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永江朗のオハヨー!日本語 ~広辞苑の中の花鳥風月

短期集中web連載! 手だれの文章家・永江朗が広辞苑を読んで見つけた自然を表す言葉の数々をエッセイに綴ります。

せいふうこじんきたる【清風故人来る】

2013年07月05日 | さ行
涼しい風が吹くのは、旧友が訪ねてくるかのように清々しい。

 はじめてこの文章を読んだとき、「涼しい風が吹いて、死んだ人が幽霊となってやってくる」ということなのかと思った。怪談では、(涼しい風ではなく)なまあたたかい風が吹いて、「うらめしやー」と幽霊が登場する。吹く風は生暖かいが、遭遇した人はゾッとして涼しくなる。

 ぜんぜん違っていた。

 杜牧(とぼく)という人の「早秋詩」という詩の一節だそうだ。杜牧は唐の終わりごろの詩人(803年から853年)。杜甫に対して、小杜とも呼ばれるとか。
「故人」には「死んだ人」という意味のほか、「ふるくからの友。旧友」という意味と、「古老」という意味がある。

 旧友が訪ねてくるのは、涼しい風が吹くように清々しい、ではないところが不思議だ。ぼくならこう歌うのに。

「せいふう」にもいろいろある。「凄風」は「すさまじい風」で、「腥風」は「なまぐさい風」。「月と星。なんてロマンチックな字なんでしょう」と、子どもの名前に使おうとした親がいる、という笑い話を聞いたことがあるけど、昨今のキラキラネーム・ブームでは作り話とも思えない。
 

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すもり【巣守】

2013年07月04日 | さ行
孵化しないで巣に残る卵。


「巣の番をする鳥。独り居残る留守番。また、後に取り残されること」という意味もある。

 卵がすべて孵るわけではない。孵らない卵もある。それを「巣を守っている」と言い換えたところが優しい。

 孵らなかった卵はダメな卵だと斬り捨てるのではなく、孵らなかった卵にもそれなりの役割を与えている。誰にだって存在理由はあるのだ。

 昔は旅行で長期間家をあけるようなとき、親戚の誰かに留守番に来てもらったりした。たぶん1960年代の終わりぐらいまで残っていた習慣ではないか。飼っている犬や猫に餌をやってもらったり、庭木に水を撒いたりしてもらっていた。誰かいてくれるだけで安心した。

 いまはもう「留守番」も死語に近いかもしれない。旅行に出かけるからといって、わざわざ来てもらうのは面倒。みんな忙しいし、そもそも親戚とはいえ誰かを留守中に家に上げるのはいや。お礼とかおみやげとか気をつかわなきゃいけないし。それにいまは警備システムがあるから、そっちのほうがうんと気楽だ。安心は人間関係よりもお金で、ということかな。

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すばる【昴】

2013年07月03日 | さ行
牡牛座にある散開星団。プレアデス星団。二十八宿の一つで漢名、昴宿。

 自動車のブランド名「スバル」(会社は富士重工)にもなっているし、文芸誌「すばる」のタイトルにもなっているポピュラーな言葉。谷村新司の歌、『昴』もヒットした。

 自動車、スバルのマークを見れば、6つの星からなることがわかるはずなのに、私はずっと1つの星の名前だと思っていた。「肉眼では、普通、6個の星が見えるので、六連星(むつらぼし)ともいった。すまる。ぼう。すばるぼし」と『広辞苑』には書いてある。語源は、一つにまとまる意の「統(すば)る」から、だそうだ。

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙情報センターのサイトで「プレアデス星団」のページを見ると、ギリシア神話に登場するプレアデスはアトラスの娘7姉妹。猟夫オリオンに追われて昇天、星になった。プレアデス星団も目のいい人は7個見えるという。実際は10光年の範囲に120個ほどの恒星が集まっているのだそうだ。

『広辞苑』で「牡牛座」のページを読むと、「厳冬の夕暮に天頂近くで南中」とある。冬の星座なのだ。おなじく牡牛座にはヒアデスという散開星団もある。
 

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すっぽんがときをつくる【鼈が時をつくる】

2013年07月02日 | さ行
世にあるはずのない事のたとえ。


「声を出さない鼈が、鶏のように時を告げることはないことから」だそうだ。

 鳴かない生き物ならほかにもいるだろうに。どうしてカメでなくスッポンなのか。「月とスッポン」だって、丸いものがたくさんあるなかで、よりにもよってスッポンである。まあ、水に映った満月と、水の中を泳ぐスッポンという図は、それなりに風流だけれども。

 思うに、「スッポン」という音の響きがいいのだろう。特に「ポン」の部分が、ちょっと間抜けでかわいらしい。

 ガメラはカメの怪獣だが、これがスッポンの怪獣だと、あまり名前がよろしくない。「スッポンラ」なんていっても、ぜんぜん強そうじゃない。でも、カメよりもスッポンのほうがはるかに凶暴なのに。いや、ほんとうは凶暴じゃなくて臆病なだけなんだ、小心者だからすぐ噛みつき、相手が逃げようとすると放そうとしなくなるのだ、というのだけれど。

「スッポン」の語源は、その鳴き声からという説もある。鳴き声じゃなくて呼吸音だろう、という説もある。スッポン、ほんとうは鳴くのか、鳴かないのか。
 

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しんしん【蓁蓁】

2013年07月01日 | さ行
草木の葉の盛んにしげるさま。また、動物が盛んに育つさま。


「積もり集まるさま」という意味や、「女性が頭飾りをつけるさま」という意味もある。

『新漢語林』を読むと、「蓁」は「草や葉がさかんにしげっているさま」だそうだ。

「秦」には「のびしげる」という意味があって、それに草かんむりがつき、「草木がさかんにのびしげる」という意味になる。

 植物がはげしい勢力争いをくりひろげていることは、わが家の小さな庭を見ていてもわかる。あるときはトケイソウの勢力が強く、ほかの草花を圧倒するほどだったのに、やがてモッコウバラの天下になったり。クロッカスを植えたところは、いつのまにかその痕跡もわからないほど繁ったアイビーに覆い尽くされたり。

 森の中に設置したカメラで樹を何日も続けて撮影したフィルムを見たことがある。1時間が数秒になるほど早送りすると、樹の枝や葉がまるで意志をもっているかのように動いているのがわかる。少しでも太陽の光を得られるよう、隙間をねらって枝や葉を伸ばしていくのだ。「生きたい」「勢力を広げたい」という意志をはっきり感じさせる動きだ。

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