前回、奈良の事件を取り上げてみましたが、偶然この件に関するジャーナリストのオンライン記事に行き当たりました。こちらが真相なら、とんでもないことが起こっています。
魚住 昭 責任総編集ウェブマガジン「魚の目」
悪いヤツなら殺していいのか? 裁判員による付審判裁判が始まる奈良警官発砲事件
http://uonome.jp/read/1017
「もしかしたら警察犯罪かも知れないな」という思いは頭をよぎったのですが、前回のエントリーでご紹介した読売オンライン記事などの情報からは、その可能性は低いだろうと考えていました。また、わざわざ犯人を狙撃するなら、それなりの理由があって然るべきでしょうから、その意味でも警官が必要もないのに発砲したとは普通は考えにくい。このため、拳銃の使用そのものは妥当であっただろうと考えていました。
とはいえ、自分としては「いくら逃走犯であっても、運転席ならともかく助手席に弾丸を撃ち込む必然性は高くなく、付審判請求の受理は妥当だ」と思っていたのですが、「魚の目」記事が真相なら、それどころの話ではない。
しかも、「撃たれた28歳男性は窃盗犯ではない」と運転席の日本人男性が明言しています(運転席男性の単独犯行)。となると、この「魚の目」記事が真実であれば、犯罪者ですらない一般男性が、必要もないのに射殺されたことになります。
前回のエントリーは、警察の発表の通り、一般車両に猛スピードで衝突しながら逃走し、取り囲んだ後も警官をひき殺そうと暴走する凶悪犯罪者を想定したものでした。もちろん、助手席の男性も窃盗犯だと思っていました。いわゆる「外国人窃盗団」に近い存在を念頭に置いたもの。
盗みを働き、一般市民と警官の命を奪いかねない暴走を続けたなら、運転していなくても撃ち殺されても仕方ないだろうに、家族はなぜこうも執念を燃やして訴訟に持ち込もうとするのか?
そこで立てた仮説が、「在日外国人だから射殺された」「在日外国人だから裁判に取り上げてもらえない」という差別意識が家族にあったのだろう、というものでした。ところが、「魚の目」記事がホントなら、こんなの全然関係ない。仮説を破棄するとともに、憶測による記事で傷つけた、亡くなった男性とご家族、在日外国人の皆様に深くお詫び申し上げます。
「魚の目」の記事が真実かどうかは、自分には検証する術はありません。しかし、
・たとえ警察の主張通りに車両が暴走状態であったとしても、
その制止のために助手席の男性を撃つ必然性の検討がを行うべき
・「助手席男性は窃盗犯ではない」という運転席の日本人男性の証言は
検討する価値があると思われる(警察によると助手席男性が主犯格らしい)
という2点から、「この事件の付審判を受理した裁判官の判断は適正である」というのが現時点での自分の意見です。ただし、おそらく「殺人罪」には当たらないだろうと思っていますので、「特別公務員暴行陵虐致死」を訴因とする付審判の受理は妥当でも、「殺人罪」としての審理を求める訴因変更請求を受理するかどうかは正直微妙だなあと思っています。このあたりは一般市民が受ける「殺人罪」のイメージではなく、法律用語としての「殺人罪」の定義、適用範囲をしっかり理解していないと意見のつけようがないのですが、さすがにそこまで調べられていませんので。
後者について、死亡した男性の窃盗容疑については「被疑者死亡のため不起訴」となっており、公式には容疑者扱いされたままです。今回の付審判で取り上げられなければ、死亡した男性の汚名を濯ぐ機会は永遠に訪れないでしょう。もちろん亡くなった男性の窃盗容疑は訴因には含まれませんが、警官の発砲行為の妥当性を議論する場で、裁判所による公式見解が示されることでしょう。運転席の男性が故人の名誉のためにウソをついている可能性もありますが、ウソかどうかを吟味する場が必要だと思います。この事件では、今まで一度も裁判は開かれていないのですから。
今回の件は裁判員裁判となっています。自分には限られた情報しかありませんが、裁判員の皆様には双方の言い分を聞いた上での公正な判断をお願いしたいと思います。警察の主張通りに極めて悪質な暴走行為であったのか、それとも「魚の目」記事が正しいのか、はたまた両者の主張の間に真実があるのか。
それから、マスコミ各社に。読売、朝日、毎日、MSN産経のオンライン記事からは、上記のような情報はまったく読み取れません。このため、ネット上では亡くなった男性、そのご家族、および在日外国人全体に対する批判、攻撃的なコメントが大量にみられます。また、担当裁判官および指定弁護士への批判、攻撃も。その一方で、ほとんどのコメントは警官に同情的でした。
報道によって、どういう世論を導くのか?「取材した事実だけを、意見を加えずありのままに書けば公正性が保たれる」というわけではありません。たとえ真実を書いていても、全体の一部分だけを取り出して報道することによって、全体像を著しく歪曲することは容易です。今回の場合の「真実の一部分」とは、「警察、裁判所の発表ではこうだった」ということ。訴える者、訴えられる者、裁く者の3者のうち、2者の立場からの発表しか上記4誌のオンライン記事には反映されていないように思います。警察官による犯罪の有無を問う裁判ですから、これで公正な記事が書けるのでしょうか?
上記オンライン記事を書いた4誌の記者には、法律の専門家でない一般市民にもわかりやすく、かつ充分な判断材料を提供して頂きたいと思います。同時に、不十分な情報しかないにもかかわらず、憶測で偏見に満ちたBlog記事を書いた自分自身も深く反省しています。改めて、前回の当Blog記事によって傷つけられた皆様に深く陳謝致します。