あまもりのなんやかんや

しがらみから離れてたまには身近な自然と親しみたい

さくらさくら

2009年04月06日 | おでかけ

昨日(4/5)の日曜日は、関東から西日本のほとんどで桜(ソメイヨシノ)が満開。
日本の半分以上がピンクで染まった模様。
どこかの国の人工衛星だか、ミサイルだかで騒いでいるのは政治家とマスコミだけ(じゃないの?)。一般人のほとんどは花見で心浮き浮きしてました(と思う)。
出かけた八坂神社・円山公園はサクラ満開、人出も満開。


↑八坂神社の西楼門
正門は南側にある南楼門(大きな石の鳥居があります)ですが、四条大橋を渡って真正面にあるこの西楼門から入る人のほうが多いと思います。
人出はたいしたことないようにみえますか?
いえいえ、こちら側の信号ぎわでは押しくらまんじゅしてました。
四条通りの両脇は早足で歩けないほどの人混み。前日の土曜日が雨だったので、晴れ渡った日曜日に花見客がどっと押し寄せた模様。


↑西楼門前に鎮座している阿形吽形の狛犬
花見の前に。神社といえば狛犬さん、MyBlogの通例です(笑)
なかなか迫力のある狛犬で吽形にはツノが生えていました。
狛犬はこの他にもありましたが桜が目的なので割愛。


↑桜満開、ブルーシートもびっしり、人もびっしり・・・
八坂神社の本殿脇を抜けて刃物関係の鳥居を抜けたらそこは花見の宴で大騒ぎ。吹田の万博公園でもこれほどのブルーシートは見たことがない。朝早くから壮絶な場所取り合戦があったに違いない・・・。
ここはまだ円山公園ではなく八坂神社の境内だと思うけどはっきりとはわからない。西へ西へと枝垂れ桜を目指す。


↑円山公園の枝垂れ桜(一重白彼岸枝垂桜で祇園枝垂桜ともいう)
この枝垂れは二代目で樹齢81年。
初代は昭和22年に枯れ(樹齢220年)、昭和24年に初代の種子から育成(昭和3年から)されていた二代目が植栽された。
一時は病気で元気がなくなり危ぶまれていたらしいですが、久し振りに再開したこの日の枝垂れ桜は元気でした。初代よりも長生きして300年、400年と生きてくれることを祈っています。


↑鴨川(四条大橋より三条大橋に向かって)
円山公園から八坂神社の南楼門を出て高台寺に向かったものの余りの人出に中へ入らず廻れ右して鴨川へ。鴨川の河原では桜祭りをしていたが桜のピークはもう過ぎていた。ソメイヨシノより早咲きの枝垂れ桜が多かったせいかもしれない。


↑ソメイヨシノは満開


↑早咲きの枝垂れ桜はもうかなり散っていた


↑枝垂れ桜にとまっているハトたち
枯れ木も山の賑わい、じゃないけれど、散り始めた桜にハトの賑わい、とばかりにハトが沢山止まっていた。
桜の木にハトがこれほど似合わないとは・・・(かんにんな、ハトちゃん)。


↑水辺に水鳥は似合う
アオサギ、ダイサギ、コサギ、カワウたちが寛いでいた。
カモたちは既に北帰行したあとなのか一羽もいなかった。
鴨川をあとにして四条大橋を西へと渡り高瀬川へ。


↑高瀬川の桜並木(北方面)


↑高瀬川の桜並木(南方面)


↑北帰行する前に花見と洒落込んだ(?)マガモの仲良しペア
高瀬川の川底の浅さが分かる。でも流れる水は澄んでいる。 
高瀬川沿いの桜並木は見応えありです。でもここも人であふれかえっていました。

だらだらと長い記事になってすんませんでした。
ひさしぶりに円山公園の枝垂れ桜を見たくて今年は京都の花見となりましたが予想以上に多かった人出に参りました。
写真もほとんど失敗で、お見せするほどのものもなく、よくぞここまで見て読んでくださいました。おおきにです。

コメント (28)
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四条大橋の河原にて

2008年09月05日 | おでかけ
8月26日、小雨そぼ降る中、所用で京都は烏丸(からすま)に出かけました。


↑四条大橋付近。川は鴨川。左手は西、右手は東。正面は北方面。
用事を終えて、錦市場をうろつきながら四条大橋へ。
このまま八坂さんへ行ってみようかと橋の途中で何となく川を見下ろしたら
アオサギやコサギ、ダイサギ等の水鳥がいっぱい。
(写真ではどこに水鳥が居るのかわかりませんね)
もっとよく見たいと河原に下りてみました。
川の中程で休憩しているアオサギのそばに見たことのない羽模様の鳥を発見。
ウロコ模様の羽がまるでハヤブサかタカのような。でもちょっと小さいか・・・
アオサギと猛禽類が一緒に並んでいることはあり得ない、ですよね。


↑左がアオサギ、右が謎の鳥。謎の鳥は首を内側に曲げて毛繕い。


↑ねぇ、ちょっとぉ、お願い、こっち向いてくれへん?


↑ヤッホー、聞こえたみたい


↑ゴイサギの幼鳥でした

ゴイサギの成鳥はこちら。去年天王寺動物園のアシカ池で撮ったものです。
幼鳥は「ホシゴイ」とも呼ばれているそうで、大人とは随分と羽色が違います。
でも顔はそっくり。


↑うちは京都育ちのコサギどすぅ
アオサギやゴイサギは川の真ん中辺りの岩の上に居ましたが、このコサギは岸辺に近い岩の上で風に吹かれながらキョロキョロ。魚を探してたのかな?
何となく京育ちは品あるなぁ。
(こんなん言うたら大阪育ちのコサギに怒られそう・・・かんにんえ)

ダイサギや大人のゴイサギは対岸の「床」の枠組みの周りに数羽いましたが、遠すぎて綺麗に撮れませんでした。
このあと結局、八坂さんへは行かずじまい。
今度来る時は橋を渡ってまっすぐ八坂さんを目指そう。円山公園にも行きたいし。
春がいいな。
コメント (30)
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嵐山雪景色

2008年02月25日 | おでかけ
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昨日の24日の日曜日、23日の夜間から降り出した雪で大阪市内は今年2度目の雪景色の朝を迎えました。
今年は本当に寒い冬ですが2年前の冬のほうが寒かったと私は思っています。
でも去年のような暖冬も困ります。
寒い冬があるからこそ暖かい春が待ち遠しくなるのですから。

前置きは短めに。はいそうします。
この日(24日)、京都嵐山も雪の中でした。
寒い時期に嵐山に訪れる人も少なく、雪降る中の嵐山をたっぷり味わいました。
(風の強い日でしたけれど)
固すぎもせず柔らかすぎもしない嵯峨豆腐の湯豆腐と、美味しい京料理もこれまたたっぷり味わいました。料亭の中から見る庭園の雪景色も最高でした。

アルバム下段の最後の方に載せました野鳥2種、かなりトリミングしているので、ボケボケの画像になりましたがご容赦ください。

いきなり現れた小さな野鳥。慌ててカメラを向けたもののうまく写せない。
ほらここ、ほらあそこ、と教えられてもカメラの目がついていきません。
いえ、私の目と頭の反応がついていかなかったのでした。
ルリビタキの雌と思える鳥とアオジに出会ったのは大河内山荘に向かう亀山公園内です。
アオジはpoloさんのブログでよく見せて頂いているのですぐに分かりました。
雀ほどの大きさで背中と尾以外はくすんだ緑っぽい色。慌てまくって撮れたのは後ろ姿だけ。それも広い風景の端っこに。
一方のルリビタキの雌。最初見つけた時は薄暗い場所だったので何の鳥が分からず帰ってからパソコンの画面で確認しました。
羽に白いワンポイントがないのでルリビタキの雌だと思います。
ジョウビタキの雌とルリビタキの雌の違いを教えてくださったpoloさん、心から感謝いたします。教えていただいた直後に出会えるなんて、こんな嬉しいことはありません。本当にありがとうございました。
で、ルリビタキの雌で間違いないですよね?(この自信の無さ

初めての小鳥撮影は大失敗でしたが、今まで出会ったことのない野鳥を見ることができて嬉しさでいっぱい。雪の嵐山とともに忘れられない日になりました。
コメント (28)
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吉野の草花

2007年04月12日 | おでかけ
(ミツマタやアセビは野草ではなく木ですが、一緒に掲載しました)
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<(1)<(2)<(3)<(4)<(5)<(6)<(7)<(8)<(9)<(10)<(11)>
【アルバム画像差し替え訂正】4/13 16:00pm
◆(4)(5)の画像はヤマエンゴサクではなく、ジロボウエンゴサクでしたのでヤマエンゴサクの文字を取り除き差し替えました。
◆(7)をタチイヌノフグリとしていましたが、フラサバソウでしたので画像を差し替えました。

(1)(2)…タチツボスミレ〔立ち坪菫〕〈スミレ科〉(学名:Viola grypoceras)
野に咲くスミレは控えめで美しい。スミレのような人・・・当然言われたことございませぬ。

(3)…ミツマタ〔三又〕〈ジンチョウゲ科〉(学名:Edgeworthia papyrifera)
初めてミツマタに出会いました。それも赤色に。毛糸のぼんぼりのようでした。

(4)(5)…ジロボウエンゴサク〔次郎坊延胡索〕〈ケシ科〉(学名:Corydalis decumbens)
【訂正】4/13 16:00pm
最初、色と葉と場所(山中)でヤマエンゴサクとしていましたが、苞葉の特徴でジロボウエンゴサクであることが判明しました。謹んでお詫びします。
ヤマエンゴサクとジロボウエンゴサクの違いは花のすぐ下の苞葉にあるようです。
◆ヤマエンゴサクは切れ込んだギザギザのある苞葉
◆ジロボウエンゴサクは切れ込みのない苞葉
また横浜のおーちゃんに
「ヤマエンゴサクのほうは根元から一本の茎が立ち上がり、ジロボウエンゴサクは数本が出る」と教えていただきました。おーちゃん、ありがとうございました。

(6)…シャガ〔射干or著莪〕〈アヤメ科〉(学名:Iris japonica)
アヤメに似たアヤメよりうんと小さい花。
花の一部のようなシベにはびっくり。どれが雄しべか雌しべか…わからない。

(7)…フラサバソウ〈ゴマノハグサ科〉(学名:Veronica hederaefolia)
【訂正】4/13 16:00pm
始めタチイヌノフグリとしていましたが、フラサバソウであったことが判明しました。
花が咲いても子葉(双葉)が残っているのと毛深さが特徴だそうです。謹んでお詫びします。
ポージィさんご指摘ありがとうございました。
尚、フラサバソウの名前の由来は、日本で初めて発見したフランスの植物学者、フランシェ氏とサヴァチェ氏の名前の頭を取ってくっつけたのだそうです。かなりいい加減な命名。

(8)…カキドオシ〔籬通〕〈シソ科〉(学名:Glechoma hederacea subsp. grandis)
この花を見ていてドリフの長さんを思い出してしまった。シチレイしました。

(9)…アセビ〔馬酔木〕〈ツツジ科〉(学名:Pieris japonica)
薄いピンクの花は近所の庭先でもよく見かけますが、真っ白は初めて。清楚。

(10)(11)…クサイチゴ〔草苺〕〈バラ科〉(学名:Rubus hirsutus)
「臭い稚児」ではございませんので。
花の真ん中にある大きな毛玉のような雌しべ、これがイチゴになるのかと思わずゴクリ。

科名・学名を書いたのはpolo181さんの真似。マネシゴンボ
いつもお世話になっている「植物園へようこそ!」で確認させていただきました。

山桜が素晴らしい吉野山でしたが、山草も豊かな吉野山でした。
写真でしか見たことのない草花の名前がすぐに解ったのはブロガーの皆さんに繰り返し見せていただいたお陰と感謝しています。
コメント (30)
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吉野桜と吉水神社

2007年04月09日 | おでかけ
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↑上段は吉野山のヤマザクラ(吉野桜)、下段は吉水(よしみず)神社の宝物
表紙はマウスオンになっています。裏は後醍醐天皇の詠まれた歌です

4月8日の日曜日、奈良の吉野のヤマザクラは既に散り始めていました。
下千本、中千本、上千本、奥千本の約3万本と言われる吉野の桜は、例年なら4月上旬から咲き始め、下、中、上、奥千本へと順々に広がり4月の下旬まで楽しめます。しかし今年の暖冬で開花が早まり、すでに奥千本まで満開になっていました。
大阪のソメイヨシノは散り始めた所もありますが、まだまだ見頃。その大阪より早く吉野の桜はピークを迎えていたとはこれこそ想定外。

吉野で桜を楽しむには、ロープウェイ、バス等を利用せず、下千本なら下千本、中千本なら中千本と目的地を決めてハイキングしたほうが大いに楽しめます。
私?バスとロープウェイを利用して大失敗・・・でした。
ほとんどお土産物屋通りを歩くはめに。この通りは人出でごった返している上に、吉野の壮大な桜を見ることはできない。
でも吉野山に来たらぜひとも寄りたいと思っていた「吉水神社(よしみずじんじゃ)」の「一目千本」という絶景の場所から吉野の桜を見ることができたので、良しとします。
ここはお勧めです。吉野山に来ることがあればぜひ吉水神社の「一目千本」から壮大な桜の風景をご覧ください。ウグイスの声も絶え間なく響き渡っていました。
上段左から2番目がそこから撮った風景です。左が中千本、真ん中から右にかけて上千本。右上が奥千本でしょうか?ちょっと自信がありません。

赤い若葉と一緒に咲くこのヤマザクラが好きです。
ヘタな写真でお恥ずかしいですが、ご覧ください。
白い花、赤い葉。幹にびっしりと苔が生えた桜の古木。
このヤマザクラが吉野一帯を彩っています。
吉野桜のほとんどはこの「シロヤマザクラ」です。

下段は吉水神社内です。
源義経が、兄の頼朝に追われ吉野に隠れ住んだのがここ吉水神社。
ここから鎧を脱いで山伏姿となり奥州平泉を目指したのです。
静御前と永久の別れとなった場所でもあるのです。
義経の鎧を見て、やっぱり小柄な武将だったのだと思いました。
静御前の着物は、表着で「厚板・片身替(あついた・かたみがわり」と言って、左右別々の柄が特徴と説明板に書いていました。
時代が下って、後醍醐天皇が足利尊氏から逃れこの吉水神社(当時は吉水宮)に居を構え、南朝の皇居としました。
この吉水宮の北側(京都方面)に毎日立たれ、必ず京に戻ると強く望みながらここで波乱に満ちた生涯を閉じられました。
吉水神社の祭神はこの後醍醐天皇です。また後醍醐天皇は湊川で戦死した楠木正成を偲び厚く供養をし、共に祀られています。
またまた時代が下り、豊臣秀吉が天下統一を果たした絶好調時に吉野で大花見宴会を催した折りに吉水神社を本陣としました。
写真は失敗しましたが、秀吉の豪華な花見を描いた金屏風もありました。
その他数え切れないほどのゆかりの宝物を手に取れるような形で見せていただきました。
吉水神社に来て良かった。心からそう思いました。

吉野の草花も同時にUPしようとしましたが、文字制限に引っかかりました。
別の記事にします。
コメント (28)
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