徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Ogre 2

2015年06月21日 00時06分28秒 | Ogre
 双眼鏡で入り江に停泊した船の様子を確認しながら――彼は目を細めた。対物レンズが濡れているために見難かったが、さして問題無い――確認すべきことが確認出来れば、それで十分だ。
 二隻の船に人は乗っておらず、見張りはふたりだけ。それも動きから察するに巡察動哨の動きではなく、船の損傷を確認しに来ているのだ。
 さて、急がないとな――時間はあまり無い。見張りの交代が出ていけば、先ほど殺した見張りたちが発見されてしまう。
 といっても、見張りの出発サイクルは四時間おきなので、まだ三時間以上あり――彼の仕事はあと三十分で終わる。彼の仕事において一番大事なのは監視と作戦立案で、残りはすべて二の次だ。
 まるでそれまで岩棚の陸地だった場所が突然消滅したかの様に、この入り江には浜辺というものが無い――入り江の平地のほとんどは砂を固めた様な人工質の固い岩で出来ており、先日偵察のときに入り江の岸壁まで泳いで接近したときには、水深は七十ヤード近くあった。
 興味半分で底まで潜ってみると、海底には硝子の砕片の様なものがまるで雪の様に降り積もっており――『大崩壊』の痕跡であることを窺わせた。
 いったいどの様な破壊の業を以てすればこのような痕跡を遺せるのか、興味は尽きないが――
 まあそれはどうでもいい。
 視線を転じると、まるで石で造った様なおかしな家が見えた――古代遺跡には珍しいものではない。
 屋根は平たく、雨や雪を効率よく落とすための切妻型ではない。屋上にはそこに出てくるための階段と、それを風雨から守る階段室があったが――往時の扉はとうに朽ち果てて、木製の扉が代わりにしつらえられている。玄関や窓も同様で、石で造られた箱の様に角ばった建物はところどころ朽ちて外壁が欠けたり剥がれ落ちたりしていた。
 ここはつまり、『大崩壊』以前の痕跡が残った古代遺跡なのだ――それを彼のターゲットたちが、先住者の許可無く無断使用しているのだろう。無論、先住者など何千年も前にいなくなっているだろうが――
 それ以上この入り江の来歴について考えるのはやめにして、彼は腰のポーチに双眼鏡を押し込んだ。蓋を留める金属製のバックルをきちんと掛けて、その場で身を起こす。
 彼がいるのは入り江を囲う切り立った崖の上で――こちらもまるで切り取られたかの様に垂直に屹立している。
 ここらにはロープを結わえつけられる立木が無いので、代わりに随分と苦労して打ち込んだハーケンに通された懸垂下降ラペリング用のロープを手に取る。とぐろを巻いたロープを崖の下に投げ落とし、エッジからロープを保護するための保護マットがきちんと当たっているのを確認してから、彼は岸壁に身を躍らせた。
 勢いがつきすぎると器具が滑るので細かく分けて下降して――水面に到達したところで彼はロープをそのままにして泳ぎ始めた。
 凍りつきそうな冷たい海水に平然と耐え、息継ぎをしないまま手前の船のところまで泳ぎ着く――そこまで泳ぎ着く間耐えられるだけの肺活量があるならば、いちいち水面に顔を出して息継ぎをしながら泳ぐよりも、ずっと水中を潜行して泳いだほうが楽に泳ぎつける。風によって発生する通常の風浪は動かすのは水面だけで、水面からいくらか潜れば水の動きが原因の抵抗はほとんど無い。
 伸ばした手の指先が銅板を打ちつけられた船体に触れたところで、彼は水面から顔を出した。口元に張りついた覆面を指で摘んで引き剥がし、空気を求めて息を吸い込む。
 かなり波が高いために海水が口の中に入り、彼は小さく毒づいた――最大積載量に達していないからだろう、たどり着いた帆船は最高喫水線から船底にかけてを覆う銅板の上端が水面より一フィートほど上に出ている。
 釘で打ちつけられた銅板の縁に指をかけて体を引き上げ、危うく飲み込むところだった海水を吐き出してから、彼はあらためて息を吸い込んだ。
 呼吸が落ち着くまでしばらく息を整えてから、再び体を水中に戻す。
 あの男たちは、別に侵入者を警戒しているわけではないはずだ――大時化のせいで船体に損傷が出ていないかどうか、それを確認しに来たのだろう。
 それならすぐに引き揚げてしまうだろう――引き揚げない様なら殺せばいい。
 船尾とものほうが隠れる場所が多いので、彼は船尾側に廻り込んだ。入船で停泊しているので、陸地側からは艫のほうが遠い――また、船首を入江側に向けているので艫は死角になっている。その意味でも、侵入経路は艫のほうがいい。
 無論、船首を奥に向ける入船の停泊では出港に苦労する。かなり大型のボートが数艘、少し離れたところに浮いているところをみると、入船で停泊するのが普通らしい――ボートで引っ張り出してから、展帆して風を受けるのだろう。
 船尾に泳ぎ着いて、彼は左腕の手甲に差し込んでいたナイフを引き抜いた。
 全装帆船に比べて船体が角張っているので、攀じ登るのが楽でいい――彼は短剣を船体を構成する木版の隙間に突き立てて左手で保持し、右手でもう一本短剣を引き抜いて、一本目よりも高い位置に突き刺した。それらを頼りに体を引き上げ、さらに抜き出した別の短剣を船体に突き立てて、それを手掛かりにして船体を攀じ登る。
 多少の音を立てても、雨音と暴風が掻き消してくれるのでなんの問題も無い――短剣五本ぶんほど攀じ登ると、最初に突き刺したナイフを足掛かりに使えるので大分楽になった。
 船尾楼の手摺の真下まで攀じ登ったところで、彼はいったん手を止めた――彼のいる位置から陸地は見えない。つまり、向こうからもこちらは見えないということだ。
 そちらは放っておいても問題無い――問題は今現在、甲板上にいるふたりだった。
 あのふたりに邪魔をされるのは困る――奇襲の要素を保持するためには、この船を爆破しなくてはならない。ついでにここは孤島なので、移動手段を完全に破壊してしまえば、仮に襲撃が失敗したとしてももう稼業は再開出来ないだろう。連中の中に、ちょっとした修理や応急補修程度ならともかく、造船のための設計や監督の出来る者がいるとは思えない。
 よって、彼らは船を失えば、仮に仕事にしくじってもあとは飢え死にするだけだろう――どのみち失敗するつもりは無いが。
 だがそれには、この船の甲板上で少々の作業が必要だ――それにはあのふたりが邪魔になる。
 必要に応じて殺さなければならない――どのみち彼らの殺害が露見する前に、彼の攻撃は終わる。
 なにやら雑談でもしているのか、甲板に雨粒がぶつかって砕けるばたばたという音とともに話し声が聞こえてきている――かなり遠い。これが近ければ遣り過ごしてから甲板上に登らねばならないが、その必要も無さそうだ。
 それでも隠密侵入ステルス・エントリーの手順に従って、彼はまずそれまで背負っていたバックパックのストラップの左側に右手を伸ばした――左肩のストラップは片手で操作出来る金属のバックルで完全に分断出来る様になっており、あとは右肩にひっかけているだけの状態に出来る。
 それを手掛かりにしたナイフの一本に引っ掛けてから、彼へばりつく様にしては艫のハンドレールを乗り越え、船尾楼甲板に入り込んだ。続いてバックパックを引っ張り上げてから、いったん周囲を窺って気配を確認する――やはり近くには先ほどのふたりはいない。
 船尾楼甲板プープ・デッキ中央凹甲板メイン・デッキにつながるタラップがあるだけで、あとは舷側サイドと同じ様に分厚い木材で囲まれている――高い位置にあって目立つので、その分長弓や弩による狙撃を受けやすいからだ。
 そのぶん陸地からも見つかりやすいわけだが、彼はあまり気にしていなかった――甲板上に照明が無く月も星も出ていないので、陸地から暗闇の中を蠢く黒衣の存在が露見する危険性はまず無い。それに船の甲板のほうが位置が高いので、ハンドレールよりも姿勢を低く保っていれば、陸地からは死角になって発見される恐れはまず無い。彼は背甲板に這い蹲る様にして、じりじりとタラップに近づいていった。
 主甲板上で、ふたりの男たちがこちらに背を向けて話をしている――先ほどから動きが無いのは、あそこでだべっているからだろう。
 物音を立てても見つかる危険は無いだろうが、彼はタラップを這う様にして降り始めた。
 八段ほどのタラップを降り切って、今度はメイン・デッキ上を這い進んでいく――そこまで近づくと、メイン・デッキ上で話している連中の会話が聞こえてきた。
「――畜生、あの女は俺が狙ってたのによ」
 ふたりの男たちのひとりが、そう毒づくのが聞こえてくる。
「もうあきらめろ、お頭が欲しがったんだから仕方がねぇよ」 つまらなさそうに答えたのは、もうひとりの男だった。いったい何度目だよ……彼はそう言わんばかりの呆れた口調で、
「どうしようもねぇだろうが」
 ふたりがそのまま視線をめぐらせ、そろって陸地のほうに向き直る。
 彼らふたりの死角になるメイン・マストの陰で身を起こしてその視線を追うと、先ほどの古代遺跡の建物があった――外観からは本来の用途は判然としないが、いくつもの部屋があるかなり大きなものに見える。
 この距離で、しかも雨が降っているのではっきりとはわからないが、換気のためにいくらか開けられた窓のひとつから室内が見えた。
 角燈の弱々しい照明に照らされて、椅子に腰を下ろしたままの髭面の大男が一糸纏わぬ姿の金髪の少女を腰の上に乗せ、その体を揺すりたてているのが見えた。
 男に背中を向けて腕を固定され、激しく突き上げられながら痛々しい表情で泣き叫ぶ、美しい少女。その表情は明らかに、恋した相手と結ばれた幸福ではなく、望まぬ相手に無理矢理に、一方的に奪われた悲痛に満ちていた。
 くそっ――男が小さく毒づくのが聞こえた。もっとも、男の悪態は少女に対する同情や、なにも出来ない自分に対する憤りではない――ただ単に、自分が先に貫きたかった女を取り上げられたことに対するものだ。
「だがジェフリー、おまえは腹立たねぇのかよ? 本当なら今頃、あの女に突っ込んでヒイヒイ言わせてたのは俺だったんだぜ。おまえが攫ってきた女も、お頭が散々やった挙句に殺しちまったじゃねえか。俺たちには回ってきやしねぇ。回ってきたのはトウの立ったババァばかりだ」
「あいにく、俺はおまえほど女好きじゃねえんでな」 酒のほうがいい、と付け加える相方に舌打ちして、男は舷側の内側を爪先で蹴飛ばした。
「むかつく話だぜ。あの女は俺のものだったのによ――連れてくる前にやっちまえばよかった」
 彼は主甲板に降りるタラップを音も無く這い降り、それが庄子弩のための矢なのだろう、メイン・マストのそばに積み上げられ縛着された突撃鎗くらいの長さの巨大な矢の陰に隠れる様にしてふたりの会話を聞いていた。

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