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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

ほのぐれ【仄暮れ】

2013年10月06日 | は行
夕方のうす暗くなったころ。また、夕暮れの薄明かり。

「仄(ほの)」の項を読むと、「(動詞や形容詞などに冠して)かすか、うすうす、ちょっとなどの意を表す」と書かれている。

 これが重なると「仄仄(ほのぼの)」となり、「かすか。ほんのり。ほのかに明るいさま」や「ほんのりと心暖まるさま」という意味。

「仄暮れ」という言葉がいい感じなのは、ほのかに明るかったり、心暖まる雰囲気があるからだろう。

「仄仄明け」という言葉もある。こちらは「仄暮れ」の反対。「夜がほのぼのと明けること。また、その時」という意味だ。ほのぼのと日が暮れて、ほのぼのと夜が明ける。いいなあ、こういう毎日が続けば。

 いがらしみきおの漫画をデビューの頃から見ていたぼくは、彼が2年間の休筆のあと『ぼのぼの』を発表したときはびっくりした。それまでの下品なギャグ漫画から、ほのぼのと、しかし哲学的な漫画になった。タイトルがいい。

 アフリカのコンゴには、ボノボという賢くてとても温和なチンパンジーがいる。


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ほしかげ【星影】

2013年10月05日 | は行
星の光。ほしあかり。


 光なのに影というのは「月影」と同じだ・

 還暦以上の世代なら、千昌夫のヒット曲『星影のワルツ』を連想するかもしれない。『星影のワルツ』は白鳥園枝作詞、遠藤実作曲の演歌。シングルレコードの発売は1966年だが、ヒットしたのは2年後の68年だった。

 たしか歌のなかに「星影のワルツを踊ろう」という一節があって、「星影のワルツとはなんなのか」と子供心に思った記憶がある。疑問はその後も消えない。ワルツといえば四分の三拍子の円舞曲であり、ウィンナー・ワルツのように優雅で華やかなイメージだ。それがどうして別れのときに?

 ぼくの推測では、この「ワルツ」というのは、いわゆる「チークダンス」をイメージしていたのではないだろうか。「チークダンス」は和製英語で、抱き合って頬を寄せ合うようにして踊るもの。踊るというより、リズムに合わせて体をゆっくり揺する。でも「星影のチークダンス」じゃ詩にならないからワルツにしたんじゃないだろうか。曲も三拍子だし。

 そういや同じ時代、『星のフラメンコ』(歌・西郷輝彦)というヒット曲もあった。


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ぼあい【暮靄】

2013年10月04日 | は行
暮れ方のもや。晩靄。


 靄という字が読めない、書けない。

 朝靄というとロマンチックな感じがするが、夕方の靄は不気味だ。何かが起きそう。そもそも夕暮れ時に靄がかかるなんて、めったにないことだ。

 靄と霧の違いは……と「靄」の項を読むと、「気象観測では水平視程が1キロメートル以上の場合をいい、1キロメートル未満は霧」だそうだ。ふーんと納得するが、999メートルはどうなのか、1001メートルは? と気になってくる。

 水平視程って厳密に計れるものなのか。「視程」の項には「大気の混濁度を示す尺度。適当に選んだ目標物が見えなくなる距離で表す」と書いてある。しかし、ぼくのように近眼で老眼も白内障もはじまっている人と、オスマン・サンコンさんのように視力6・0もある人とでは、見えかたが違うんじゃないだろうか。

 暮靄のなかをトレンチコートの襟を立て、中折れ帽を目深にかぶって歩く、なんていうのはハンフリー・ボガートみたいでかっこいいけど、現実には湿気で体中がべとべとして気持ち悪いんだよな。


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ふようほう【芙蓉峰】

2013年10月03日 | は行
富士山の雅称。


 芙蓉は蓮の花のこと。どうして蓮の花が富士山なのだろう?

「芙蓉」の項を見ると「美人のたとえ」とある。美人の山、美しい山ということか。

 2013年6月、富士山は世界文化遺産に登録された。「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」という名称である。

 芸術の源泉というぐらいだから、富士山を題材にした絵画や工芸品や詩歌は数限りない。

 世界文化遺産のあやかり商法もあちこちに見られる。茶道具店のカタログを見ていたら、説明に「世界文化遺産」と書かれた掛け軸が載っていた。世界文化遺産になった茶道具があるのか、そんなものが売られているのか、とびっくりしてよく見ると、富士山の絵の掛け軸だった。もはや「世界文化遺産」は富士山の枕詞となっている。そのうち「富士額(ふじびたい)」は「世界文化遺産富士額」と呼び、武田泰淳の小説『富士』も『世界文化遺産富士』に改題しなければならなくなるだろう。

 新幹線の車窓から見る富士山は美しいが、静かなようで活火山なのである。いまも地殻の変動はつづいているし、大噴火だってあるかもしれない。


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ふゆき【冬木】

2013年10月02日 | は行
(1)冬枯れの木。冬の木。
(2)ときわぎ。



 冬枯れ、つまり葉が落ちた木。

 ときわぎ、つまり常緑樹。

 「冬木」にはどちらの意味もあるというのだから困る。正反対ではないか。どちらの意味かは、前後の文脈で判断しなければならない。

 個人的には、葉が落ちて枝だけになった木のほうが、寒々として冬の木らしいと感じる。木枯らしが吹いて、コートの襟を立て、両手をポケットに入れて歩くイメージだ。

 東京で暮らしはじめたころ、秋と冬の境目がわからなかった。雪が降らないからだ。やがて、イチョウの葉が落ちると冬だと思うようになった。

 イチョウの木が黄金色になり、しばらくするとその葉が落ちる。サクサクと音をたてて落葉を踏んで歩くのは気持ちいい。すこし匂いに難点があるけれども。

 常緑樹に冬を感じるとしたら、それは枝に雪がのっている時だろう。雪の白と葉の緑のコントラストがいかにも寒そうだ。吹雪のなかの常緑樹を見ると「風雪に耐えて」という紋切り型の言い回しがとてもリアルに感じる。


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