goo blog サービス終了のお知らせ 

永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

こううん【香雲】

2013年05月25日 | か行
咲き乱れた桜花などの眺めを雲に見立てていう語。

 文字通り「香の煙が立ちのぼり、雲のように見えるもの」という意味もある。

 群生して咲く花を雲に見立てるだけでなく、花の属性のひとつである香りに置き換えて表現しているところがすばらしい。つまり連想、見立ての二段階ジャンプではないか。

 そういえば、香のかおりをかぐことを「香を聞く」という。嗅覚的なことを聴覚的に表現している。

 しかし、満開の桜はどんなかおりがした? 思い出そうとしても、よみがえるのは花見のビールと焼き鳥のにおい。そう、咲いている桜はほとんどかおりがない。ないはずのかおりを感じ取ってしまうところが、これまた想像力のなせるわざだ。

 桜湯やあんパンには桜のかおりがする。桜の葉や花にはクマリンというかおりの成分があり、咲いているときは糖と結合してとじこめられている。ところが塩漬けにするとクマリンが解き放たれ、あのかおりが出てくるのだそうだ。

 お祝いの席ではお茶のかわりに桜湯が出てくることが多い。お茶は「茶を濁す」に通じるので、それを避けて桜湯を出すのだと、「桜湯」の項にある。
 

こううん【黄雲】

2013年05月24日 | か行
(1)黄色の雲。
(2)広い水田の稲の実りを黄色の雲にたとえていう語。
(3)酒の異称。



 雲が黄色く見えるのは、どういう光の加減なのだろうか。黄色というより、金色に輝いて見える。夕方の太陽光がそう見せるのか。まさか黄砂で黄色くなるわけではないだろう。

 まるで黄色い雲のような田んぼ。なるほどそういう見立てがあったのか。これは豊穰を祝う言葉だ。

 ぼくが米のご飯を食べるのは、1日に1食かせいぜい2食。朝はパンかオートミールで、昼もパンや麺類のときが多い。旅先でも朝はたいていパンを選ぶ。米を食べるのは晩ごはんだけだ。食生活の中で、米の相対的地位は下がっている。

 それなのに、新幹線や飛行機の窓から見える水田の様子が気になる。夏になって緑一色になれば嬉しいし、秋に黄金色になるともっと嬉しい。冷夏で成育状態が悪かったり、台風で稲が倒れてしまったりすると心配になる。食べる機会が減っていても、米は特別なのだ。

 貿易交渉で米が重要視されるのは、なにも稲作農家の票が気になるからだけではなだろう。実った水田をさまざまな言葉で讃える文化が、日本人にはしみついている。貿易問題は文化の問題でもある。

げんせき【元夕】

2013年05月23日 | か行
陰暦正月15日の夜。元宵(げんしょう)。


 中国では元宵節というお祭りがあるそうだ。『広辞苑』には「その夜美しく飾った灯籠を見物し、だんごを食べる」とある。『大辞泉』にはもう少し詳しく載っていて、この日は春節(旧正月)から数えて15日目、その年の最初の満月の日である。「元宵団子」と呼ばれる、中に餡が入っただんごを食べる。上元節とか灯籠節ともいうらしい。
 ウィキペディアには、ずいぶんと詳しいことが書いてある。由来は漢の時代にさかのぼるというから古い。高祖、劉邦の妃、呂雉(りょち)が死ぬと反乱が起きた。これを劉邦の名参謀だった陳平が平定。これが正月の15日で、以来、この日、皇帝は宮殿を出て民衆と一緒に祝った。元宵節と命名したのは5代皇帝の文帝だという。道教の影響もあり、民間の風俗になったのは仏教が伝わってからだそうだ。

 もっとも、反乱の平定が1月15日だったというのは後づけで、もともと新年最初の満月を祝う風習があったのではないかとぼくは推測するのだけれど。

 円朝の『怪談牡丹灯籠』の元ネタは中国の『剪灯新話』。元宵節の夜、灯籠見物で主人公たちが出会う。
 

げっこう【月虹】

2013年05月22日 | か行
月の光で見える虹。光が弱いために色彩が淡く、白く見える。白虹。

 見てみたい!『広辞苑』を読んで、思わず叫んだ。月の光で虹がかかるなんて。

 グーグルで画像検索すると、あります、月虹の写真。そうか、出るときは出るんだ。そもそも、夜、外に出て空を眺めることなんてないものな。こんど雨上がりの夜空を眺めてみよう(iPodでRCサクセションを聴きながら)。

「幻月(げんげつ)」という現象もある。「月の両側に現れる光輝の強い点。空中の氷晶による光の屈折でおこる暈の一種」だそうだ。これも画像検索で見てみた。月のまわりに光の輪ができて、なんだかクラゲのよう。幻想的ではあるが、ちょっと怖い感じもする。凶事の前触れか……なんて。メカニズムを知らなかった昔の人はどう思っただろ
う。

「幻月」の太陽バージョンが「幻日」。メカニズムはまったく同じで、空中の氷晶によって光が屈折して暈ができる。こちらはぼくも何度か見たことがある。

 ふだん、空気は透明で、何もないような気がしているが、じつはチリもあれば氷の粒もある。それが太陽や月の光の加減で見えてくるのだ。

けさのあき【今朝の秋】

2013年05月21日 | か行
立秋の日の朝。前日とは変わった爽やかな感じを込めていう語。


 立秋はだいたい8月の7日か8日ごろ。立秋をすぎると暑中見舞じゃなくて残暑見舞となる(ぼくはお盆までが暑中見舞だと思っていた)。

 ぼくの感じでは、まだまだ暑いというか、ますます暑くなるぞというか。「前日とは変わった爽やかな感じ」とは思えない。それとも、昔は夏がもっと短くて、秋が来るのが早かったのだろうか。

 似た言葉に「今朝の春」がある。立春の日の朝のことかと思いきや、「立春頃の朝。また、新年。新春」と『広辞苑』にはある。立春の日の朝ではなく、立春頃としているところに要注意。『大辞林』では「俳句で、元日の朝。新春を祝う語」となっていて、「立春の朝の意で用いることもある」と括弧で補足している。『大辞泉』も「元旦を祝
っていう語。また、立春の日の朝」。少しずつニュアンスが違う。

「今朝の夏」や「今朝の冬」は、『広辞苑』にも『大辞泉』にも載っていない。『大辞林』には「今朝の冬」が載っていて「俳句で、立冬の日の朝。引き締まった寒さの感慨をいう語」だそうだ。