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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

このはおとし【木の葉落し】

2013年05月30日 | か行
こがらし

「木の葉落し」という言葉には、二重の意味があるのではないだろうか。ひとつは文字通り冷たくて強い風で木の葉を落としてしまうこと。もうひとつは、秋の深まりと気温の低下である。

 秋になって気温が低くなると、植物の葉のなかで、動物でいえば動脈硬化や血管の梗塞のような状態が進行する。循環が悪くなって糖類が蓄積され、アントシアンなど色素ができる。これが紅葉のメカニズムだ。つまり老化であり、赤くなったり黄色くなったり葉を落としたりするのは、植物にとっては苦しい状態だ。それを人間は、「きれいだ」と感動している。

 もっとも、植物はそうやって葉を落とし、寒い冬を越え、春の芽吹きに備えるのだから、人間の老化や血管障害とは違う。紅葉したり落葉したりしたからといって、木が枯れてしまうわけではない。

「木の葉髪(このはがみ)」という言葉もある。「冬近い頃の抜け毛を落葉にたとえていう語」だそうだ。髪の毛が寂しくなってきた中高年男性にはジーンと染み入るような言葉かもしれない。落ちていく髪の毛に、わが人生の秋を感じる、とかなんとか。

こち【東風】

2013年05月29日 | か行
春に東方から吹いて来る風。ひがしかぜ。春風。こちかぜ。

 ぼくは菅原道真の「東風吹かば匂ひおこせよ梅花 主なしとて春を忘るな」という歌でこの言葉を知った。道真が太宰府に左遷されたとき、京都に残してきた梅の木をなつかしんで(というよりも京都をなつかしんで)よんだ歌だ。これを聞いて梅の木が九州まで飛んでいったという。もしもぼくが道真の友だちだったら「いつまでもウジウジしてるなよ。九州にも楽しいことがたくさんあるじゃないか」というのだけれど。

「ち」は風の意、と『広辞苑』にはある。では「こ」は東という意味なのかと思って調べるが、よくわからない。

「東風」と書いて「こちかぜ」とも読ませる。意味は「「こち」に同じ」とある。「こち」が東からの風なのだから、「東からの風の風」という意味になってしまう。

「東風」を「とうふう」と読めば、ぼくらの世代だとゴダールの映画。もっとも、日本で公開されたのは1970年だから、ぼくはまだ小学生。実際に見たのはうんと後だ。
「とんぷう」と読むと、YMOの曲。西洋人がいだくイメージとしての日本人(中国人と混同されている)をパロディとして演じている。

ごくん【五葷】

2013年05月28日 | か行
臭みのある五種の蔬菜。いずれも食することを禁ずる。

 五辛(ごしん)ともいうそうだ。5種の定義は仏家と道家で違い、仏家はニンニク、ラッキョウ、ネギ、ヒル、ニラ。道家ではニラ、オオニラ、ニンニク、アブラナ、コエンドロ。

 どうして食べてはいけないのか。『大辞泉』の「五辛」の項には「これを食べると情欲・憤怒を増進するとして禁じる」とある。

 そういえばニンニクもニラも、元気がないときに食べるスタミナ食だ。あんまり元気なのは修行のさまたげになるということなのですね。ちょっと元気がないぐらいでちょうどいいということなのか。

 現代でも胃や腸に炎症のある人は、ニンニクやネギやニラなどを食べないほうがいい。刺激が強すぎるのだ。

 情欲と憤怒もそうかもしれないけれども、ニオイのこともあったんじゃないだろうかと思う。座禅を組んでいて、隣からニンニクのニオイがプーンと漂ってきたら、気持ちが落ち着かない。とても瞑想どころじゃない。心を静かにするためには、五感を刺激するようなものはできるだけ遠ざけたほうがいい。

こうもりもとりのうち【蝙蝠も鳥のうち】

2013年05月27日 | か行
つまらぬ人が賢者の中に加わっていること。また、微力なものも仲間の一部であることのたとえ。


 同じような意味の言い回しに「蝶々とんぼも鳥のうち」というのがある。

 鳥のうちというけれども、共通点は空を飛ぶことしかない。コウモリは哺乳類だし、チョウ、トンボは昆虫だし。

 こんなふうに言われるコウモリに同情してしまう。コウモリだって得意げにその列に加わっているわけではあるまい。「オレのような者が、分不相応、実力不相応にも、このようなグループに加えてもらって……」と恐縮しているに違いない。居心地もさぞ悪かろう。

 都合によって獣の立場にもなるし鳥の立場にもなる、コウモリはずるいヤツ、なんていうふうに言われる。『イソップ寓話』に出てくる。だがそれは人間による見立てだ。コウモリだって好きであのような姿に生まれたわけではないだろう。

 ところでコウモリの翼は指なのだと『広辞苑』には書いてある。「前肢の指が長くのび、その間にある飛膜が翼に変形して、哺乳類で唯一よく飛ぶ」のだと。コウモリは指先が器用なヤツだったんだ。

こうじゃくふう【黄雀風】

2013年05月26日 | か行
陰暦5月に吹く南東風。この風のふくころ、海魚が変じて黄雀になるという。


「黄雀」を引くと「スズメの異称」とある。ならば素直に「雀」とだけいえばいいのに。「黄雀」の「黄」はなんだろう。スズメの頭の部分が黄色く見えるのか。ほんとうに黄色いスズメがいたらかわいいのに(それじゃカナリアだ)。

 魚がスズメになるという発想が不思議だ。中国の俗信らしいけれども。

 どうして陰暦5月なのだろう。スズメは年中、どこにでもいるのに、この季節に限って魚からスズメになるのか。

 発生のメカニズムがよくわからないものについて、昔の人は何かが変化してそうなると考えた。たとえば草が腐ってホタルになる、というように。現代のぼくたちも「虫がわく」などと、まるで何もないところから虫が出てくるかのようにいう。もちろん目の届かないところで虫が卵を産んでいるわけだ。

 だがスズメはちょっと違うだろう。巣を作り、卵がかえって雛が生まれる様子を昔の人は見ていたはずだ。それなのに海の魚がスズメになると考えた。なぜだろう。

「黄雀雨」という言葉もあって、陰暦5月の雨のことなのだが、「一説に9月」とも書いてある。これもちょっと不思議。