一見するとヘッドホン。あるいはヘッドマウントディスプレイにも見えるかも知れない。ニコンの「メディアポート UP300x」は、大容量メモリーを搭載したヘッドホン型映像再生機器。映像や、ネットに接続してブラウザを見たり、両手をフリーにして周囲の状況を確かめることができる。子供の頃に夢見た、未来人が付けていたガジェット(携帯用の電子機器)のイメージだ。これまでになかった新しい価値を提供するこの製品。西暦2000年を記念して社内公募されたプロジェクトから生まれた。開発に携加藤 あれは両目を覆って大きな画面を見るものですよね。自宅でソファに座って使ったりするのが主だと思うんですよ。それに対して「メディアポート UP」は自宅という縛りはありません。部屋の中で1カ所にとどまって大きな画面を見るという製品にはしたくなかった。確かに「ヘッドマウントディスプレイのようだ」という意見も多いし、カテゴリーでいうとそこに入るのかもしれません。でも私は「ヘッドマウントディスプレイ」を製品にしたつもりはないんですよ。わった、ニコン映像カンパニー マーケティング本部第一マーケティング部主幹の加藤茂さんに話をうかがった。
ビジネスマンの「すきま時間」を有効活用するためのツール
最初にお尋ねしたいのですが、「メディアポート UP300x」(以下、「メディアポート UP」)は眼鏡をかけるようにして画面を見ることができるヘッドマウントディスプレイなのでしょうか。
加藤 あれは両目を覆って大きな画面を見るものですよね。自宅でソファに座って使ったりするのが主だと思うんですよ。それに対して「メディアポート UP」は自宅という縛りはありません。部屋の中で1カ所にとどまって大きな画面を見るという製品にはしたくなかった。確かに「ヘッドマウントディスプレイのようだ」という意見も多いし、カテゴリーでいうとそこに入るのかもしれません。でも私は「ヘッドマウントディスプレイ」を製品にしたつもりはないんですよ。
では端的に言うと、どんな製品なのでしょうか。
加藤 基本的には時間を有効に使うためのツールです。普通の人なら必ず「すきま時間」がありますよね。特に忙しいビジネスマンの方は、そのすきまの時間をどう生かせるかがとても重要だと思うんです。「メディアポート UP」はアームを上げた状態ではヘッドホンに近い形をしています。メモリーを内蔵しているので、この状態ならヘッドホン一体型の音楽プレーヤーです。ですが、ディスプレイのついたアームを降ろすと画像やサイトを見ることができる。周りの方に比べると、知識習得だったり画像や映像を楽しんだりと時間を有効に使えると思うんです。 それに、両手が自由なのでほかの動作をしながら使用することも可能です。例えば、ギターを引きながら楽譜を見るとか、ヨガのポーズを見ながら実際にヨガを行うようなこともできます。ゼロから少しプラス側になる感覚になって欲しいんです。単にすきまを埋める、暇を潰すだけではない。時間を有効に使えて、少しでも自分にとってプラスになるという感覚が大事なんです。だから、100人いれば100通りの活用法があると思っています。
加藤さんならどんな使い方をしますか。
加藤 電車の中で活用しますね。そもそも、開発のきっかけは僕自身が遠距離通勤をしていて、その時間をどうにか有効活用できないかと考えたことにあるんです。その頃は、新幹線で通っていて、乗り換えを含めると2時間近くかかっていました。特に嫌だったのが乗り換えの待ち時間。長い時間待っていることもあれば、すぐに電車が来る場合もある。長い時間待つのであれば本を読んだりしていたんですが、中途半端に待つ場合、パソコンを出したりするのは面倒な気がする。だから、ちょっとの時間でも簡単に画像やネットが見られるようにならないかと考えたんです。これが10年くらい前の話ですね。当時は今ほど時間を有効に使えるツールが多くなかったんですよ。iPodの出始めくらいだったかな?だから、これは需要があるだろうなと思ったんです。
実際、今は時間を潰すことが出来るツールはたくさんあります。例えば、SDカードに録画した番組を「PSP(プレイステーション・ポータブル)」で見るという方法もある。データの移動においてSDカードはかなり便利だと思うのですが、「メディアポート UP」では採用していませんよね。
加藤 フラッシュメモリーを採用しています。パソコンに保存したコンテンツを転送する方法ですね。もちろん、SDカードを付けることは考えました。ほかにも、Bluetoothがあった方がいいんじゃないか。地デジの対応はどうするかなどの話もありました。もちろん要望もあると思っています。ただ、頭に装着する製品なので、あまりに色々付けすぎて重くなるとマズイ。軽量化に重点を置いたんです。 それともう一つ。「メディアポート UP」の発売とともに「UPLINK」という動画コンテンツ配信サービスも始めたのですが、ここに様々なコンテンツを準備して見ることができるようにしたんです。無線LANがつながる所であればアクセスできます。もともとの目的が時間を有効に使ってもらうこと。メモリーの差し替えはその行為自体も時間を使うわけですよね。ですから、録画して移すという作業をしなくていいストリーミングサービスを準備することで、仕込む時間も有効に使えるようにしたんです。
パソコン内の動画を見ることはできないんですか。
加藤 Windows Media Playerに対応しているので、それもできますよ。2時間の映画だって見られます。ただ気持ちとしては、家にある大容量データをすべて持ち歩くのではなく、すきまの時間でうまく情報を取ったり、楽しんだりというのが基本です。「UPLINK」のサービスは、すきま時間を埋めるような短時間のコンテンツを中心にしようと思っています。
先ほど少し話に出ましたが、すきま時間を有効に活用するには、インターフェイスの使いやすさが重要になると思います。そのあたりの苦労はありましたか。
加藤 手がふさがっていても早送りや一時停止などの動作が行えるように、モーションセンサーを搭載したんです。インターネットにつながるのですが、操作しながら見たいページへ行くためには、ボタンを触る頻度が高くなってきます。使う頻度が高いと手をずっと上げ続けているので疲れますよね。だから首の動きでその操作ができたらいいなと思って。最新の技術を搭載することも大事ですので。ただ、どのくらい範囲まで首を振ったときに動くかを決めるのは大変でした。範囲を広げすぎると首が痛くなるし、狭すぎると逆に動かなくなってしまう。人によっては、最初は感度や範囲に違和感を覚えることもあるかもしれない。誰にでも合う形って意外と難しいと思いました。
他にもアームの長さとか角度、動く範囲をどれくらいにするかを決めるのは苦労しましたよ。顔が大きい人もいれば小さい人もいる。眼鏡をかけている人もいるわけですよね。頭の大きさや目の位置、耳の高さなどでディスプレイの最適な位置が変わる。それらを含めて誰にでも合うように作らなくてはいけない。何百人ものデータをとってその結果でアームの長さを決めました。無段階調整のアームにするという考えもあるかもしれませんが、購入した人が、それぞれ自分の位置を確かめながらネジで固定するのは面倒ですよね。使うまでのハードルを上げたくなかったんです。できるだけ、手に取ってすぐに使えるようにしたかったんです。
もう一つは、インターフェイスというより見た目の問題。ヘッドホンとして使うときに、極力一体感のあるデザインにしたかったんです。アームが変なものを付けているというふうには見られたくなかったんです。
デザインは何をイメージされたんですか。
加藤 デザイナーは、シンプルでいながら未来感があって、華美にならずに洗練されている、というところを狙ったんだと思います。アームが付いていて新しいデザインなんですが、こういったものは往々にして、オモチャっぽくなってしまいがちです。それは避けたかったですね。あとは製品としての強度。壊れてはいけないわけですから。とはいえ、そのためにゴテゴテした無骨な作りにはしたくない。ケーブルなども見えないようにして、全体のバランスを取りながら、高級感を損なわないようにしました。
──「メディアポート UP」は、企画から発売まで8年の歳月を要している。開発段階では、時代を先取りしすぎた感もあった。「ニコンの技術を結集した製品と言ってもいいでしょう」と加藤さん。そこには、ニコンという会社が持つ、ものづくりの信念があった。──
「メディアポートUP300x」(以下、「メディアポート UP」)の開発でこだわったのはどんな点ですか。
加藤 ディスプレイ部のレンズを新規に設計しました。頭に装着するものなので、大きすぎず、重すぎないサイズに収めなくてはいけなかったからです。通常、波長の違いによる結像のずれを抑えるには屈折率の異なるレンズを何枚も重ねて使います。虫眼鏡を想像してもらうと分かりやすいかもしれません。虫眼鏡をよく見ると、端のほうに虹みたいな色にじみが出ます。色は波長の違う様々な可視光線の組み合わせ。それぞれの光の進み方によって色ずれが起きるんです。この色収差を抑えるために、レンズを何枚も組み合わせているんですね。
ただ、それだとレンズ全体が大きく重くなってしまう。そこで今回採用したのが、回折現象を利用して光の進行方向を変える「DOE(回折光学素子)レンズ」です。1枚の「DOEレンズ」で軽量化が実現できました。重さは約2グラム、従来に比べて7分の1になっています。
レンズメーカーでもあるニコンのこだわりを感じますね。ほかにも何か工夫がありますか。
加藤 画面への集中を自然に喚起する「ワイパーボタン」を搭載しました。外界が流れるように動いているときや目の前を人が横切ったとき、画面への集中が途切れてしまい、再び画面を集中して見ることが難しくなることがあります。そんなとき、画面に意識を戻して目の焦点を合わせるため、ワイパーボタンを押して画面内に白線を表示し、それを左右に移動させることにより、自然に視線を画面に集中させるようにしたのです。これは大学の研究者と共同で開発しました。ニコンは眼鏡も手がけているので、その部署の担当者にもいろいろと協力してもらいましたね。
「メディアポート UP」はニコンの技術の結晶と言ってもよさそうですね。
加藤 そうだと思います。たとえば眼鏡の経験があるから、目の幅はどれくらいに設定すればいいかなどもわかるわけですし、また眼鏡をかけている人のことも考えて、アームの長さも設計できました。この辺りは眼鏡を手がけてきた経験からわかるものではないかと思います。この製品はそもそも2000年を記念して民生品を作ろうという社内応募で選ばれたものなんです。ですから、ニコンにある技術をうまく生かせた製品なんでしょうね。
実際に開発が始まってから完成までに約6年かかったと前回うかがいました。かなり長いスパンでの開発だったという印象を受けます。
加藤 確かに、私も長すぎると思います(笑)。時代との接点がなかなか見いだせなかったのかもしれません。最近ようやく、外で動画を見ることが許容され、皆さんの考え方も変わってきました。だから、今出せば受け入れられるところまで来たのでしょう。 しかし、こういう海のものとも山のものと判断しかねる商品なので、最初はほとんどホラ吹きに近い感じで見られていたんじゃないでしょうか。もちろん厳しい意見は今もあると思います。でも、それは時代の流れと大きく関係していますね。これから先もお客様のニーズとうまく合わなければ商品は売れない。そのマッチングをどう取っていくかがポイントになります。
開発途中で不安になることはなかったですか。8年経てば社会の変化も大きいと思います。自分の予想とは違う方向に進んでいったらどうしよう、みたいな。
加藤 不安というわけではありませんが、8年の間に色々な失敗をしていますよ。形だけをとっても、アームを耳の部分ではなく頭の後に設置したり、電動にしてみたりしましたね。記憶媒体にしてもフラッシュメモリーではなくハードディスクを考えていたこともあります。時代の波もあり、お客様との間で距離を測りながら、色々な技術を試してきました。
こだわりの部分に「コミュニケーション」というキーワードがあるとお聞きしました。一見すると、個人で楽しむことに特化した機器のように感じるのですが。
加藤 「メディアポート UP」にはコミュニケーションサインを搭載しました。動作変更をしたり音量調整を行ったときなどに、アームやディスプレイ正面のLEDが点灯するんです。「メディアポート UP」はプライベートで使う機器なので、周りから浮いた感じになりがちですが、そういう風にはしたくなかった。目の前にいる人に、装着している人が何をしているのかを伝えたい。LEDが点灯することによって、「今、何をしているの?」という会話に発展する。そういった周囲の人との関係性も大事だと思っているんです。将来的にはもっと進化させたいと思っています。
この商品は一般の店舗では売らないのですか。
加藤 「メディアポート UP」は、店頭に置いても、なかなか魅力を伝えるのが難しい商品だと思うんですよ。映像が見られるからどうした?、という話になるかもしれません。それに、どの売り場に置いていいのか、わかりづらい。解決すべき点がすごく多いんです。だから、まずはネットで販売して、その魅力を伝えていこうと考えています。
今後の展開を教えてください。どう進化させたいと考えているのでしょうか。
加藤 今の状態が完成形だとは思っていません。最終的にはSIMカードを搭載して通信ができたり、目の動きで操作ができるようになり、「メディアポート UP」がプラットフォームになればいいと考えています。携帯電話はポケットにしまえる一つのプラットフォームですが、元はと言えば大きな船舶電話から始まっている。それがどんどん進化して今の形になった。それと同じように、頭に装着するプラットフォームとして進化すれば、より色々な機能が追加されていくのではないでしょうか。
もう一つは個人の主張。この商品はまずイノベーターたちが興味を持ってくれると思うんです。でも普及してきたら、オシャレ感覚で装着する人も増えるなど、多様化が進むはずです。そのときに、どういった要素で訴えれば自分だけの1台として認識してもらえるのか、それがポイントとなるでしょう。(日経BP)
スカウターですな、まさしく
しかしインタビュアーの突っ込み方はなかなか鋭いな
確かにヨガやピラティス、体操系にはいいかもしれない
可能性は感じるし、面白い使い方できそうだけど、外でこれつけるのはなかなか勇気がいりそう