MEDINT(医療通訳研究会)便り

医療通訳の制度化を目指す医療通訳研究会(MEDINT)のコラムです
~続けていくことこそ難しい~

「外国人の医療・福祉・社会保障相談ハンドブック」

2016-11-28 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
すっかり秋も深くなってきましたね。
皆さんお元気ですか。

12月10日の医療通訳セミナーの準備が進んでいます。
土曜日でお仕事の方も多いと思いますが、
お時間のある方は、是非ご参加くださいね。
たぶん、はじめての通訳者のための3箇所同時開催です。
愛知、大阪からも一人でも多くの方に参加していただき、
医療通訳者の声を届けたいと思います。
皆さんのお力を貸してくださいね。

*********************

10月は、私のキャパでは結構一杯一杯でした。
ずっとipod classic(古い!)で音楽を聴きながら乗り切りました。

そのひとつが、「外国人の医療・福祉・社会保障相談ハンドブック」の作成です。
このハンドブックはNGO神戸外国人救援ネットが以前(2009年3月)に発行したものを
2012年の入管法改正などをうけて加筆修正したものです。
今回は、以前入っていなかった「医療通訳」をいれました。
書き始めて、医療通訳は何の法律もないなあということに気づきました。
というか、そもそも医療通訳は何を根拠に行われるのかということが
統一見解となっていないことに愕然としたわけです。
ただ、「参加することに意義がある」というか、
外国人の医療と福祉に「医療通訳」の視点を入れるだけでもいいと思って書きました。
たった6ページですが、
次回改定の時にはもっとたくさんページ数をさけるようにと願っています。

興味のあるかたは是非ご一読くださいね。
宣伝になりますが、購入方法は以下のとおりです。
(MEDINT会員の方には別途お声かけをします)

*********************

「外国人の医療・福祉・社会保障相談ハンドブック」

外国人の相談を受ける際に問題となることが多い医療・福祉・社会保障制度につい
て、在留資格の有無や種類による利用の可否やその運用のほか、災害時の支援策や通
報義務、医療通訳等についても解説。2012年の新たな在留制度に対応。

【発行】福島移住女性支援ネットワーク(EIWAN)
【編集】外国人生活・医療ネットワーク関西/外国人医療・生活ネットワーク
【価格】1部1000円 (郵送の場合は160~300円の送料が別途必要です。)
(B5判 189頁)

●目次
はじめに
第1章 外国人の社会保障・社会福祉の権利
第2章 制度の活用
(生活保護 国民健康保険 後期高齢者医療 健康保険  
介護保険 自立支援医療 入院助産制度 感染症予防法  
精神保健福祉法 難病患者のための医療 無料低額診療 
制度 行旅病人法 小児慢性特定疾患治療研究事業 母
子健康手帳 養育医療 予防接種 救急医療費損失補て 
ん事業 国民年金・厚生年金 児童手当 児童扶養手当 
外国人と労働法)
第3章 災害時の支援策と外国人
第4章 通報義務と相談・支援活動
第5章 医療通訳
【資料】関係法令通知類を掲載

【お申し込み】
お名前、住所、電話番号、メールアドレス、必要部数をご記入の上、NGO神戸外国
人救援ネットにメールまたはFAXでお申し込みください。

「外国人の医療・福祉・社会保障相談ハンドブック」編集委員会
(連絡先)〒650-0004 神戸市中央区中山手通1-28-7 NGO神戸外国人救援ネット内
TEL & FAX 078-271-3270   mail : gqnet@poppy.ocn.ne.jp

〇お申し込みいただいた場合、12月になってからの発送となります。
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第2回 全国医療通訳者セミナー(ミニ!)

2016-11-21 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
先週のブログで、
医療通訳者の辛さをわかってくれるのは
同じ言語の医療通訳者と言うお話をしました。

もちろん、医師や看護師、ソーシャルワーカーの方々など
医療職の方にもたくさんお世話になっているんですが、
通訳者は意外と横のつながりの少ない仕事なのです。

そこで来月、全国の医療通訳者の皆さんとつながるミニセミナーを実施します。

様々な言語、そして在住や観光などの患者さんの背景を問わず、
日ごろ「医療通訳者」として活躍している(したい)皆さんと思いっきり話してみませんか?

私は愛知会場に参加します。
少し名古屋からは遠いですが、期待をこめて、
愛知会場は100名はいる教室をご用意しています。

第1部は東京からの講演を聞く形になりますが、
第2部では3か所をつないで、議論をしていきます。

医療通訳者は全国にいます。
本当はもっとたくさんの場所をつなぎたいのですが、
まずは3か所から。


医療通訳者が主役のセミナーです。
是非ご参加くださいね。


********転載歓迎*********


   第2回 全国医療通訳者セミナー(ミニ!)
夏のセミナーでは、全国の医療通訳者のみなさまと一堂に会して意見交換をすることができました。
今回は、3地域で同時開催となります!全国ならびに地域での繋がりを強めてみませんか。
第1部では海外の先行事例から学び、
第2部で今後のあるべき日本の医療通訳者像について議論していきたいと思います。

と き: 2016年12月10日(土)14:00 - 16:00

ところ: <東京>順天堂大学本郷・御茶ノ水キャンパス 
第2教育棟 三階 301と302教室(文京区本郷2丁目1番1号)
http://www.juntendo.ac.jp/intro/campusmap/

<大阪>大阪大学吹田キャンパス 人間科学部 東館106講義室  
        (吹田市山田丘1-2) 
http://www.hus.osaka-u.ac.jp/ja/access.html  
 
<愛知>愛知県立大学長久手キャンパス H棟201教室
           (愛知県長久手市茨ヶ廻間1522-3)
http://www.aichi-pu.ac.jp/access/ 

プログラム
第1部: 海外の医療通訳制度から学ぶ
「先行するアメリカから学ぶ」
森田 直美(東京医科大学兼任講師)
         「多文化国家オーストラリアの通訳資格」
久次 奈美(東京福祉大学社会福祉学部非常勤講師)
「欧州の医療通訳について」
大野 直子(順天堂大学 国際教養学部 講師)

第2部:「これからの医療通訳が目指すもの」
~3会場から中継で話をしてみます~
 
申込先: 参加会場を選んでお申し込みください。
 東京:tokyomedlab@gmail.com:森田直美(東京医科大学)
 大阪:nami3kinki@gmail.com :飯田奈美子(多言語コミュニティ通訳ネットワークmcinet )     
 愛知:nami3tokai@gmail.com :伊藤美保(Medical Interpreter Network Tokai MINT)

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敵が見えない

2016-11-17 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
外国人医療において、一番の困難は言葉の問題だと思っていました。
だから、良質な医療通訳を配置することで
医療のアクセスを確保できると信じていたのです。

でも、最近、そうでないケースがあまりにも山積みなので
だんだんわからなくなってきました。

思えば、以前は闘う相手がはっきりしていました。
「闘う相手」が必ずしも悪いというのではなくて、
法律や制度や通訳というツールやそういうものを駆使すれば
交渉したり解決したり、合意したりできたのです。

相手は、ブラック企業だったり、やくざまがいの派遣会社だったりもあったし、
労働基準監督署だったり、国保の窓口だったり、入国管理局だったりでした。
自分を通訳者という道具として最大限使うことで
問題解決の糸口がみつかっていました。
医療現場でもそれに近い状態だったと感じます。

最近では、「言葉」の問題に、「貧困」がからみ
そして「家族」が絡んできます。

医療現場で、日本語ができないだけでなく、お金がないだけでなく、
母子が夫から捨てられる、親が子どもをネグレクトする、
認知機能が落ちて判断ができない、遺棄に近い状態もあります。

こうなってくると、医療にアクセスする機会以前の問題なのです。
やはり、母子保健と精神疾患は時間がかかります。

外国人医療で通訳していると
そもそも病院にたどり着くまでが困難であるケースが少なくありません。

誰も悪くない。
患者の過去を批判することは、今やることではない。
だから、闘うべき敵が見えないのです。

ぐったり疲れて家に帰り
同じ言語の友人に話を聞いてもらいました。
やっと眠れました。
やはり、困ったとき医療通訳者の頼りになるのは同じ通訳者だよなあと思います。
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伝言ゲーム

2016-11-08 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
社会福祉士の授業の中で
アイスブレークとして「伝言ゲーム」をしました。

前の人の伝言を伝えて後ろの人にまわす
よくある伝言ゲームです。

メモ取りを禁止していたわけではないし、
時間を競っていたわけでもなく、
普通に前の人が言ったことを伝えるだけ。
全然難しくはありません。

なのに7人目の一番後ろの人には
季節や場所や名前などが間違って伝わっています。

これが私にはどうもわからないのです。

通訳者は言葉を発した人が言ったとおりの言葉を
短期的に記憶して、別の言語で訳出します。
日本語→日本語なら短期的に記憶してそのとおり言うだけの至極単純な作業です。
ため息や「え~と」といういい淀みまで再現してもおかしくありません。

なのになぜお話の根幹である季節や場所や名前が
間違って伝わるのか・・・・。

これはたぶん、「聞き方」の違いなのだと思います。
対話の中では細かいことを聞き漏らさずに聞くのではなくて
話を大枠で聞いてイメージするのが日常的です。
大切なことには耳をそばだてるけれど、
あまり重要じゃないときには聞き飛ばしてメモリを節約します。
つまり、聞き逃しても大変かどうかを判断しながら聞いている気がします。
よりわけて聞いているのだと思います。

しかし、通訳の場合は
通常、この言葉が大切かどうかをよりわけることはしません。
発語された言葉はすべて訳するのが原則です。
伝言ゲームのように再現することは日常茶飯事にやっているのです。

すべてを聞くから逆に、
いらない修飾語や挨拶や「事前のお断り(もしも・・たら)」みたいなものが
ごたごたとくっついているのに中身のない言葉は大きなストレスになります。

政治家の言葉はそういうものが多いですね(笑)。

最近「やさしい日本語」を医療従事者や行政窓口にという研修依頼が多いのですが、
「やさしい日本語」は通訳しやすいシンプルな日本語です。
聞いていてもイメージが浮かびやすいし、間違いがないので合理的でもあると思います。

話は変わりますが、
講師の仕事をはじめた頃、自分の話し方にコンプレックスがありました。
どうしたら聞き取りやすい日本語になるんだろうと
3年くらい悩んでいる間、落語を聞くことにしました。
結局、話している内容は同じでも話の「間」が大切だということに気づきました。
同じ日本語でも、「間」の違いで届くものも届きにくくなる。
自分も含めて、対話を仕事で使う職業人は「届く言葉」を意識しなければと思います。

余談ですが、最近では「落語」を聞くと眠くなるため、
朝の通勤ではハードロックを聴いてます!!
元気が出ますよ~。
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涙が枯れるまで

2016-10-31 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
ある研修でのワークショップでのこと。

「がんの告知を受けて、泣いている患者さんにはどうするか」というテーマで話し合いました。

通訳は「泣かないで」と伝えるのかどうか。
「大丈夫だよ。私が手伝ってあげる。」といっていいのか。
ましてや「治療が決められないなら、私に任せて。」ってどうなのか。

教科書にそって皆で考えていきます。

その中で、年配の男性の方が
「泣き止むまで待つ」とおっしゃったのです。

支援者はすぐに「何とかしてあげたい」と思います。
また、「泣き止ませて前に進みたい」とも思います。
医者がいらいらしているのをみると、こちらもあせります。

でも、患者の立場からすれば
混乱する中で、考えたりましてや前に進むのはとても難しい。

相談の窓口でも
最初に面談したときに、きちんと泣いてくれた人は
次の面談から少しずつ前に進めるようになります。
だから、涙はこころを整えるのに必要なものだと思うのです。

こういうワークをしていると
参加者から教えてもらうことが少なくありません。
その男性は通訳のベテランではないかもしれませんが、
少なくとも人生のベテランだなあと思いました。
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加齢と医療通訳

2016-10-24 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
先日、妹と歩いていたら
妹のお母さんに間違われました。
妹とは2歳しか離れてないのに・・・
暗がりでよく見えなかった(と思いたい)し、
妹が若く見えることは確かですが、
そのショックが今日も私の気持ちを暗くしています。
母はもうすぐ80・・・こんな丸々太った80歳っているのかな。

また、先日マスクをして歩いていたら、
おじさんからティッシュをもらいました。
そこに「薄毛の悩み・・・」と書いてありました。
(男性専用の外来だったようです)
家族にその話をすると、
「男性に間違われたんじゃないか」といわれて、
これまたショックを受けました。

年をとると、
性別まで超えてしまうのかと思いました。
(そういえば、おじさんかおばさんかわからない人っていますよね。)

自分が人からどのように見えるかって
自分ではわからないですね。
たぶん、そんな時は疲れた表情で歩いているのだと思います。
気をつけなければ。

*************************

年を重ねて思うことは、
自分自身の病気や加齢による体力の減退が
医療通訳には意外とプラスになるということです。

最初、通訳をはじめた30代よりも
今のほうがずっと患者は安心して任せてくれるような気がします。
もちろん、医療通訳の経験を重ねていることもありますが、
なんとなく、ある程度年齢がいっているほうが
根拠なく安心感があるようなのかもしれません。
私が40才を超えたくらいから
男性の患者さんも気兼ねなく「前立腺」とか言い始めたので(笑)。

もちろん、病気をしていないから通訳できないのでは
専門職とはいえないし、
医師や看護師は病気していないけれど医療行為をしています。

50肩の痛みも
自分で経験したらつらさは余計にわかります。
もちろん、記憶力は落ちるし、目も見えにくくなるし、
でも、人生の経験値はあがってきます。

医療通訳はできれば
出産も介護も自分自身の病気も経験した人に
やってもらえればいいと思える活動のひとつです。
不謹慎な言い方をすれば、自分の不幸すらも経験になる。

日本社会は加齢にきびしい。
若々しいことに価値を見出すし、
年齢を重ねることを怖がる傾向にあります。
でも医療通訳では
そうした人生経験も大きなプラスになることがあるなと思えるのです。

先週からずっと研修が続いていて
神戸市看護大の大学院で外国人模擬患者実習をし、
阪大の医療通訳コースでワークショップをしました。
明日は大阪信愛短期大学で国際看護の授業を担当します。

今は自分の専門がなんだかよくわかりませんが、
日本の医療通訳環境が整えば
外国人の人たちも住みやすくなります。

そのお手伝いができるようであれば
がんばらなければ~と思います。
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研修会の主役は参加者

2016-10-18 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
10~12月は学会とか研修会の季節です。

私自身も本業の相談員の仕事をしながら、
週3くらい、どこかの大学の授業か地域の研修に参加しています。

先週は医療通訳の研修会に行ってきました。
私はほとんどの場合、基礎のところのお話をするのですが、
いつも忙しい中、皆さん集まってくださいます。
この人たちが全員医療通訳をやってくれたらいいのになといつも思います。

大学の先生と研修についてお話していたときのこと。
「日本人の方が多い研修にはネイティブの参加者が少ないなあ」ということで一致しました。
日本のコミュニティ通訳の分野は
言語の種類が多く、ネイティブ通訳者の方にたくさん入ってもらわなければ成立しません。
そして確かに、研修をやっていてその違いを感じます

日本人の方中心の研修は
レジュメもきちんと作って
質疑応答も紙で書いて提出してもらう形をとらないとなかなか手をあげてくれません。
これは日本人学生を中心とした授業でも同じ傾向がある気がします。
授業を途中で止めるのは勇気がいるし、
一人目立つもの嫌だし、
間違ったら恥ずかしいのかもしれません。
事実、私もそうなので。

だから、日本人の方中心の研修では
ネイティブの方は結構おとなしくされているような気がします。

今年、2月に岐阜県の研修に伺ったのですが、
参加者のほとんどがネイティブの方で、
中国、南米、フィリピンのノリで、
日本人参加者の方々もそのノリにつられて
私自身も、本当に楽しい研修でした。

今回の研修も楽しみにしていたのですが、
とにかくワークをしても皆さんがわいわい反応してくださいます。

ネイティブの方は実際のケースを持っている方が多く、
苦労もいわゆる定説が通用しないものが少なくありません。
「教科書でそうはいっているけれど、
現場ではそれは無理だよ~」というものです。

そうした話を聞きながら、
じゃあ、こんな場合どうしたらいいんだろうねと
派遣団体の職員も交えて考えていきます。
フロアから新しい考えがでてきて驚くこともあります。

個人的には、わいわいがやがややる研修会のほうが好きですね。
福祉や医療の研修会はそういう形のものが多いので。
極端な話、「患者から缶コーヒーをおごってもらうかどうか」で
2時間くらい議論ができたら楽しいだろうなあとかとも思います。

今の日本の医療通訳研修には
先輩はいるけど、先生はまだいないと私は思っています。
一通訳者として参加者の方々と議論ができることが、毎回本当に楽しいです。

皆さんともどこかでお会いできればうれしいです。
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私はあなたに「医療通訳者」になることをすすめません。

2016-10-11 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
お金儲けがしたいなら、
私はあなたに「医療通訳者」になることをすすめません。
医療者と同様、そうした品性は患者と家族に伝わるし
なによりも良心的な医療者に伝わります。

「医療通訳」が一般名詞になって数年がたちました。
いろんな声が耳にはいってきます。
でも、医療通訳は日本語に通じない人が
医療を受けるために必要最低限のもの、当たり前のものです。

医療通訳を特別な人への特別なサービスと思うなら、
私はあなたに「医療通訳者」になることをすすめません。
私たちは外国人医療の当事者の一人ではあるけれど、
あくまでも医療機関と患者・家族をサポートするものであり
主役ではありません。

ずっと医療通訳をやってきた人には
今が異常な状況だと感じている人も少なくないと思います。
特に東京では、誰のことを議論しているのだろうと思うことすらあります。
だからこそ、医療通訳の役割をもう一度思い返して、
「ぶれないように」しなければ。

今週は佐賀県と岐阜県の医療通訳研修に伺います。
どちらの県も、何年もかけて医療通訳の事業に取り組んでこられています。
こういう場所にいけるのは、私にとってもがんばろうというエネルギーになります。
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何も足さない

2016-10-03 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
もう20年以上、秋から冬にかけて、会社の健康診断を受けています。

今回の診察はおしゃべり好きな高齢の先生でした。
ただ、お話の中で、ちょっと気になったことがありました。

「鎮痛剤はね、使わないほうがいいのよ。
私は頭痛とか肩こりなら鎮痛剤を使わなかったから、今でも元気なの」と。

たしかに先生はお元気だとおもいます。
でもそれは鎮痛剤を使わなかったからだけではありません。
例えば、強い痛みを慢性的に抱えている人に
そんなことを医師が言ってもいいのかなと思いました。
ましてや、はじめてお会いした健康診断の医師です。
私の持病や体質についてご存知なわけではありません。
それに薬は医師の指示で適切に使うことが大切なのではないでしょうか。

人は誰かが病気になると、その原因を決め付けたがります。
「がんになったのは○○をしたから」
「認知症になったのは○○を食べたから」
だから自分はそうしなければ大丈夫と根拠のない安堵を得ようとします。
そのことが、時に患者や家族を傷つけます。

最近「人工透析をしているのは
お酒を飲んで、ひどい食生活を直さないから自業自得」と書いたブログが炎上しましたが、
お酒を飲まなくても、きちんとした食生活をしていても人工透析になるし、
無茶な生活をしていても人工透析にならないひともいます。
もちろん、過度な飲酒や喫煙がよくないことは言われていますが、
病気というのはそんなに単純なものじゃないと思います。

何がいいたいかというと、
医療の現場で、専門職や影響力のある人の発言は
患者や家族を追い詰めてしまうことがあるという自覚が必要ということです。

医療通訳の中で
「何も足さない 何も引かない」ということが言われますが、
これは機械翻訳のようにやれといっているわけではありません。
こうした個人の主観を
もし医療通訳者が患者や家族に伝えたとしたら
患者や家族はどうしても影響を受けてしまうでしょう。

医療通訳者が勝手な主観を足すことで、
診断や治療に影響を与えてしまう存在であるということを
強く意識しておかなければなりません。

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ダブルライセンス

2016-09-26 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
クリニックの先生方とお話していると、
「通訳者をひとり雇うのは小さいクリニックだと大変。
だから、他の医療関係の仕事をしながら通訳してくれると
助かるんだけどな」とよく言われます。

確かに、
集住地区で、毎日外国人患者がくるような場所なら別ですが、
そうでなければ、医療関連の仕事を持つスタッフに医療通訳もしてもらえばいい
という意見が経営者側からでてきても、おかしくはないと思います。

実際に、看護大学などで留学生と話していると、
クリニックの受付のアルバイトをしていて、
外国語ができるから重宝される・・・とかいう話はよく聞きます。

この「ダブルライセンス」の考え方は
ずいぶん前から議論されています。

「言語の習得だけでも大変なのに、そのうえに医療関連の資格をとるのは無理だ」
「他の人と同じだけ仕事をして、その上に医療通訳をやるのは労働強化だ」
「本来業務を圧迫してしまうし、どちらの業務も中途半端になるのではないか」

などの心配がでてきます。

かたや
「外国人患者が多くないのだから、ぼ~と待っている時間はつらい。自分も他の仕事がしたい」
「医療職の給料の上に、職能給のような形で医療通訳の技能を認めてもらえるなら言語の勉強もしたい」
「2世として生まれて、子どもの頃からバイリンガルだから、本来業務だけでなく、医療通訳としても活躍したい」
などの考え方もあります。

私が危惧するのは
「医療通訳者はダブルライセンスであれ」ということになってしまうと
医療資格を持つ人しか医療通訳ができないということになってしまいます。
私は必ずしも医療通訳者が医療資格を持つ必要はないと思っています。
患者と医療者の中立に立つのであれば
どちらにも所属していないほうが、やりやすいこともあります。
ですから、医療通訳者はあくまでも「医療通訳」の専門職であるべきです。

ただし、地方都市などでは、医療通訳者を専門職として病院が抱えきれないこともあります。
それならば、なんらかの医療資格をもって病院に入るのもまたひとつの手段かもしれない。
私は社会福祉士の資格をとりましたが、
実習に行って、とても医療通訳との両立は無理だと実感しました。
でも、外国人のあまりいない地域なら、可能性はゼロではないとも感じます。

医療通訳環境は多様性のある場所であるべきだというのが私の持論です。

もし、地方都市でベトナム語の医療通訳者が欲しいなら
ベトナム人2世の人に奨学金をだして看護師養成するくらいのことを
考えてみてもいいのではないでしょうか。
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一年に一冊

2016-09-19 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
以前、本屋さんに「医療通訳の本の棚を作ること」が目標ということを書きました。

単著でも編著でも共著でもいいので
外国人医療に関する書籍がある程度増えていかないと
社会的な認知を得ることができないという考えからです。

もちろん、ネットのほうが手軽に手に入れられるし、
実際に論文などではネットで手に入る論文等のほうが引用が容易です。
ただし、書籍を手に取り線を引いたり付箋を貼ったりしながら、しっかり読み込むことも
とても大切だと思っているし、そういう時間が私はとても好きなのでやはり書籍にこだわります。

いつのころからか、せめて1年に1冊は本にかかわりたいなと思ってきました。
昨年は、「実践医療通訳」という連利博先生と阿部裕先生との編著を上梓しました。

今年は、多文化間精神医学会の皆さんを中心に
野田文隆先生と秋山剛先生を編者とした本に参加させてもらいました。
「あなたにもできる外国人へのこころの支援」 岩崎学術出版社 2016.9

内容は、在住外国人支援の中で「こころの支援」をする際に
医療者、支援者、日本社会の皆さんに知っておいてほしいことが網羅されています。
特に、初学者にもわかるように、ハウツーにも対応できるようになっています。
目次を引用すると・・

はじめに
 パート Ⅰ 知ってほしい:外国人へのこころの支援のイロハ
 パート Ⅱ 立場で違うこころの問題①
1 本人の場合
2 配偶者の場合
3 児童の場合
 パート Ⅲ 立場で違うこころの問題②
1 留学生では
2 難民・難民認定申請者では
3 外国人労働者では
4 国際結婚では
5 中国語精神科専門外来では
 パート Ⅳ こころの支援者や団体を活用するコツ
1 国際交流協会と連携する
2 スクールカウンセラーを利用する
3 医療通訳を使う
4 保健師に相談する
5 精神保健福祉士に相談する
6 心理士に相談する
7 精神科医に相談する
 パート V 医療現場で実際に起こること
 パート Ⅵ 文化的背景を知らないと困ること

私は「医療通訳を使う」の項目を書きました。
在住外国人の精神科支援の場面を通訳できる通訳者は多くありません。
従って、「医療通訳者を探す」ことは結構難しいと感じることもあります。
しかし、家族や子供がやることがよい場面ばかりではありません。
先日書いた「医療通訳を使う」という表現についても賛否両論があると思いますが、
日本社会ではまだ医療通訳以前の問題も多いので
外国人の心の支援におけるコミュニケーションについて広く取り上げました。

私の周りでは「こころの支援」を含む医療通訳場面が少なくありません。
うつや統合失調だけでなく、子供の発達障害や家族の問題、依存症など
たぶん、日本の医療の中で、もっとも解決が難しく、でも一番通訳者を必要としている
分野のひとつだとおもうからこそ、皆さんにも目を向けてほしいと思います。

医療通訳において「精神科は置いておいて・・・」の議論では意味がありません。
患者のつらさは、どちらがつらいと計れるものではないのです。

図書館に頼んでいただければ、
いろんな方の目に留まっていいかもしれませんね。
よろしくお願いします。

今週は湯治で秋田に来ています。
最近では、夏の終わりに身体をリセットしておかなければ
年末まで持たないようになってきました。
ちゃんと休んで、また戻ります。
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2言語優先か、全言語実施か?

2016-09-12 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
日本医療教育財団による「医療通訳技能認定試験」がはじまります。
https://www.jme.or.jp/exam/sb/index.html

これは「技能認定」という形です。

現在、日本の医療機関においては
医療通訳者を使うにあたっての不安として
「この通訳者は信用できるのか」をあげています。
であれば、こうした指標は医療者にとっても
歓迎すべきものなのかもしれません。

ただ、これには心配もあります。

日本のコミュニティ通訳の現場は多言語です。
在住外国人数をみればわかりますが、
英語以外の多言語で構成されています。
ゆえに、いくつかの言語だけが認定されていて
他の言語は認定されていないという不安定な状況が起きるのではないかということです。
認定試験ですので、業務独占とは言いませんが、
名称独占にしても、技能認定されていない言語の通訳者は
いつまでたっても「技能認定されていない」通訳者になってしまう。

そんなことは「技能認定」を作っていらっしゃるかたも理解されていると思いますし、
もちろん、できることからはじめるというのは
何事においても大切なことです。

ただし、外国人支援の現場にいる立場から
外国人患者にとって何が必要かよりも
日本社会にできることを優先してしまうと
それで終わってしまう日本社会の「飽きやすさ」も嫌というほど見ています。

英語と中国語を中心に「技能認定」してしまうと
他の言語通訳者が「偽者」のまま地域に残されてしまうのではないかとの
危惧がどうしても抜けないのです。

また、英語以外の言語は
日本人ではなくネイティブ通訳者が圧倒的に多いために
「試験」の内容にも配慮が必要です。

ただ、箱は開き始めています。
だめだめというだけでは前には進みません。
「技能認定」に反対しているのではなく、
今後、他の言語への配慮がきちんとなされるように強く望みたいと思います。

この状況を見ながら
当事者の皆さんには失礼なたとえかもしれませんが、
北方領土の2島返還と全島返還の議論に似ているなと感じるのは
私だけかもしれませんが・・・。
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バウンダリー(心の境界線)について

2016-09-05 10:42:35 | 通訳者のつぶやき
「医療通訳者」及び「医療通訳ボランティア」研修の中で
必ず問題になるのが、このクライアント(患者、家族)との
「バウンダリー」つまり「心の境界線」についてです。

特に経験の少ない通訳者は
この境界線の引き方でつまづいて、
医療通訳を引き受けられなくなることがあります。

だから、医療通訳者の自己管理の一環として
きちんと「境界線」という概念を自覚しておく必要があります。

20年ほど前の私の話をします。
当時、入管法改正から5年以上経過して、
日系南米人の中には
長引きすぎた出稼ぎで疲れている人たちが多くいました。
また、阪神淡路大震災からも数年たって
街が落ち着いてきた時期でもありました。

Aさんからも最初は相談ということで電話を受けるようになりました。
今のように、在住外国人の精神疾患についての
論文や研究がなかった時代のことです。
だんだん、私もこの人が精神疾患であることに気づきはじめて、
少しずつ信頼関係を作って精神科への受診を促して、受診を始めたある日のこと。
公衆電話からの電話を受けました。

「もう死にたい」

突発的な言葉でしたが、その時どうしていいかわかりませんでした。
もともと、この人がとても孤独であることは理解していました。
一通訳者がこの言葉をどうすればいいのか途方にくれました。
結局、この人にもしものことがあったら
母国の家族に連絡するということを約束して、
二つの電話番号を預かって
そのあと、この人のところに飛んでいきました。
とりあえずその日は落ち着きました。

ちなみに、Aさんは今も元気で暮らしています。

知識のない状態でそれが必死で考えた対応策でした。
今考えても、なんてことをしたのかと思います。

通訳と友人は紙一重、
通訳と支援者も紙一重です。

でも、その紙の境界線をきちんと担保することが
専門職としての通訳者に求められるのです。

私はどうして一人で決めたのでしょうか。
精神科やソーシャルワーカーに知り合いがいなかったからです。
相談すべき団体や仲間がいなかったからです。
そして、何よりも私が動かなくても
他にふさわしい人がいたかもしれないのに、
そのことを知らなかったからです。

私が通訳者としてやらなければいけないことは何か。
もしかしたら、私自身もAさんに依存していたのかもしれません。

団体に所属している人は、団体のルールで
そんな問題も最初からクリアされているといいます。

でも、その団体のルールを決めた時点でも
バウンダリーに苦しんだ通訳者が何人かいて、
みんなにその苦しみを味合わせないためにこのルールを作ったのです。

個人で通訳を受けている人や
団体があっても通訳を守ってくれない、理解してくれない場合は
通訳者が自分で判断しなければいけないケースが今でもあります。

通訳を断るのは簡単でした。
でも、断ることはできなかった。
では、どうすればよかったのか。
それこそが、医療通訳の倫理の中で学ぶべきことなのだと思います。



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医師法19条と医療通訳

2016-08-28 21:40:10 | 通訳者のつぶやき
関西と関東の外国人医療支援をしているグループで
外国人の医療と福祉のハンドブックの改訂版の準備をしています。

医療と福祉関連の外国人支援にかかわる法律や通達など
支援者に知っておいて欲しいことを、
専門のNGOや支援者が書いています。

その医療通訳に関する項目を担当するにあたって、
医療通訳を受ける権利に関する法律って何があるだろうと。

たとえば時々、セミナーなどで聞く医師法19条「応召義務」について
皆さんはどう思いますか?

第一九条 「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、
正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」

これを根拠に外国人の医療を拒んではいけないというがもいます。

でも、私はそれは違うと思います。

医師にのみ、外国人医療の負担を押し付けるのはどうなのか。

今まで、いろんなところで医療通訳を断る時、
「あなたが通訳をやらないならば診ませんよ」
「患者を殺すんですか」
と、言われてきました。
その時は一種の脅迫だよなあと思いました。
通訳できる人が、そこにいるのに通訳しないのは
医療通訳者としてどうなのか。

それと同じことを医師にいうことになるような気がするのです。

誰かが悪いというのは簡単です。
患者の擁護をして医療機関と喧嘩をすることもありました。
でも、それは誰のためにもならないのだということも知っています。

誰かだけの負担や義務から発生する事態は
どこかでほころびが起きるものです。
医療機関だけに「義務」として外国人の診療を押し付けるのは
現実的ではありません。

司法通訳のように
「国語に通じない者に陳述させる場合には,通訳人に通訳をさせなければならない」(刑事訴訟法175条)
という法律があれば、予算もつけて
司法通訳人の人たちは、この法律を根拠に通訳環境についての議論ができます。

でも、医療通訳はそもそも根拠となる法律がないところで議論しています。
法律がなくても、せめて通達があればなあと思うのです。

医療通訳セミナーが終わりました。
こうしたセミナーをやるたびに
医療通訳者は声をあげ、強くなってきているような気がします。
とても頼もしく、まぶしく、うれしく思います。

セミナーの中で
ブログを読んでくれているという方に何人かお会いしました。
本当にありがたいです。

たまにしか更新しないブログに
辛抱強く付き合ってくださりありがとうございます。

もうすこし更新頻度を上げて情報発信できるようにしたいなといつも思うのですが、
これからもおつきあいくださいね。
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コミュニティ通訳の中の医療通訳

2016-08-18 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
ここ15年ほど、ずっと「医療通訳」のことを考えてきました。

でも、私の出発点は外国人支援と
スペイン語でのソーシャルワークで、
その中でも一番大変で言語的な社会資源が少ないのが「医療」分野だったので
「医療通訳」からはじめたのです。

あくまでも心の中では
まず「医療通訳」をと考えてきました。

また、私が「医療通訳」から始めたのは、
日本の担当省庁が医療、司法、行政、教育とそれぞれ分かれているからです。
いわゆる「縦割り」というやつです。

「コミュニティ通訳」のくくりで制度がつくれるのは、
オーストラリアのように「移民を支援する省庁がある」こと、
アメリカのように「移民に関する法律が作れること」が最低条件です。

日本には現在、「移民のため」の省庁がありません。
入国管理局は移民のための省庁ではなく、
あくまでも移民を管理するための機関です。

あえて言えば地方自治体が住民サービスという立場から
「コミュニティ通訳」を考えることができると思いますが、
地方自治体によって地域格差が大きいです。

最近、医療通訳だけを議論していると
思考が引きちぎられるような気がします。

私の興味は、あくまでもその後ろにある「生活」だからです。

病気が治るだけでは、健康は取り戻せない。
元の生活は取り戻せないことが多すぎる。

だから、やっぱり「医療通訳」でなく、
「コミュニティ通訳」の中の「医療」という立ち位置でなければ
なんとなくしっくりきません。

ただ、現実を見ると
「コミュニティ通訳」の制度化を実現させるためには
ユーザー側のニーズや社会的合意、制度を作ることのできる場所が必要で
それに一番近い場所にいるのがあえて言えば医療通訳なのではないかと思います。

全部を一度に実現するのか
まずは実現しやすいものから実現していくのか。
これは戦略的な課題です。

ただ、ユーザーである外国人利用者はどう考えているのだろう。

たぶん、今議論が進んでいる方向と
違う声がでてくるのではないかあと思います。

先日、「手話を生きる」 斉藤道夫 みすず書房を読みました。
最初、やっと図書館で順番がまわってきたから読んだのですが、
付箋だらけになってしまったので、あわてて購入しました。

言語である日本の手話のことを本当に知らなかったんだなあとあらためて認識したし、
音声言語である外国語通訳を考える上でもすごく参考になりました。

ろう者が必要としている手話は本当はどれなのか。
ろう児が必要としている教育はどんなものなのか。

外国語の医療通訳が
本当に利用者である外国人当事者が必要としているものになっているのか。
それを目指すことができているのか。
病院や医師が使い勝手のよいだけのものになっていないか。
あらためて自問自答しています。

8月27日、28日の医療通訳者セミナー、是非いらしてくださいね!
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