デヴィ夫人本人の波乱万丈さが凄過ぎ。
デヴィ夫人のファミリーヒストリー視聴覚書・箇条書き
赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」
59年、「コパカバーナ」で働く、当時19歳だった七保子
スカルノの寵愛
スカルノと日本の政治家とも面会した。炭坑節も披露。
政商 東日貿易
反乱クーデター騒ぎ
軟禁状態も経験。
収拾鎮圧したスハルト。スハルトにも遠慮なくものを言ったという。そのころ、スカルノとの子供を身ごもっており、長女を出産。
マスコミの取材の殺到、逃れるようにフランスに渡る。
後にスハルト政権になっていく。
スカルノの危篤の知らせを受けて、強引に空港に降り立つ。
スカルノとの再会を果たす。翌日スカルノは亡くなる。
インドネシアに渡って3年後の肉親の死
母の死と弟の自殺死も赤裸々に語られて
スカルノの死から45年、デヴィ・スカルノのことをインドネシアの人々は知っているのだろうか。これは番組プロデューサーの嗜好なのか。
写真を持って市井の人にマイクを向けていた。
第三夫人だけれど、民衆には一番人気でした。それは、忘れていませんよ。との反応。
彼女は夫人たちの中で一番勇気があった。若い時に日本から来た勇気ある女性だとデヴィ夫人を称えるような市民の受け答え、それぞれの反応も知ることに。
平成16年生活の拠点を日本に移したデヴィ夫人。
出川哲朗は、世界最強の78歳だと思うと。毎日を生きている。力強く生きている。
映画「アクト・オブ・キリング」試写会でのデヴィ夫人
小学校の同級生も誇りだというある日の同窓会風景。お姫様の絵を描いたという小学校時代。願望どおりの姿のように映っていたデヴィ夫人のファミリーヒストリーだった。
祖先のこともそうだけれど、デヴィ夫人本人の波乱万丈さが凄過ぎ。
ファミリーヒストリー デヴィ夫人 9月17日
ファミリーヒストリー デヴィ夫人 9月17日
ハッキリと主張していく生き方は清々しい。
批判も多くは嫉妬からのものとも思われる点もあって、ちょっとそこらへんは、デヴィ夫人に声援を送りたいほうかもしれない。
自分の運命を切り開いていく若き日のデヴィ夫人
スカルノ大統領の第三夫人として
戦後の日本とアジアとの
関係の原点でもある賠償問題も浮かび上がってきます。
以前に読んだスカルノ関連の書
国家と個人、歴史と個人の関係に思い至る作品
深田祐介 神鷲(ガルーダ)商人
ノンフィクションとしては、スカルノ大統領の特使として、外交問題に関与した、華僑チョウ・シン・モによる、インドネシアの外交の裏面史。増田与氏編訳(中公新書)も別の視点から参考に。
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