絵描きさんは、絵を描くために生まれてきました。
たがら毎日絵を描いたり、絵を描くために考えたりしています。
絵描きさんは、絵描きさんが思う「美しいもの」を描くのです。
それが一番大事なことでした。
おいしいごはんも、きれいな虹も、楽しい音楽も、読書も大好きな人も、絵描きさんの周りにあるすべてが、絵描きさんを作っていて、絵描きさんはそのお陰で「美しいもの」が何かを知るのです。
絵描きさんは、それを描くために生きていくのです。
なぜなら、絵描きさんだけが描ける「美しい絵」は、世界中の人を幸せにすることができたからです。
絵描きさんの隣には、絵描きさんには見えない神様が寄り添っていました。
だから、たくさんたくさんの恵みが空から降ってきます。
その恵みはいつしか泉となって、絵描きさんは泉の上を漂います。
そして恵みをパレットに集めて、小舟の上で絵を描くのです。
優雅に絵描きさんは、頭に浮かんだものを、ただ描きたいように描きました。
絵描きさんは、描きながら泳ぎ、恵みの泉を飲んで力にします。
恵みの泉を潜って、体中に力を蓄えることもできました。
そんな潤いのある楽しい日々が、絵描きさんには当たり前だったのです。
一生描きたい絵だけを、描きたい時に、描きたいように描いていくこと。
全部自分の思うままに生きること。
それが絵描きさんの望みだったのです。
しかしある日、絵描きさんは、自分が幸せを与える絵描きさんであることを忘れてしまいました。
突然何にも見えなくなって、何が正しいのか、何が美しいのかわからなくなってしまったのです。
すると恵みの雨は止み、泉はみるみる枯れていきました。
絵描きさんの世界は、笑顔をなくした潤いのない荒野に変わり果てたのです。
それでも絵描きさんは、ジリジリ太陽が照りつけるような毎日を、むき出しになった湖の底の船の上で、絵を描き続けなくてはなりませんでした。
なぜならそれは、たとえ絵描きであることを頭が忘れてしまっても、心が覚えていたからです。
絵描きさんの心から、絵描きさんが絵を描くために生まれてきたことは消えません。
美しいものを描くことが、絵描きさんが生きていく理由なんだと、心はずっと覚えているのです。
絵描きさんは苦しみました。
「もう描けない」と、毎日毎日泣き続けました。
描きたいのに描けない。
あんなに楽々描いていたのがウソのように筆は重たく、ただ描いただけの絵は、人に幸せを与えるどころか、誰の心にも何も残すことはありませんでした。
絵描きさんは、世界一不幸な人になってしまったかのように、ずっと泣きながら小さく小さくなっていました。
それにしても、何故突然何も見えなくなってしまったのでしょうか?
絵描きさんは、荒野をさまようようにずっと考えました。
考えても考えてもわかりません。
それでも考えて考えていたら、いつしか考えることにも疲れ果て、とうとうそれすらやめてしまったのです。
生きる意味と目的をなくしてしまった絵描きさんは、疑問の答えをみつけることなど、もうどうでもよくなりました。
それからは絵を描くこともなく、腰を曲げてうつむいて生きていくしかなくなってしまいました。
しかし、そんな絵描きさんを見て悲しむ人たちがいたのです。
それは、絵描きさんに幸せをもらった人たちでした。
絵描きさんの明るい色にウキウキした人、 自分の変わりに描いてくれたような優しい絵になぐさめられた人、いつかみた夢のような柔らかい絵に希望をもらった人。
そんな人たちが、ずっと祈りながら絵描きさんを待っていてくれたのです。
そして、その思いがいつしか神さまに届いたのでした。
ある日、いつものようにぼんやりうつむいて歩いていた絵描きさんの目に、水たまりに浮かぶ丸い月が映りました。
もうずっと下を向いて暮らしてきた絵描きさんが、久しぶりに見る月でした。
風に揺れる月に見とれる絵描きさんの目から、次々涙がこぼれ落ちます。
水たまりに落ちた涙で益々月が揺れました。
絵描きさんは、それを心から美しいと思いました。
そして「絵に描きたい!」と思ったのです。
こんな気持ちになったのはどれだけぶりでしょうか。
これは、神さまがあたえてくれたことでした。
そして、本当に美しい絵を描くことができたのです!
絵描きさんの久しぶりの絵は、それを待っていたたくさんの人たちを喜ばせました。励ましもしました。
「絵描きさんありがとう。幸せな気持ちになりました」
絵を観た人たちが、口々に絵描きさんに感謝の言葉を伝えにきます。
そんな時でした。
絵描きさんはハッと気づかされたのです。
「私はいつしか自分のためだけに絵を描いていた。当たり前のようにただ描いていたんだ。でもそうじゃなくて、こうやって、絵を観てくれる人がいてはじめて絵が生きるんだ!私は私の気持ちを伝えるために描くんだ!人を喜ばせたいんだ!これが奇跡なんだ!」
絵描きさんは元気を取り戻し、また黙々と絵を描きはじめました。
しかし、今度はただ当たり前に絵を描くのではなく、恵みの雨や泉に感謝して、それを奇跡だと感じながら描きました。
すると、絵描きさんの絵は、美しいだけではなく、そこに温かさややさしさが加わった絵になったのです。
それからの絵描きさんの絵は、世界中の人に愛され、幸せを与えつづけました。
神さまはそんな絵描きさんのそばにいて、ずっとずっと恵みを降らせつづけました。
絵描きさんが、絵描きさんであることは特別なことだったのです。
そして、ひとりの力でできることは、何一つないのです。
それに気がついた絵描きさんは、もう迷うことはありませんでした。
おしまい
たがら毎日絵を描いたり、絵を描くために考えたりしています。
絵描きさんは、絵描きさんが思う「美しいもの」を描くのです。
それが一番大事なことでした。
おいしいごはんも、きれいな虹も、楽しい音楽も、読書も大好きな人も、絵描きさんの周りにあるすべてが、絵描きさんを作っていて、絵描きさんはそのお陰で「美しいもの」が何かを知るのです。
絵描きさんは、それを描くために生きていくのです。
なぜなら、絵描きさんだけが描ける「美しい絵」は、世界中の人を幸せにすることができたからです。
絵描きさんの隣には、絵描きさんには見えない神様が寄り添っていました。
だから、たくさんたくさんの恵みが空から降ってきます。
その恵みはいつしか泉となって、絵描きさんは泉の上を漂います。
そして恵みをパレットに集めて、小舟の上で絵を描くのです。
優雅に絵描きさんは、頭に浮かんだものを、ただ描きたいように描きました。
絵描きさんは、描きながら泳ぎ、恵みの泉を飲んで力にします。
恵みの泉を潜って、体中に力を蓄えることもできました。
そんな潤いのある楽しい日々が、絵描きさんには当たり前だったのです。
一生描きたい絵だけを、描きたい時に、描きたいように描いていくこと。
全部自分の思うままに生きること。
それが絵描きさんの望みだったのです。
しかしある日、絵描きさんは、自分が幸せを与える絵描きさんであることを忘れてしまいました。
突然何にも見えなくなって、何が正しいのか、何が美しいのかわからなくなってしまったのです。
すると恵みの雨は止み、泉はみるみる枯れていきました。
絵描きさんの世界は、笑顔をなくした潤いのない荒野に変わり果てたのです。
それでも絵描きさんは、ジリジリ太陽が照りつけるような毎日を、むき出しになった湖の底の船の上で、絵を描き続けなくてはなりませんでした。
なぜならそれは、たとえ絵描きであることを頭が忘れてしまっても、心が覚えていたからです。
絵描きさんの心から、絵描きさんが絵を描くために生まれてきたことは消えません。
美しいものを描くことが、絵描きさんが生きていく理由なんだと、心はずっと覚えているのです。
絵描きさんは苦しみました。
「もう描けない」と、毎日毎日泣き続けました。
描きたいのに描けない。
あんなに楽々描いていたのがウソのように筆は重たく、ただ描いただけの絵は、人に幸せを与えるどころか、誰の心にも何も残すことはありませんでした。
絵描きさんは、世界一不幸な人になってしまったかのように、ずっと泣きながら小さく小さくなっていました。
それにしても、何故突然何も見えなくなってしまったのでしょうか?
絵描きさんは、荒野をさまようようにずっと考えました。
考えても考えてもわかりません。
それでも考えて考えていたら、いつしか考えることにも疲れ果て、とうとうそれすらやめてしまったのです。
生きる意味と目的をなくしてしまった絵描きさんは、疑問の答えをみつけることなど、もうどうでもよくなりました。
それからは絵を描くこともなく、腰を曲げてうつむいて生きていくしかなくなってしまいました。
しかし、そんな絵描きさんを見て悲しむ人たちがいたのです。
それは、絵描きさんに幸せをもらった人たちでした。
絵描きさんの明るい色にウキウキした人、 自分の変わりに描いてくれたような優しい絵になぐさめられた人、いつかみた夢のような柔らかい絵に希望をもらった人。
そんな人たちが、ずっと祈りながら絵描きさんを待っていてくれたのです。
そして、その思いがいつしか神さまに届いたのでした。
ある日、いつものようにぼんやりうつむいて歩いていた絵描きさんの目に、水たまりに浮かぶ丸い月が映りました。
もうずっと下を向いて暮らしてきた絵描きさんが、久しぶりに見る月でした。
風に揺れる月に見とれる絵描きさんの目から、次々涙がこぼれ落ちます。
水たまりに落ちた涙で益々月が揺れました。
絵描きさんは、それを心から美しいと思いました。
そして「絵に描きたい!」と思ったのです。
こんな気持ちになったのはどれだけぶりでしょうか。
これは、神さまがあたえてくれたことでした。
そして、本当に美しい絵を描くことができたのです!
絵描きさんの久しぶりの絵は、それを待っていたたくさんの人たちを喜ばせました。励ましもしました。
「絵描きさんありがとう。幸せな気持ちになりました」
絵を観た人たちが、口々に絵描きさんに感謝の言葉を伝えにきます。
そんな時でした。
絵描きさんはハッと気づかされたのです。
「私はいつしか自分のためだけに絵を描いていた。当たり前のようにただ描いていたんだ。でもそうじゃなくて、こうやって、絵を観てくれる人がいてはじめて絵が生きるんだ!私は私の気持ちを伝えるために描くんだ!人を喜ばせたいんだ!これが奇跡なんだ!」
絵描きさんは元気を取り戻し、また黙々と絵を描きはじめました。
しかし、今度はただ当たり前に絵を描くのではなく、恵みの雨や泉に感謝して、それを奇跡だと感じながら描きました。
すると、絵描きさんの絵は、美しいだけではなく、そこに温かさややさしさが加わった絵になったのです。
それからの絵描きさんの絵は、世界中の人に愛され、幸せを与えつづけました。
神さまはそんな絵描きさんのそばにいて、ずっとずっと恵みを降らせつづけました。
絵描きさんが、絵描きさんであることは特別なことだったのです。
そして、ひとりの力でできることは、何一つないのです。
それに気がついた絵描きさんは、もう迷うことはありませんでした。
おしまい