(この小説をお読みいただく際には、ご面倒ですが必ず前書きを先にご一読ください。)
やあ、陽本国の皆さんお久しぶり。前回は私の対キタ国工作をご紹介したが、もちろん私の任務はそれだけではない。君たちだって、職場で同時に複数のプロジェクトを進めていることはあるだろう?
我々の中心国が、かつて君たちの大陽本帝国に蹂躙された屈辱の歴史を持っていることは君たちも知っている通りだ。世界の中心である我々が、その屈辱を忘れた日など1日だってありはしない。
我々は建国以来、いつか陽本国の奴らを我が足下に踏みつけることを期し、着々とその準備を進めて来た。
まず、共産主義を敷き、国民の権利や福祉を最小限のものとして軍備増強に邁進、ついには核兵器を手にするに至った。とくに1960年代、我々の国民はひどい飢餓に見舞われ、数十万人にも及ぶ餓死者を出したのだが、その時期にすら我々は核開発の手をゆるめることはなく、とうとうこの最終兵器を手に入れたのだ。核兵器というものは、実際の攻撃には使えないが、それを手にしているだけで強力な威嚇効果があるし、また特に防御においては絶大な威力を発揮する。なにしろ、核兵器が開発されて以来、核保有国が核攻撃を受けたことは一度もないのだから。
核の力を背景として、軍事力は順調に整備されたが、経済的な発展は陽本に先行を許した。これは飴国の都合で、キタ・ミナミの両国間の戦争によって陽本が火事場泥棒的にカネを手に入れてしまったからだ。でも、我々は慌てることはなかった。
陽本国の弱点を知っているかい?
それは、勝てるはずのない大平洋戦争に陽本がバンザイ突撃した事情を考えれば容易に分かる。
陽本にはあらゆる資源がない。大平洋戦争に至る大きな原因のひとつに、国家の生命線たる原油をほぼ100%輸入に依存していた陽本が、殴飴諸国に石油輸入を止められてしまったことがある。こうなっては、もはや勝算の有無を度外視して戦端を開くより他はない。座して待っていては、かつて我々がダイエー帝国に牛耳られたがごとく、他のアシア諸国同様に陽本は植民地化されるのを待つばかりとなるのだからね。その様子は、20世紀末に飴国から「悪の枢軸」と決め付けられて、徹底的な経済封鎖の後に多国籍からなる大兵力を投入されて叩き潰された、かの産油国伊良部を思い出すといい。ちなみに、飴国が用いる「悪の枢軸」という言葉は、先の大戦における「枢軸国」が語源になっているんだよ。殴飴諸国の思惑通り、陽本は勝てる見込みのない戦いを挑むこととなり、そして彼らの軍門に下ったのだ。世界初の、「人が暮らす都市に対する核実験2回」というオマケまでつけられて。
我々の最大の誤算は、飴国が陽本に原子力開発を許したことにある。核兵器製造技術に直結する原発開発を、飴国が陽本に許可するとは思いもよらなかった。おそらく飴国は、当時強大だったリ連に対する「盾」として、陽本をある程度強い国に回復させておきたかったのだろう。さりとて、ある程度強くなった陽本が大量に石油を消費しては、飴国自体への石油供給も圧迫されてしまうから、原発開発に許可を出したものと我々は考えている。当時は、21世紀になってもまだ石油が利用出来るなどとは到底考えられなかったのでね。
原発を持つことで、陽本はエネルギーの石油依存から脱出できる。これは、戦争を生む原因となる資源争奪戦から大いに遠ざかることを意味するし、その結果、平和で安定した成長が期待出来ることをも意味する。また、原発を持つ以上、大量の核燃料の所持に合理性が生ずる。ウランもプルトニウムももちろん核兵器に使用可能で、原発を運転しながら、その燃料精製技術を確立してゆくことができる。純度の高い核燃料があれば、核兵器の製造そのものはさほど難しいものではない。こんな状況は、わが中心国にとって到底許しがたい。
ところが、我々が歯がみして悔しがったこの事態を、当の陽本人達はまったく理解していないし、理解しようともしない。それどころか、「原発なんて要らない」「俺たちゃそんなもの欲しいと言った覚えはない」と大合唱している。20世紀からこの21世紀に至るまで、陽本ほどの規模を持ちながら資源がない国が、原発も核兵器も持たずに陽本人の欲しがる「平和」を維持することなどあり得ないのに。陽本人のこんな意識構造は、我々にとっては信じがたい幸運としか言えない。
君たち陽本人は思いもよらないだろうが、「核兵器も軍隊も持っていないから、陽本は優しい平和な国。周りのみんなもそう思ってるはず」なんて、周囲の国々に住む人々は誰も思っていやしないのだよ。陽本は飴国の核兵器をタダ乗りで利用しているのは周知の事実だし、その世界第2位(今は3位だが)の経済力をもって、 「気が変わった」と軍備に走られたら、我々含め周りの国はたまったものではない。いま軍事費がGDP比1%に抑えられていたとしても、「心変わり」すればとてつもない軍事強国が出来上がるし、陽本が遠くない昔に軍事大国であった歴史は、周囲すべての国民の記憶に「生き証人を伴って」強く存在し続けている。陽本がいま平和志向の外交戦略をとっているかどうかではなく、その歴史と現在の経済規模が既に周囲の我々にとっては充分な脅威なのだよ。君たち以外の周りはみんな、「今はいいが、飴国のフタがとれたらどうなるか分かったもんじゃない」と思っている。
そうなると、我々の工作目標は簡単だ。
1) 陽本には決して資源を与えない。
2) 陽本から一切の核能力を消し去る。
3) 陽本の経済力をあらゆる手段に訴えて弱体化する。
4) 陽本にさらなる経済負担を与える。
まず(1)だ。未だ技術水準では世界の先進国「のひとつ」に位置づけられる陽本に、資源を自主確保出来る道を与えてしまってはならない。君たちの生命線を何本握れるかが勝負だ。幸いなことに、相変わらず陽本からは有望な地下資源が発見される見込みが薄い。君たちは千角諸島周辺に有望なガス田を見つけてくれたようで、これは我々が有り難くいただくつもりなのだが、もしそうならなくとも、ここを紛争地帯化してしまえば陽本が利用することを妨害出来るだろう。我々は君たちが想像するほど千角の天然ガス資源が欲しいわけではない。ただ君たちに与えたくないのだ。
おっと、この思惑については、君たちが盟友と信じている飴国も同じことだ。千角諸島問題では飴国の動きが鈍かったことを覚えているかい?飴国は、君たちのエネルギー供給の生命線を握っている国だ。君たちに石油を売りつけるために、どれだけ多くの自国民兵士を犠牲にしてきたことか。またその戦いの代償として、本国への大規模テロまで受けることになったのだ。我々の行動を、事実上彼らも黙認した意味を考えるがいい。
資源を握ることがいかに重要かは、エネルギーだけでなく鉱物資源でも同じことだ。その千角諸島問題の時も、我々がちょっと「レアアース売ってやらねえぞ」と脅しをかけたら、君たちの政府はあっさり白旗を掲げてわが軍の軍人船長を解放してくれたから、いかに陽本が資源でのユスリに弱いかがよく分かった。このテストによって、我々は陽本の「資源封じ込め」により一層注力することを決めたのだよ。
次に(2)だな。核兵器などという物騒なものを、断じて陽本に持たせるわけにはいかない。それに、安全な原発管理技術、管理体制を陽本が確立してしまったら、彼らは資源小国という弱点を克服してしまう。だから、核兵器、原発とも陽本から根絶しなければならない。
方法は極めて簡単だ。陽本人には、2発の核爆弾を落とされた苦い歴史から、非常に強い核アレルギーがある。これを利用すれば、反原発の機運を高めるのは簡単なことだ。また、我々と違って戦後の陽本は「命が重い」国だ。反原発の世論を煽った上で、少々の原発被害を演出してやれば、たちまち国全体が「反原発」一色に染まるだろう。気の毒なくらい愚かしい「お人好し」だ。
我々の計画の第一歩は、我々の息がかかった反原発団体を育てることだ。反原発は陽本人のメンタリティに訴えかけやすいし、陽本人の誰がどう見ても「絶対善」にしか見えない。実は我々の「陽本没落計画」の一環だなんて、誰にも見抜けやしないだろう。事実、これまでに我々の関与が疑われたことなど、一度だってありはしない。
後は簡単だ。新しい原発計画があったら、何が何でも阻止させる。囲い込み、座り込み、デモ行進、もうありとあらゆる手段に訴える。
何が面白いって、この段階に至っては、もう我々が手出しする必要は全くないことだ。ここに来るまでに、我々は関与したグループの中で「原発がいかに危険で、国や政府・電力会社が悪魔的な存在か」を、徹底的にお互いに話し合わせている。我々が直接手を下して洗脳するまでもない。放っておけば、彼らは勝手に「権力と戦う正義の戦士」へと自分たちを自ら洗脳してゆく。お互いに刺激し合って、その熱を高めてゆき、その反応をどんどん拡げてゆくのだ。あたかも臨界に達した原子炉のようにね。
ここで我々が注意することはただひとつ。「決して旧式炉の廃止を求める運動を起こさせないこと」だ。我々の目的は、安全性を高めた新型炉の設置を封じ込め、 旧式炉を延命させて事故を誘発することなのだから。事故が起これば陽本の世論は「反原発」一色に染まる。また、事故によって陽本の経済に直接ダメージを与えることも出来るのだ。さらに、陽本は「世界中に放射能をまき散らした迷惑国」として、その国際的な地位をも落とすことだろうし、技術先進国との評価も落とすだろう。それは陽本国製品の国際競争力低下にもつなげられる。
この計画のためには、余計なことをしそうな「知恵の回る」メンバーにはひとこと耳打ちすればいい。「奴らが旧式炉を延命したら『安全管理がなっていない』という攻撃材料に使えるから、旧式炉の延命決定の時点ではあえて黙っておこうぜ」だ。
計画はまんまと成功して、東陽本を襲った巨大地震のために、陽本でも最も古い服縞原発が大事故を起こした。正直、我々もここまでの事故は予想していなかったが、このために陽本経済にまったく予想外の巨額の損害を与えると同時に、もちろんシナリオ通りに陽本中をヒステリックな反原発運動一色に染めることにも成功した。仕込みにはたっぷりと50年近くを要した計画だが、期待以上の絶大な効果だ。50年が長いと思うかもしれないが、我々の4000年の歴史からみれば瞬き程度のものだ。
あとは、我々の政府から声明を出して、さらにプレッシャーをかける。内容は「原発推進基調で進んで来たわが中心国ではあるが、陽本の事故によってその危険性を重く見ることとし、新規原発建設計画を凍結する」だ。こうしてやれば、「世界も原発を危険だとみなした!」として、陽本国内の反原発運動をさらに力づけてやることができる。
いやなに、実は我が国が本当に原発開発をやめるつもりなんて全くないのだよ。陽本から原発が一掃されたのを確認してから、計画凍結を解除するだけのことだ。次期原発は陽本から買い入れる予定だったが、あのような巨大事故を起こした君たちからそのまま買うのは馬鹿げている。いったんキャンセルすれば、その後にやはり陽本から買うことになっても、今度は大幅に値切れることだろう。なんなら他の国の物を買ってもいいんだよ、原発は陽本以外にも造れる所はあるのだから。また、我々は既に充分量の核兵器を持っているから、いずれウラン・プルトニウムに頼る旧世代の原発を卒業してトリウム原子炉に移行する予定なので、芝居通りに本当に現在の計画を破棄したって、まったく問題など生じない。幸い我が国にはCO2排出に対する批判的な国内世論など存在しないし、もちろん外圧なんてクソくらえだから、対陽本戦略のためなら一時的に原発を止めることすら可能だ。どうだい、実に豊富なオプションがあるだろう?
陽本経済の弱体化計画は、これまで極めて順調な経過を辿っている。巨大な人口を背景にした魅力的な市場と、これまで低水準に抑え込んで来た低賃金のおかげで、世界各国の企業がこぞって我が国に工場を建ててくれている。ご苦労さんなことだ。美味しい技術を吸い取るだけ吸い取ったら、切り捨てられる運命にあるとも知らないで。
現に、君たち陽本国のメーカーは主力工場のほとんどを我が国に移転してしまった。君の家のご自慢の大画面液晶テレビの裏を見てみるがいい。そこには、「メイド・イン・中心国」と書いてあるはずだ。陽本のお家芸であるハイテク産業も、必要なものはもうほとんど我が国に取り込んでしまったんだよ。もちろん、衣類や生活雑貨は我が国の製品以外から選ぶことが難しくなっているだろう。要するに、我が国による君たち陽本国の産業空洞化計画はほぼ完了に近く、 また君たちの生活は我が国にすっかり依存しているのだ。君たちは、我が国に進出して来たのではない。我が国が、君たちを飲み込んだのだよ。こうなってしまえば、君たちを生かすも殺すも我々の一存次第だ。実に痛快なことだ。
もう充分だろうが、(4)についても触れておこうか。
「経都議定書」については知っているかい?CO2排出削減に関する、陽本の経都で策定された議定書だ。君たちは気づいているかどうか知らないが、我々中心国には何らの排出制限を設けられてはいないのだよ。我が国は既に2007年の段階で飴国と並ぶ世界最大級のCO2排出大国となっているのだが、何の制限もない。ところが、君たち陽本国は2012年までに6%のCO2排出削減を義務づけられてしまった。
6%というと「節約すれば大丈夫」とか簡単に言う能天気がいるかもしれないね。
もちろん、君たちの家庭の電力を6%削減するなら、いとも簡単なことだ。「みんなで気をつけよう」だけで可能だろう。しかし産業界、とくに製造業や輸送業に関わる人なら、これがとんでもない課題だってことが瞬時にわかるはずだ。どの企業だって、製造コストにおけるエネルギーはすでに極限に近く削減する努力をしている。無駄なエネルギーは即、製品価格と利益率にかかわるからだ。出来うることは全てやっている、およそ思いつく限りの努力は全てやっているのが陽本の工場というものだ。そこへ6%の削減要求をつきつけられれば、画期的な技術革新でもない限りは6%以上の幅の減産を余儀なくされる。これが企業にとってどれだけの負荷になるか、分かる人には分かるだろう。これこそが「外交」ってものなのだよ。
そんな、水面下で火花の飛び交う外交戦が繰り広げられ、結果として陽本は他国にも類を見ない重い負荷を強いられたというのに(「環境問題を語る人々は、平和な優しい人々の集まりだ」と思うような人は、一度豆腐に頭をぶつけた方がいい)、君たちの前総理大臣は「2020年までに温室効果ガスを1990年比25%削減する」とかいう「狂った」としか思えない提案を、頼みもしないのに自主的に世界に向けて発信してくれやがった。俺たち工作員が、陽本の世論がエコ重視に傾くのを陰に隠れながらせっせと助けた結果、6%削減を呑ませたのに祝杯をあげたもんだけど、それがまったく馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。もう、 腹を抱えて笑ったね。
ちなみに、飴国は経都議定書には批准していない。さすがに百戦錬磨、先の大戦から戦火を絶やしたことのない国は、外交のキレがひと味もふた味も違う。我々の意図などとっくに見抜いて、さっさとケツをまくりやがったんだが、これはまあ相手が悪かった。
「それでもまだ陽本のほうが中心国よりよっぽど豊かだ」と浮かれている君たちの足下を、ちょっと見直してみるがいい。
相変わらず資源はなく、これからもいつまでも資源供給不安や資源争奪戦争に巻き込まれる危険から脱却出来ない。飴国の圧力で、かの産油国に「専守防衛」のはずの軍隊を出兵させられたのは覚えているだろう?それというのも、君たちがエネルギーを自給出来ないからだ。
武力攻撃から国民の命を守る切り札である核兵器を持つ道は閉ざされている。少子化で没落を運命づけられた陽本が、子々孫々の将来にわたって確実に国を守れるのは核兵器しかないというのにね。通常兵力を常に最新の状態に維持・更新するのがどれだけ大変なことか、平和ボケした君たちはきっと知らないんだろうな。金がなければ近代装備は整えられないのは、キタ国の通常兵力を見れば一目瞭然だろうに。なぜキタの連中が自国民を大量に餓死させながらも決して核開発を諦めなかったのか、その理由をよく考えることだ。核こそが、小国が生き残る道なのだよ。
君たちご自慢のハイテク産業は、今や我が国や大ミナミ民国の後塵を拝し、陽本国内の産業空洞化は私が陽本国民なら目を覆わんばかりだ。さらに、経都議定書による重い負荷すら加えてやった。この状況下に原発全停止による打撃を加えれば、陽本はもはや二度と立ち直れなくなり、我々を脅かすことはなくなるだろう。原発廃止による核技術放棄は我々にとってはもう熱烈歓迎だし、原発を化石燃料に置き換えれば経都議定書によって陽本は重大なペナルティを課せられるのだ。地震被災で一時的にペナルティを猶予される可能性はあるがね。
もちろん、我々はこれだけで済ませるつもりはない。すでに大ミナミ民国を動かして、外国人参政権を認めさせようと動いている。陽本はミナミを併合した歴史や、陽本本国への強制移住を進めた経緯があり、外国人参政権を認めさせるのは彼らを動かすのが近道なのだ。外国人参政権については、我々とミナミの利害は一致している。残念ながら、ミナミ国内の足並みが乱れたので前回は先送りとなったが、経済的に君たち陽本が衰退し、いずれ我々からの援助を必要とする没落国家と成り果てたら、その時改めて援助と引き換えに外国人参政権を認めさせるように動くだろう。まずは地方参政権からだが、「地方の声を中央に届けます」というのは、君たちの候補がいつも叫んでいることだろう?少子化の進む君たちの国に、我々の国民を流し込んだらどうなるか、見ものだね。我が国の貧困地域で陽本への移民希望者を募れば、溢れんばかりに生活困窮者が押し寄せるに違いない。もちろん家族は残して行かせるから、移民者は本国の我々の指示をよく聞いてくれるだろう。
その時まで私がこの過酷な仕事を続けていられるかどうかはわからないが、何しろ我々中心国の歴史は4000年。その日を気長に待っていることにするよ。もっとも、君たちの前総理のような阿呆が指導者層にいるようでは、その日は意外と早く訪れるかもしれないがね。
そうそう、もちろんこの遠大な計画は、我が中心国の一般国民は夢想だにしていないだろう。国力の象徴としての核兵器を誇らしく思う気持ちはあるだろうが、核開発のために犠牲になった数十万人は誰ひとりとして、「自国核兵器のためなら死んでもいい」なんてこれっぽっちも思っちゃいなかっただろう。服縞原発事故の引き金が自国の工作員だなんて、国民の誰一人として見抜きやしないし、そんな情報が漏れても誰も信じないだろう。我々が行っていることはもちろん我が国民のためだが、我が国民の思いを直接反映したものではない。だから、君たちが貴国に暮らし、君たちを心から愛する我が同胞を責めたとしたら、まったく的外れで非人道的な行為だ。
平和とは、多大な犠牲を払ってようやく達成出来るものなのだ。我々はそれを、数千年にわたって繰り返されて来た、血を血で洗う幾多の内乱の歴史と、近代以降のダイエー帝国や陽本に受けた莫大な犠牲と屈辱から学んだのだ。たとえ目の前で哀願する国民数十万人を犠牲にしようとも、それで未来の数億人を救うことが出来るならば、我々は躊躇わずに未来の数億人を生かすほうを選ぶ。それが国家指導者の役目というものだ。天案門事件を振り返ってもらえれば、我が国が本気だということが分かるだろう。あの事件では前途有望な若者ですら、我が国の遠い将来のためを思って銃口を向けざるを得なかったのだ。若者達を失うことで、短期的には我が国にとって大きなマイナスだったに違いないのだが、今後の国家百年の計のためには彼らに死んでもらうしかなかったのだ。
いつの世も、どこの国でも、国民は為政者の意図を汲み取ろうとはしない。ただ目の前にある暮らしにしか思いが及ばず、大局を見ずして我々に批判を繰り返す。もちろん私こと王王七号も、かつてはそうだった。しかし、偉大なる我が国家首席に見いだされ、その帝王学の薫陶を受けたことで、私の国家観は大いに変貌することとなった。
誰かを救うために別の誰かを殺す。その悪魔のような選択が出来る能力こそ、国家を導く者としての資格なのだ。
もちろん先ほども言ったように、善良なる我が国民は我々国家指導部の思惑など知っているわけがない。特に、いま陽本国に住む我が同胞には親陽家が多く、心から君たち陽本人のことを愛しているだろう。だから、君たちが君たちの国に住む我が同胞を色眼鏡で見たり、あろうことか責め立てたりするならば、まったくのお門違いな非人道的行為だから、決して勘違いしないようにしてもらいたい。たとえ君が賢明にも我が国家指導部の計画を見抜いたとしても、これを公に訴えようとするならば、それは悪質なデマゴーグでしかない。
戦争も平和も、すべて国民が望んだものだ。
銃をとって戦わなければ間違いなく他国に侵略され、自分の家族が皆殺しにされると確信をもって知っていたなら、どんな犠牲を払ってでも戦争しなければならないと君は言うだろう。やみくもに戦争反対を唱える人間のほとんどは、性善説のみに基づいて物事を考えたがるお人好しなのだが、実際に彼らの言い分通りに世界から戦火が絶えたことなど一度もない。核兵器保有国が一度も核攻撃を受けたことがないという事実と、極めて対照的だろう?私とてエリート階級ではなく一般市民の出身なので、「戦争はいやだ」「核などいらねえ」と居酒屋でくだを巻く人々は嫌いではないし、むしろ大好きで微笑ましく見守っているのだが、その一方で、性善説だけで天下国家を論じると国を誤るということも学んでいる。我々国家指導部に関わる者の使命は、皮肉なことに、そういう無知なくせに自分の方が賢いと勘違いして我々に対して批判・罵倒を浴びせる人々をこそ救うことなのだ。
我々の計画を知った君は、我々を悪魔と言うかもしれない。しかし、今や君たち陽本のGDPを追い抜き、武力でも凌駕するに至った我々が、君たち陽本人の犠牲者を最小限にしながら君たちの国家による我が国への脅威を取り除くには、この計画が最善という決断に至ったのだ。原発事故がここまで大きくなったことは、陽本の原発管理技術を高く評価してしていた我々にとっても全くの想定外で、誠に気の毒に思ってはいるが、直接の武力衝突に比べればどれだけ小さな被害かということに思いを馳せて、どうか目をつぶってくれたまえ。本来、君たちの電力会社が常識的な安全対策さえちゃんとやっていれば、ここまで大きな事故になることはなかったはずなのであって、あれほど杜撰な安全対策で原発を運用するなどとは、我々にとってもまさかの想定外だったのだから、我々の責任を追及するのはやめてもらいたい。我々の想定では、わずかな蒸気漏れ程度の事故を期待していたのだし、それで君たちの健康に影響など及ぶわけもなく、ましてや避難までする必要はなかったはずだった。前総理大臣の発言もそうだが、国内で最も安全に配慮しなければならないはずの原発の管理があのような状態にあったとは、陽本という国の評価を我々も見直さなければならなくなった。まったく信じがたい状況だ。
とにかく今の段階では、出来過ぎと言っていいほどまでに我々の「完勝」だ。このままでは私もこれ以上腕の奮いどころがなくて勲章や恩給をもらえないので、君たちのこれからの健闘を期待しているよ。せいぜいしっかりやることだ。
※解答ページはこちら。
作者注:申し訳ありませんが、今回の作品に関しましては、前エントリーで申し上げました通り、作品への直接リンクや引用を一切禁止させていただきます。