「もののあはれ」の物語

古き世のうたびとたちへ寄せる思いと折に触れての雑感です。

陶芸家のことば その2

2006年03月10日 | 絵とやきもの
北大路魯山人の場合
  
      やきものを作るんだって、みなコピーさ。
      なにかしらコピーでないものはないのだ。但し、
      そのどこを狙うかという狙い所、真似所が肝要なのだ。

  陶器だけで美はわからぬ。
  あらゆるものの美を知って、それを通して
  陶器の美もわかる。
     そして本当にわかるということは、
     本当にそのものに惚れることである。

     料理の着物を、
     料理の風情を
     美しくあれと祈る。
     美人に良い衣装を
     着せてみたい心と変わりはない。

 かくて魯山人は自分の料理をよそうための、やきものを作り、その着物の上に自分の料理をも作品として盛り付けたのです。

 魯山人ほど好悪の、評価の分かれる作家も少ないのではないでしょうか。
私は、その豪放に憧れます。観ること、味わうこと、書くこと、彫ること、焼くこと、どの道にも卓抜です。強烈な個性が作品に溢れています。なんでもこなす才人の遺された仕事の中で、私は焼きものと、書が好きです。わからないながらも、焼きものでは、あくまでも雑器、小皿や鉢、ぐいのみをはじめ酒器、湯のみといった料理と一体として使われるものに、その出発点,原点を感じ惹かれるものが多いようです。

 魯山人の場合もその作品に、語ってもらうことで、彼の言葉の実証としてもらいます。


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好奇心の塊り、物忘れの才に秀で、何にでもすぐ飛びついては後悔。そのほろ苦さを忘れてはまた繰り返し後悔しています。
 下手な絵を描くことを楽しみにしています。

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