マヌケ便り

テレビ番組リサーチ会社の代表をしています。

三つ子のたましい『ノイローゼ』

2014-02-07 00:03:34 | Weblog
もともとボクは子供の頃は余り眠らない子供だった。
そのボクがノイローゼになり更に眠れなくなった事がある。
3才のボクが幼稚園から帰って来て外遊びを一人でしていた時の事だ。
マメパッタを飛ばして遊んでいたのだが、このマメパッタと言うのはちょうど1円玉の大きさで厚さもちょうどそのくらいで、紙で出来た丸い小さなメンコなのだが、ボクの地方ではメンコをパッタと言いミニと言う小さい事を表す事をマメと言っていたので、マメパッタと呼んでいた。
そのマメパッタ遊びと言うのは、周りに蝋が塗られてあったマメパッタを親指と人差し指で挟みその蝋の部分を指で滑らせて飛ばす遊びだ。
相手がいればどちらが飛ぶかの競争になり、一人の時はどうしたらたくさん飛ぶのかを考えながら遊ぶものだ。
そのマメパッタが想像以上に飛んでしまい、庭から道路に飛び出してしまったのである。
慌てたボクはそれを拾うのに道路に飛び出したら、白バイに乗ったお巡りさんに轢かれそうになってしまった。
そのお巡りさんは黒いサングラスをしていてボクの方を見ている。
恐くなったボクは怯んでしまい家の中まで逃げ込んだのだが、その日からボクのノイローゼが始まった。
当時、ボクの住んでいた山間の田舎町にはパトカーと言う物がなかった。
だから悪い事をすると、「白バイに乗ったお巡りさんに連れて行かれてしまうよ?」と大人共から言われていたのだが、子供のボクにとっては十分過ぎるくらいの脅し文句だった。
その悪い事をした時に連れて行かれてしまうと言う、『白バイに乗ったお巡りさん』にダイレクトに飛び出して轢かれそうになると言う悪さをしたのだから、悪い事の上塗りになってしまったのである。
地獄の閻魔大王に悪さをする様なものだ。
その日から食欲が落ち、夜の7時になると決まってお腹が痛くなった。
そして普段からシュートスリーパーだったボクが更に眠れなくなり、布団の中でいつも考えているのは、『いつ白バイに乗ったあのお巡りさんがボクを連れに来てしまうのだろう?』と言うことばかりだった。
子供の、『ノイローゼ』は泣く事も誰かに訴える事も出来ない。
正に悩める子羊で、いつでも俯いた元気のない子供になってしまっていた。
流石に母は、『おかしい』と察したのだろう、「どこか痛いの?何かあったの?」とボクに訊いて来たのである。
ボクはここぞとばかりに、その悩んでいる一部始終を泣きながら話したのだ。
それを訊いた母は、「明日、白バイのお巡りさんに謝って来るから大丈夫」と言ってくれて少しはホッとしたのだが、更に翌日の夜に母が、「お巡りさん、許してくれたよ?」と言う“嘘”をついてくれたのを切っ掛けにすっかり良くなり、いきなりお腹が減ったのを覚えている。
実際に母からそう言われなかったら、ボクは狂っていたに違いない。
母は素晴らしいカウンセラーだったのである。
そのおかげなのかどうかはわからないが、ボクは今でも立ち小便すら恐くて出来ないとても『良い大人』だ(苦笑)。

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