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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

きりのまよい【霧の迷い】

2012年11月16日 | か行
(1)霧にまぎれて物が見わけにくいこと。
(2)心がふさいで迷うこと。



 五里霧中という言葉があるけれども、山の中で1メートル先も見えないほど濃い霧に包まれることがある。

 数年前、箱根をドライブしていたときは怖かった。対向車があらわれても、直前までわからない。フォグランプをつけてゆっくり進むのだが、生きた心地がしなかった。すぐに下り口を見つけて、低地に逃げた。

 登山の途中で濃い霧に包まれたときもある。へたに動くと危ないので、大きな岩の陰で霧が晴れるまでじっとしていた。

 心がふさいで迷うという気分もわかる。明るいのに周囲は乳白色の霧に包まれ、少し先がまったく見えない。どっちに進んでいいのかわからない。じっとしているのも怖い。どうしていいのかわからないけど、居ても立ってもいられない。

 少し似た言葉に「霧り塞がる」がある。「きりふたがる」と読む。「霧がたちこめる」のほか、「涙で目がくもり塞がる」という意味もある。

 濃い霧に包まれたらどうするか。何もせずにじっとしていることだ。心がふさいでいるなら、布団をかぶって寝てしまえばいい。そのうち霧も晴れるだろう。

ぎょうせい【暁星】

2012年11月15日 | か行
(1)夜明けの空に残る星。
(2)特に、明けの明星。金星。



 暁星というと、つい九段にある私立の中高一貫校を思い浮かべるが、そうだった、明けの明星のことだった。

 ぼくは市谷の法政大学に通っていたので、暁星中高はすぐお隣だった。あの界隈は学校が多くて、ほかに白百合学園、三輪田学園などもある。ぼくが学生だったころは、嘉悦もあった。神保町の古本屋街に行くには、三輪田と白百合の前を通らなければならなかった。田舎から出てきた貧乏学生でも、白百合や三輪田がお嬢様学校だということは知っていたので、校舎の下を通るときはうつむいて小走りに急いだ。女生徒たちから蔑む視線を浴びるのではないかと脅えていたのだ。いま考えると、お嬢様たちに失礼だった。

 九段下の駅のところで、暁星の中高生たちが歩いているのに遭遇すると、とてもまぶしかった。高名なフランス文学者やミュージシャン、なぜか歌舞伎役者たちが、暁星の出身者だと知っていたからである。暁星の生徒たちはみんな育ちがよさそうで、まさに明けの明星にふさわしいと思った。

 日本にも階級というものがあるのを実感したのが、大学1年生、18歳の春だった。

きょううん【狂雲】

2012年11月14日 | か行
乱れさわぐ雲。所さだまらぬ雲。


「雲」のつく語はたくさんある。暗雲、陰雲、煙雲、桜雲、夏雲。「かんうん」という読みだけでも、旱雲、閑雲、寒雲とある。旱雲は日照りの雲、閑雲は静かに浮かんでいる雲、寒雲は冬空の雲。どんな言葉にも「雲」とつければ、それなりに見えてしまう。

 しかし、数ある雲のなかで、狂雲が迫力の点でナンバーワンだ。ぼくは『広辞苑』を読んで初めて知った語だけれども、たしかにありますよ、こういう雲。

 東京のわが家はリビングの窓が高いところにあって、空だけが見える。ちょうど空を切り取って壁に貼りつけたような感じになっている。ピクチャーウィンドーとはよくいったものだといつも思う。

 上空の風が強いのだろう、雲が目まぐるしく動いているときがある。一方向に流れるだけでなく、あちこちに動く。ドラマチックでもあるが、怖いとも感じる。自然の力は強大だ。飛行機に乗っていて、乱気流で激しく揺れることがある。こんどから「私はいま狂雲の中にいる」と考えよう。そう考えたからといって、恐ろしさが減るわけではないけれども。

きつねのよめいり【狐の嫁入り】

2012年11月13日 | か行
(2)日が照っているのに雨の降る天気。


 天気雨のことだ。日照り雨ともいう。雨雲とその切れ間、太陽の位置、それと風向・風力などによって、天気雨が降る。ちょっと考えればわかることだけれども、実際に遭遇すると不条理な感じがする。せっかく日が照っているのに、なんで雨なんだ、と裏切られたような気持ちになる。

『広辞苑』にある「狐の嫁入り」の(1)の意味は、「狐火が多く連なって嫁入り行列の提灯のように見えるもの」。天気雨はときどき経験するが、狐火は見たことない。

「狐火」の項目を見ると「暗夜、山野に見える怪火。鬼火・燐火などの類。狐の提灯」とある。錯覚や幻覚ではなくて、ほんとうにあるものなのだろうか。

『日本大百科全書』の「狐火」の項目では、根本順吉が「山際や川沿いの所などに現れる怪光の一種。現在なお正体不明の部分が多い」と書いているし、「鬼火」の項目では井之口章次が「妖怪のうち、怪火現象の一つ」と書いている。根本順吉は気象学者、井之口章次は民俗学者だ。

「狐日和」という言葉もあって、こちらは降ったり照ったりしている天気のこと。

きせつれっしゃ【季節列車】

2012年11月12日 | か行
花見・海水浴・スキーなど季節によって利用客の増加する一定の季節に運転する列車。


 懐かしい響きを感じるのは、ぼくが海水浴やスキーとは無縁になってしまったからだろうか。子どものころ、夏には海水浴場に向かう季節列車が走っていた。北海道の夏は短く、夏休みも短く(25日間だ)、8月の上旬に家族全員でいく海水浴は、夏休み最大のイベントだった。

 高校生になると家族と旅行するより友だちと遊ぶほうを選ぶようになった。成人してからは、ふたたび両親と旅行することがふえたが、こんどは列車よりクルマが交通手段になる。だからぼくにとっての季節列車は、子どものころの思い出とともにある。

 臨時列車、増発列車ともいう。もう少し正確にいうと、臨時列車、増発列車が大きな概念で、そのなかに季節列車や修学旅行などの団体専用列車がある。甲子園でタイガース戦があるとき、阪神電鉄は臨時列車を走らせる。

 季節列車とはちょっと違うけど、毎年、4月の初めは、新入生や新入社員が、緊張した表情で通勤電車に乗っているのを見かける。その姿をいじらしいと感じるのは、ぼくも年を取ったということ。