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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

そらのしぐれ【空の時雨】

2013年07月20日 | さ行
落ちる涙を時雨にたとえていう語。


 同じような言葉に「空の雫(しずく)」がある。

「目の時雨」とか「目の雫」ではなく、「空の」とするところが、ちょっと不思議だ。

 時雨というのだから、大量に涙が出るのだろう。号泣か。雫なら「しくしく」という感じ。

 ボブ・マーリーに『ノー・ウーマン・ノー・クライ』という曲がある。タイトルの歌詞を繰り返すところから始まる。

「女よ、泣くな」とか、「泣かないでくれよ、おまえ」なんてふうな意味だと思う。これを作家の長嶋有は『泣かない女はいない』(河出文庫)と誤訳して小説に仕立てた。「ノー」がどこにかかるかで意味が変わるわけだが、もともとボブ・マーリーの歌詞はしゃべり言葉だから、厳密な文法よりも、語り手の表情や、ちょっとした間のあけかたなどで意味が伝わる。そこを逆手にとって「泣かない女はいない」とした長嶋有は見事だ。

 もっとも、女だからといって泣くとは限らない。涙もろい男もいれば、泣かない女もいる。そして、繊細だから、感受性が豊かだから、涙もろいとも限らない。



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そらのかがみ【空の鏡】

2013年07月19日 | さ行
澄んだ月を鏡に見立てていう語。

 湿度が低い夜の満月は、銀色に輝いている。鏡にたとえる気持ちもよく分かる。

 古代の鏡は丸い。技術的には四角い鏡だってつくれたと思うが、古代の人びとは丸い鏡にした。裏には装飾がほどこされている。丸い鏡は太陽を模したのだろう。晴れた日、太陽を映し出せば、その輝きは太陽そのものだ。まるで太陽の一部を切り取ったもののように古代の人は感じただろう。鏡が三種の神器のひとつである意味もわかる。そういえば藤原道長の『御堂関白記』に、御所が火事になって鏡が焼けてしまう件がある。

 しかし、丸い鏡があらわすのは太陽だけだろうか。満月もまた丸い鏡ではないのか。

 西洋の絵で、月に顔が描かれているものがある。あの絵には、「月に見られている」「月から監視されている」という気分が込められているのではないか。悪いことをして人間にはバレなくても、月にはバレているぞ、とか。ルナティックという言葉もあるように、月の満ち欠けが人間の精神状態に影響すると考えられてきた。そりゃあ、いつも見つめられていれば、おかしくもなるよ。

 
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そらにみつろうか【空に三つ廊下】

2013年07月18日 | さ行
降ろうか、照ろうか、曇ろうかの三つの「ろうか」を廊下に見立てて、天候のはっきりしないのにいう。

 ダジャレの世界である。

 でも、よく考えると、なかなか高度な言葉あそびだ。

 まず、天候を擬人化している。「降ろうか」「照ろうか」と迷っているのは天候なのである。

 天候は物体ではない。現象だ。それを擬人化してしまう。すごい想像力だ。

「ろうか」を「廊下」に見立てるのは、同じ音に注目したシャレ。「見ざる・聞かざる・言わざる」を「見猿・聞か猿・言わ猿」に見立てるのと同じだ。

 こういう「三つ廊下」の日、傘を持って出るかどうか迷う。参考にするのは天気予報だ。『知恵蔵2013』の開設によると、降水確率予報というのは、たとえば「降水確率30%」は、6時間以内に1ミリ以上の雨が降る可能性が30%ということ。30%の予報が100回あったら、そのうち30回は1ミリ以上の雨が降るよ、という意味なのだそうだ。

 ぼくは10%なら傘を持たないが、50%以上なら持つ。迷うのが30%ぐらいのとき。なぜか持っていると降らず、持たずに出ると必ず降る、ような気がする。

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そらしらぬあめ【空知らぬ雨】

2013年07月17日 | さ行
涙。


「空から降ったのではない雨の意」だそう。

 しゃれたことをいうね。

 涙を雨にたとえることもあれば、雨を涙にたとえることもある。

 そういえば、少年マンガでは「泣いてるんじゃないよ。目から汗が出てるんだ」なんて強がりをいう場面がよくある。

『源氏物語』など古典を読んでいると、昔の人は男でも女でもよく泣くのに気づく。泣くことが恥ずかしくなかったのかもしれない。男は涙を見せてはいけないなどといわれるようになったのはいつごろからだろう。武家の時代になってからだろうか。たしかに泣いてちゃ戦(いくさ)はできない。

 ひところ「泣いてデトックス」というのが流行った。「泣ける本」というのも流行った。

 デトックスというのは毒を排出すること。泣いて涙といっしょに毒を出す。涙といっしょにストレスのホルモンを出すのだ、という話を聞いたことがあるが、ホルモン云々よりも、感情を抑圧しているものを一時的に解放する効果だろう。カラオケやスポーツと似たようなものか。



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そま【杣】

2013年07月16日 | さ行
木材を伐り出す山、また、大きい建造物の用材を確保するために所有する山林。そまやま。

「杣山の木。また、杣山から伐り出した材木。そまぎ」「杣木を伐り出すことを業とする人。そまびと。きこり」という意味もある。

 筑摩書房の創業者、古田晁(ふるた・あきら)の実家は信州にたくさんの山林をもっていた。筑摩書房が文学全集など大型企画で資金が必要になると、古田は山をひとつずつ売っては現金に替えていった。

「山を売る」というと、現代のぼくたちは、たんに土地、不動産としての「山」をイメージする。そして、「不便な田舎の山が、お金になるのだろうか」と考える。

 しかし、林業が盛んだった時代の「山」とは、森林資源全体を指した。「杣」という言葉のほうが、「山」の意味をよく伝えている。

 いま日本の杣はひどいことになっている。輸入材の方が安いので、林業がすたれてしまった。スギ花粉症が増えた原因の一つは、杉の木が手入れされなくなったことにある。高くても国産材を、といえないところが難しい。


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