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春日井市の絵画教室、あとりえPOPアートスクールの教室風景や内容を中心に、アートについて広く記事にします。

絵描きさん

2014-08-06 20:17:30 | 日記
絵描きさんは、絵を描くために生まれてきました。
たがら毎日絵を描いたり、絵を描くために考えたりしています。

絵描きさんは、絵描きさんが思う「美しいもの」を描くのです。
それが一番大事なことでした。
おいしいごはんも、きれいな虹も、楽しい音楽も、読書も大好きな人も、絵描きさんの周りにあるすべてが、絵描きさんを作っていて、絵描きさんはそのお陰で「美しいもの」が何かを知るのです。
絵描きさんは、それを描くために生きていくのです。
なぜなら、絵描きさんだけが描ける「美しい絵」は、世界中の人を幸せにすることができたからです。

絵描きさんの隣には、絵描きさんには見えない神様が寄り添っていました。
だから、たくさんたくさんの恵みが空から降ってきます。
その恵みはいつしか泉となって、絵描きさんは泉の上を漂います。
そして恵みをパレットに集めて、小舟の上で絵を描くのです。
優雅に絵描きさんは、頭に浮かんだものを、ただ描きたいように描きました。
絵描きさんは、描きながら泳ぎ、恵みの泉を飲んで力にします。
恵みの泉を潜って、体中に力を蓄えることもできました。
そんな潤いのある楽しい日々が、絵描きさんには当たり前だったのです。
一生描きたい絵だけを、描きたい時に、描きたいように描いていくこと。
全部自分の思うままに生きること。
それが絵描きさんの望みだったのです。

しかしある日、絵描きさんは、自分が幸せを与える絵描きさんであることを忘れてしまいました。
突然何にも見えなくなって、何が正しいのか、何が美しいのかわからなくなってしまったのです。
すると恵みの雨は止み、泉はみるみる枯れていきました。
絵描きさんの世界は、笑顔をなくした潤いのない荒野に変わり果てたのです。

それでも絵描きさんは、ジリジリ太陽が照りつけるような毎日を、むき出しになった湖の底の船の上で、絵を描き続けなくてはなりませんでした。
なぜならそれは、たとえ絵描きであることを頭が忘れてしまっても、心が覚えていたからです。
絵描きさんの心から、絵描きさんが絵を描くために生まれてきたことは消えません。
美しいものを描くことが、絵描きさんが生きていく理由なんだと、心はずっと覚えているのです。

絵描きさんは苦しみました。
「もう描けない」と、毎日毎日泣き続けました。
描きたいのに描けない。
あんなに楽々描いていたのがウソのように筆は重たく、ただ描いただけの絵は、人に幸せを与えるどころか、誰の心にも何も残すことはありませんでした。
絵描きさんは、世界一不幸な人になってしまったかのように、ずっと泣きながら小さく小さくなっていました。

それにしても、何故突然何も見えなくなってしまったのでしょうか?
絵描きさんは、荒野をさまようようにずっと考えました。
考えても考えてもわかりません。
それでも考えて考えていたら、いつしか考えることにも疲れ果て、とうとうそれすらやめてしまったのです。

生きる意味と目的をなくしてしまった絵描きさんは、疑問の答えをみつけることなど、もうどうでもよくなりました。
それからは絵を描くこともなく、腰を曲げてうつむいて生きていくしかなくなってしまいました。

しかし、そんな絵描きさんを見て悲しむ人たちがいたのです。
それは、絵描きさんに幸せをもらった人たちでした。
絵描きさんの明るい色にウキウキした人、 自分の変わりに描いてくれたような優しい絵になぐさめられた人、いつかみた夢のような柔らかい絵に希望をもらった人。
そんな人たちが、ずっと祈りながら絵描きさんを待っていてくれたのです。
そして、その思いがいつしか神さまに届いたのでした。

ある日、いつものようにぼんやりうつむいて歩いていた絵描きさんの目に、水たまりに浮かぶ丸い月が映りました。
もうずっと下を向いて暮らしてきた絵描きさんが、久しぶりに見る月でした。
風に揺れる月に見とれる絵描きさんの目から、次々涙がこぼれ落ちます。
水たまりに落ちた涙で益々月が揺れました。
絵描きさんは、それを心から美しいと思いました。
そして「絵に描きたい!」と思ったのです。
こんな気持ちになったのはどれだけぶりでしょうか。
これは、神さまがあたえてくれたことでした。

そして、本当に美しい絵を描くことができたのです!
絵描きさんの久しぶりの絵は、それを待っていたたくさんの人たちを喜ばせました。励ましもしました。
「絵描きさんありがとう。幸せな気持ちになりました」
絵を観た人たちが、口々に絵描きさんに感謝の言葉を伝えにきます。

そんな時でした。
絵描きさんはハッと気づかされたのです。
「私はいつしか自分のためだけに絵を描いていた。当たり前のようにただ描いていたんだ。でもそうじゃなくて、こうやって、絵を観てくれる人がいてはじめて絵が生きるんだ!私は私の気持ちを伝えるために描くんだ!人を喜ばせたいんだ!これが奇跡なんだ!」

絵描きさんは元気を取り戻し、また黙々と絵を描きはじめました。
しかし、今度はただ当たり前に絵を描くのではなく、恵みの雨や泉に感謝して、それを奇跡だと感じながら描きました。
すると、絵描きさんの絵は、美しいだけではなく、そこに温かさややさしさが加わった絵になったのです。
それからの絵描きさんの絵は、世界中の人に愛され、幸せを与えつづけました。

神さまはそんな絵描きさんのそばにいて、ずっとずっと恵みを降らせつづけました。
絵描きさんが、絵描きさんであることは特別なことだったのです。
そして、ひとりの力でできることは、何一つないのです。
それに気がついた絵描きさんは、もう迷うことはありませんでした。



おしまい

8.03想

2014-08-03 09:22:01 | 日記
「想」と刻まれた黒い墓石の下に、あいつが居ようが居まいが、そこであいつを想うこと。

車で15分という気軽さもありますが、たまに会いに行き、ただ想う時間は、なぜかほっとします。
思えばこのペースは、あいつが生きていた頃と同じ。

今朝は、いつものウォーキングをやめて、会いにいってきました。
嫌な言い方だ(笑)
これもあいつが生きていた頃と、同じ。

8月3日。
あれから2年。
今日はあいつの命日です。
早朝5時。
第五墓所にはまだ誰も居らず。

お花はご家族に任せて、私はお墓に水をかけてきました。
手は合わせませんがそれは許してもらいます。

時折小雨が降りますが、傘をさすほどでもない空は、ちょうどよく気持いい。
それにこんな天気は、蝉が少ないような気がします。


蝉…

「蝉の声を聞くと、胸が締め付けられるの…」

この言葉が忘れられません。
人生で一番辛い記憶が、蝉の声とリンクしてしまった彼女、あいつの奥様は、形は違えどまだ、悲しみの中にいます。
時計は回せどまだ、あの頃の音を聞いてる。

でも、人間は都合よくできています。
いつかは、都合よく蝉を蝉として聞く日が来る。
そしてきちんと向き合って話ができる日が来るのです。

「ジジババになったら話そ」
結婚前から友人の彼女は、昔みたいに言います。

そんな日は遠くないはず。
遠くなければいけないと思わないでほしい。
とりあえず私はジジになってしまったから準備完了(笑)
あいつもきっとそれを喜びます。


私たちは生きていかねばなりません。
何を背負おうが、背負えまいが、自分の道を生きて行かねばなりません。
ピアノを弾いていく人生。絵を描いていく人生。色んな人生。
自分が神様に与えられたその道の途中で子を孕んだ者も、連れ合いを亡くした者も、生きていますと泣きながら前に進む。
墓前に立ち蝉を聞く…。
陽は昇りまた沈み、雨は降り雨は止み、人が産まれ人が死に、毎日はこんな風に繰り返されていくのです。
ピアノを弾きながら。絵を描きながら。
ピアノ弾きが、絵描きが同じ月を見て、違う事を想う。
最大の悲しみも、最高の喜びもそんな内にあって、私たちは生きて行かねばならないのです。

そうだよね?


また会いにいきます。
それまで元気に死んでいてくれよ。長瀬。

ベスト8

2014-07-28 20:01:18 | 日記
レベルこそ高くないものの、一応進学校と呼ばれるmy母校。
愛知県立高蔵寺高校が、今巷の話題をさらっています。
巷?
はい。愛知県…尾張地方…春日井…の東の方…に縁のある方。

本日ナカムラミオは、高蔵寺中日文化センターの講座でしたが、そこは正に巷のど真ん中。
そちらでは「先生、本日高蔵寺高校勝ちましたね」と、同じくOBである息子さんを持つスタッフのAさんがニッコリ。 周りのスタッフもワイワイガヤガヤ。
「先生応援行かないんですか?」と、お兄さんが私の後輩という、生徒のお母さんが耳打ち。
ナニナニ?と子どもたちもワイワイガヤガヤ。
いつも厳しい顔の、リアル高蔵寺校三年美大受験生が、この話題では珍しくニッコリ。

今春のセンバツの21世紀枠の愛知県推薦に決まった時も、同じようなプチフィーバーでしたが、その選考理由のひとつである「128校以上参加する県大会ベスト16以上」をすでに上回るベスト8を「今のところ」決めているわけです。次はベスト4。いわゆる準決勝で、その次は決勝。
その他の選考理由は「文武両道」「他校の模範となる取り組み」でしたか。
その辺りは昔から「真面目」な学校ですから納得です。
しかし今回は夏の甲子園。
特別枠はありません。
どうなることでしょうか?
「小牧や春日井の球場なら観に行って応援しなきゃ!」
なんて気持ちにならなくもないのですが、ちょっと考えます。
本日行われる抽選次第。

全国屈指の難関地方大会愛知の「県立の星」になれるでしょうか?
普段は全く関心がないくせに、急に母校愛に目覚め、先輩面する典型君の私ですが、後輩諸君。ここまでよく頑張ってくれました。
あと少し。
結果はどうであれ、悔いなきよう燃え尽きてください。

3週間後の同窓会は、きっとこの話題で持ちきりになるんだろうなぁ。



※こんな記事をあげると負ける。なんてことはよくあることですね。そうなっても私のせいではありませんが、頑張ってほしいなぁ。
後輩諸君。疲れたら雨降らせてあげようか?(笑)

47

2014-07-18 14:19:25 | 日記
「47」という数字。
この4と7の並びは嫌いではありません。
近いところでは「46」や「48」よりは、形に丸みがない分緊張感があり、割り切れない奇数美が、私に好感を持たせる理由。

なんでもそうですが、調和や安定など、その空間に予定通り収まるものには少しの魅力もありません。

「何か足りないこと。先を想像させること。」
それが、魅力なのです。

余白。
正しい間ではなく、不安を煽るような間こそ、居心地の悪さを与え、そこに点を打たせようする衝動を生みます。

これこそが「未来」であり「可能性」だと思いませんか?
点を打つ余地を残し、点を打つまでの時と葛藤が人を悩ませ、様々な思考を人に与える。


この点を黒子と考えてみます。
黒子は好きな所にマジックで描くものではありませんね。
黒子は3種類あります。
まず、黒子さえなければ、といわれる「残念黒子」
次に、その黒子が決め手といわれる「絶対黒子」
そして、いくつあろうが無秩序に存在する「無駄黒子」

黒子は偶然の産物です。
偶然であるからこそ「残念、絶対、無駄」などと言われるのです。
「偶然うまれたもの」というだけで本当は全て魅力的なこの黒子ですが、「黒子さえなければ」という違和感は、黒子がなかった顔を想像させます。
「この黒子が決め手」というピンポイントなものも、無秩序に散らばったものも同じ。
どれも「黒子がない」ことが比較対象になる空論であり、想像であり、個人差のある「たられば」な話なのです。

そうです。
黒子は想像の中で自由に消されるものですが、強制的に排除しなければ絶対に消えない点。
この想像こそが、未来との対話であり、人間の深層心理をえぐる空想力の入口。
そして消えない黒子こそが「現実」なのです。
否応なく現実に引き戻す黒点。黒子。

結論としては、あなたの顔に黒子があるだけで、それは深く美しいのです―。


って「47」から何故黒子の話になったのかは、我ながら理解に苦しみます。
いや、なんのこっちゃで、説明に苦しむところなのですが、この「47」
言わずもがな二桁の数字は、つい一週間前に踏み込んだ私の新しい年齢なのですが、この並びが嫌いではありません。
理由は上述の通り。

さて。
47になった私はいったい何をしているんでしょう?

近々ではお盆に開かれる同窓会の幹事をやらされています。
小さなクラス会をやるつもりが大々的な同窓会になりました。
小さなクラス会の予定だったからこそ私が幹事なわけで、初めから同窓会なら私は幹事どころか逆に呼ばれてもいません間違いなく(笑)

事の発端は昨年末。
久々に高校時代の級友が集い、2年前に白血病が元で亡くなった友人を偲んで飲み会を開いたのですが…。
たまたま亡くなった友人と深い繋がりがあって、地元の飲み屋に詳しいだけで「当時」私が幹事になりました。
また春に集まろうか?と、お馴染みの社交辞令で終わったはずのそれが、どこでどう間違ってか大きく成長し「私を幹事に据えたまま」各クラスに委員を生み、その委員が責任者となってクラスを束ね始めました。
そして、私は加入していないラインで話は瞬く間に広がり、ホテルを抑え、気がつけば手に負えない人数になった同窓会の幹事を「未だにやっている」という訳です。
連絡系統の内訳も知らず、任せっぱなしの完全なお飾り幹事。
そんな役立たずは当日、せめて金勘定でもするつもりです。


卒業以来初めての同窓会。
29年という、なんとも中途半端な長い時を経て開かれる同窓会の幹事ともなれば、様々な人生、悲喜交々が見えます。

時代はバブル絶頂期。我ら田舎の進学校でしたから、名簿にはやたらエリートが、また地元の社長たちがメンバーに名を連ねます。
何度も言いますが、その中で売れない絵描きの出張せんせーが幹事をやるのはおかしいんですよ。

そんな不満タラタラな幹事は、連絡を人任せにしたにも関わらず思うのです。
「430人を越したはずの同期すべてにきちんと声は届いたのか?」と。

短い準備期間、当時の名簿の半数はそこに存在しなかった中で、声が届いた男は、私を除けば社交的な奴か、上手く行ってる奴だけなんじゃないだろうか?
女性は子離れに成功した母か、セレブだけなんじゃないだろうか?

手元にある三桁の最終名簿に乗らなかった連中には、本当に連絡が行ったのかな?
風の噂で、良からぬ話を聞く奴の名前はありません。
昔から友達がいなかった奴の名前も、アルバムみて思い出せなかった奴の名前もありません…。

それは仕方ないこと。
そしてそんな同窓会は、きっと楽しいでしょう。
健康で、私を除けばみんなある程度余裕があるのですから、間違いなく楽しい。
ハゲようが肥ろうが、その証なんだから楽しいんだろうなぁ…

でもこれは「黒子のない顔」だと、私は思っていようと思うんです。
次があるなら、できるだけあの日の顔になるように、業者に頼んで調べてみようなんて考えながら。
そして「俺はやめとくわ」と言った奴らと、小さな居酒屋で、小さなクラス会をやりたいと心から思います。

まだ同窓会も開かれていないのに(笑)


47才。
まだまだ発展途上の私。
まだまだ失敗や挫折が笑い話にならない私。
笑われようが呆れられようが、求めて求めて、もがいて探していく日々を受け入れていこうと思います。

安定を求めず、もっと先にあるものに目を向けて。
歪な美しさを見失わないように…。

水もしたたる…

2014-07-10 14:11:25 | 日記
お誕生日おめでとうメールを下さった皆様。
朝から有難うございます。
m(_ _)m
こんな私のことを気にかけて頂き、恐縮しきりです。m(_ _)m

47才になりました。
まだまだ若僧ですし、もうベテランでもあります。

人間には色んな側面があるわけですが、どのような立場でも、その立ち位置をわきまえ、謙虚にいたいものです。

あの人を見習いたいですし、この人のためになりたい。
常に低くありながら、目標は高く持ちたい…。
そう誓いを新たに晴れやかな気分でカーテンを開ければ…
外は西からの台風を待つ曇天。
わかってはいましたが、なんとなくがっかりしていたところに「水もしたたる雨男?」とメールを頂きました。

うまい!
この短い一言に知性と品位を感じますし、妖怪チックで素敵☆
濡れそぼる私が、草葉の陰に見えます。
これから自己紹介の枕に使わせてもらいます(^_^)

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当初の予定よりは早く近づいてくる台風8号ですが、梅雨前線との兼ね合いで、夕方から深夜にかけて最接近する台風が、どのような被害をもたらすかはわかりません。
我が町は、現在大雨洪水警報発令中。
皆様。
お互い十分な備えと警戒で、今日をすごしましょう。



※M&Aさん、名文有難うございました。その他の皆様も本気で嬉しかったです。
※昨日朝のジョギングで、一番蝉が鳴きました。
台風行ったら梅雨明けとなりますでしょうか(^_^)