相互理解とは、文字通りお互いに理解し合うこと。
ここで注意しなければならないのは、互いに自分の視点から相手を眺めても、得られるものは限られているということです。「相手が何を理解してもらいたがっているか」という視点が決定的に重要だと私は考えています。
私は元来理系コースの人間で、高校では地理を選択しましたから、世界史の知識は非常に乏しいと言って良いと思います。しかし、そのわずかばかりの知識の中でも、南北朝鮮が誇り高い人々の集まりであることを窺い知ることは容易だと考えています。
古より、朝鮮は超大国である中国の歴代国家と陸続きに国境を接してきました。何故だか知りませんが中国は世代が変わろうと常に大国でしたから、朝鮮単独では対抗すべくもなく、中国から属国として支配されたり、時には滅ぼされたりしていることは私も知っています。それだけでなく、日本海には倭冦が存在していましたし、秀吉が率いる日本の出兵を受けたりもしています。千数百年もの長きに渡って、厳しい立地条件の中で歴史を刻んで来ているわけですね。大国に攻められ、滅ぼされても不屈の闘志を以てその度に立ち上がり、国家を再興してきた。そういう歴史なのだと私は理解しています。国の大小が戦争の勝敗を決めることはあっても、国の大小が国民の優劣を決めるものではない。その思いは、勝てないと分かっていながらも太平洋戦争に突入して行った我が国が、他のどの国よりも良く知っていることです。
私がここで注目したいのは、極めて困難な条件にありながらも、朝鮮の人々が自らの民族としての存在を守り続けて来たことです。中国の支配を受けたからと言って、「じゃあもう、いっそ中国人になればいいじゃないか」というような人たちは、現代の南北朝鮮に住む人たちの御先祖さん達の中にはいないわけです。もちろん、歴史の中で大陸内部に移動した人たちや、日本に渡って「渡来人」となった人たちは大勢いらっしゃるわけですが、いま南北朝鮮にいる人たちはそうではない。自分たちの民族、自分たちの生まれた故郷、自分たちの文化を固く守って来た人たちなのですね。これは、誇り高い人々にしか出来ないことです。
そのように誇り高い人々が、「未来永劫に大国の圧力に屈しなくて済むような力を持てる」と思ったならば、いかなる犠牲を払ってでも手に入れようと試みるのは自然な話だと私は考えます。
さて、タイトルで掲げた300万という数字ですが、これは1990年代に北朝鮮で餓死された人々の数です。
北朝鮮から公式に発表される数字は存在しませんから、300万人という数は推計で、報告によって33万人から840万人という幅がありますが、いずれにせよ途方もない犠牲です。この厳しい時期にもGDP比60%とも言われる軍事費への支出は続いており、もちろん核ミサイル開発にも巨額の費用が投じ続けられてきました。2300万人と言われる北朝鮮の人口から、10年で300万人もの人命が失われている状況は、想像を絶するものだと思います。そして今もなお、年間数万人が飢餓で命を落としているとも言われています。
核ミサイルのある未来史と核ミサイルのない未来史とを比べた上で、それだけの犠牲を払う価値がある、つまり国家の指導部は「核ミサイルさえ完成すれば、千数百年の犠牲の歴史に終止符を打てる」と考えていると見るべきで、これはもう断固たる決意と言ってよいでしょう。先進国首脳会議G8が「もっとも強い言葉で非難」しようと、無意味なことです。そもそも大国の圧力を跳ね返して自らの民族を守るために、膨大な犠牲を払って手に入れた唯一の「希望」ですから、大国からの圧力で手放すわけがありません。なので、余程のことがなければ「彼らが自ら核を手放すことはあり得ない」という前提の下で、我々がとるべき行動を考えねばならないでしょう。
私が通勤電車に揺られながら考えていたことは、「国の誇りとはなんだろう」ということでした。
民族の独立、文化の継承は確かに非常に重要なこと。しかしながら、そのために今ある国民の命を犠牲にすることが上記の考察のように正当化されてよいのか?未来の国民の生命のために、今ある国民の生命を犠牲にするという選択が許されるのだろうか?300万人を犠牲にすることで未来の3000万人の命を救うことになるのかもしれないけれど、人の命とはそういう「算数」で計算して良いものなのか。
300万人といってもピンと来ないかも知れませんが、実は日本人にとっても意味のある数字です。
軍人210万人、民間人90万人。
これは我が国が太平洋戦争4年間で失った人命で、その数、合わせておよそ300万人です。我々の享受する平和は、我が国の国民300万人、そして我が国と戦った国々の方々の尊い犠牲のもとに達成されたものです。
走る電車に揺られながら、聞こうと思わなくても聞こえて来るくらいの大きな声で熱心に話し続ける高校生の会話に私が感じたことは、彼らは「今日と同じ明日が永遠に続いてゆく」と疑いもせず信じているのだろうなあ、ということでした。四十路にもなると現実にそんなことがあるはずがないと分かって来るけれど、若者がそのように思える社会を我々の先輩たちが築き、そして維持して来たことこそ、我が国の誇りなのだなと私は思います。
そしておかしなことではありますが、車内で思いを巡らせていたもう1つの歴史上の出来事は、「無血開城」あるいは「大政奉還」でした。黒船来襲後の日本において、充分な戦闘能力を持つ徳川幕府側が全面戦争することなく大政奉還したという史実は教科書に書いてありますが、鵜呑みにしないでちょっと考えてみれば、俄に信じ難い出来事です。何しろ日本人の中で最も誇り高い武士集団の総元締が幕府です。ハラキリの言葉が生まれる母体となった武士の行動規範に照らせば、戦わずして政権を明け渡すという決断がどれほどの胆力を要するものか、想像を絶するように思います。坂本龍馬が偉かったのか、それとも徳川慶喜が偉かったのかは私にはよく分かりませんが、武力衝突はあったものの、その後で諸外国に漁父の利を取らせるほど国力を疲弊させる規模のものではなかったわけですから、当事の日本の中心にはそれなりに先見の明があった人々がいた、ということになります。
互いに2つの朝鮮を認める、あるいは南北朝鮮を統一する、いずれにしても南北朝鮮いずれの指導者や国民には断腸の思いが生ずることは避けられないのでしょうが、同じ言語と文化を持つ同胞の間ですら互いに認め合い、融和することが出来ないのであれば、周囲の諸国家と友好関係を維持することなど出来るはずもない、と世界中が思うことでしょう。
東西ドイツは戦争することなく統一を果たしましたし、幕末の日本も全面的な内戦を避けながら新政権に移行しました。朝鮮民族が真に誇りある人々の集まりであれば、ドイツ、そして日本に出来たことが出来ないはずはありません。同胞相食む内戦が始まる前に時間を戻すことは出来ませんが、63年に及ぶ内戦をいかにして収束させ、その戦史に終止符を打つか。その手並みによって、周囲諸国の信頼と尊敬を集められるかどうかが決まって来るでしょう。
「未来永劫、決して周囲国家から圧力を受けることのない国家基盤を整備する」
このために北朝鮮が膨大な犠牲を払って努力してきたことを、私は理解したと思っています。そこからもう一歩進んで、平和を愛する国として国際的な信用を得るためには、核兵器を手にしようと決意したときと同じだけの強い意志を以て、「武力を振りかざした外交を行わない」という方針を数世代に渡って堅持し続ける必要があるでしょう。
日本は太平洋戦争後の68年間、戦闘を目的に国外に軍隊を派遣したことはありません。この長い積み重ねの結果、日本を「好戦的国家」と看做す国は世界の中で少数派になっているだろう、と私は信じています。
北朝鮮の指導者が、振り上げた拳をどこに降ろすのか。それを考える過程では、おそらくは難しい決断を迫られることにもなるでしょう。しかし、その困難を乗り越えて、若者が餓死や戦争で突然に命を奪われることなく「今日と同じ明日が永遠に続く」と信じられる社会の建設に向かって舵を切る英断を切に願っています。
激動の20世紀に我々の戴いた天皇陛下は、建国以来の不敗の伝統を自らの代で断ち切る決断をして下さいました。日米間には勝敗以外の決着は存在し得ませんでしたが、南北朝鮮の間であれば、勝者も敗者もない結末を導くことが可能だと思います。ここは是非とも南北指導者集団の叡智の結集を見せていただきたい。願わくば1950年代に38度線で引き裂かれた人々が存命のうちに。