桐朋学園大学 作曲科による 第38回「作品展」
2016年6月17日(金)19:00~ 東京オペラシティ・リサイタルホール 自由席 1列センター 1,000円
昨年に引き続き、桐朋学園大学の作曲科による「第38回『作品展』」を聴く。今年は7名の学生さんたちによる作品が演奏された。いずれも「現代音楽」というカテゴリの作品であり、比較的わかりやすいものから前衛的なものまで、それぞれの作曲家の考えや個性による違いなのであろう。この「作品展」は作曲科の学生さんたちが作品を発表する場であり、コンクールなどのように競い合うものではない。だから会場には和やかな雰囲気が漂い、作曲科の学生さんたちはもとより、演奏する学生さんたちやお友達、ご家族、先生たちなど、関係者の方々がいっぱいである。したがって、興味本位で聴きにくる私たちの方がむしろ少数派であったようだ。演奏するメンバーには桐朋学園大学の実力派の学生さんたちが勢揃いしているのだが、日頃音大生を追いかけている(?)音楽ファンの方達はあまり来ていない。現代音楽だけのコンサートはなかなか聴き手が集まらないのが現状のようである。
昨年は、ヴィオラの田原綾子さんに楽曲を提供していた森円花さんの作品を聴いてみたくて聴きに行き、そこでこうした現代作品の新作発表の場があることを知った。そして意外に楽しいことも知った。そして今年も森さんの作品が演奏されるし、また田原さんも出演するというので、迷わず聴きに行くことにした。才能ある若い作曲家と演奏家たちが創り出す刺激的な世界。結構ワクワクする。どんな音楽が飛び出してくるのだろうか。
●小倉美春(大学2年):ゆらぎ-2組の弦楽四重奏のための-
弦楽カルテット 第1ヴァイオリン:見渡風雅 第2ヴァイオリン:宮川莉奈 ヴィオラ:井出 奏 チェロ:新保順佳
弦楽カルテット 第1ヴァイオリン:北田千尋 第2ヴァイオリン:若杉知怜 ヴィオラ:山本一輝 チェロ:香月 麗
指揮:田邉 皓
2組の弦楽四重奏、計8名によるアンサンブル。配置は2組が対向に並ぶのではなく、普通の弦楽八重奏のように並んでいるが、音楽的には2組の弦楽四重奏が対比的な楽想を演奏する。少なくともスコアはそうなっていた。フラジオレットの不協和音のかすかな音の上にTAPで小さな音が発生し、徐々に拡大していく。微細な弱音の連続に、強烈な音型が混ざるようになり、やがて2組の弦楽四重奏が互いに響き合わない不協和で攻撃的な演奏を展開していく。爆発的なクライマックスを過ぎると夢幻的な静かな楽想になり消え入るように曲が閉じる。全体的の緊張感が極めて高く、静と動の対比も鋭い。
●伊藤栄乃(大学2年):『Le métre pour changer ~pour cinq joueurs~』
第1クラリネット:加藤亜希子 第2クラリネット青木 萌 ファゴット:木村卓巳
マリンバ:横内 奏 コントラバス:森田麻友美 指揮:熊倉 優
クラリネット2本による明快で色彩的な旋律をファゴットのとぼけた音が支え、それらの木管群のアンサンブルにマリンバが絡み合う。最低音部にはコントラバスがいて、ピツィカートを刻めばジャズっぽい雰囲気にもなる。全体的には陽性の諧謔性があって、聴いていても思わず笑みが浮かんでしまうような楽しさがある。15分くらいの曲だが5つの短い楽章からなり、異なる表情を見せるのも洒落ている。現代音楽というよりは、近代フランスもののような色彩感が豊かで、光が様々な色合いで煌めくよう。分かりやすいというか、とても洒落た曲である。
●関向弥生(研究科2年):白と透明の間で 〜ギターと3つの楽器のための〜
ギター:杉田 文 フルート:黒田静葉 ヴァイオリン:金 美里 チェロ:新保順佳
指揮:榊 真由
ギターが不協和音を含むコードを弾き、トレモロ風の高度な技巧のパッセージを聴かせる。チェロが楽器を叩いて打楽器のようにリズムを刻む。ヴァイオリンとフルートという高音域の旋律楽器が自由に駆け巡り飛び回る。先鋭的な印象派強いが、全体的にはあまり尖った感じがしないのは、ギターのコードと柔らかい音色によるところが大きいようである。ギターのパートはかなり技巧的で、演奏している杉田さんの技量は素晴らしい。コードはほとんどが不協和音を含んでいるが、タイトル通りに、妙に透明感のある音色を出していて、作曲もかなり凝っているが、演奏の技量の高さも作品を質感高く仕上げるのに貢献しているように感じた。
●守屋祐介(研究科3年):のどを猫でいっぱいにして
ソプラノ:岡崎陽香 フルート:黒田静葉 クラリネット:中南孝晃 チェロ:松本亜優
パーカッション:茂木美彩希 蘆澤奈津 ピアノ:鈴木友裕 指揮:榊 真由
ピアノが加わる曲は和声がはっきりとした形を見せることになる。無調で変拍子。先鋭的で緊張感が高く、ピーンと張り詰めたような尖った楽想に、ソプラノ独唱が加わる。松井啓子氏による現代詩「のどを猫でいっぱいにして」をテキストに、いわば現代歌曲が展開する。何とも不思議な世界観ではあるが、全体のまとまりは良く、完成度は高いように思う。ソプラノ独唱の岡崎陽香さんはこの難解な旋律に対して正確な音程で見事に歌いきった。終わった後のホッとした表情から見ても、かなり難しい歌唱であったのだろう。
●向井 響(研究科1年):「Safah」for Baritone and 5 instruments
バリトン:菅原洋平 クラリネット:中村匡久 トランペット:椎原正樹 コントラバス:森田麻友美
パーカッション:森村奏子 ピアノ:小倉美春 指揮:榊 真由
それぞれの楽器が様々な奏法を使って変わった音を出す。トランペットはミュートを使い効果音のような雰囲気を出し、他の各楽器も刺激的に絡み合う。バリトン独唱は始めの方は自分の胸を叩いて打楽器と化す。歌い始めはファルセットでかなりの高音域。タイトルの「Safah」というのはヘブライ語の言葉という意味だそうで、旧約聖書の「バベルの塔」の記述で多くの原語があり言葉が通じない、という部分を表現したのであろうか、何語が分からない「言葉」のような歌詞によるコミュニケーションが成立していない会話のような歌唱が展開する。5つの楽器もそれぞれが原語的な要素を持ち、やはりコミュニケーションが成立しないように、各楽器が暴走していくような全合奏は圧巻である。
●森 円花(研究科1年):Hommage 〜弦楽オーケストラと打楽器のための〜
第1ヴァイオリン:山根一仁 吉江美桜 石倉瑤子 菊野凛太朗 大内 遥 藤村もりの
第2ヴァイオリン:土岐祐奈 入江真歩 見渡風雅 島方 暸 湯浅江美子 吉鷹梨佐
ヴィオラ:田原綾子 鈴木慧悟 高宮城 凌 山本 周
チェロ:森田啓佑 水野優也 矢部優典 コントラバス:森田麻友美 中窪和輝
パーカッション:横内 奏 指揮:熊倉 優
このメンバー表を見ただけで、これだけ名のある演奏家が在籍している桐朋学園大学はスゴイところだなぁと思う。日本音楽コンクールや東京音楽コンクールをはじめとする音楽コンクールの上位入賞者がいっぱいいる。ちょっとしたスーパー・オーケストラといっても過言ではない。そんな彼らが森円花ワールドともいうべき音楽世界を高度な技術と表現力で描き出す。作品は、ひとかたまりの弦楽オーケストラとしての大きな造形の流れと、個々のメンバー一人一人がソリストでもあるという考えに基づく独奏が多いのが特徴で、いわば協奏曲のソリストがどんどん交替していくような様相となる。とくにコンサートマスターの山根一仁さんと、対向位置にいるヴィオラの田原綾子さんとが、技巧的に、あるいは大きく歌う役割を与えられて、対話するようにソロが出てくる。弦楽オーケストラはパーカッションを含めて22名だが、各パートもかなり複雑に作られていて、分厚いハーモニーを押し出して来る。弱音から強音までのダイナミックレンジも広く、リサイタルホールを音で満たすには十分な迫力だ。複雑な和声が作り出す音楽世界は、夢幻的な不許和音に満たされてはいるが、どこかに透明感を残していて美しくさえ感じる。ヴァイオリンやヴィオラやチェロが紡ぎ出す旋律も、無調で難解と取られがちなものだが、決して無味乾燥としたものではなく、人間的な温もりがある。だから抽象的ではあっても曖昧な感じがしない。カタチはあまりはっきりしなくても意志が感じられるのである。タイトルの「Hommage」のとおり、演奏家に対する尊敬の念が込められているのであろう。素敵な作品と素晴らしい演奏にBravo!を贈ろう。
●中村匡寿(研究科2年):『Twilight Vestige』 for 9 musicians
ヴァイオリン:大内 遥 ヴィオラ:佐川真理 チェロ:濱田 遥 コントラバス:中窪和輝
クラリネット:加藤亜希子 トロンボーン:水島さやか ヴィブラフォン:曽我龍介
パーカッション:金子泰士 千葉彩加 指揮:熊倉 優
この作品は大編成室内楽というか、最小編成管弦楽というか、編成が面白い。それぞれの楽器がソロを受け持つとともに、全体としてのアンサンブルも構成する。とくにクラリネットの存在が印象に残る。また、どちらかといえば後方支援に回っているヴィブラフォンが和声を打ち出す部分と打楽器的な要素で存在感を見せている。後半にはトロンボーンのソロも面白く聴かせる。弦楽が全体の中では控え目に感じられるようだ。とはいえ複雑に絡み合う各パートの関係性が上手く機能しているようで、音楽的な流れが独特の雰囲気を醸し出していた。
こうして7曲を聴き終えてみると、それぞれのテーマや狙いが個性的で、とても面白い。現代音楽と一口に言っても、アプローチの仕方は無限大。一人の作曲家の1作品を聴いただけでは、論評できるような立場ではないとは思うが、まあ、素人の私が聴いた上での単なる感想というレベルで言わせていただくとして、7作品の中では、森さんの「Hommage」がスケールも大きく、構成も複雑かつ緻密で大いに印象に残る作品だった。高校生の時から合わせて7年間、現代音楽を学んだという森さんの卒業作品であるということで、音楽の三大要素であるメロディ、リズム、ハーモニーのうち、メロディが最もチカラを持った作品に仕上げたとのことである。そして演奏も素晴らしかった。桐朋学園大学の底力を見せつけられた感じである。他には、関向さんの「白と透明の間で」がギターを効果的に使っていて個人的には気に入った。また演奏者の中では、3曲に登場したコントラバスの森田麻友美さんが印象に残る。最近は女性のコントラバス奏者が活躍しているようだが、男性にくらべると中音域から高音域にかけての音色が優しく潤いがあって、この楽器のゴツイ印象を変えていくような繊細さが見事だった。
終演後は、森さんとも比較的ゆっくりお話しすることができた。お話しをしている分にはごく普通の人なのだが、その才能は計り知れないものがある。昨年も書いたことだが、あのような複雑な響きの作品をどういうアタマの働きで創り出すのかが、なかなか理解できない。私は未だに不協和音を頭の中で鳴らすことができないのだ。実はその昔、高校生の頃にはフォークソングやロックの曲を作ったことがあるのだが(今のストリート・ミュージシャンのようなものだ)、そんなものは森さんたちに比べれば子供の落書きみたいなもの。穴があったら入りたいくらいの恥ずかしい話だ。そんな暗〜い過去を持っているだけに、森さんをはじめ今日の作曲家の皆さんには心よりオマージュを感じるのである。そしてもちろん演奏家の皆さんにも(写真は森さんと仲良しのヴィオラの田原さん)。
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2016年6月17日(金)19:00~ 東京オペラシティ・リサイタルホール 自由席 1列センター 1,000円
昨年に引き続き、桐朋学園大学の作曲科による「第38回『作品展』」を聴く。今年は7名の学生さんたちによる作品が演奏された。いずれも「現代音楽」というカテゴリの作品であり、比較的わかりやすいものから前衛的なものまで、それぞれの作曲家の考えや個性による違いなのであろう。この「作品展」は作曲科の学生さんたちが作品を発表する場であり、コンクールなどのように競い合うものではない。だから会場には和やかな雰囲気が漂い、作曲科の学生さんたちはもとより、演奏する学生さんたちやお友達、ご家族、先生たちなど、関係者の方々がいっぱいである。したがって、興味本位で聴きにくる私たちの方がむしろ少数派であったようだ。演奏するメンバーには桐朋学園大学の実力派の学生さんたちが勢揃いしているのだが、日頃音大生を追いかけている(?)音楽ファンの方達はあまり来ていない。現代音楽だけのコンサートはなかなか聴き手が集まらないのが現状のようである。
昨年は、ヴィオラの田原綾子さんに楽曲を提供していた森円花さんの作品を聴いてみたくて聴きに行き、そこでこうした現代作品の新作発表の場があることを知った。そして意外に楽しいことも知った。そして今年も森さんの作品が演奏されるし、また田原さんも出演するというので、迷わず聴きに行くことにした。才能ある若い作曲家と演奏家たちが創り出す刺激的な世界。結構ワクワクする。どんな音楽が飛び出してくるのだろうか。
●小倉美春(大学2年):ゆらぎ-2組の弦楽四重奏のための-
弦楽カルテット 第1ヴァイオリン:見渡風雅 第2ヴァイオリン:宮川莉奈 ヴィオラ:井出 奏 チェロ:新保順佳
弦楽カルテット 第1ヴァイオリン:北田千尋 第2ヴァイオリン:若杉知怜 ヴィオラ:山本一輝 チェロ:香月 麗
指揮:田邉 皓
2組の弦楽四重奏、計8名によるアンサンブル。配置は2組が対向に並ぶのではなく、普通の弦楽八重奏のように並んでいるが、音楽的には2組の弦楽四重奏が対比的な楽想を演奏する。少なくともスコアはそうなっていた。フラジオレットの不協和音のかすかな音の上にTAPで小さな音が発生し、徐々に拡大していく。微細な弱音の連続に、強烈な音型が混ざるようになり、やがて2組の弦楽四重奏が互いに響き合わない不協和で攻撃的な演奏を展開していく。爆発的なクライマックスを過ぎると夢幻的な静かな楽想になり消え入るように曲が閉じる。全体的の緊張感が極めて高く、静と動の対比も鋭い。
●伊藤栄乃(大学2年):『Le métre pour changer ~pour cinq joueurs~』
第1クラリネット:加藤亜希子 第2クラリネット青木 萌 ファゴット:木村卓巳
マリンバ:横内 奏 コントラバス:森田麻友美 指揮:熊倉 優
クラリネット2本による明快で色彩的な旋律をファゴットのとぼけた音が支え、それらの木管群のアンサンブルにマリンバが絡み合う。最低音部にはコントラバスがいて、ピツィカートを刻めばジャズっぽい雰囲気にもなる。全体的には陽性の諧謔性があって、聴いていても思わず笑みが浮かんでしまうような楽しさがある。15分くらいの曲だが5つの短い楽章からなり、異なる表情を見せるのも洒落ている。現代音楽というよりは、近代フランスもののような色彩感が豊かで、光が様々な色合いで煌めくよう。分かりやすいというか、とても洒落た曲である。
●関向弥生(研究科2年):白と透明の間で 〜ギターと3つの楽器のための〜
ギター:杉田 文 フルート:黒田静葉 ヴァイオリン:金 美里 チェロ:新保順佳
指揮:榊 真由
ギターが不協和音を含むコードを弾き、トレモロ風の高度な技巧のパッセージを聴かせる。チェロが楽器を叩いて打楽器のようにリズムを刻む。ヴァイオリンとフルートという高音域の旋律楽器が自由に駆け巡り飛び回る。先鋭的な印象派強いが、全体的にはあまり尖った感じがしないのは、ギターのコードと柔らかい音色によるところが大きいようである。ギターのパートはかなり技巧的で、演奏している杉田さんの技量は素晴らしい。コードはほとんどが不協和音を含んでいるが、タイトル通りに、妙に透明感のある音色を出していて、作曲もかなり凝っているが、演奏の技量の高さも作品を質感高く仕上げるのに貢献しているように感じた。
●守屋祐介(研究科3年):のどを猫でいっぱいにして
ソプラノ:岡崎陽香 フルート:黒田静葉 クラリネット:中南孝晃 チェロ:松本亜優
パーカッション:茂木美彩希 蘆澤奈津 ピアノ:鈴木友裕 指揮:榊 真由
ピアノが加わる曲は和声がはっきりとした形を見せることになる。無調で変拍子。先鋭的で緊張感が高く、ピーンと張り詰めたような尖った楽想に、ソプラノ独唱が加わる。松井啓子氏による現代詩「のどを猫でいっぱいにして」をテキストに、いわば現代歌曲が展開する。何とも不思議な世界観ではあるが、全体のまとまりは良く、完成度は高いように思う。ソプラノ独唱の岡崎陽香さんはこの難解な旋律に対して正確な音程で見事に歌いきった。終わった後のホッとした表情から見ても、かなり難しい歌唱であったのだろう。
●向井 響(研究科1年):「Safah」for Baritone and 5 instruments
バリトン:菅原洋平 クラリネット:中村匡久 トランペット:椎原正樹 コントラバス:森田麻友美
パーカッション:森村奏子 ピアノ:小倉美春 指揮:榊 真由
それぞれの楽器が様々な奏法を使って変わった音を出す。トランペットはミュートを使い効果音のような雰囲気を出し、他の各楽器も刺激的に絡み合う。バリトン独唱は始めの方は自分の胸を叩いて打楽器と化す。歌い始めはファルセットでかなりの高音域。タイトルの「Safah」というのはヘブライ語の言葉という意味だそうで、旧約聖書の「バベルの塔」の記述で多くの原語があり言葉が通じない、という部分を表現したのであろうか、何語が分からない「言葉」のような歌詞によるコミュニケーションが成立していない会話のような歌唱が展開する。5つの楽器もそれぞれが原語的な要素を持ち、やはりコミュニケーションが成立しないように、各楽器が暴走していくような全合奏は圧巻である。
●森 円花(研究科1年):Hommage 〜弦楽オーケストラと打楽器のための〜
第1ヴァイオリン:山根一仁 吉江美桜 石倉瑤子 菊野凛太朗 大内 遥 藤村もりの
第2ヴァイオリン:土岐祐奈 入江真歩 見渡風雅 島方 暸 湯浅江美子 吉鷹梨佐
ヴィオラ:田原綾子 鈴木慧悟 高宮城 凌 山本 周
チェロ:森田啓佑 水野優也 矢部優典 コントラバス:森田麻友美 中窪和輝
パーカッション:横内 奏 指揮:熊倉 優
このメンバー表を見ただけで、これだけ名のある演奏家が在籍している桐朋学園大学はスゴイところだなぁと思う。日本音楽コンクールや東京音楽コンクールをはじめとする音楽コンクールの上位入賞者がいっぱいいる。ちょっとしたスーパー・オーケストラといっても過言ではない。そんな彼らが森円花ワールドともいうべき音楽世界を高度な技術と表現力で描き出す。作品は、ひとかたまりの弦楽オーケストラとしての大きな造形の流れと、個々のメンバー一人一人がソリストでもあるという考えに基づく独奏が多いのが特徴で、いわば協奏曲のソリストがどんどん交替していくような様相となる。とくにコンサートマスターの山根一仁さんと、対向位置にいるヴィオラの田原綾子さんとが、技巧的に、あるいは大きく歌う役割を与えられて、対話するようにソロが出てくる。弦楽オーケストラはパーカッションを含めて22名だが、各パートもかなり複雑に作られていて、分厚いハーモニーを押し出して来る。弱音から強音までのダイナミックレンジも広く、リサイタルホールを音で満たすには十分な迫力だ。複雑な和声が作り出す音楽世界は、夢幻的な不許和音に満たされてはいるが、どこかに透明感を残していて美しくさえ感じる。ヴァイオリンやヴィオラやチェロが紡ぎ出す旋律も、無調で難解と取られがちなものだが、決して無味乾燥としたものではなく、人間的な温もりがある。だから抽象的ではあっても曖昧な感じがしない。カタチはあまりはっきりしなくても意志が感じられるのである。タイトルの「Hommage」のとおり、演奏家に対する尊敬の念が込められているのであろう。素敵な作品と素晴らしい演奏にBravo!を贈ろう。
●中村匡寿(研究科2年):『Twilight Vestige』 for 9 musicians
ヴァイオリン:大内 遥 ヴィオラ:佐川真理 チェロ:濱田 遥 コントラバス:中窪和輝
クラリネット:加藤亜希子 トロンボーン:水島さやか ヴィブラフォン:曽我龍介
パーカッション:金子泰士 千葉彩加 指揮:熊倉 優
この作品は大編成室内楽というか、最小編成管弦楽というか、編成が面白い。それぞれの楽器がソロを受け持つとともに、全体としてのアンサンブルも構成する。とくにクラリネットの存在が印象に残る。また、どちらかといえば後方支援に回っているヴィブラフォンが和声を打ち出す部分と打楽器的な要素で存在感を見せている。後半にはトロンボーンのソロも面白く聴かせる。弦楽が全体の中では控え目に感じられるようだ。とはいえ複雑に絡み合う各パートの関係性が上手く機能しているようで、音楽的な流れが独特の雰囲気を醸し出していた。
こうして7曲を聴き終えてみると、それぞれのテーマや狙いが個性的で、とても面白い。現代音楽と一口に言っても、アプローチの仕方は無限大。一人の作曲家の1作品を聴いただけでは、論評できるような立場ではないとは思うが、まあ、素人の私が聴いた上での単なる感想というレベルで言わせていただくとして、7作品の中では、森さんの「Hommage」がスケールも大きく、構成も複雑かつ緻密で大いに印象に残る作品だった。高校生の時から合わせて7年間、現代音楽を学んだという森さんの卒業作品であるということで、音楽の三大要素であるメロディ、リズム、ハーモニーのうち、メロディが最もチカラを持った作品に仕上げたとのことである。そして演奏も素晴らしかった。桐朋学園大学の底力を見せつけられた感じである。他には、関向さんの「白と透明の間で」がギターを効果的に使っていて個人的には気に入った。また演奏者の中では、3曲に登場したコントラバスの森田麻友美さんが印象に残る。最近は女性のコントラバス奏者が活躍しているようだが、男性にくらべると中音域から高音域にかけての音色が優しく潤いがあって、この楽器のゴツイ印象を変えていくような繊細さが見事だった。
終演後は、森さんとも比較的ゆっくりお話しすることができた。お話しをしている分にはごく普通の人なのだが、その才能は計り知れないものがある。昨年も書いたことだが、あのような複雑な響きの作品をどういうアタマの働きで創り出すのかが、なかなか理解できない。私は未だに不協和音を頭の中で鳴らすことができないのだ。実はその昔、高校生の頃にはフォークソングやロックの曲を作ったことがあるのだが(今のストリート・ミュージシャンのようなものだ)、そんなものは森さんたちに比べれば子供の落書きみたいなもの。穴があったら入りたいくらいの恥ずかしい話だ。そんな暗〜い過去を持っているだけに、森さんをはじめ今日の作曲家の皆さんには心よりオマージュを感じるのである。そしてもちろん演奏家の皆さんにも(写真は森さんと仲良しのヴィオラの田原さん)。
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