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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

よるのあき【夜の秋】

2013年10月22日 | や行
晩夏の候に、夜だけ秋めいた気配のあること。



 あまりにも猛暑が続くので、このまま永遠に秋は来ないのではないかと思ってしまう。それでも8月の終わりになると、夜にはいくぶん涼しくなる。やっぱり地球は回っているのだなと思う。ガリレオじゃないけれど。

 1年のなかで好きな季節はいろいろある。でもそのなかで、夏の終わりの夜の、Tシャツ1枚じゃちょっと寒いかな、と思うぐらいのときがいちばん好きだ。昨日までの生暖かい風が少しキリッと涼しい風に変わる。ああ、季節が変わるんだ、と実感する。

 真夏の夜に浴衣で散歩するとたちまち汗だくになってしまう。晩夏ならちょうどいい。虫の声を聞きながら、カラコロと下駄の音をさせて歩く。

 昼間の暑さに慣れて、うっかりタオルケットも掛けずに寝ると、風邪をひいたりお腹をこわしたりする。からだを対灼熱モードから対冷涼モードへと変えていかなきゃならないのだけど。夜が気持ちいいからといって、夜更かししちゃいけないのもこの季節だ。あと何回、この季節を味わえるだろうかと、50歳を過ぎてからは思うようになった。

よかん【余寒】

2013年10月21日 | や行
立春後の寒気。寒が明けてもまだ残る寒さ。残寒。



 立春は2月の4日前後だから、いちばん寒い時期といってもいいほど。「立春」という語感からはほど遠い。ふつうに「寒い」というより、「余寒あり」などというほうが、もっと寒い感じがする。

「寒」は立春前のおよそ30日間をいう。「小寒」が1月5日ごろだから、正月の三が日がすぎるともう寒で、1月21日ごろが「大寒」だ。

 立春の前の日が節分で、豆まきをする。『広辞苑』によると、夕暮れに柊(ひいらぎ)の枝に鰯(いわし)のあたまを刺したものを戸口に立てる。「鰯の頭も信心から」という言葉はここから来たのだろうか。

「寒に帷子(かたびら)土用に布子(ぬのこ)」というのは、「時節外れの用のないもの」のたとえ。帷子は裏地のついていない、ひとえの薄い着物だが、あんまり寒いと帷子だって重ね着したくなる。

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」と吉田兼好はいったけれど、すきま風や暖房効率、さらには電気代のことを考えると、冬の寒さのことだって考えなきゃ。

ゆきづきよ【雪月夜】

2013年10月20日 | や行
雪のある時の月夜。


 きれいな言葉だ。小説や句集のタイトルにもなっている。

 雪が降りながら月が出るということはあまりなさそうだから、この場合の雪は降り積もったものだろう。一面真っ白になったところに月が浮かんでいる。月が出ているのだから、空気は澄んでいるはず。ということは、気温もかなり低そうだ。

 夜なのに遠くの山が見える。雪のため稜線が白くなり、月明かりだけでもくっきり見えるからだ。

 こういう夜は足もとに気をつけなければいけない。道が凍っていて、よく滑るのだ。しかも昼間に溶けた雪が凍ったので固くなっている。転ぶと痛いし、頭を打つと大変だ。酔っ払っているときは特に気をつけないと。転んで気を失い、そのまま凍死ということもあるだろう。

 ぼくの理想的な逝き方は、これである。雪月夜に酔って転んで凍死。一説によると、凍死は気持ちいいらしい。ほんとうに死んじゃった人から話は聞けないのだから眉唾だけど。好きなお酒を飲んで、いい気分になって、転んで頭を打つのは痛いけど、睡ったまま逝ければいうことなし。死体を発見する人には迷惑をかけてしまうけれども。

ゆきげ【雪消】

2013年10月19日 | や行
雪が消えること。特に、冬に積もった雪が春になって消えること。また、その時。または、その所。ゆきどけ。ゆきぎえ。


「雪がとけて生ずる水。ゆきどけ水」という意味もある。

 ぼくは北海道で育ったけれど、聞いたことのない言葉だ。出典例として『万葉集』から「雪消する山道すらをなづみぞわが来(け)る」が引かれているから、かなり古い言葉なのかもしれない。

 雪は溶けて水になり、やがて乾く。それを「消えた」と感じるところがおもしろい。個体としての雪はなくなっているわけだから、たしかに消えたのだ。もちろん『万葉集』の時代の人も雪が溶けて水になることは知っていただろう。でも感覚を重視して「雪消」といった。万葉人は論理より感覚派だ。

 ところで、かつてソ連があったころ、東西陣営の緊張緩和を「雪解け(雪融け)」といった。これにはルーツがあり、ソ連の作家イリヤ・エレンブルグが書いた小説の題名からだという。エレンブルグといえば『トラストDE ヨーロッパ滅亡史』を読んだことがある。ソ連時代のロシアを代表する作家のひとりなのに、邦訳はすべて絶版か品切になっている。ソ連がなくなりロシア文学も人気がなくなったのだろうか。


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ゆきぐれ【雪暗れ・雪暮れ】

2013年10月18日 | や行
雪模様で空が暗くなること。また、雪が降りながら日が暮れること。


 雪は白いので、雪が降っても空は明るく感じることが多い。でも雪雲の中には厚くて黒っぽいものもある。そのときは空が暗くなる。

 同じ雪でも、空が明るいか暗いかで、気分はずいぶん違う。空が明るければ気分も明るく、空が暗ければ気分も暗くなる。

 わずかな空の色の違いが、旅の印象を決定づける。晴れた日に行ったところは明るくさわやかな街であり、暗くどんよりした日に行った街は、重苦しく陰鬱な街として記憶される。旅人は勝手なもので、短時間の印象だけでその土地のイメージを固定してしまう。旅行記などを読むときは気をつけたい。

 音の響きが似た言葉に「行き暮れる」がある。行く途中で日が暮れること。旅をしていて、宿に着く前に日が暮れるのは心細いものだ。以前、松江をドライブしていて、境港まで足を伸ばした。ぼくたち以外だれもいない鬼太郎ロードを散歩して、海岸を走っているとき日が暮れた。日没の風景は美しかったけど、妖怪の街で行き暮れるのは心細い。


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