時空の旅人

ある日を境に家で作る湯豆腐が木綿から絹ごしに変わってしまい、私以外の誰も、調理した母親本人さえもが、それまでわが家では木綿ベースの湯豆腐を食べていた事実をまったく憶えていないという摩訶不思議な出来事について以前書いたことがある。「強烈な思い違い」と解釈して終わらせてしまうにはもったいない。私はかつて木綿世界に生まれ、そして何らかのきっかけでパラレルワールドの絹ごし世界にまぎれ込んでしまった時空の旅人なのか。

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四半世紀の付き合いになる近田君を、私も他の友人たちもずっと「ちかだ」と関西アクセントで呼び続けてきた。偶然彼の親戚とビジネスでの交流があったが、親戚氏も同様に「ちかだ」と呼んでいた。まちがいなく彼は「ちかだ」だった。

ところがある日を境に彼は「ハイ、ちかたです」と名乗って電話に出るようになった。アクセントの位置が変わったうえに「田」が濁らなくなっている。「何を気どっとんねん」という指摘に、「俺は生まれたときから『ちかた』だし、おまえも含めてまわりの誰もがずっとそう呼んできたがな」とまで言う。 Fox pinches. キツネにつままれたよう。

湯豆腐事件とまるで同じだ。