「一番好きな食べ物は?」と聞かれたらボクはラーメンと答える。
とにかく麺類だったら、蕎麦、うどん、パスタ、冷麺となんでも好き。
もちろん、チャンポン、沖縄そば、カップ麺まで好きだが、マニアックなところではプロンミーからビーフンと、とにかく麺類であれば全部好き。
麺類皆兄弟と言うくらい…。
現在のボクの麺好きの土壌が、園児の頃にあったと言ってもいい。
ボクは今もそうだが、朝は食べない。
園児の頃もそうで、一日の最初の食事が幼稚園で食べる昼食でもっぱらメロンパンにコーヒー牛乳。
そして、夜がたまごかけごはん。
こんなんで、よくも生きていたものだ。
ある日の夜、お父さんが自分で買って来たインスタントラーメンを作り食べ始めた。
少し貰って食べたらこれが美味しい。
ボクは、「ボクにも作って」と騒ぎ出した。
それが、インスタントラーメンの明星ラーメンだった。
下記写真の最初のパッケージのタイプは1960年、いわゆるボクの生まれた翌年に発売されているが、これは1958年ボクの生まれる前年に発売された日清のチキンラーメンと同じタイプで、味付けがされていたものでお湯を注ぐだけ。
そのチキンラーメンが下記写真。
お父さんが作ったタイプが下記写真で、スープが別になっているものでこれだと手作り感があり、おやつのようなものだったインスタントラーメンが、初めて食べ物になったと言う感じがしてとにかく流行った。
だからお父さんも、自ら買って来ては自分で作る様になった。
このタイプは、1962年に発売されているからボクが3才の時だ。
これには填った。
お腹が空くとボクは、「明星ラーメン」と言っていた。
それでもインスタント食品と言う事で、お母さんもお祖母ちゃんも頻繁に食べさせていいのかは迷ったらしいが、これを食べなければボクはたまごかけごはんしか食べないのだから作るのも苦渋の選択だったのだろう。
結局、好き嫌いの激しいボクが、「お腹が空いた」と言えば、お母さんもお祖母ちゃんもこれを作ってくれるようになった。
ボクのラーメン好きの始まりだ。
もう小学校一年生になると、学校から帰って来たらもう自分で勝手に作って食べていた。
だから、『オバケのQ太郎』に出て来る、インスタントラーメンばかり食べている小池さんはボクがモデルだと言われている。
…ウソだ。
とにかく麺類だったら、蕎麦、うどん、パスタ、冷麺となんでも好き。
もちろん、チャンポン、沖縄そば、カップ麺まで好きだが、マニアックなところではプロンミーからビーフンと、とにかく麺類であれば全部好き。
麺類皆兄弟と言うくらい…。
現在のボクの麺好きの土壌が、園児の頃にあったと言ってもいい。
ボクは今もそうだが、朝は食べない。
園児の頃もそうで、一日の最初の食事が幼稚園で食べる昼食でもっぱらメロンパンにコーヒー牛乳。
そして、夜がたまごかけごはん。
こんなんで、よくも生きていたものだ。
ある日の夜、お父さんが自分で買って来たインスタントラーメンを作り食べ始めた。
少し貰って食べたらこれが美味しい。
ボクは、「ボクにも作って」と騒ぎ出した。
それが、インスタントラーメンの明星ラーメンだった。
下記写真の最初のパッケージのタイプは1960年、いわゆるボクの生まれた翌年に発売されているが、これは1958年ボクの生まれる前年に発売された日清のチキンラーメンと同じタイプで、味付けがされていたものでお湯を注ぐだけ。
そのチキンラーメンが下記写真。
お父さんが作ったタイプが下記写真で、スープが別になっているものでこれだと手作り感があり、おやつのようなものだったインスタントラーメンが、初めて食べ物になったと言う感じがしてとにかく流行った。
だからお父さんも、自ら買って来ては自分で作る様になった。
このタイプは、1962年に発売されているからボクが3才の時だ。
これには填った。
お腹が空くとボクは、「明星ラーメン」と言っていた。
それでもインスタント食品と言う事で、お母さんもお祖母ちゃんも頻繁に食べさせていいのかは迷ったらしいが、これを食べなければボクはたまごかけごはんしか食べないのだから作るのも苦渋の選択だったのだろう。
結局、好き嫌いの激しいボクが、「お腹が空いた」と言えば、お母さんもお祖母ちゃんもこれを作ってくれるようになった。
ボクのラーメン好きの始まりだ。
もう小学校一年生になると、学校から帰って来たらもう自分で勝手に作って食べていた。
だから、『オバケのQ太郎』に出て来る、インスタントラーメンばかり食べている小池さんはボクがモデルだと言われている。
…ウソだ。
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