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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

しゅううん【愁雲】

2013年06月15日 | さ行
うれいを感じさせる雲。


「うれいに満ちた気分のたとえとしても用いる」そうである。

 うれいを感じさせる雲って、どんな雲なんだ?

 インターネットで画像検索してみるが、「これぞ、うれいを感じさせる雲だ」というのは見つからない。たんに夕方の雲だったり、飛行機雲だったり。

 思うに、うれいに満ちた気分のときに見上げる雲は、どれもが愁雲なのではないだろうか。入道雲であろうと鰯雲であろうと。たとえ空が晴れていたって、心はどんよりしていることもあるではないか。

『広辞苑』の「うれえ」の項を読むと「憂」と「愁」のちがいについての説明がある。心配や不安、憂鬱な気持ちは「憂」、情緒的な物悲しさは「愁」を使うことが多いのだそうだ。

「憂え顔」は「訴えたいことがあるような、心配ごとがあるような顔つき」。最近でいう「察してちゃん」か。心配があると声に出していえばいいのに、察してくれるのを待ち、察してくれないと怒る。

「愁文」はアンニュイなラブレターかと思いきや「訴状。嘆願書。請願書」。

しもさき【霜先】

2013年06月14日 | さ行
初冬、陰暦の10月頃。霜のおりはじめる頃。


「年末をひかえて金の大事な時でもあった」とあり、用例として『世間胸算用』から「霜先の金銀あだに使ふことなかれ」が載っている。『大辞泉』は「霜先の金銀」という項目を立てている。

 陰暦10月は新暦の10月下旬から12月上旬。神無月ともいう。神無月については、八百万の神々が出雲大社に出かけてしまって留守になるから、とよくいわれる。だから出雲地方だけ神在月というのだ、とも。ところが『広辞苑』にはそれだけでなく、「雷のない月の意とも、新穀により酒をかもす醸成月(かみなしづき)の意ともいわれる」と書かれている。

 神無月の次、陰暦11月は霜月だから、「霜先」は単純に「霜月の先」ということなのかもしれない。

 それにしても、10月から年末のお金を気にするとは、昔の人がいかに正月をむかえることを重要視していたかがうかがえる。ツケで買った借金を払い、餅をつき、飾りつけを整え、料理その他を用意しなければならない。

 正月の準備ができないぐらい貧しい人は、さぞかし肩身の狭い、情けない思いをしたことだろう。冬の寒さも骨身にしみただろう。 

しもおれ【霜折れ】

2013年06月13日 | さ行
曇って寒い冬の朝など、霜柱が立たないこと。また、そのような天気。一説に、しもどけ。

 寒さが緩んで霜柱が立たないということなのだろうか。ちょっと解釈が難しい言葉だ。他の辞書にも載っていない。

 霜はどんなときにできるのだろうか。日本気象協会のサイトを見てみた。すると、地面が冷えて0度以下になることと、空気中に水蒸気があることが条件だそうだ。具体的には次の3つがあげられている。
1.夜間によく晴れて放射冷却現象が強まる。
2.上空の気温がある程度低い。
3.前日の雨などで湿った空気がある。

 寒いだけでもだめ、湿っているだけでもだめ。「曇って寒い冬の朝など」と『広辞苑』の語釈にはあるけれども、これが「曇った冬の朝」だったらわかりやすいのだけれど。

「しもどけ」と似た意味のことばでは「霜崩れ」がある。そもそも霜が立たないのか、それとも立った霜が折れたり崩れたりするのか。解釈によってまったく違う意味になる。ところが、これまた似た感じの「霜朽ち」は、「しもやけ」のこと。そうか、「しもやけ」の「しも」は「霜」のことだったのか。霜に当たってやけど(凍傷)する、という意味である。

じぼしん【地母神】

2013年06月12日 | さ行
母なる大地の神。多産と豊饒を象徴する女神。ちぼしん。

 母なる大地というと、『古事記』のイザナミ(いざなみのみこと)を連想する。もっとも、火の神を生んだために死んでしまい、夫のイザナギと別れて黄泉の国で生活するようになってしまったけれども(この神話が何を象徴しているのか、いろいろと解釈し、想像するのは楽しい)。

 日本人の宗教は何なのか、仏教か、神道か、それとも無宗教か、とよくいわれるけれども、ぼくは自然崇拝のアミニズムがいちばん実態に近いのではないかと思う。高い山を見ると拝みたくなるし、巨大な岩や樹にしめ縄があっても不思議に思わないし、ヒグマが神の使いだというのも半分ぐらいは信じたい。

 もっとも、大地(自然)と女性を結びつけて崇拝したのは古代の日本人だけではないようだ。たとえばエコロジー思想とともにその名を知られるようになった「ガイア」も、もともとはギリシア神話の地母神の名前。キリスト教にも根強いマリア信仰があるけれども、あれも地母神が姿かたちを変えたものと解釈できそうだ。

 最近は野菜工場というものがあって、そこでは土なしで水耕栽培のようにして野菜を育てているけれども。

しつしつ【瑟瑟】

2013年06月11日 | さ行
(1)さびしく吹く風の音。
(2)波の立さま。



「シツシツ」という音が、いかにもさびしそうだ。無精髭の痩せた中年男が、背中を丸めてとぼとぼと歩いている姿が目に浮かぶ。

 擬音語なのにちゃんと漢字があるのに驚く。

『全訳漢辞海』で「瑟」を引いてみた。

 読みは「シチ」「シツ」。意味は楽器の名前だそうだ。「弦をはじいて奏で、箏に似る。春秋時代に流行した。二十五ないし十六弦で、琴に似ているが、琴柱のあるもの。おおごと」と書いてある。おおごとといっても大事じゃなくて大琴だろう。そうか、大きな琴か。「ひゅーっ」というよりも、「ぽろろろん」という感じだろうか。ちょっとイメージがくるうなあ。

 形容詞だと「(1)数のおおいさま。おおい。(2)荘厳なさま。おごそか。(3)きれいで、あざやかなさま」とある。えーっ! 無精髭の中年男が歩いていくイメージとぜんぜん違うんですけど。

「瑟瑟」の意味として、「深くしずんだ緑色の形容」というのが載っていて、白居易の詩で使われているそうだ。深い緑色は少しさびしそうだ。