原発関連の話が続いてますので、食傷気味だとは思いますがしばしおつきあいを。
確認ですが、自分の立場は「原発は可及的早期に廃止すべきだが、次世代エネルギーが普及するまでは動かし続けるしかない」です。何のプランもなく性急に原発を廃止する愚行によって、大量の死者が出ることと、次世代エネルギーの開発の芽を摘んでしまいかねないことがその理由です。未来永劫、原発に変わるエネルギー源など出てくる見込みがないのなら、前回記事のように敢えて江戸時代に戻る覚悟をしてもいいのだけれど、各種の新エネルギー源の萌芽が見えているのだから、これを完成させて未来につながなくてどうするっての。あと数十年の辛抱で、何万年以上にもにわたって私たちの子孫のためにエネルギーを生産し続けてくれる技術が開発されるなら、いま我々の世代が我慢するしかないでしょう。
これまでのエントリーで、「国家が経済破綻すると自殺者が増えるし、病気で死ぬ人が増える」って話を書きました。
統計をWikipediaでご覧いただくことが出来ますが、引用すると
動機が特定できたものの中では、2010年の場合、自殺の原因は「健康問題」(15802人)、「経済・生活問題」(7438人)、「家庭問題」(4497人)、「勤務問題」(2590人)の順である。
とあります。「電力会社役員の憂鬱」で、毎年7000人以上が経済・生活問題で自殺しているという指摘をしたのは、この数字によります。前回はお話を単純化しましたが、今回はそれぞれの項目について考えて行きます。
まず、「健康問題による自殺」から。
国家が経済破綻すると、「国民皆保険」なんて世界にも類を見ない素晴らしい制度が維持できるわけないと思いません?となると、病院にかかれるのは一部のお金持ちだけってことですよ。
ギリギリまで我慢した挙げ句、苦しみ抜いてやっと病院に行ったらもう手遅れってケースが増えないって、誰が言えます? なので、「病死」が増えるだけでなく、「健康問題での自殺」も増えるでしょうね。全額自費の健康診断も今より高価になるでしょうから、健康診断も金持ちしか受けられなくなりますので、病院に行ったらガンだとわかって...のようなことも。「原発があった頃なら、早めに病院に行ってて助かってたはずなのに」という患者さん、年間何万人になりますかね?
「経済・生活問題による自殺」
こんなの、増えるに決まってますがな。原発が全部止まったら、日本は29.2%(2009年エネルギー白書より)の電力を失うわけですが、いきなり3割の電力を失って、経済がそのまま回ると考えるのは楽観的に過ぎるんじゃないでしょうかね(休眠火力をすべて叩き起こしても間に合わないでしょう)。特に関西電力なんて、48%が原発依存ですから、関西の産業界は壊滅するんじゃないでしょうか。ただでさえ製造業の空洞化が進んでるってのに、電気も来ないなんてことになったら、みんな日本を見捨てて海外に工場移転しますよ(現実に、東電の計画停電の発表を受けて生産拠点を関東から関西に移す動きが既にあります)。そうなったら、大手企業の工員さんは職を失うし、現地にまで追いかけて行けない下請け中小企業は軒並み倒産するしかないでしょうね。どれだけ失業者が出ることやら。そういうことで、もともと7438人だった経済・生活問題におる自殺者は、いったいどれだけになるんでしょう?
「家庭問題による自殺」
職を失い、失業保険も切れたのにいつまでも職が見つからないお父さんを抱える家庭が、いつまでも円満というのは虫がいい気が。あ、失業保険も機能するのかな?
「勤務問題による自殺」
大量の首切りが発生しますからねえ。
2010年度の自殺者の総数は31,690人にもなります。この数字を見てみなさんどうお考えかわかりませんが、亡くなった方は皆、間違いなく「死ぬほど苦しんだ末に亡くなった」んです。死を選ぶより他に方法がなかった。人生の終わりに、それほどの苦しみを味わったのです。
そういうことを考えると、原発停止による経済的打撃を「みんなで節約」「みんなで助け合えば乗り切れる」「自然派生活に戻れば大丈夫」などという、美しくみえるけれど実はまったく中身のないスローガンで乗り切ろうってのが、いかに甘い見通しなのかと言いたくもなるわけです。
国から金がなくなれば、医療にカネをかけられません。今まで助けて来た人を見殺しにしなきゃいけなくなります。自分が最も懸念しているのは人工透析ですね。これは現在は保険でカバーされていますが、そんな国は日本以外にないはずです。ですから、「諸外国と足並みを揃える」とかもっともらしい理由を付けて狙われかねない。ちなみに、2009年の人工透析患者さんの数は29万人(日本透析医学会調べ)。もし健康保険医療から外されたら、この29万人のうち何人の方が生き延びられるのか?
代表例として透析を挙げましたが、高額な医療は軒並み狙われるでしょう。そうなると助けられる命をどれだけ見殺しにしなけりゃならんのか。「助けてください」「助けてあげて」と頼まれたのに、「お金がないんじゃ仕方ありませんよね~」と見殺しにしなけりゃならん医者の立場にもなってくださいな。自殺や自殺未遂の患者さんを診るのも僕らの役目でしてね。そういう苦しみを味わう人を1人でも減らしたいんです。
原発を廃止したいのは、みんな一緒。原発被害に遭われた皆さんには本当にお気の毒に思っていますし、今後二度とこのような事故があってはならないと思っています。でも、それとは別に、原発廃止の手順はちゃんと考えなきゃなりません。「次世代エネルギーの普及まで、石油燃やせばそれでいいじゃん」という議論も当然成り立ちます。しかし、石油に大きくエネルギーを依存するのは、イラク情勢やリビア情勢を見ても理解できる様に、エネルギー供給に深刻な脆弱性をはらむことを受け入れなければなりません。石油依存から脱却しない限り、今後数十年以内に日本が再び自衛隊の派遣を求められる事態も考慮に入れる必要だってあるでしょう。また、中国の資源買い漁りぶりが国際社会から厳しく非難されていますが、石油に完全依存するならば、日本も浅ましい「なりふり構わず資源買い漁り競争」に参入しなければならなくなるでしょう(この結果、日本から遠い国の皆さんがどれだけ犠牲になることか)。そして、あれだけみんなが気にかけていたはずのCO2だって、どんどん排出します(CO2悪者説については、個人的には疑問を持ってはいますが)。
ということで、原発廃止の手順について、みんなで実現可能な手段を考えましょう。決して、事故で取り乱したどこかの慌てん坊さんみたいに「即時全機廃止!」などと大騒ぎして、より大勢の方々の悲惨な死を招くことのないようにしなければなりません。
「病死」や「自殺」は、「ありふれた死」なのかもしれません。しかし、「ありふれた死」だからといって、原発事故のような「あり得ない死」よりも軽く扱われて良いという理由はないのです。連日の大惨事報道には本当に心が痛みますが、その悲惨さだけに目を奪われてしまった結果、より多くの「ありふれた死」をおびき寄せるような事態だけは、なんとしても避けたいものだと思っています。
P.S. 「今すぐ原発止めても、日本経済は大丈夫!」という確実な試算が出せるような経済に明るい方、いらっしゃいましたらご意見くださいませ。