない場合に仕方なく用いる手段」(次善の策)という意味なのですから。なので(これも新聞記事ですが)自分の子供が通う小学校のALTさんが英米出身ではないというしょうもないクレームを付けたりするのはやめましょう。

(注:英語を公用語として採用しているナミビアの人に対して「へたな」は失礼な気もしますが、文法無視や強烈な癖のある発音のせいで未だに半分も理解できない人も少なくないのが事実。ついでながら、Peace Corps (平和部隊) の米国人がアフリカに着任直後は現地の英語がほとんど聞き取れず、そこに長く滞在している日本の協力隊員が通訳を務めていたという話を聞いたこともあります。)

もちろんこの夏のように英語母語話者が多数を占める国を訪れる場合はできる限りの努力をします。(それが礼儀というものでしょうし、ホーム&アウェイという観点からも公平です。)逆にあっちの人が他国にノコノコやってきて母語のスキルをひけらかしたりするのは野暮の極みといえましょう。むしろ私はこう言いたいくらい。

「おまえら、日本に来たんだからもうちょっと『へたな英語』を話せ」と。

思いのほか長くなったので最後に数年前の思い出話を書いて終わりにします。市内のある施設で研修を受けているUSAの大学生をインターンシップで受け入れてくれないかというメールが来ました。(今年もその時期なので学内で時々見かけます。)本人はアフリカの稲作に興味があるとのことで前向きに考えなくもなかったのですが、返信に「成績評価のレポートというのは当然日本語で書かれるのでしょうね?」としたためたところ、それっきりになりました。以来、同様の打診はまったくありません。が、今振り返っても私はごく当たり前のことを言ったと思っています。だってその逆はありえないでしょう?(別につたない日本語でも構わんのですよ。あるいは誰かに手伝ってもらっても。けれども、こちらが難しい単語や表現の使われている英文を理解するために辞書と首っ引きになるなんてバカらしい。)こんな「不平等条約」は絶対に願い下げです。

公用語

2015年07月08日 | 雑感
最近よく出張するナミビアについてつくづく「偉いなあ」と感心するのは、母語人口比が1%に満たない英語を唯一の公用語としたことです(こちらを参照)。(ちなみに1990年の独立以前の公用語はドイツ語とアフリカーンスでしたが、これらは支配者階級の言語でした。)話者人口を考慮すればオシワンボ(オヴァンボ語)を筆頭に数ヶ国語を採用することで決着したはずですが、そうはなりませんでした。

(同様の例として私が7度出張したインドネシアがあります。同国も最大勢力のジャワ語は採用せず、マレー語の一方言を国語としたのでしたが、このあたりは昨年短期間ながらインドネシア語を習っていた講師の方からいただいた文献に詳しく載っていました。そういえば私が滞在していた20世紀の終わりでも「インドネシア語を使おう」というスローガンをあちこちで目にしました。)

そうすると否が応でも多数派が少数派を抑圧するという構図ができ上がり、それが内紛や分離独立運動にまでエスカレートしてしまう、というのは世界の数々の例を見れば明らかでしょう。

(これとはちょっと異なり「二つの言語がある国は揉めるけれども三つ以上ある国は比較的安定する」という話を以前聞いたことがあります。ベルギーやカナダなどとスイスを比べると何となく当たっているようにも思いましたが、西語の他に自治州単位ながら三つの言語が公用語として認められているスペインの状況を思い起こしてみれば、たぶん「三つ以上」は必要条件にもなっていないように思います。それ以上に重要なのは「各勢力がある程度拮抗している」でしょう。)

ナミビアに話を戻すと、独立時に英語のみを公用語に採用したことは「これからは皆が等しく不便さを忍受しよう」という決意の表れといえます。これで少なくとも使用言語を理由に優劣が生じることはなくなりました。ここからは仮定法の世界になりますが、もしわが国の母語話者人口比が「日本語48%、中国語11%、ハングル11%、ポルトガル語11%、スペイン語10%、その他(続く)」だったとしたら、どのような選択をするべきなのか・・・・・について一度考えてみるのも決して悪くないでしょう。(自分としてはナミビアのように英語を唯一の公用語にするという選択は、理性としては受け入れられても心理的に抵抗がありますね。「どちらかといえば嫌い」な言語なので。これがエスペラント語だったら全然OKです。)

こんなん読めるか!

2015年07月07日 | 雑感
昨年のことですが、授業で使う英語の本を読んでいた時に "dough" という知らない単語が出てきたので、電子辞書で調べてみたら「練り粉」「パン生地」といった意味でした。問題はその後。ついでに読み方をチェックするのが常なのですが、たぶん "rough" や "tough" と同じく「ダフ」でいいだろうとの予想に反し、「ドウ」(dou)と判ってビックリ。そこで好奇心から "?ough" と入力し類推検索してみたところ、以下の8つの単語が上がってきました。

 bough、cough、dough、hough、lough、rough、sough、tough

これらの読み方はコメント欄に記すこととしますが、少なくとも5通りあると知り私は目が点になりました。デタラメにも程があるというものです。

このように単語の綴りだけでは発音が判らないため読み方は一つ一つ憶えるしかない。何という面倒くささでしょう! 逆に発音に対応する表記法も一通りには決まらない(どころか長い単語になると数多くの組み合わせが可能になる)ので、綴りそのものが試験やクイズの対象になるし、「カフィ」と聞いて(正解の "coffee" ではなく)"kaphy" というスペリングを思い浮かべるようなトンデモ事態すら生じうる。(まあこれはアメリカンジョークの世界ですけど。)それゆえに私はこの代物をずっーーと「欠陥言語」呼ばわりしてきたという次第です。

ところが最近買ったこの本で英語の綴りと発音の不一致について解説しているコラムを読み、ちょっとだけ納得できました。(なお、この本では単語記憶法や高速音読法に「なるほど」と唸らされ、句動詞の型およびアクセントの違いはとても勉強になりましたが、本書の主旨とは関係なくあちこちで披露されている著者の「思想」「持論」に首を傾げたくなるところも少なくなかったのでお薦めはしません。)なんでも昔は綴りどおりに発音していたとのこと。例えば "knight" なら元は「クニヒト」でしたが、徐々に「クニート」→「ニート」と簡略化され、何百年もかけて今の「ナイト」へと変化していったのだとか。けれども綴りの方は発音よりはるかに保守的にならざるを得ない(注)ので、両者の乖離が進んでいったということです。(注:冒頭の "k" を取ってしまったら夜の "night" と区別できなくなる。)

(余談ながら、その点ドイツ語は今も表記に忠実であり、語源の同じ "Knecht" (家来、召使) は「クネヒト」だし、同じく二重子音で始まり少々発音しにくいと思われる "Pflight" (義務) も手抜き発音によって「フライト」へ変えたりすることなく、律儀に「プフリヒト」と読みます。いかにも「厳格」「規律正しい」というイメージの強いドイツ人らしいと言えましょうか。)

この説明には膝を打ちました。言語は生き物ですからむしろそれが自然といえるでしょう。ただし、これで無罪放免という訳にはいきません。ポルトガル語の場合、これを公用語とする各国の合意のもとに統一新正書法協定が結ばれ、従来ポルトガルでは発音しないのに綴られてきた“c”や“p”、語頭の“h”を今後書かないように改められる(ブラジル式に統一する)ことになったそうですが、英語にしたところで綴りを改めようと思えばその機会はあったはず。すべては英米人の怠慢のなせる技ということでしょう。(暴言?)

・・・・などと昨年の話を長々と書いてきたのには理由があります。実は8月にこの「欠陥言語」をネイティブ・ランゲージとする人が多数を占める国へ出張する予定です。(出発まで1ヶ月ほどになったので公表する気になりました。)生涯で2度目になります。

実は初回も同じ場所と業務でした。滋賀県とは姉妹関係のミシガン州にあり、滋賀県立大学と交流協定を結んでいるレイクスペリオール州立大学(LSSU)で行われる夏期プログラム(短期研修)の記念すべき第1回の引率教員として現地に赴いたのが2000年。以来15年ぶりです。(滅多に旅行をしない私ゆえ、それが今のところ最初で最後の「英語圏滞在」となっています。「毎年ナミビアへ出張してるじゃない?」という疑問に対してはja.wikipediaを引きつつ、こう答えるとしましょう。「同国では英語が唯一の公用語として採用されてはいるものの、母語人口の比率は極めて低く、アフリカ系の人々は普段オシワンボ、ヘレロ、ダマラなどを使っているし、ヨーロッパ系の間でもオランダ語から派生したアフリカーンス、あるいはドイツ語の方が話者人口ははるかに多いんですよ」と。その詳細については日を改めて。)

ということで最近は月に数度更新するのがやっとこさの本ブログですが、来月は久々にその機会が増えそうです。(たかだか10日間ほどの滞在なので、あまり期待されても困りますが。)

そのいきさつ

2015年06月12日 | 雑感
1992年の1月に私はエクアドルの首都、キトにあった放送局「アンデスの声」(La Voz de los Andes)の日本語部を訪問しました。(海外盤ウィキペディアへのリンクをクリックすると "HCJB" というタイトルのページに移動しますが、これは放送団体である "Hoy Cristo Jesus Bendice" (意味は「今日キリスト・イエスは祝福する」) の頭文字を取ったものです。なお現在は土日の短波放送(オーストラリア送信)とインターネット放送へと移行しています。またHCJBは昨年から "Reach Beyond" に改称されたそうですが、アナウンサーの尾崎一夫さんによると日本語放送だけはファンの要望で旧称の使用が認められているとのことです。)

その日本語放送を聴き始めたのは高校時代でしたが、当時の受信状態は決して良好とはいえませんでした。(それでもアルゼンチン海外向け放送局 (RAE) よりはずっとマシでした。ちなみに同局の日本語放送のアナウンサーを長年務められていた高木一臣さんが昨年11月に89歳で亡くなられていたことを最近になって知りました。合掌。)パラグアイ在住時代には南米向け(現地時間の朝)、日本向け(現地時間の夕方)ともクリアーに受信できましたので、ほとんど毎日のように聴き、時々受信報告書と手紙を送っていました。そして2年半の任期を終えて日本へ帰る途中に寄ったという訳です。(ついでながらブエノスアイレスのRAEを訪問したのはその前年の7月だったと記憶しています。)

私は放送局を見学して尾崎さんご夫妻とお話しできれば大満足と考えていたのですが、ゲストとして放送に引っ張り出され、さらにキト滞在中はずっとご自宅にご厄介になりました。帰国後もしばらくは手紙のやり取りを続けていたのですが、いつしか疎遠となり、数年前に奥様の久子さんが亡くなられたことを知って追悼のメールを送った時もそれっきりになってしまいました。一夫さんは「日本ふれあいの旅」として毎年2ヶ月間滞在されているそうなので再会が叶うことを願っています。

連日の更新

2015年06月11日 | 雑感
23年前に私がラジオにゲスト出演した時の音声ファイルがアップされているとの情報を得ました。で慌てて探してみたところ、まだGoogleのキャッシュには残っていました。(そのうち消えてしまうでしょうが・・・・・)

上は当時のアナウンサーさんからいただいたカセットテープ。何度か人に貸しましたが、私自身は数えるほども聴いていません。恥ずかしいし、自分の声が好きじゃないので。

スペイン2題(ネタがないもので)

2015年06月10日 | 雑感
もう丸1ヶ月以上も更新サボってました。すいません。

先週日曜日からスペインの連続ドラマ「情熱のシーラ」(2013年)が始まりました。(NHK海外ドラマのホームページによると最初の2回については21日 (20日深夜) に再放送も予定されているようです。ついでながらこちらにはプロモの動画もアップされています。)

録画しておいた初回を昨晩観ましたが、とにかく会話が猛烈に速いですね。「フレンズ」など海外ドラマのソフトを視聴する時のように原語の字幕があったとしても半分理解できたかどうか。仕方なく日本語字幕をオンにしました。お針子さんが時代に翻弄されてスパイになってしまうという奇抜なストーリーには正直なところ「ちょっと付いていけんなあ」と思わないでもないですが、とりあえず数回は観るつもりです。

それよりも何よりも違和感を覚えたのは邦題。元の "El tiempo entre costuras" は直訳すると「縫い目の間の時」あたりになるでしょうか。その少々ミステリアスなニュアンスを見事なまでに葬り去っていますし、あれでは「シーラ」が人なのか、他の生物なのか、あるいは地名なのかすらも判りません。別にこのドラマだけではないとは思いますが、どうしてこんなケッタイな名前を付けたがるのでしょうか?

スペインつながりですが、3月のナミビア出張の帰りには機内でこの映画を観てました。やはり超早口、しかもモニターの英語字幕は文字が小さい上にボケボケでほとんど読めませんでしたが、分かりやすい展開のコメディなので十分楽しめました。ここここなどでも紹介されているように昨年スペインで大ヒットしたそうですが、残念ながら日本では未公開です。よって日本のプレーヤでも再生可能なリージョン2&NTSC方式のDVDも未発売。気長に待ちます。

まだあった

2014年12月04日 | 雑感
2011年4月にスタートしたBBCテレビ "Konbanwa Shiga" が13年の3月いっぱいで打ち切られてしまったと憤っていましたが、いつの間にか "Tudo Bem! SHIGA" という名前で復活していました。毎週ではなく月1回(最終土曜日の12:00~12:20、再放送は翌日曜日の8:30~8:50)の放送ですが、その分放送枠が5分から20分へと拡大されています。

が、毎週放送ではないので録画予約をついつい忘れてしまうのが痛いところ。まだ一度もテレビでは観られていません。とりあえず滋賀県のサイトにアップロードされているバックナンバーを視聴します。(ポルトガル語によるオリジナルの他は英語音声の吹き替え版のみで、"Konbanwa Shiga" 時代のようなスペイン語、タガログ語、中国語がないのは残念ですが。)

ついでながら昨年度も"Inter Shiga"という後番組が放送されていたことを今になって知りました。(迂闊にも全く気が付かず。)リンク先にあるバックナンバーの回数や日付から判断するに隔週放送だったと思われます。なお、こちらは予算不足だったのか吹き替え版は制作されなかったようです。

追記
  "Tudo Bem! SHIGA" のバックナンバー6ヶ月分を観ましたが、番組のほとんどは安全情報(交通安全や防災など)ですね。大切なのはわかりますけど、ちょっとつまらない。前みたいに在住外国人のニュースやイベント紹介などもあると私に限らず日本人も積極的に観ようという気になるかもしれませんが・・・・

フレンズ(その後)

2014年08月12日 | 雑感
6月末にようやくBlu-rayコンプリートボックス(全238話)を見終わりました。購入したのが昨年10月ですから、9ヶ月以上かかったことになります。海外出張時にもDVDボックス(中古を超破格値で購入)を持って行ったので、1ヶ月で1シーズンのペースは何とかキープできました。(なお7月は「スイート・ライフ」(原題:"The Suite Life of Zack & Cody") の英語とスペイン語による2度目の視聴をしていました。)

ところで、このドラマの美点の一つは、制作者による音声解説(特典映像として収録)でも触れられているように、主役級俳優6人の声が揃いも揃って魅力的であることなのですが、西語版ではそれがほとんど台無しにされているのが非常に残念!

お嬢様で泣き虫のレイチェル、神経質でヒステリックなところもあるモニカ、言動が常にエキセントリックなフィービーの女性3人はいずれもソプラノでなければならず、事実オリジナルではそうなのですが、吹き替えではいずれもアルトの声優に担当させているのが何とも不可解。男性陣にしても恰幅のいいジョーイはバリトン、それと比べると(時々太ったりもしていますが)スリムなチャンドラーはテノールであって然るべきですが、これも困ったことに逆になっています。そして普段は冴えない話し方ながら激昂すると迫力満点のロスも西語版では怒った時でさえ寝ぼけたような声。これでは魅力半減です。このミスキャスティングのオンパレードには「責任者出てこーい!」と言いたくもなります。

それでも日本語版よりははるかにマシです。そっちは最初(で最後)の再生時に二度と見る(聴く)もんかと思いましたから。とにかく女性の声優3人がひどい。十代前半のような幼い声を耳にして思わず「子供向けのアニメじゃないんだぞ!」と怒鳴りたくなりました。(これはおそらく意図してのことと想像するのですが、何か勘違いしている、そうでなければ視聴者をバカにしているとしか考えようがありません。)


(明らかに著作権を侵害しているのでぼかしかけときますね。)

今月からポルトガル語(ブラジル)での視聴を始めました。レイチェルとロス役がちょっと弱いような気もしますが、声優陣の人選は概ね妥当。オリジナルに忠実であるだけでなく健闘しています。(名脇役のジャニスが普通すぎて拍子抜けしましたけど。)問題は字幕付きでさえ内容がろくに理解できないこと。そのため葡語字幕なし→英語字幕付き→葡語字幕付きと各エピソードを3度ずつ観ることになりました。3度目の視聴時には字幕に解らない単語を見つけたら再生を止め、辞書で調べた上で単語帳に登録するようにしているのですが、たった4話で登録数が3桁に達してしまいました。この増加ペースだと先が恐ろしくなりますが、(たぶん前に書いたように)葡語の音声が収録されているのはシーズン1、3、および10のみです。救われたというべきか?(音声と字幕の言語が異っていては視聴する気になりません。学習効率もかなり落ちるでしょうし。)その後は 「スイート・ライフ」も葡語(ポルトガル)で視聴する予定です。

事後的

2014年05月09日 | 雑感
先の日曜日(高倉峠へ行った翌日)は休養日として撮り溜めしておいた番組を観ていたのですが、それらの中で「左手のピアニスト 舘野 泉 再びつかんだ音楽」(NHKアーカイブス)から強い感銘を受けました。(舘野さんは演奏会中に脳出血で倒れ、その後遺症で右半身に麻痺が残りますが、左手のために書かれた作品のみを演奏するピアニストとして復活を遂げられました。私はこの人が出演する番組は可能な限り観るようにしています。)そのラストシーンにて、ピアノ演奏を終えた舘野さんはしばらく放心状態でしたが、やがてこう呟かれます。

 「ありがとう」って言うほかないや。
 「ありがとう」って誰に言うんだか知らないけど。

これが「2014年心に響いた言葉ランキング第1位」の座に就きました。(私にとっては2行目とセットになっていることがとにかく重要です。1行目だけだったなら「並の感動」で終わっていたでしょう。)それに続けて、

 もうほんとに・・・・・・すごい、いい気持ちだ。
 良かった、こう弾けて。

で番組は終わります。舘野さんが弾いていたのはバッハの「シャコンヌ」(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004の第5曲=終曲)をブラームスが左手用に編曲したものでしたが、自分が健康なままだったらこの編曲との親密な関係は築けなかっただろう、というようなことを述べられていました。それを聞いて思い出したのがこれ。(実は2013年の第1位でした。)

 起きた出来事は変えられないが、
 出来事の意味は事後的に決まる。

私は上をどこかのブログ(忘れた)で知りましたが、元は東日本大震災の復興支援プロジェクトを運営されている方の言葉のようです。2行目を「その出来事への向き合い方、その後の生き様によって意味は決まる」と自分なりに理解しています。が、実行がまるで伴っていない。良い意味を付与するには積極的思考と日々の精進が不可欠。と、わかっていてもできないのが自分の弱さ&甘さ。そう自覚しているのがせめてもの救いですかね(苦笑)。


インテリア

2013年11月18日 | 雑感

少し前に楽天市場で購入したUSA三大スポーツ(上から順にNFL、MLB、NBA)のライセンスプレート(新品デッドストック品ということで1枚500円)を職場の自室に飾っています。本当はNHL (アイスホッケー) も入れて四大スポーツなんですが、あまりに馴染みがないもので。

NFLはレイダーズのがあれば文句なしに「買い」でしたが、そのショップではあいにく扱いなし。(カウボーイズもそうでしたから、人気チームのは捌けてしまったということでしょうか? また他にペイトリオッツやパッカーズなども同店では売り切れでした。)他に特に好きなチームもないのに依怙贔屓もいかがなものか、などと迷った挙げ句、ヒューストン・オイラーズにしました。もうなくなってしまった球団(テネシーに移転後はタイタンズと改称)なので。(蛇足ながら現在ヒューストンにあるテキサンズは後にできた新興チームです。)

MLB(コロラド・ロッキーズ)とNBA(ロサンゼルス・クリッパーズ)については特にこだわりはなく、野球とバスケットボールであることがはっきり分かり、デザインもそれなりに良いものを選んだだけです。NBAでは同じくLAを本拠とするレイカーズのものがここここに掲載されている22種類の中ではダントツにカッコいいと思いましたが、「NFLより目立つのはケシカラン!」という理由で落選。


他にキャップもいくつか買いました。将来は外の作業で使うかもしれませんが、今のところはプレートと同じくインテリアになっています。こちらもアホみたいに安かったのですが(3つで1000円)、受け取った時はバッタもんをつかまされたのかと思いました。(内側には一応 "Officially Licence Product" の記載がありますが、そんなもんいくらでも偽造できますし。)というのもニューヨーク・ジャイアンツのヘルメットのロゴ(GIANTS)が私の知っているのと違っていたので。

で、調べてみれば1999年まで使われていた旧ロゴと判明。翌年から“ny”の二文字だけのシンプルなデザインに改められています。それを知らなかったのはちょっと恥ずかしい。

赤帽のペイトリオッツも以前紹介した弱そうなデザイン(~1992)が使われています。他もイーグルス(~1995)、ブロンコス(~1996)、シーホークス(同)が旧ロゴ。(唯一バイキングスだけが現行ロゴと同じみたいです。今年マイナーチェンジしたそうですが、区別が付きません。)

旧ロゴのグッズだけに、人によっては「喉から手が出るほど欲しい」品かもしれない(プレミアムが付くかも?)と思ったりもします。ただし値段相応というべきか、材質(綿35%、ポリエステル65%)のせいか、手に持ってみるといかにもチープな感じ。実は昨年、地元の平和堂で開催されていた鉄道忘れ物セールでマイアミ・ドルフィンズのキャップを500円で買いました。別に同球団のファンでもないのですが、色と字体が気に入ったので。

ところが年末にJRで帰った際、痛恨の置き忘れ!(疲労困憊していました。)再び拾得物の仲間入りとなってしまいました。ウール100%で丁寧な刺繍も施されていましたが、もしかしたらこれだったのかも。今思うと本当に惜しいことをしました。またどこかで出会えないものかと思っていますが・・・・・甘いですね。(買い直すのは癪だし。)

11月22日追記

こんなのも買いました。現在より4つ少ない28チームだった頃のグッズです。本当はシーツなのですが、何に使うかはまだ決めていません。

フレンズ(その後)

2013年11月09日 | 雑感
毎日1話ずつ見続けて今週からシーズン2に入りました。平日は朝に英語で1度、夜に西語でもう1度というのが基本的パターンです。(順番を逆にすることもあります。)

日本語のブックレットに全話の荒筋が書かれているので、ストーリーの大きな流れ(この長篇ドラマ全体として何が起こっているのか)はだいたい解るのですが、各回ごとに設定された小エピソード(毎回完結)はそうはいかない。最後のオチが笑えないとガクッと来ます。

またコメディゆえ10秒に1度ぐらいジョークやダジャレなどが仕掛けられているのですが(視聴者の笑い声が入っています)、こちらはさらに厳しく、打率(笑える頻度)は2割を切っています。字幕の単語を全て知っていてもダメ。やはりスラングとか符帳を憶える必要がありますね。

ところで2度目の方が理解できるというのはごく当たり前でしょうが、1度目に意味が取れた箇所が2度目はサッパリということもよくあります。面白いですね。「一方の言語の方が必ず」ということはないので、聴き取り能力の差とは違う理由だと思います。

「さすが」と「やっぱり」

2013年10月26日 | 雑感
このところサッパリ更新してないので「せめて放浪記ぐらいは」と思っているのですが、実は最近どこにも行ってません。今月上旬の土日は「廃人化体験週間」(10日間視聴無料のスカパー祭り)だったので、ずっと家に籠もってNFLのゲームを観てました。(生中継と録画を合わせた総視聴時間は優に24時間を超えます。)そして先週からは、この前購入したDVDとブルーレイで海外ドラマを視聴する毎日。(基本的にそういう性分なんですね。ちなみに「7カ国語を・・・・」の先生も同じらしい。)

ということで減量プランは一時中断、どころか一気にリバウンドしているので明日ぐらいはどこかへ・・・・・と思っていますが、大雨の直後なので山は無理(危険)です。さて、どうしよう?

ところでNFLは今年も面白いです。解説者による開幕前の予想は結構外れています。その最たるものが昨年2勝14敗だったチーフスの開幕7連勝。この前河口さんが「言い訳になりますけど、予想が当たらないのはそのリーグが健全に運営されていることの証拠です」などと語っていましたが、的を射ていると思いますね。それだけ徹底した戦力均衡が図られているということですから。

常勝軍団のペイトリオッツも主力の相次ぐ移籍と故障(逮捕というのも1件)によって戦力が大幅ダウンし、「今期は大丈夫か?」「ダメなんじゃないか?」などと言われていましたが、蓋を開けてみれば5勝2敗で地区首位。(そもそも制度的に不可能なのですが、)金にモノを言わせた補強をしている訳ではなく、優れた戦術と限られた戦力をうまく使うことで勝ち続けているのは見事の一言に尽きます。第6週のセインツ戦にはしびれました。最終クォーターに逆転され、再逆転を狙った2度のドライブも失敗。残り2分余りでセインツに攻撃権が移った時点では誰もが「勝負あり」と思ったことでしょう。後で観た「NFLウィークリー」でも現地のアナウンサーがそのように言っていましたし、バックには次々とスタジアムを後にするホームの観客が写っていました。

ところがところが、残り1分13秒、自陣からスタートしたドライブをQBブレイディは確実に進め、残り10秒からのプレーでタッチダウンパスを通し逆転(この動画の4分過ぎから)。それだけでも凄いことですが・・・・・これも先の「NFLウィークリー」でのシーンですが、彼はベンチで「残り10秒で勝負をかける」と仲間に言っていたのです。(残り時間はまだ2分以上ありました。)これには震えが来ました。その予告通りに逆転勝ちを収めてしまうとは!「さすが」としか言いようがありません。

「さすが」といえばブロンコスのQBペイトン・マニング(マニング兄弟の兄の方)も然り。コルツから移籍した昨シーズンは、それまで勝ち越すのがやっとだったブロンコスを地区優勝(13勝3敗)に導き、今シーズンも6勝1敗でチーフスの後にピッタリ付けています。壮絶な撃ち合いとなった第5週のカウボーイズ戦の終盤には唸らされました。48対48の同点で攻撃権を得たマニングは絶妙のタイムコントロールでボールを少しずつ前に進め、ラストプレーのフィールドゴールでキッチリ3点取って勝利。その少し前のプレーでは、ボールを渡すランニングバックに「絶対に得点するな」と念を押していたそうです。この沈着冷静さも「さすが」と言わざるを得ません。

マニングもブレイディも殿堂入り間違いなしの超一流選手ですが、それどころか「生きる伝説」とまで賞讃されており、私は彼らと同時代を生きていることに感謝しています。決して大袈裟ではありません。喩えるのも難しいですが、強いて他の競技から挙げるとすればペレかマイケル・ジョーダンあたりになりますかね。音楽家ならマリア・カラスやディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウなど。(余計訳分からんかな?)

ところで、そのゲームで球団記録となる506ヤードを獲得するなど素晴らしいパフォーマンスを示したのが対戦相手カウボーイズのQBロモ。ところが同点からの勝ち越しを狙った最終盤のドライブで痛恨のインターセプトを喫し、ブロンコスに攻撃権を献上(ハイライト動画の5分50秒から)。またしても敗戦の責任を負うことになってしまいました。やっぱり勝負弱いわ。

その後の連勝でカウボーイズは何とか持ち直し現在4勝3敗。ところが同地区のライバルも低迷しているお陰で首位に立っています。そして・・・・・

同地区の最下位がイーライ・マニング(弟)率いるジャイアンツ。もともとイーライはスロースターターですが、今シーズンは開幕から絶不調で6連敗。(先週ようやくにして初勝利。)とにかく好不調の並が激しい選手だけに今年は「はずれの年」なのかな、とも思いますが、それにしても酷すぎます。それでも地区全体が低迷しているお陰で首位カウボーイズとはまだ3勝差。今後の同地区対決で全勝すれば追い付くことも十分可能ですし、過去には8勝8敗、さらには一度だけながら7勝9敗で地区優勝したケースもあり、プレーオフ出場の目はまだ消えていません。(これはラッキーとしか言いようのない展開です。)何か「もってる」人だけに、ひょっとするとひょっとするかもしれません。