咲き乱れた桜花などの眺めを雲に見立てていう語。
文字通り「香の煙が立ちのぼり、雲のように見えるもの」という意味もある。
群生して咲く花を雲に見立てるだけでなく、花の属性のひとつである香りに置き換えて表現しているところがすばらしい。つまり連想、見立ての二段階ジャンプではないか。
そういえば、香のかおりをかぐことを「香を聞く」という。嗅覚的なことを聴覚的に表現している。
しかし、満開の桜はどんなかおりがした? 思い出そうとしても、よみがえるのは花見のビールと焼き鳥のにおい。そう、咲いている桜はほとんどかおりがない。ないはずのかおりを感じ取ってしまうところが、これまた想像力のなせるわざだ。
桜湯やあんパンには桜のかおりがする。桜の葉や花にはクマリンというかおりの成分があり、咲いているときは糖と結合してとじこめられている。ところが塩漬けにするとクマリンが解き放たれ、あのかおりが出てくるのだそうだ。
お祝いの席ではお茶のかわりに桜湯が出てくることが多い。お茶は「茶を濁す」に通じるので、それを避けて桜湯を出すのだと、「桜湯」の項にある。
文字通り「香の煙が立ちのぼり、雲のように見えるもの」という意味もある。
群生して咲く花を雲に見立てるだけでなく、花の属性のひとつである香りに置き換えて表現しているところがすばらしい。つまり連想、見立ての二段階ジャンプではないか。
そういえば、香のかおりをかぐことを「香を聞く」という。嗅覚的なことを聴覚的に表現している。
しかし、満開の桜はどんなかおりがした? 思い出そうとしても、よみがえるのは花見のビールと焼き鳥のにおい。そう、咲いている桜はほとんどかおりがない。ないはずのかおりを感じ取ってしまうところが、これまた想像力のなせるわざだ。
桜湯やあんパンには桜のかおりがする。桜の葉や花にはクマリンというかおりの成分があり、咲いているときは糖と結合してとじこめられている。ところが塩漬けにするとクマリンが解き放たれ、あのかおりが出てくるのだそうだ。
お祝いの席ではお茶のかわりに桜湯が出てくることが多い。お茶は「茶を濁す」に通じるので、それを避けて桜湯を出すのだと、「桜湯」の項にある。