第2幕第2場 火事・そして別離(昭和45~46年 1970~1971年)
♪唐獅子牡丹
♪さのさ
♪トゥー・ヤング TOO YOUNG
チエミさんの楽屋へ、お父さんがひとりの女性を連れてやってきます。下を向きながらうつむき加減に歩いてきたその女性は、チエミさんの異父姉でした。チエミさんの母、谷崎歳子さんが、父久保益雄さんと結婚する前に産んだひとでした。生き別れになった母が、「江利チエミの母」であることに気づき、生活に困っていた彼女は、チエミさんの元をたずねてきたのでした。「つらかったでしょう・・・」チエミさんは義姉にそう言って、これからはそばにいられるように、身の回りのことを手伝ってくれるように頼みます。チエミさんは姉の手を取り、楽屋を後にして、下手袖へと消えてゆきます。「ミュージカルも成功し、何もかもがうまくいっていたはずだったのに、たった一つの出逢いが、人生を思わぬ方向に進めてゆくことがあります。そして一度進み始めたら、人生は元には戻りませんでした。」清川虹子さんは、チエミさんを取り巻く状況について語ります。
何かが変わり始めたことを告げるようなピアノの音とともに、背景には三島由紀夫の写真などが映し出され、時代も変わりつつあったことが伝わってきます。やがて背景の音楽も激しくなってきて、暗い舞台に赤い照明が差してきます。チエミさんの自宅がチエミさんの留守中に火事になったのです。あちらこちらから集まってくるやじうまたち(青山さんも下手から登場してきます)。チエミさんもやっと到着しますが、燃え盛る炎を前になす術もなく、ただ呆然と立ち尽くすしかありません。いつしか集まっていたはずのやじうまたちは消えてゆき、チエミさんが残ります。「二人の思い出がいっぱい詰まったものが、みんな燃えちゃった。また最初からやり直そうよ。」涙をこらえながら精一杯に笑顔をつくり、ゴウちゃんと再スタートをきろうとしているチエミさんの姿がとても印象的です。
舞台中央の階段に、若者たちが正面(客席の方向)を向いて座り、「健さん」の映画、『昭和残侠伝 血染の唐獅子』を見ている映画館でのシーンになります。若者の中には、「全共闘」と書かれたヘルメットをかぶって、棒を持っている者もいて、映画の健さんの一挙手一投足に注目し、共感している様子がうかがえます。青山さんも階段の左寄りの中段に、ヘルメット姿に棒を持ち腰掛けています。「街の映画館」という設定なので、「スクリーンが反射する光」でかろうじて客席が見えるような薄暗い照明なのですが、青山さんの動きを見ていると、スクリーンで何が起こっているのか、こちらにも伝わってくるようです。乱闘シーンの緊張感、健さんの決めぜりふに感動している様子などが、薄暗い照明のなかで刻一刻と変わる青山さんの姿から感じることが出来るのです。私達観客は、映像が映し出されているスクリーンを見ているわけではなく、映画の音のみを聞きながら、スクリーンに映し出される映画を見るために客席に座っている映画館のお客さんたち(=アンサンブルの人たち)の様子を見ているわけです。
客席には、「全共闘」の学生、カップル、そしてその中央にはサングラスとトレンチコートで正体を隠したチエミさんが、座っています。誰もが健さんの勇姿に惚れ惚れし、ストーリーに共感して感動し、映画によってもたらされる一体感を感じていることがわかります。映画が終わると、「全共闘」の学生たち4人ほど(このなかに青山さんもいます)が階段を下り、前方に出てきて、「我々も、映画の高倉健の姿に自らを重ね合わせ、一致団結して戦うことを誓う!」と力強く拳を振り上げます。それに対し、座席の中央に正体を隠して座るチエミさんも、「異議な~し!」と言って、拳を振り上げてみせます。こんなところで少しユーモアが漂ったりするのですが、健さんの映画を見て得られた一体感によってさらに「一致団結」した彼らは、口元をタオルで覆って正体を隠し、どこかへ行ってしまいます。健さんの映画を共に見て感動していたはずの彼らも所詮は他人。映画が終われば、どこかに行ってしまう存在です。
街の映画館にぽつんとひとり取り残されるチエミさんからは、孤独感が痛いほど伝わってきます。そして自分にとって一番近い存在であるはずの「ダーリン」が、スクリーンを通してしか会うことのできない存在となっているわけです。愛する人との距離が開いていくことに対する、チエミさんの寂しさ、焦り、哀しみが伝わってきます。トレンチコートをすがるように着て、サングラスをかけたまま、冷たい夜の街をたったひとりで歩き、「唐獅子牡丹」を歌うチエミさん。行き交う通行人はチエミさんのそばを通り過ぎてゆくだけです。仕事に没頭する「健さん」とのすれ違いの生活からくる孤独感、焦燥感・・・、そういったものに押し潰されそうになっているチエミさんの心情というものが、冷たく重いピアノ伴奏に重なってゆくチエミさんの歌声から痛いほど伝わってくるようです。曲も半ばを過ぎた頃、「チリリン」とどこからか聞こえる自転車のベルの音。チエミさんからは、誰か知っている人、もしかしてあの人が来たのかも?そんな表情さえ読み取ることができます。しかし、チエミさんの横を通り過ぎる自転車に乗ったその人は、赤の他人でした。チエミさんの横を何もなかったかのように通り過ぎてゆきます。この自転車に乗った男性を演じておられるのは、高倉健さんのシルエットを演じておられる阿部裕さんなのですが、この演出は、チエミさんと御主人のすれ違いの生活を視覚的にイメージさせようとしたものなのかもしれません。ちなみに原作本によれば、「唐獅子牡丹」は、『昭和残侠伝』の主題歌で、元々チエミさんと健さんのデュエットが企画されたそうですが、仁侠映画に「デュエット」はおかしいということでとりやめになったそうです。この曲を健さんがレコーディングするとき、チエミさんは健さんのそばに付き添ったのだそうです。
役作りのために帰ってこない「ダーリン」についてチエミさんは不安そうに清川虹子さんに電話で話していましたが、虹子さんの語りによれば、結局何事もなく無事に帰ってきたそうです。しかし、「もうひとつの苦しみ」がチエミさんを待っていた、ということが語られます。火事によって自宅が焼失してしまったチエミさんは、ホテル住まいをしていたそうですが、その支払いのための口座の引き落としができないという連絡が入ります。状況を把握できないでいるチエミさんのところに、お父さんとマネージャーがやってきます。金銭管理のすべてをまかせていた義姉が、チエミさんの知らないところで億という借金をつくっていたという事実をチエミさんに告げます。
舞台が暗転した後は、ある舞台の終演後に共演した中野ブラザーズとチエミさんが飲みに行くという場面になります。上手から登場した三人は、下手側にあるバーのテーブルへと談笑しながら歩いていき、腰掛けます。グラスに入ったウイスキーを一気に飲み干すチエミさん。その様子を傍で見ている中野ブラザースの二人は、尋常でない彼女の様子に驚きます。チエミさんのつらい気持ちを察して、そばで見守るふたりの姿が印象的です。そのうちバーの演奏で、「カモナ・マイ・ハウス」が聞こえてくると、チエミさんはバーで歌う気になり、「え~、久保智恵美さんのリクエストにお答えして、江利チエミが歌います」と自分で自分を紹介し、「さのさ」を歌い始めます。初演では歌われなかった曲で、再演で新たに加わった演出です。「なんだ なんだ なんだ ネ~♪」元々民謡調の歌を、いきなりユーモアのあるアナウンスをしてチエミさんが歌いだすと、客席からは笑いが起こることもありましたが、次第に愛する人への気持ちを隠せずに、歌いながら感情が高まっていくチエミさん。最後のフレーズの「この人は初めて あたしがほれた人」では、涙をこらえることができなくなります。歌の後、気を取り直すように、再び三人でお酒を飲み始めますが、チエミさんは、「シンデレラの魔法」が解けかかっているのかもしれないということ、愛があるうちに別れを決意したほうがいいのかもしれないこと、などその心情を吐露します。そして再び歌われる「トゥー・ヤング」。第1幕の結婚式のシーンで、二人の幸せな門出を祝福するように歌われた歌が、第2幕のこのシーンでは、愛しているのに別れを決意する歌として歌われます。変わらないはずの愛だったのに、そして御主人への想いが変わったわけではないのに、いつの間にかチエミさんと御主人を取り巻く状況は変わってしまっていました。たったひとりでチエミさんが歌うこの歌の歌詞も、かつてのようなものとしては聞こえません。チエミさんは、最後に「ごめんね、ダーリン・・・」と涙を流しながら、精一杯につぶやきます。
昭和46年、離婚成立。億という負債を背負って、あの子はたったひとりで再スタートをきります。お父さんは娘について語ります。そして、そんなチエミさんを支えてくれたのは、他でもない、同い年の友人たちだったのです。
第2幕第3場 ひとりの日々(昭和48年~51年 1973~1976年)
♪悲しい酒
♪青いカナリヤ BLUE CANARY
♪酒場にて
♪スワニー SWANEE
♪真っ赤な太陽
♪恋人よ我に帰れ LOVER COME BACK TO ME
ここからは「三人娘」のステージシーンが続き、それぞれに波乱のときを私生活において迎えていても、互いによき友、よきライバルとして、励ましあい、支えあっていくお三方の変わらぬ友情が描かれていきます。まずは、ひばりさんが着物を着て歌う「悲しい酒」。この頃、ひばりさんも私生活ではつらいときを過ごしていたようです。ステージの後、楽屋を訪れたチエミさんと談笑するひばりさん。チエミさんに「やっぱりお嬢には勝てない」と言われ、涙をこぼしそうになるひばりさん。「悲しくない酒」飲みに行こう、とひばりさんはチエミさんを誘います。
続いてチエミさんといづみさんがボクシングの格好をした姿の写真が背景に映し出され、「ミュージカル・タイトルマッチ」のシーンとなります。いづみさんがブルーのドレスを着て、「青いカナリヤ」を歌います。そしていづみさんは、自分はこの曲で何十年もやってきたけれども、この方はデビューから何十年目かにしてやっとオリジナルがヒットしました、と「酒場にて」を歌うチエミさんを紹介します。ピンクのドレスに身を包んでこの歌を歌うチエミさんですが、愛する人を失った女心を歌っていて、チエミさんの私生活を思わせる歌詞にもかかわらず、そのステージングからは「暗さ」や「悲しさ」というよりは、「潔さ」のようなものがむしろ感じられます。つらいことはいろいろあるけれど、ステージの上でこうやって歌ってさえいればやっていける、そんなチエミさんの姿が伝わってきます。そして次は、いづみさんとチエミさんのデュエット曲、迫力の「スワニー」です。お二人の奏でる美しいハーモニーがとても心地よく、いつまでも変わらない友情を物語っているようです。
舞台が暗転したかと思うと、真っ赤な照明がステージ側から客席にも強く差し込みます。ここからはひばりさんの「芸能生活30周年記念コンサート」のシーンになります。ブルーコメッツをバックに従えて、真っ赤なドレスでひばりさんが登場、「真っ赤な太陽」を歌います。そしてこの場面最後の曲は、「恋人よ我に帰れ」。この曲に入る前、ひばりさんは、自分にジャズを歌うよろこびを教えてくれたのが、「ミスター・ナット・キング・コール」と紹介し、冒頭のフレーズを歌い始めます。そして、もうひとりが「江利チエミ」と紹介すると、上手からチエミさんが黒いスーツで登場し、ひばりさんとチエミさんのデュエットが始まります。さらに曲の中盤からは「忘れてもらっちゃ困るわ」と、いづみさんも登場、「三人娘」による「恋人よ我に帰れ」がにぎやかに、そして華やかに歌われます。去ってしまった恋人について歌うこの曲ですが、酸いも甘いも経験した三人が歌い上げると、逆に爽快感がうまれ、デビューから30年近くが経過するのに、変わらぬ友情を結んでいる、お三方の絆のようなものが感じられます。
そして再び清川虹子さんの語りとなります。チエミさんは、借金を返済するために、あまり乗り気でなかった地方の仕事なども引き受け、必死になって働いたそうです。そしてようやく荷をおろす日がきます、と語られると、「借金完済」の場面になります。金融会社の人(神崎順さん)と向かい合って椅子に座るチエミさん。億という借金を完済したチエミさんは、証書を受け取り、金融会社の人に「ありがとうございました」と深々と頭を下げます。この金融会社の人は「お人柄のファンになりました」とチエミさんに伝えます。今度は御家族でショーを見に来てください、とチエミさんは告げます。その一部始終を傍から見ていた虹子さんですが、チエミさんに義姉から届いていた手紙があったということを告げ、その手紙を渡します。そこには、お姉さんのチエミさんに対する謝罪の気持ちが書かれていました。つらいこともたくさんあったけれど、そんなことは忘れて、楽しくやろうと、更なる再スタートへの決意の気持ちをチエミさんは表します。
そしてお父さんが再びチエミさんについて語ります。傘を杖のかわりにして、正面の階段から下りてくる白髪のお父さん。遠くを見つめるようにして、もしかしたら、あの子は借金を返し終わったら、もう一度「剛一くん」とやり直そうとしていたのかもしれない、そんなことを語ります。そしてあの子も、いつの間にか、亡くなった頃の母親の歳にさしかかろうとしていました・・・、という言葉が、心に深く刻み込まれます。
♪唐獅子牡丹
♪さのさ
♪トゥー・ヤング TOO YOUNG
チエミさんの楽屋へ、お父さんがひとりの女性を連れてやってきます。下を向きながらうつむき加減に歩いてきたその女性は、チエミさんの異父姉でした。チエミさんの母、谷崎歳子さんが、父久保益雄さんと結婚する前に産んだひとでした。生き別れになった母が、「江利チエミの母」であることに気づき、生活に困っていた彼女は、チエミさんの元をたずねてきたのでした。「つらかったでしょう・・・」チエミさんは義姉にそう言って、これからはそばにいられるように、身の回りのことを手伝ってくれるように頼みます。チエミさんは姉の手を取り、楽屋を後にして、下手袖へと消えてゆきます。「ミュージカルも成功し、何もかもがうまくいっていたはずだったのに、たった一つの出逢いが、人生を思わぬ方向に進めてゆくことがあります。そして一度進み始めたら、人生は元には戻りませんでした。」清川虹子さんは、チエミさんを取り巻く状況について語ります。
何かが変わり始めたことを告げるようなピアノの音とともに、背景には三島由紀夫の写真などが映し出され、時代も変わりつつあったことが伝わってきます。やがて背景の音楽も激しくなってきて、暗い舞台に赤い照明が差してきます。チエミさんの自宅がチエミさんの留守中に火事になったのです。あちらこちらから集まってくるやじうまたち(青山さんも下手から登場してきます)。チエミさんもやっと到着しますが、燃え盛る炎を前になす術もなく、ただ呆然と立ち尽くすしかありません。いつしか集まっていたはずのやじうまたちは消えてゆき、チエミさんが残ります。「二人の思い出がいっぱい詰まったものが、みんな燃えちゃった。また最初からやり直そうよ。」涙をこらえながら精一杯に笑顔をつくり、ゴウちゃんと再スタートをきろうとしているチエミさんの姿がとても印象的です。
舞台中央の階段に、若者たちが正面(客席の方向)を向いて座り、「健さん」の映画、『昭和残侠伝 血染の唐獅子』を見ている映画館でのシーンになります。若者の中には、「全共闘」と書かれたヘルメットをかぶって、棒を持っている者もいて、映画の健さんの一挙手一投足に注目し、共感している様子がうかがえます。青山さんも階段の左寄りの中段に、ヘルメット姿に棒を持ち腰掛けています。「街の映画館」という設定なので、「スクリーンが反射する光」でかろうじて客席が見えるような薄暗い照明なのですが、青山さんの動きを見ていると、スクリーンで何が起こっているのか、こちらにも伝わってくるようです。乱闘シーンの緊張感、健さんの決めぜりふに感動している様子などが、薄暗い照明のなかで刻一刻と変わる青山さんの姿から感じることが出来るのです。私達観客は、映像が映し出されているスクリーンを見ているわけではなく、映画の音のみを聞きながら、スクリーンに映し出される映画を見るために客席に座っている映画館のお客さんたち(=アンサンブルの人たち)の様子を見ているわけです。
客席には、「全共闘」の学生、カップル、そしてその中央にはサングラスとトレンチコートで正体を隠したチエミさんが、座っています。誰もが健さんの勇姿に惚れ惚れし、ストーリーに共感して感動し、映画によってもたらされる一体感を感じていることがわかります。映画が終わると、「全共闘」の学生たち4人ほど(このなかに青山さんもいます)が階段を下り、前方に出てきて、「我々も、映画の高倉健の姿に自らを重ね合わせ、一致団結して戦うことを誓う!」と力強く拳を振り上げます。それに対し、座席の中央に正体を隠して座るチエミさんも、「異議な~し!」と言って、拳を振り上げてみせます。こんなところで少しユーモアが漂ったりするのですが、健さんの映画を見て得られた一体感によってさらに「一致団結」した彼らは、口元をタオルで覆って正体を隠し、どこかへ行ってしまいます。健さんの映画を共に見て感動していたはずの彼らも所詮は他人。映画が終われば、どこかに行ってしまう存在です。
街の映画館にぽつんとひとり取り残されるチエミさんからは、孤独感が痛いほど伝わってきます。そして自分にとって一番近い存在であるはずの「ダーリン」が、スクリーンを通してしか会うことのできない存在となっているわけです。愛する人との距離が開いていくことに対する、チエミさんの寂しさ、焦り、哀しみが伝わってきます。トレンチコートをすがるように着て、サングラスをかけたまま、冷たい夜の街をたったひとりで歩き、「唐獅子牡丹」を歌うチエミさん。行き交う通行人はチエミさんのそばを通り過ぎてゆくだけです。仕事に没頭する「健さん」とのすれ違いの生活からくる孤独感、焦燥感・・・、そういったものに押し潰されそうになっているチエミさんの心情というものが、冷たく重いピアノ伴奏に重なってゆくチエミさんの歌声から痛いほど伝わってくるようです。曲も半ばを過ぎた頃、「チリリン」とどこからか聞こえる自転車のベルの音。チエミさんからは、誰か知っている人、もしかしてあの人が来たのかも?そんな表情さえ読み取ることができます。しかし、チエミさんの横を通り過ぎる自転車に乗ったその人は、赤の他人でした。チエミさんの横を何もなかったかのように通り過ぎてゆきます。この自転車に乗った男性を演じておられるのは、高倉健さんのシルエットを演じておられる阿部裕さんなのですが、この演出は、チエミさんと御主人のすれ違いの生活を視覚的にイメージさせようとしたものなのかもしれません。ちなみに原作本によれば、「唐獅子牡丹」は、『昭和残侠伝』の主題歌で、元々チエミさんと健さんのデュエットが企画されたそうですが、仁侠映画に「デュエット」はおかしいということでとりやめになったそうです。この曲を健さんがレコーディングするとき、チエミさんは健さんのそばに付き添ったのだそうです。
役作りのために帰ってこない「ダーリン」についてチエミさんは不安そうに清川虹子さんに電話で話していましたが、虹子さんの語りによれば、結局何事もなく無事に帰ってきたそうです。しかし、「もうひとつの苦しみ」がチエミさんを待っていた、ということが語られます。火事によって自宅が焼失してしまったチエミさんは、ホテル住まいをしていたそうですが、その支払いのための口座の引き落としができないという連絡が入ります。状況を把握できないでいるチエミさんのところに、お父さんとマネージャーがやってきます。金銭管理のすべてをまかせていた義姉が、チエミさんの知らないところで億という借金をつくっていたという事実をチエミさんに告げます。
舞台が暗転した後は、ある舞台の終演後に共演した中野ブラザーズとチエミさんが飲みに行くという場面になります。上手から登場した三人は、下手側にあるバーのテーブルへと談笑しながら歩いていき、腰掛けます。グラスに入ったウイスキーを一気に飲み干すチエミさん。その様子を傍で見ている中野ブラザースの二人は、尋常でない彼女の様子に驚きます。チエミさんのつらい気持ちを察して、そばで見守るふたりの姿が印象的です。そのうちバーの演奏で、「カモナ・マイ・ハウス」が聞こえてくると、チエミさんはバーで歌う気になり、「え~、久保智恵美さんのリクエストにお答えして、江利チエミが歌います」と自分で自分を紹介し、「さのさ」を歌い始めます。初演では歌われなかった曲で、再演で新たに加わった演出です。「なんだ なんだ なんだ ネ~♪」元々民謡調の歌を、いきなりユーモアのあるアナウンスをしてチエミさんが歌いだすと、客席からは笑いが起こることもありましたが、次第に愛する人への気持ちを隠せずに、歌いながら感情が高まっていくチエミさん。最後のフレーズの「この人は初めて あたしがほれた人」では、涙をこらえることができなくなります。歌の後、気を取り直すように、再び三人でお酒を飲み始めますが、チエミさんは、「シンデレラの魔法」が解けかかっているのかもしれないということ、愛があるうちに別れを決意したほうがいいのかもしれないこと、などその心情を吐露します。そして再び歌われる「トゥー・ヤング」。第1幕の結婚式のシーンで、二人の幸せな門出を祝福するように歌われた歌が、第2幕のこのシーンでは、愛しているのに別れを決意する歌として歌われます。変わらないはずの愛だったのに、そして御主人への想いが変わったわけではないのに、いつの間にかチエミさんと御主人を取り巻く状況は変わってしまっていました。たったひとりでチエミさんが歌うこの歌の歌詞も、かつてのようなものとしては聞こえません。チエミさんは、最後に「ごめんね、ダーリン・・・」と涙を流しながら、精一杯につぶやきます。
昭和46年、離婚成立。億という負債を背負って、あの子はたったひとりで再スタートをきります。お父さんは娘について語ります。そして、そんなチエミさんを支えてくれたのは、他でもない、同い年の友人たちだったのです。
第2幕第3場 ひとりの日々(昭和48年~51年 1973~1976年)
♪悲しい酒
♪青いカナリヤ BLUE CANARY
♪酒場にて
♪スワニー SWANEE
♪真っ赤な太陽
♪恋人よ我に帰れ LOVER COME BACK TO ME
ここからは「三人娘」のステージシーンが続き、それぞれに波乱のときを私生活において迎えていても、互いによき友、よきライバルとして、励ましあい、支えあっていくお三方の変わらぬ友情が描かれていきます。まずは、ひばりさんが着物を着て歌う「悲しい酒」。この頃、ひばりさんも私生活ではつらいときを過ごしていたようです。ステージの後、楽屋を訪れたチエミさんと談笑するひばりさん。チエミさんに「やっぱりお嬢には勝てない」と言われ、涙をこぼしそうになるひばりさん。「悲しくない酒」飲みに行こう、とひばりさんはチエミさんを誘います。
続いてチエミさんといづみさんがボクシングの格好をした姿の写真が背景に映し出され、「ミュージカル・タイトルマッチ」のシーンとなります。いづみさんがブルーのドレスを着て、「青いカナリヤ」を歌います。そしていづみさんは、自分はこの曲で何十年もやってきたけれども、この方はデビューから何十年目かにしてやっとオリジナルがヒットしました、と「酒場にて」を歌うチエミさんを紹介します。ピンクのドレスに身を包んでこの歌を歌うチエミさんですが、愛する人を失った女心を歌っていて、チエミさんの私生活を思わせる歌詞にもかかわらず、そのステージングからは「暗さ」や「悲しさ」というよりは、「潔さ」のようなものがむしろ感じられます。つらいことはいろいろあるけれど、ステージの上でこうやって歌ってさえいればやっていける、そんなチエミさんの姿が伝わってきます。そして次は、いづみさんとチエミさんのデュエット曲、迫力の「スワニー」です。お二人の奏でる美しいハーモニーがとても心地よく、いつまでも変わらない友情を物語っているようです。
舞台が暗転したかと思うと、真っ赤な照明がステージ側から客席にも強く差し込みます。ここからはひばりさんの「芸能生活30周年記念コンサート」のシーンになります。ブルーコメッツをバックに従えて、真っ赤なドレスでひばりさんが登場、「真っ赤な太陽」を歌います。そしてこの場面最後の曲は、「恋人よ我に帰れ」。この曲に入る前、ひばりさんは、自分にジャズを歌うよろこびを教えてくれたのが、「ミスター・ナット・キング・コール」と紹介し、冒頭のフレーズを歌い始めます。そして、もうひとりが「江利チエミ」と紹介すると、上手からチエミさんが黒いスーツで登場し、ひばりさんとチエミさんのデュエットが始まります。さらに曲の中盤からは「忘れてもらっちゃ困るわ」と、いづみさんも登場、「三人娘」による「恋人よ我に帰れ」がにぎやかに、そして華やかに歌われます。去ってしまった恋人について歌うこの曲ですが、酸いも甘いも経験した三人が歌い上げると、逆に爽快感がうまれ、デビューから30年近くが経過するのに、変わらぬ友情を結んでいる、お三方の絆のようなものが感じられます。
そして再び清川虹子さんの語りとなります。チエミさんは、借金を返済するために、あまり乗り気でなかった地方の仕事なども引き受け、必死になって働いたそうです。そしてようやく荷をおろす日がきます、と語られると、「借金完済」の場面になります。金融会社の人(神崎順さん)と向かい合って椅子に座るチエミさん。億という借金を完済したチエミさんは、証書を受け取り、金融会社の人に「ありがとうございました」と深々と頭を下げます。この金融会社の人は「お人柄のファンになりました」とチエミさんに伝えます。今度は御家族でショーを見に来てください、とチエミさんは告げます。その一部始終を傍から見ていた虹子さんですが、チエミさんに義姉から届いていた手紙があったということを告げ、その手紙を渡します。そこには、お姉さんのチエミさんに対する謝罪の気持ちが書かれていました。つらいこともたくさんあったけれど、そんなことは忘れて、楽しくやろうと、更なる再スタートへの決意の気持ちをチエミさんは表します。
そしてお父さんが再びチエミさんについて語ります。傘を杖のかわりにして、正面の階段から下りてくる白髪のお父さん。遠くを見つめるようにして、もしかしたら、あの子は借金を返し終わったら、もう一度「剛一くん」とやり直そうとしていたのかもしれない、そんなことを語ります。そしてあの子も、いつの間にか、亡くなった頃の母親の歳にさしかかろうとしていました・・・、という言葉が、心に深く刻み込まれます。