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明日は明日の風が吹くのだ

人生いつでも波瀾万丈

世界の中心で我意を叫ぶ。

2010-11-28 10:51:26 | ショートショート(短編小説)

私は中心人民共和国の情報機関に所属する工作員。コードネームは王王七号という。なに、どこかの国の映画の設定に似ているって?それは偶然の一致に過ぎない。映画は架空の話だが、現実世界に存在するのは私だけなのだから、オリジナルは我が国だ。

今回私に与えられた一連の任務は、我が国の史上においても極めて重大なものだった。一歩間違えれば第3次世界戦争への道を開くかもしれないのだ。

歴史上わが属国であった潮蘚は、前世紀の我が国の政権の混乱に乗じた最辺境の島国・大陽本帝国に掠めとられた。第2次世界戦争に参戦し、戦勝国の一員となった我々は、当然この潮蘚における主導権をいまいましい小陽本から奪回できると考えていたのだが、あろうことか、ルーシー連邦と飴国が潮蘚を分割統治するという事態となった。我が国はこの国の実効支配力を回復する機会を伺っていたのだが、ルーシー・飴の代理戦争である潮蘚戦争で、一時国土の大半を失ったキタが我々に支援を求めてきたのに乗じて我が軍団を大量に投入、彼らの国土の大半を回復した。このとき以来、潮蘚全域ではなく北部のみだが、潮蘚半島は再び我らの勢力圏となったのだ。また、我が国民兵の損害も甚大であったが、前世紀に異民族による手痛い打撃を被りつづけた我が国にとって、事実上の飴国との戦いに勝利したこの戦争によって、我が中心民族の自信と誇りを取り戻すことができたのだ。

さて、そのキタ共和国の軍事独裁政権が窮地に立っている。小国の生存戦略として選択した核開発至上主義が行き詰まり、核ミサイルの完成を目前に国家体制の崩壊の危機を迎えようとしているのだ。私の最初の任務は、キタの核開発の状況を探ることだった。調査を終えて帰国してすぐさま、私は国家首席に呼び出された。

「王王七号よ」
豊かな髪を律儀に丁寧に撫で付けて、国民服ではなく上質のスーツに身を包んた首席は、私に呼びかけた。
「任務、ご苦労だったな。潮蘚族出身の貴君とはいえ、容易な任務ではなかっただろう。よくやった。」
「早速で悪いのだが、その首尾は?」

静かな口調ではあるが、さすがに10億国民を束ねる人物であり、その静かな口調にもただ事でない威圧感を帯びている。私は緊張しながら答えた。

「お褒めに預かり、恐縮です」
「現状ですが、すでに3発の核爆弾が完成しており、4発目の製造途中でありました」

「そうか、やはりその段階に到達していたか。して、その3発の核爆弾は、兵器として使えるレベルに達しているのかね」

「いえ、すでに完成しているものはまだかなり大きく、可搬性に難があります。完成したうち、もっとも新しい3号爆弾でも、制御装置を含め大型トラック2台に分割してやっと運べる状況ですので、事実上運用は困難だと思われます」

「そうか。では、製造途中の4発目はどうなっている?」

「3号爆弾よりは小型化が進んでいますが、完成してもまだ普通トラック1台分といったところでしょうか。ミサイルへの搭載はまだまだ困難かと。航空機からの投下も、大型爆撃機を持たない彼らには現実的ではありません。もし爆撃機を調達できても、十分な戦闘力を持つ護衛戦闘機もありませんから、やはり事実上使用困難です」

「なるほど。我が国に比べ、核技術は40年遅れといったところだな。よくわかった。その4号爆弾はいつ完成するのだね」

「設計は出来ているのですが、核燃料を含め物資が不足しています。物資が整えば1年以内かと思われますが、相当困難なようです。経済状況次第では、数年から10年以上かかるかもしれません。キタとしては、政権移行のタイミングに何が何でも間に合わせたかったようで、飴国の圧力をも排して核燃料濃縮施設の運転再開をしたようなのですが」

「核兵器の完成を新権力者の手柄にしたかった、ということだな。その4号爆弾ならミサイルに搭載できなくても実用可能だ。で、その設計図は入手したか」

「はっ、その辺はぬかりなく」
私は答えた。なぜ実用可能なのか分からないが。

「さすが、私が見込んだ男だ。では、その設計図を見せてくれ」
工科大出身で技術将校からの叩き上げである首席は、自ら設計図を確認した。

「これなら、我が国なら3ヶ月で製造可能だな」

その言葉の意味を測りかねた私は思わず問い返した。
「え、そんな旧式爆弾を今さら何にお使いに」
と、そこまで言ったところでハッと我に返った。
「いえ、失礼しました。そんな一大事を私などに漏らすわけには」

「よいよい、ココだけのことだ」
口元に軽い笑みをたたえながら、首席は続けた。ただし、その目は笑っていない。
「いいか、トラックに積めるということは、船に積めるということだ。普通トラックに積めるなら、工作船に積める」

「え、工作船に積んでどうなるのでしょう?」

「簡単なことだ。工作船を核爆弾そのものとするのだよ。工作船に搭載して、飴国ご自慢の原子力空母に向かわせるのだ」

「しかし首席、それでは乗組員は全員…」

「王王七号よ」
私の言葉が終わる前に、首席が声を発した。
「それは我が国の発想だ。核開発のために数十万人の餓死者を出しているキタが、そんなことを躊躇うと思うかね」
「そもそも、彼の国の指導者が国民を意図的に貧困の淵においているのは、何のためだと思う?」

そろそろ理解を超え始め、言葉を失っている私に首席は続けた。
「小国にあっては、貧困もまた武器たり得るのだよ。金満国の国民が、行けば必ず死ぬという任務を受けると思うか?」
「『貴様が死ねば、その後の貴様の一族の生活は国が一切の面倒を見る。』貧しい国で、国家がそう確約してやれば、兵は死ぬ気で働くものだ。それを信じさせるには、ときどき軍から殉死者を出すように仕向け、その死に対する国の補償のお陰で遺族が安楽に生活している様を国民に見せてやればいい。数年に1度、数家族に手当を出すだけだ、たいした予算は必要ない」
「殉死者を出すのは簡単だ。ミナミと小競り合いを起こせば、奴らは必ず反撃してくる。ミナミも全面戦争にはしたくないのだから、どうせたいした反撃でないのも織り込み済みだ。1度の軍事行動で、数名の犠牲者が出ればちょうどいい。ミナミへの攻撃は、不満の溜まった軍人、国民のガス抜きにもなる」
「貧困でなくとも、宗教によって死をいとわない兵士を作ることはできる。飴国が悩まされている自爆テロはその典型だよ。しかし、宗教を認めない共産主義の我々にはそういう選択はない。だから、キタの連中は綿密な軍略のもとに計画的な『貧困政策』をとっているのだ。そうすることで、核開発に最大限の予算を投じることもできる。一石二鳥、いやそれ以上なのだよ」
「我が国でも苦慮している人口増加問題も、貧困政策で解決出来る。むしろキタの状況では、我が国で行っている『独りっ子政策』よりも有利なのだ」
「大量の兵士が必要になったとしよう。独りっ子政策下だと、これを解除しても生まれた子供が兵士に育つまでには20年かかる。しかし、若年世代の人口を貧困・飢餓状態において確保しておけば、食料さえ与えてやれば即戦力だ。軍事教練は学校教育の中で幼少時から十二分に叩き込んである。食料など、その気になれば調達は難しくない。核燃料の入手に比べれば、雑作もないことだ。もし人口が必要数よりも過剰となったら、食糧配給を絞るだけのことだ」
そして最後に、こう付け加えた。
「まあ、こうした政策が人道的に正しいことかどうかは、別の話だがね」

その後、私は再びキタへ飛んだ。私の工作は功を奏し、数ヶ月の後にキタの設計図に基づいて我が国で製造された核爆弾4号が、秘密裏にキタに運ばれて行った。分解して運べば軍事衛星からの監視でも確認不可能だ。もちろんもともと彼らの設計なのだから、キタで組み立てられる。

4号爆弾の搬入後、間違いなくキタの起こす軍事行動はエスカレートして来ている。ミナミの軍船を沈め、さらには軍事境界に浮かぶ有人島の集落に民間人の犠牲者が出るのを承知で砲撃を加えた。これまでにはあり得なかったことだ。

この動きを受けて、飴国は自国が誇る原子力空母を該当海域に急ぎ向かわせた。

この海域に向かって工作船が出港したら、刮目しなければならない。その工作船が船倉に抱えているのが何物か、キタから何らかの声明が出されるかもしれない。

最新鋭兵装満載の超弩級原子力空母と、漁船まがいの工作船とが対峙する姿は、20世紀以前の武力衝突ではあり得ない構図だろう。核による威嚇は国際社会から非難されるだろうが、核を使用すると通告するであろう地点は陸地から遥かに離れた海上のことであって、1人たりとも民間人を巻き込むことはない。前世紀に、計画的に事前通告なしで都市に2発の原爆を投下し、数十万の民間人犠牲者を出した飴国には、キタが「事前警告の後に」「自国領海内で」「領海侵犯した軍船だけを標的に」核を使用したからといって、これを強く非難する資格はないというものだろう。

工作船による威嚇で原子力空母が当該海域から退去するようなことがあれば、これは歴史上の一大事件だ。また、この核使用によって~それが威嚇か実際の使用かに関わらず~キタが飴国に武力占領される結果を招こうと、指導者は「巨大国家に一矢報いた英雄」になれると夢想しているに違いない。勝てないならば、栄誉ある死をと考えているのだ。

今の所、事態はキタの思惑通りに運んでいる。そして、それは我々の思惑通りでもあるのだ。今後の我が国の戦略を練るにあたり、核による威嚇に飴がどう対応するのか知っておくのは重要なことだ。この機に乗じて、我が国はキタに恩を売りながら、手を汚さずして飴国相手の核威嚇実験が出来るというものだ。

さて万が一、工作船による脅迫効果が機能せず、最悪の場合工作船が飴国の手に落ちたとしても、我が国には何の問題もない。工作船の中から出てくるのは、キタの技術、キタの設計図でつくられた旧式爆弾なのだから、我が国の影が見えることなど一切ないのだ。

それにしても、重大な任務を終えて少し安堵したところはあるが、それ以上の怖れが私の中に生じつつある。このような重大な任務に関わった私が、今後も無事でいられるかどうか。首席にとって有用な人材でありつづけるために、今後私は自分のすべてを投げうって首席に奉仕し続けなければなるまい。私に利用価値がなくなれば、それは私の人生の終わりを意味するだろう。首席が失脚すれば、それもまた同じことだ。そのような事態を防ぐため、私は日々粉骨砕身せねばならない。また、機密保持のため、我が国でのキタ爆弾4号の製造にはキタを祖国に持つ潮蘚族から厳選した工員が動員された。祖国のためにと彼らは喜んで従事し、また固く機密保持を誓った。もちろん、4号爆弾の用途までは工員達には知らせていない。近くにいて、その打つ手を見れば見るほど、首席の戦略や用兵法にはいちいち唸らざるを得ない。口元だけ笑った首席の顔を思い浮かべつつ、今日も私は任務に励んでいる。


密約。

2010-11-25 22:03:45 | ショートショート(短編小説)

「どういうことだ!ここまでやるって話じゃなかっただろう!」

私は大ミナミ民国の大統領補佐官。ホットラインの相手は我が国の北に位置する同胞国家、キタ共和国の中将だ。彼は軍最高幹部であり、軍事政権にあって事実上のNo.2にあたる存在なのだ。

「いや、これは大将の指揮した行動ではないのだよ。もちろん私の命令でもない。『事情』を知らない一部軍人の跳ねっ返りが、勝手にやったことなのだ」

「そうか。でもな。いくら我々の密約が露見するのを防ぐために計画的に小競り合いを起こすことになっているとはいえ、民間人を標的にした地上攻撃ってのはいくら何でもやりすぎだろう?そうじゃないか?」
さらに私は続ける。
「百歩譲って、大将にも貴君にも今回の砲撃に責任はないとしよう。しかし、だ。『民間人を決して巻き込まない』という指導が兵士にどれだけなされていたんだ?我々のシナリオでは、我々は互いに愛すべき同胞として、『国は分かれても心は一つだが、イデオロギーの違いが障害となって祖国統一が出来ないのだ』ということになっているはずだ。それなのに民間人を攻撃するとは、その教育が徹底していない証拠だろう」
「貴国の攻撃で46名もの優秀な海軍兵の犠牲と共に哨戒艇を撃沈され、それでも大規模な反撃をしなかったのは、我々が裏で手を結んでいるとバレないように、『互いに反目しあっているが、なんとかそれを堪え忍んでいる』と見せる演出の延長線上のことだからだ。ただ、46名というあまりに大人数の犠牲の前に、我が政府や軍の内部にも『大規模な反攻をすべきだ』という強硬論が支配的となったが、それを抑え込むのに大統領と私がいったいどれだけ苦労したと思ってるんだ。そこに加えて今回の砲撃だ。我々の遠大なる計画を台無しにするつもりか」

「いや、補佐官。その遠大な計画なのだが、どうも風向きが厳しくなってきた」
中将が切り出した。
「貴国、大ミナミ民国が飴国の圧力のために核兵器が持てないため、我がキタ共和国が軍事力を増強する一方で核兵器を開発する。貴国がその間に経済大国化を進め、最終的に我が国と貴国が統一すれば、核武装した強力な軍備と世界有数の経済力を有する、我が民族史上における最強国家が出現する、というのが我々の描いたシナリオだった」
中将は続ける。
「だが、ここに来て軍内部の不平分子のコントロールがつかなくなってきた。以前は軍人であればそれなりの生活を保障してやれたのだが、最近はそれもままならないのだ」
「産業化の遅れは、核開発費の不足と直結している。一時的にでも核開発を凍結して食料生産や産業振興に注力したいのだが、核開発にかかわる軍閥どもがそれを許さない」
「度重なる飢饉で、国民の疲弊も限界だ。妨害電波をまき散らせば国外の情報を遮断できた時代とは異なり、携帯電話の普及で一般市民が貴国や西側諸国の生活ぶりを知るところとなってしまった。もはや、粛正につぐ粛正だけでは民のコントロールもつかないのだ。密告制度も、密告に対する報酬が充分用意出来なくなった今は機能しなくなってきている。むしろ、密告した者が村の中で孤立や吊し上げにあうようになってしまった」

「それでは困る。何のために我々が『大陽政策』として巨額の援助を貴国にしてきたのだ。すべて計画のためではないか」と私。

「貴国にしてみれば巨額と言いたいのかもしれないが、ではその援助は貴国GDPの何パーセントだったのかね?」と中将。
「ご存じだろうが、我が国は貴国との密約に基づいて、なけなしの国民生産の大半を軍費に投入してきたのだよ。貴国が『巨額』という援助も、その援助によって貴国民の生活水準がどれだけ低下したというのだ?我が国民を救うために、貴国民から餓死者が出たとでも言うのかね」
軽くひと呼吸を入れた後、中将は再び話し始めた。
「我々の計画にはすでに破綻が見えてきている。核兵器の完成を見る前に、我が国の体制は崩壊するかもしれない。いつクーデターが起こってもおかしくないのだよ。飴国や中心人民共和国、ルーシー連邦のエージェントが我が政権の要人に接触している形跡も私は掴んでいるのだ。今は我が国の大将、貴国の大統領と私達しか知らない我々の計画も、露見する日は遠くないかもしれない」
「それどころか、『何とか通常兵力を維持出来ている間に、貴国を奇襲攻撃して制圧しよう』という過激派勢力も日に日に勢いを増してきているのだよ」

そこまで中将が語ったとき、電話の向こうでバタン!とドアが蹴破られる音がした。「中将、お覚悟!」「う、大将の手の者だな!なぜ私を!」

ズキュゥーーーン・・・

今後のキタの戦略がどうなるのか、パイプを失った我々にはもうわからないだろう。ただ、数十年の長きにわたって、多大な犠牲を出しながら着実に実行されてきた我々の計画も、もはやこれ以上進められることはないのだけは間違いない。大至急大統領閣下に報告して、事後策を練らねばなるまい。これは国家百年の計を揺るがす一大事だ。忙しくなるぞ。

その時、私の書斎のドアをノックする音がした。私は公邸に単身で住んでおり、機密保持のために使用人も置いていないのだ。ならば、次の展開は考えるまでもない。全てを知る私が生きていては困る、ということだ。

私が机の引き出しを開けて、政府高官だけに特別に所持が許された愛用の拳銃をゆっくり取り出したとき、再びノックの音が響いた。それは先ほどより少し大きく、少し慌ただしい音だった。


変身。

2010-11-24 09:06:13 | ショートショート(短編小説)

ある日。

どこにでもいるサラリーマンの一人としての仕事を終えた私は、くたびれた体を引きずって単身赴任の安アパートに帰ってきた。商社マンとしてそれなりに羽振りのいい時期もあったのだが、この不景気で早期退職制度に乗っかってしまったのが失敗だった。再就職は厳しく、やっと見つけた職場の勤務は過酷なものだった。夜遅くに帰ってからの一杯が、私にとって唯一のささやかな楽しみなのだ。翌日が休みだからと、いつもより深酒してそのまま寝てしまった所までは覚えている。

翌朝。目が覚めたら、国家元首になっていた。カフカに「変身」って作品があったはずだが、まさか自分の身にこんなことが起ころうとは。どうやら、私の父は絶対的な権力者であったようで、私はそれを引き継いで、独裁体制に君臨しているらしい。妻も子も私と一緒に国家元首の一家になってしまっている。ただ私と違うのは、彼女達はなぜかこの国で生まれ育ったような様子なのだ。

過去の人生と全くつながりのない環境に対応できずに困っていたら、どうやら側近連中は、なかなか言葉の出ない私を見て「元首は脳卒中で倒れた」ことにしたらしい。メタボ世代で都合がよかったというところか。その間に、居宅にあった伝記やら各種ファイルの類やらを読み漁り、なんとか周囲の側近達の顔も覚えた。幸か不幸か言葉については、若い頃にこの国との取引を担当していた時に覚えていたので困らなくて済んだ。長いこと使っていなかったので多少たどたどしいが、脳卒中の後遺症という説明なら怪しまれまい。

しかしながら、この国の最近の状況がわかるにつれ、絶望的な情報ばかりが積み上がってゆく。

もともと国土は小さく、資源はない。気候は厳しく、山がちな国土には広大な農地もない。世界中から観光客を呼べるような名刹や文化財産もない。まあ、このあたりは昔と変わらない。
困ったことに、私が担当を外れて以来数十年経ってもなお、各種産業が一向に育っておらず、高性能な工業製品はほとんど隣国からの輸入に頼っている。
地下資源、農産品、工業製品のいずれにも国際競争力はなく、外貨の獲得は極めて困難だ。
国民は疲弊している。ちょっとした天候不順ですぐに大量の餓死者を出す状況がこの数十年続いているようだ。食料も足りないくらいだから、当然医薬品だって不足している。

今のところ、国民は窮乏していても、他国に比べて苦しい生活をしていることは知らされていない。薄々感づいているかもしれないが、基本的に他国の情報は国民には一切遮断しているのだ。情報は軍事政権とその管理下にある警察が一切を取り仕切っている。

この厳しい状況におかれた国家を、どうすれば維持できる?これまでは軍事独裁政権の圧政でなんとか維持して来たが、国民の不満・疲弊は限界で、周囲を取り巻く強国の圧力も年々増す一方だ。

周囲との戦争を通じて独立を維持して来た父の世代には、いくら国民生活が窮乏しようが軍備を最優先するのはやむを得ないとも言えた。そうしなければ、我が国は異民族の大国の一部として飲み込まれ、やがて民族としての独立も失って、民族ごと消滅してしまっていただろう。民族が消滅しても良いのならば~我が民族の伝統、我が民族の言葉さえも失っても生きてさえいればよいのなら~それもまたひとつの選択肢であったのかもしれない。しかし先祖代々、父までの世代は、全てを犠牲にして、すなわち国民の生命すら犠牲にして我が民族の誇りと独立を維持しようと戦って来たのだ。それを自分の世代で覆してよいものか?

この国民に誇りを持たせるためにはどうすればよい?父が選んだ回答は、軍事強国を目指すことだった。あたかも、小さな体ながら強大な獣に負けないハリネズミのように、小さくとも、貧しくとも、我が国は強い。そこに国の誇りを求めようとしたのだ。高度産業化の波に出遅れたことを自覚した父が、独立国家体制を維持するために選んだ道は、国民には窮乏を強いる一方で、国家予算の大半を軍事費に注ぎ込むことだった。年々開いてゆく隣国との生活格差は、情報を遮断することで国民の不満が生じないようにした。
この目標の為に、核兵器保有は絶対に達成しなければならない至上命題となった。年々進歩するために多額の費用を毎年投じ続けねばならない通常兵器と異なり、核兵器を数十発持ちさえすれば、誰も我が国を侵略しようとは思わなくなる。国民生活の向上は、十分量の核兵器を持ってから取りかかれば良い。通常兵器による強大な軍事力の維持と核兵器の開発を同時に行いながら、国民生活をも向上するなどというのはどだい夢物語なのだ。たとえ眼前に数十万の国民が餓えて斃れようと、この国の今後1000年の礎を築くためならば耐えねばなるまい。道をつけて父は逝き、その路線の継承が私に託されたのだ。

核さえ出来上がれば、通常兵力を削減してその分国民の福祉向上に当てられる。産業振興策もとれるだろう。現在緊張関係にある周囲国家との関係も、有利な状況で緩和してゆくことが出来るに違いない。ある程度国民の生活状況が改善した後であれば、これまで遮断していた各種情報の開示を行っても国家を揺るがすほどの内乱には至らないはずだ。

既に周辺国家を射程に入れる通常弾頭ミサイルは出来上がった。命中精度を揶揄する周辺国家もあるが、搭載するのが核弾頭であれば、大都市の中で数十km着弾点がズレたところで攻撃効果には何の問題もない。地下核実験にも成功した。後はミサイル弾頭サイズへの小型化と、十分な核燃料の確保だ。我が国の技術では数年で大型の核爆弾は作れるだろうが、ミサイルへの搭載までには少なく見積もっても十数年を要するだろう。この十数年をいかに耐えるかが、私に与えられた課題なのだ。

国民と、肥大した軍部の不満が暴発しないために、私の父がとって来たのは、定期的に国境付近で小競り合いを起こし、その度に「勝利を得た」と国民に宣伝して溜飲を下げさせるという手法だ。自国民にも、もちろん相手国にも犠牲者は出るだろうが、我が国としては現体制を維持するために前世紀から数百万の犠牲者を出して来たのだ。戦争による犠牲者に加え、食料生産、医薬品の確保、そういった国の根幹に関わる部分すら犠牲にしなければ強力な軍組織は維持できないのだから。他国の国民が数名死のうが、それが我が国の数百万人と比べて何だというのだ。また、その犠牲者こそが、相手国家に恐怖を与えることになるのだ。我が国には実力があり、必要とあらば躊躇わずにそれを行使する国なのだと強く印象づけることになるだろう。特に、核兵器を保有するにあたっては、こうした姿勢を周辺国家に周知するのが肝要だ。核兵器の存在意義は、実際に行使するところにあるのではなく、抑止力という名の脅迫効果にあるのだから。

核軍備が整った後で、数十年をかけて緩徐に軍備を縮小してゆき、軍備だけでない総力としての国力を増強してゆくのが現在の私の考える青写真だ。しかし、現段階で鎖国政策を解除し、情報開示と民主化を行おうとでもするならば、私はその意思を表明した途端、即座に消されるだろう。すでに特権階級として肥大した軍事政権関係者は、私を利用してその体制を未来永劫に維持するつもりでいる。万が一政権転覆でも起こったら、これまでに圧政を受けていた国民は暴徒と化し、混乱の中、あるいは混乱の後の一方的な裁判によって、私だけでなく私の家族の命を奪うだろう。もちろん、私だけでなく、これまでの政権関係者やこれに 繋がる一族も、没落どころの騒ぎではなく、国民の「怨」を受け、根絶やしになるかもしれない。急激な変化は不可能なのだ。

私も若くはない。激務である元首の座にいられるのも、せいぜい10年だろう。核兵器の完成、そして完成後の国民生活の改善・周辺諸国との友好関係修復に取りかかるまで、どうやら私の体は持ち堪えられそうにない。核の完成後、数十年をかけて軍備を縮小し、産業振興に転ずるという青写真は、私以外の誰も持ってはいない。こうした計画は軍事政権関係者に漏らすことは決して出来ない以上、私の意思を継ぐものとして血族から後継者を選ばねばなるまい。近代国家において世襲制度を維持する国はないが、我が国の状況では他に選択肢はない。もちろん側近には有能で見識の高い者もいるのだが、彼に政権を委譲したなら、彼はもはや彼一人で意思決定できない存在になり、彼の一族の声を受けて私の一族はやがて抹殺されることになるだろう。

こうなると、過酷な勤務を強いる会社に恨み言をいいながら「王様にでも生まれりゃ楽だったろうな」と飲んだくれていたサラリーマン時代に戻りたいが、今はそれも叶わぬ夢。いっそどこかに亡命したいが、元首が家族を引き連れて国外脱出など不可能だ。こうして元首になった時と同じように、もう一度前後不覚になるほど深酒したら元に戻れるのだろうか?ただ、「脳卒中」騒動以後、侍医団から酒を取り上げられてしまったので、それを試みることすら出来ないのだが。