私は中心人民共和国の情報機関に所属する工作員。コードネームは王王七号という。なに、どこかの国の映画の設定に似ているって?それは偶然の一致に過ぎない。映画は架空の話だが、現実世界に存在するのは私だけなのだから、オリジナルは我が国だ。
今回私に与えられた一連の任務は、我が国の史上においても極めて重大なものだった。一歩間違えれば第3次世界戦争への道を開くかもしれないのだ。
歴史上わが属国であった潮蘚は、前世紀の我が国の政権の混乱に乗じた最辺境の島国・大陽本帝国に掠めとられた。第2次世界戦争に参戦し、戦勝国の一員となった我々は、当然この潮蘚における主導権をいまいましい小陽本から奪回できると考えていたのだが、あろうことか、ルーシー連邦と飴国が潮蘚を分割統治するという事態となった。我が国はこの国の実効支配力を回復する機会を伺っていたのだが、ルーシー・飴の代理戦争である潮蘚戦争で、一時国土の大半を失ったキタが我々に支援を求めてきたのに乗じて我が軍団を大量に投入、彼らの国土の大半を回復した。このとき以来、潮蘚全域ではなく北部のみだが、潮蘚半島は再び我らの勢力圏となったのだ。また、我が国民兵の損害も甚大であったが、前世紀に異民族による手痛い打撃を被りつづけた我が国にとって、事実上の飴国との戦いに勝利したこの戦争によって、我が中心民族の自信と誇りを取り戻すことができたのだ。
さて、そのキタ共和国の軍事独裁政権が窮地に立っている。小国の生存戦略として選択した核開発至上主義が行き詰まり、核ミサイルの完成を目前に国家体制の崩壊の危機を迎えようとしているのだ。私の最初の任務は、キタの核開発の状況を探ることだった。調査を終えて帰国してすぐさま、私は国家首席に呼び出された。
「王王七号よ」
豊かな髪を律儀に丁寧に撫で付けて、国民服ではなく上質のスーツに身を包んた首席は、私に呼びかけた。
「任務、ご苦労だったな。潮蘚族出身の貴君とはいえ、容易な任務ではなかっただろう。よくやった。」
「早速で悪いのだが、その首尾は?」
静かな口調ではあるが、さすがに10億国民を束ねる人物であり、その静かな口調にもただ事でない威圧感を帯びている。私は緊張しながら答えた。
「お褒めに預かり、恐縮です」
「現状ですが、すでに3発の核爆弾が完成しており、4発目の製造途中でありました」
「そうか、やはりその段階に到達していたか。して、その3発の核爆弾は、兵器として使えるレベルに達しているのかね」
「いえ、すでに完成しているものはまだかなり大きく、可搬性に難があります。完成したうち、もっとも新しい3号爆弾でも、制御装置を含め大型トラック2台に分割してやっと運べる状況ですので、事実上運用は困難だと思われます」
「そうか。では、製造途中の4発目はどうなっている?」
「3号爆弾よりは小型化が進んでいますが、完成してもまだ普通トラック1台分といったところでしょうか。ミサイルへの搭載はまだまだ困難かと。航空機からの投下も、大型爆撃機を持たない彼らには現実的ではありません。もし爆撃機を調達できても、十分な戦闘力を持つ護衛戦闘機もありませんから、やはり事実上使用困難です」
「なるほど。我が国に比べ、核技術は40年遅れといったところだな。よくわかった。その4号爆弾はいつ完成するのだね」
「設計は出来ているのですが、核燃料を含め物資が不足しています。物資が整えば1年以内かと思われますが、相当困難なようです。経済状況次第では、数年から10年以上かかるかもしれません。キタとしては、政権移行のタイミングに何が何でも間に合わせたかったようで、飴国の圧力をも排して核燃料濃縮施設の運転再開をしたようなのですが」
「核兵器の完成を新権力者の手柄にしたかった、ということだな。その4号爆弾ならミサイルに搭載できなくても実用可能だ。で、その設計図は入手したか」
「はっ、その辺はぬかりなく」
私は答えた。なぜ実用可能なのか分からないが。
「さすが、私が見込んだ男だ。では、その設計図を見せてくれ」
工科大出身で技術将校からの叩き上げである首席は、自ら設計図を確認した。
「これなら、我が国なら3ヶ月で製造可能だな」
その言葉の意味を測りかねた私は思わず問い返した。
「え、そんな旧式爆弾を今さら何にお使いに」
と、そこまで言ったところでハッと我に返った。
「いえ、失礼しました。そんな一大事を私などに漏らすわけには」
「よいよい、ココだけのことだ」
口元に軽い笑みをたたえながら、首席は続けた。ただし、その目は笑っていない。
「いいか、トラックに積めるということは、船に積めるということだ。普通トラックに積めるなら、工作船に積める」
「え、工作船に積んでどうなるのでしょう?」
「簡単なことだ。工作船を核爆弾そのものとするのだよ。工作船に搭載して、飴国ご自慢の原子力空母に向かわせるのだ」
「しかし首席、それでは乗組員は全員…」
「王王七号よ」
私の言葉が終わる前に、首席が声を発した。
「それは我が国の発想だ。核開発のために数十万人の餓死者を出しているキタが、そんなことを躊躇うと思うかね」
「そもそも、彼の国の指導者が国民を意図的に貧困の淵においているのは、何のためだと思う?」
そろそろ理解を超え始め、言葉を失っている私に首席は続けた。
「小国にあっては、貧困もまた武器たり得るのだよ。金満国の国民が、行けば必ず死ぬという任務を受けると思うか?」
「『貴様が死ねば、その後の貴様の一族の生活は国が一切の面倒を見る。』貧しい国で、国家がそう確約してやれば、兵は死ぬ気で働くものだ。それを信じさせるには、ときどき軍から殉死者を出すように仕向け、その死に対する国の補償のお陰で遺族が安楽に生活している様を国民に見せてやればいい。数年に1度、数家族に手当を出すだけだ、たいした予算は必要ない」
「殉死者を出すのは簡単だ。ミナミと小競り合いを起こせば、奴らは必ず反撃してくる。ミナミも全面戦争にはしたくないのだから、どうせたいした反撃でないのも織り込み済みだ。1度の軍事行動で、数名の犠牲者が出ればちょうどいい。ミナミへの攻撃は、不満の溜まった軍人、国民のガス抜きにもなる」
「貧困でなくとも、宗教によって死をいとわない兵士を作ることはできる。飴国が悩まされている自爆テロはその典型だよ。しかし、宗教を認めない共産主義の我々にはそういう選択はない。だから、キタの連中は綿密な軍略のもとに計画的な『貧困政策』をとっているのだ。そうすることで、核開発に最大限の予算を投じることもできる。一石二鳥、いやそれ以上なのだよ」
「我が国でも苦慮している人口増加問題も、貧困政策で解決出来る。むしろキタの状況では、我が国で行っている『独りっ子政策』よりも有利なのだ」
「大量の兵士が必要になったとしよう。独りっ子政策下だと、これを解除しても生まれた子供が兵士に育つまでには20年かかる。しかし、若年世代の人口を貧困・飢餓状態において確保しておけば、食料さえ与えてやれば即戦力だ。軍事教練は学校教育の中で幼少時から十二分に叩き込んである。食料など、その気になれば調達は難しくない。核燃料の入手に比べれば、雑作もないことだ。もし人口が必要数よりも過剰となったら、食糧配給を絞るだけのことだ」
そして最後に、こう付け加えた。
「まあ、こうした政策が人道的に正しいことかどうかは、別の話だがね」
その後、私は再びキタへ飛んだ。私の工作は功を奏し、数ヶ月の後にキタの設計図に基づいて我が国で製造された核爆弾4号が、秘密裏にキタに運ばれて行った。分解して運べば軍事衛星からの監視でも確認不可能だ。もちろんもともと彼らの設計なのだから、キタで組み立てられる。
4号爆弾の搬入後、間違いなくキタの起こす軍事行動はエスカレートして来ている。ミナミの軍船を沈め、さらには軍事境界に浮かぶ有人島の集落に民間人の犠牲者が出るのを承知で砲撃を加えた。これまでにはあり得なかったことだ。
この動きを受けて、飴国は自国が誇る原子力空母を該当海域に急ぎ向かわせた。
この海域に向かって工作船が出港したら、刮目しなければならない。その工作船が船倉に抱えているのが何物か、キタから何らかの声明が出されるかもしれない。
最新鋭兵装満載の超弩級原子力空母と、漁船まがいの工作船とが対峙する姿は、20世紀以前の武力衝突ではあり得ない構図だろう。核による威嚇は国際社会から非難されるだろうが、核を使用すると通告するであろう地点は陸地から遥かに離れた海上のことであって、1人たりとも民間人を巻き込むことはない。前世紀に、計画的に事前通告なしで都市に2発の原爆を投下し、数十万の民間人犠牲者を出した飴国には、キタが「事前警告の後に」「自国領海内で」「領海侵犯した軍船だけを標的に」核を使用したからといって、これを強く非難する資格はないというものだろう。
工作船による威嚇で原子力空母が当該海域から退去するようなことがあれば、これは歴史上の一大事件だ。また、この核使用によって~それが威嚇か実際の使用かに関わらず~キタが飴国に武力占領される結果を招こうと、指導者は「巨大国家に一矢報いた英雄」になれると夢想しているに違いない。勝てないならば、栄誉ある死をと考えているのだ。
今の所、事態はキタの思惑通りに運んでいる。そして、それは我々の思惑通りでもあるのだ。今後の我が国の戦略を練るにあたり、核による威嚇に飴がどう対応するのか知っておくのは重要なことだ。この機に乗じて、我が国はキタに恩を売りながら、手を汚さずして飴国相手の核威嚇実験が出来るというものだ。
さて万が一、工作船による脅迫効果が機能せず、最悪の場合工作船が飴国の手に落ちたとしても、我が国には何の問題もない。工作船の中から出てくるのは、キタの技術、キタの設計図でつくられた旧式爆弾なのだから、我が国の影が見えることなど一切ないのだ。
それにしても、重大な任務を終えて少し安堵したところはあるが、それ以上の怖れが私の中に生じつつある。このような重大な任務に関わった私が、今後も無事でいられるかどうか。首席にとって有用な人材でありつづけるために、今後私は自分のすべてを投げうって首席に奉仕し続けなければなるまい。私に利用価値がなくなれば、それは私の人生の終わりを意味するだろう。首席が失脚すれば、それもまた同じことだ。そのような事態を防ぐため、私は日々粉骨砕身せねばならない。また、機密保持のため、我が国でのキタ爆弾4号の製造にはキタを祖国に持つ潮蘚族から厳選した工員が動員された。祖国のためにと彼らは喜んで従事し、また固く機密保持を誓った。もちろん、4号爆弾の用途までは工員達には知らせていない。近くにいて、その打つ手を見れば見るほど、首席の戦略や用兵法にはいちいち唸らざるを得ない。口元だけ笑った首席の顔を思い浮かべつつ、今日も私は任務に励んでいる。