小説の「書き出し」

明治~昭和・平成の作家別書き出し
古典を追加致しました

「女中ッ子」 由起しげ子

2011-09-15 11:58:51 | 作家ヤ行
 加治木という表札を見つけると初はドキンとして急に体じゅうから汗が吹き出すような気がした。威圧するような門構えに抵抗するように元気よく石段をのぼり玄関の前に立って、ハッキリした声で、ごめんなさい、と叫んだ。
 中で何か応(こた)える声がしたように思ったので初が玄関の戸を少しあけてみると立派な――校長先生のような顔をした大人の男の人が懐(ふとこ)ろ手(て)をして立っていた。
「なに?」
「はい――」
 初は急に答えにつまった。奥さんが出て来るとばかり思っていたのだ。奥さんが出て来てくれないと困ると思って廊下の奥の方をのぞいていると、男の人は、つまらなさそうに、
「今日はいやにチビが来たな、何を持って来たんだい」
 と云った。初は手に荷物を持っている。男の人はその風呂敷包みを見ているのだ。物売りと間違われているなと分かると初は、
「奥さんに――」
 と、あわてて云ってズボンのポケットをさぐった。初はしゃべるのが苦手だ。奥さんからもらったハガキを出してみせなければ、と思うのだが、あわてているので見つからない。