徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Ogre 1

2015年06月21日 00時05分47秒 | Ogre
 その夜は雨が降っていた。分厚く垂れこめた暗雲のために、空はまったく見えない。
 この季節には、オラン海峡は海流の関係でよく大時化が訪れる。同じ緯度のほかの土地では大雪も珍しくないのだが、この海域は季節風の関係で雪が降るほど温度が下がらないのだ。その結果、雪竜の月、真冬だというのに地面が見えなくなるほどの大雨が頻繁に降る――今もちょうど、そんな時化の真っ最中だった。
 風速三十五ヤードを超える暴風に乗って吹きつけてきた雨粒が、樹上に組まれた櫓の樹の葉で葺かれた屋根に当たってバタバタと音を立てている――櫓は監視所として造られたもので、当然監視所であるがゆえに開口部は広い。
 
 胴衣の上から羽織った木綿に油を染み込ませた外套の上を、大粒の雨滴が滑り落ちていく。
 雨はありがたい――縦木に横木を組み合わせた梯子の下から監視所を見上げ、彼はそんなことを独りごちた。
 雨は隠密接敵ストーキングに有用なものだ――少なくとも、雪よりは。雨は体温を下げて動きと思考を鈍らせ、人間の視覚と聴覚の注意を引き、注意力を散漫にさせる。雪も同じなのだが――雪は白いので移動が目立つ。
 櫓の内部の様子は窺えない――梯子を昇りきった櫓の床には、跳ね上げ式の蓋の様な扉があるからだ。
 横木の縛着は比較的しっかりしており、梯子の部材も頑丈だ。横木を入れる箇所にはきちんと刻みも入れてあり、これなら体重をかけたらいきなりずり落ちるといったことは無いだろう。
 胸中でつぶやいて、彼は横顔に吹きつけてくる雨滴を舌で嘗め取った――雨は人間の体温を下げる。いくら多少は対策をしているといっても、それは彼も同じなわけで――したがって、いつまでもここに留まっている意味は無い。
 彼らが海上を監視しているのと同様に、彼もまたこの数日、彼らを監視していた――おそらく気象を考えるに、今夜ほど強襲攻撃ハード・アンド・ファストに適した夜は無い。

 視界を確保するための開放的な造りの櫓には開口部から横風に乗って盛大に雨が吹き込んでおり、雨宿りの役にはまったく立っていない。
 板の代わりに屋根に葺かれた枝葉の端から滴り落ちる雨粒が風に煽られて櫓の内部に吹き込み、それもまた監視所に就いている人間の不快指数を高める一因となっていた。
 一般的には人の住む場所として認知されていないこの孤島の陸地を覆う森の中、数箇所の樹上に、海を見張れる櫓が組まれていることを知る者は少ない。
 そしてその八ヶ所にある見張り櫓のうち七ヶ所についている見張り役はすでに物言わぬ屍と化していることを知る者はさらに少なく――今また屍がふたつ増え、八ヶ所のうち最後の一ヶ所についていた見張りが息絶えたことを知る者は、おそらく永遠にいないだろう。

 目隠し柵に似た板を張り合わせた柵にもたれかかり、櫓の床の上に座り込む様にして事切れた三十前の男の屍を見下ろして、彼はその脾腹に突き立てた刃渡り四インチの刺殺用の短剣を引き抜いた。光を反射しない様に黒く塗装された細身の刃が、男の血でべっとりと赤黒く濡れている。
 その顔には驚愕が張りつき、瞼は見開かれている――必死に伸ばそうとしていた右手の先には、二本の紐があった。視線で追うと、それは幾つかの滑車を介して森の奥深くへと続いている――きっとその先は、目的地にある鐘につながっているのだろう。
 おそらく、一本は追剥の獲物が来たことを報せ、一本は異常が起きたことを報せるものだろう――無論引き方のパターンによって状況を伝えることは出来るが、基本的な連絡用と異常を知らせる紐とを分けておくに越したことは無い。どこかの国の海兵隊が進攻してきたときの様な非常事態にいちいちパターンに従って紐を引くより、違う紐を引いて普段は鳴らない鐘を鳴らした方が手っ取り早いし確実だからだ。
 いちいち彼らが使っている細い道をたどって廻り道をするより、この紐をたどっていったほうが早いだろう。胸中でつぶやいて、彼は開けっぱなしになった跳ね上げ式の蓋のほうに視線を向けた――わざわざ飛び降りる意味は無い。
 梯子に手をかけて音も無く地上まで降りると、彼は地面の上で事切れたもうひとりの男の体を避けて地面に足をつけた。
 蓋を開けた途端に喉笛を掻き切られて開口部から地面に投げ落とされたその男は、地面に転落した時に頸骨が折れたのか首がおかしな方向に曲がっている。泥と血で汚れた顔に、驚愕と恐怖の入り混じったおぞましい死相が貼りついていた。

 オラン海峡の西側に浮かぶ、ある孤島である。
 小島の大半は鬱蒼とした森に覆われており、見通しが悪い――人の手による整備がろくになされていないために、下枝によって光が遮られているからだ。
 晴れているときでもあまり日光が当たらないからだろう、足元の地面に生えた下草はさほど育っていない――ぬかるんだ地面に残った足跡に泥水が流れ込んで、小さな水溜まりをいくつも形成していた。
 葉に雨粒が当たって立てるばたばたという音が、森の静寂を壊している。
 ろくな明かりも無い森の闇の中で、ふたりの男がひとかかえもある木の根元に倒れているのが見えた――ひとりは鋭利な刃物に喉元を掻き切られ、もうひとりは背後から脾腹を刺されて絶命している。
 ひとりが取り落とした角燈の蝋燭が、角燈がひっくり返ってもまだ燃え続けているために――弱々しい明かりに照らされて屍の死に顔が窺えた。
 いずれも見る者が見れば、繁みの中に潜んで不意を衝いて襲いかかった何者かが背後から脾臓を突き刺し、もうひとりが振り返るよりも早く組みついて喉を掻き切ったのだと判断出来るだろう。
 足跡の痕跡は彼が脾腹を突いたあとで武器を手放してそのまま次の攻撃に移り、殺戮が決着したあとで武器を回収したことを示している。すっかり冷たくなった屍が茂みに隠すこともなく放置されているのは、すなわちこの状況を作り出した殺戮者が死体を発見される恐れを度外視していることを示唆していた――正確には、発見するであろう人間がもはやここにはやってこないからということだが。
 
 先ほど始末した男ふたりに視線を向けてから、彼はそれ以上かまわずに踵を返して歩き出した。一歩踏み出すと、ぬかるんだ地面がぐちゃりと音を立てる。
 痕跡も消さない様な雑な仕事ではあったが、別に関係無い――攻撃はこの大雨が降り始めてから、相当時間が経過した後に開始されたものだ。地面に残された痕跡は川の如く流れる水に覆い隠されて、とうに見えなくなっている――それらすべてが、この暗さならこれで十分だ。
 この状況で痕跡の隠蔽は不可能だ――考えるだけ無駄なことはさっさと意識から締め出す
 夜が明ければあっという間に露見するだろうだが、彼は気にしていなかった――誰かが探しに来れば殺害された彼らの屍はあっという間に発見されるだろう。だが、彼らの仲間が彼らを探しに来ることは二度と無い。
 たまたま気づいた海軍の討伐部隊が、この島にやってくることはあるかもしれないが――そういった連中がやってくるのは、彼がとうに立ち去ったあとだ。
 左腕に装着した金属製の装甲の隙間に雨に洗われて血糊が流れ落ちた短剣を挿し込み、彼は少し足を速めた。
 
 この島はクロワッサンの様な屈曲の強い三日月型で、その内側は入り江になっている。入り江の水深はおよそ自然に生じた地殻変動では考えられないほどに深く、入り江の内側には二隻の船が停泊していた。
 入り江の内側はまるで人工的に舗装されたかの様に平坦で、少し傾斜がついているのか雨滴が入り江に向かって流れていく。
 帆船はさすがに岸壁にぴったりくっつけるわけにはいかないらしく、互いも少し距離を離して投錨している――ぶつかったら洒落にならないからだろう。
それと一緒に牽引用タグボートが四艘、入り江の内側に浮いている――船を人力で牽引するために使う、かなり大型のボートだ。こちらはまるで人工護岸された港の様にいきなりストンと落ちた入り江の岸壁に寄せられており、杭に舫い紐で固定されていた。
 一緒に浮いている木造船は最新型の全装帆船フルリグドではなく、少し古い時代の船型だ。高い船首楼フォクスル船尾楼プープを持ち、現代的な船に比べるとずんぐりしていて凌波性が低いため速力は高くない。
 大三角帆ラティーンスルではなくスパンカーとガフトップスルを備えているところをみると、ガレオンから現代的な全装帆船に変遷する、ちょうど過渡期に建造されたものなのだろう。
 横帆を備えていないのは珍しい艤装ではあったが、最新式の中型船には珍しいものではないし、長距離航海を念頭に入れていないのならそこまで悪いものでもない。
 二隻の船の甲板からは、舷側を越えて縄梯子が海面に伸びていた――二隻ある船の一隻の縄梯子の下にはボートが浮いており、波と風に煽られてぷかぷかと揺れている。船のもやい紐は縄梯子の横木に縛着されており、それで船から離れていかない様にしているのだと知れた。
 甲板上の水抜き穴からは、滝の様な勢いで水が流れ出している――船にとって雨というのは真水を手に入れる貴重な機会ではあるが、限度があろうというものだ。
 二隻とも帆はすべてたたんで縛着されており、人の気配は無い――否、まるきり無人という訳ではない様だ。
 甲板デッキ上には庄子弩バリスタが各舷それぞれ四機、舷側には無数の矢が突き刺さったままになっている。庄子弩はかなり大型のもので、おそらく矢は突撃鎗ランスくらいの長さのものを使うのだろう。
 と――マストの陰からふたりの男たちが姿を現すのが見えた。白兵戦用の短剣で武装しており、雨よけのために簡素なポンチョを着込んでいる。彼らは角燈を翳して足元の視界を確保しながら、停泊中の二隻の船を行き来するために二隻の舷側の間に渡されたタラップを渡ってもう一隻の船に移っていった。

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