「おふゆさん、私が死にましたら、必ずおほねを海に捨てて下さいよ。お墓をたてて下さることはいりません。」
旦那様はここ一二年、くりかえし繰りかえし、こうおっしゃいました。子供が母親にこうして欲しい、あれを頂戴、とねだるような言い方でした。
「はい、そうして差しあげますとも。」
その度に、私は本気で、そうお約束いたします。
「わたしは浦島太郎さんですからね。死んだら自分で亀になって、きっと竜宮に帰れましょう。」
人ごとのように、軽いいたずらっぽさ迄ふくめて、旦那様は真白になった眉毛の下で、そこだけはお年を召してもちっとも変わらない深い碧い眼を、一そう輝かせていらっしゃるのです。
八十九というお年には不足はないかもそれません。けれど旦那様は、死ぬのをひどく楽しみにしていらっしゃるように見えました。四十年昔に英国をお離れになったきり、浦島太郎そっくりに、只の一度もお帰りになったこともなく、又生きて帰られるあてもなく、日本にたった一人ぼっちでお暮しになれば、死ぬのさえもたのしみになられるかも知れません。
旦那様はここ一二年、くりかえし繰りかえし、こうおっしゃいました。子供が母親にこうして欲しい、あれを頂戴、とねだるような言い方でした。
「はい、そうして差しあげますとも。」
その度に、私は本気で、そうお約束いたします。
「わたしは浦島太郎さんですからね。死んだら自分で亀になって、きっと竜宮に帰れましょう。」
人ごとのように、軽いいたずらっぽさ迄ふくめて、旦那様は真白になった眉毛の下で、そこだけはお年を召してもちっとも変わらない深い碧い眼を、一そう輝かせていらっしゃるのです。
八十九というお年には不足はないかもそれません。けれど旦那様は、死ぬのをひどく楽しみにしていらっしゃるように見えました。四十年昔に英国をお離れになったきり、浦島太郎そっくりに、只の一度もお帰りになったこともなく、又生きて帰られるあてもなく、日本にたった一人ぼっちでお暮しになれば、死ぬのさえもたのしみになられるかも知れません。