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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

2/19(火)B→C/米元響子ヴァイオリン・リサイタル/端正な中にも光彩を放つ

2013年02月21日 00時17分26秒 | クラシックコンサート
B→C149 米元響子ヴァイオリン・リサイタル

2013年2月19日(火)19:00~ 東京オペラシティ・リサイタルホール 自由席 2列 10番 3,000円
ヴァイオリン: 米元響子
ピアノ: 佐藤卓史*
【曲目】
J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006
武満 徹: 十一月の霧と菊の彼方から(1983)*
ドビュッシー: ヴァイオリン・ソナタ*
イザイ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 作品27-2 → 第3番 ニ短調 作品27-3「バラード」
三善 晃: ヴァイオリンのための《鏡》(1981)
レスピーギ: ヴァイオリン・ソナタ ロ短調*
《アンコール》
 ラフマニノフ: ヴォカリーズ*
 ラヴェル: ハバネラ形式の小品*

 東京オペラシティ主催の「B→C バッハからコンテンポラリーへ」リサイタル・シリーズの第149回は、ヴァイオリンの米元響子さん。「若き国際派ヴァイオリンニストの現在をB→Cで聴く!」とキャッチコピーが付いていたが、若手…といってももう28歳になる。ベルギー在住で、幅広い音楽活動を国際的展開している。
 これまでに米元さんを聴いたのは3回ほど。もうだいぶ以前になるが、2011年1月にJTアートホールアフィニスで室内楽を同年2月には千葉県文化会館でリサイタルを聴いた。その時のピアノ伴奏も今日と同じ佐藤卓史さんであった。最近では昨年2012年10月に読売日本交響楽団との共演でモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番を聴いている(指揮は小林研一郎さん)
 今日は2年ぶりのリサイタルだが、「B→C」シリーズなので、プログラミングに制約がある。私の苦手なバッハは1曲だけで、他は近代・現代ものを集め、なかなか意欲的で面白いプログラムとなった。

 1曲目はJ.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」。これはヴァイオリンの世界では人気曲なのでさすがに何度も聴いたことがあるが、いずれにしてもあまり好きではない。全7楽章、というよりはフランスの様々な舞曲を集めた組曲だ。米元さんの演奏は、立ち上がりでやや安定を欠き、ミスが散見されたが、徐々に調子を上げていった。
2曲目は武満 徹「十一月の霧と菊の彼方から」。1983年の作で、詩人大岡 信の詩「影の中で」一節を採り上げ、音楽化したものということだ。冒頭からピアノの不協和音が神秘的に響き、調性のないヴァイオリンの旋律が絡み合う。様々な演奏技法も採り入れられているので、演奏の難易度は高そうである。曲自体はさほど前衛的な作品ではないと思うが、演奏者が何をどう解釈しいどう表現するのかが難解そうな曲だ。
 3曲目はドビュッシーの「ヴァイオリン・ソナタ」。何度聴いても思うのだが、独特の和声が創り出すドビュッシーの音楽世界は、ヴァイオリン単体では表現できない。従ってピアノは伴奏の域を超えて、ヴァイオリンを包み込むようになる。米元さんのヴァイオリンは、比較的抑揚の少ない曲想において、微妙にニュアンスで音楽を色彩的に表現していく。様々に表情を変える音色にも、艶やかさとしっとりとした潤いがあり、落ち着いた演奏であった。このソナタは、米元さんが最初に留学したフランスで師事した師ジェラール・ブーレの父、ガストン・ブーレがドビュッシー自身のピアノで初演した。つまり直伝ということになる。

 後半はイザイの無伴奏ソナタからだが、当初予定されていた第2番から、米元さんの希望で第3番「バラード」に変更になった。プログラム・ノートには第2番の解説が載ったままということは、急遽変更になったものと思われる。その理由は分からないが、7分くらいの単一楽章のソナタなので、いわいる小品のようなものだが、人気ある曲である。この第3番の演奏はなかなか良かった。立ち上がりの鋭い音で、エキセントリックな音。複雑に絡み合う声部の中から主題が湧き上がってくるような、表現力。時折、身体を前のめりにする時の、突っ込んでいくような演奏が、おっとりした雰囲気の米元さんを芯の強い部分を垣間見せたように感じた。
 続いてまた現代曲、三善 晃の「ヴァイオリンのための《鏡》」。これはヴァイオリンの独奏曲である。とかく難解な現代音楽だが、音楽だけでなく、演奏もかなり難しそうである。装飾的な速いパッセージがあるという意味ではなく、相当集中して演奏しないとミスをしてしまいそうな、そんなタイプの難しさである。
 後半のメインとなる曲は、レスピーギの「ヴァイオリン・ソナタ」。最近どこかで聴いたことがあるなァ、と思って調べてみたら、昨年2012年12月、神尾真由子さんのリサイタル(千葉)で演奏されたのであった。この時の神尾さんのツアーではプログラムが2種類用意されていて、東京オペラシティコンサートホールでのリサイタルではオール・ベートーヴェン・プロだったので、友人たちも誰も知らなかったらしい。いずれにしてもあまり聴く機会の多い曲ではない。伝統的なソナタの形式の中にロマン派の自由な曲想を盛り込んだような曲で、かなり濃厚なロマンティシズムで覆われている。
 米元さんの演奏は、曲自体の持つ濃厚さに対しては、どちらかといえば淡泊な印象であった。もちろん、多彩な音色と表現を駆使しての演奏であり、技巧的に見素晴らしかったと思う。一方で、濃厚な曲想の第1楽章では深い情念のようなものが感じられなかった。ピアノの長い序奏で始まる第2楽章は緩徐楽章で、ここでは端正な米元さんのヴァイオリンが、女性らしい抒情性を見事に表現していた。第3楽章は再び濃厚なロマンティシズムに覆われるが、主部はエネルギッシュで躍動的であり、米元さんもここではイザイの時のような鋭さを聴かせてくれた。

 アンコールはがらりと雰囲気が変わって、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。ヴァイオリンもピアノも、むしろ淡々とした抑制的なロマンティシズムを描き出す。最後はラヴェルの「ハバネラ形式の小品」で、弱音器を付けての演奏。ハバネラであっても、客観的冷静さを持った演奏であった。

 米元さんの全体の印象は、端正な演奏スタイルというところだ。音楽に対して、楽曲に対して真正面から取り組み、しっかりと演奏しているといった感じだ。決して悪い意味ではない。正統派の音楽作りである。ただ、この人にしか感じられない特長、つまりは「個性」のようなものが、いまひとつハッキリしないような気もする。イザイやレスピーギの終盤などのように、ギラッとした音を聴かせてくれた時の輝き・・・・。他の曲にもそういった面があれば、また印象はかわったものになったのかもしれない。

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