袖に肌寒く感ずるあけがた。
夏の終わりの夜明け、Tシャツ1枚では二の腕のあたりが寒くて、思わず手のひらでさすってしまう。「袖の朝明け」とは、そういう意味だろうか。
いや、まさか。日本人がTシャツを着るようになったのは、最近のことだ。この場合の「袖」は、Tシャツの袖のことではなくて、着物の袖だろう。
着物の袖は手首の近くまでおおっている。洋服と違って袖口が大きく空いているから、外気は入ってくる。この袖口から入る外気が肌寒く感じるということだろう。
いつごろの季節だろう。夏なら袖口まで寒く感じることはない。春か、それとも秋もかなり後半だろうか。
もしかすると、けっこう色っぽい意味かもしれない。妻問婚の時代、明け方になると男が女のもとを去っていく。さっきまで肌を合わせていたときは寒くなんかなかったのに、ひとりになったとたん、袖から寒い空気が入ってくるのを感じる。さびしさや、また来てほしいという願望や、さっきまでの楽しさを反芻する気持ちなど、さまざまな感情が「袖」に込められているのではないか。
このブログが本にまとまりました!
夏の終わりの夜明け、Tシャツ1枚では二の腕のあたりが寒くて、思わず手のひらでさすってしまう。「袖の朝明け」とは、そういう意味だろうか。
いや、まさか。日本人がTシャツを着るようになったのは、最近のことだ。この場合の「袖」は、Tシャツの袖のことではなくて、着物の袖だろう。
着物の袖は手首の近くまでおおっている。洋服と違って袖口が大きく空いているから、外気は入ってくる。この袖口から入る外気が肌寒く感じるということだろう。
いつごろの季節だろう。夏なら袖口まで寒く感じることはない。春か、それとも秋もかなり後半だろうか。
もしかすると、けっこう色っぽい意味かもしれない。妻問婚の時代、明け方になると男が女のもとを去っていく。さっきまで肌を合わせていたときは寒くなんかなかったのに、ひとりになったとたん、袖から寒い空気が入ってくるのを感じる。さびしさや、また来てほしいという願望や、さっきまでの楽しさを反芻する気持ちなど、さまざまな感情が「袖」に込められているのではないか。
