
爽やかな初夏の到来を思わせる5月の非番の朝、朝食を終えたオスカルにジャルジェ夫人が近づいてきた。
「ところであなたたちは、いつ結婚指輪を探しに行くの?サイズ合わせや名前を刻んだりしなければならないから、もう見に行ってもいいのよ。」
「結婚指輪ですか?私は生まれてこのかた、アクセサリーなぞ一切身につけたことがございません。いったいどんなデザインにしたらいいのか、まったく見当がつかないのです。」
「それも無理はないわね。でも最終的にあなたが『これがいい。』と思ったものでいいのよ。アンドレは男だから宝石のことはわからないわね。だったら一度、二人でお店に行って相談してくるといいわ。」
「その店ですら、どこへ行けばいいのか分からないのですよ、母上。」
「ヴィクトワールが結婚する時は、ショーメで指輪を作ってもらったわ。1780年創業で、グランサンク(パリ5大宝飾店)の1つなのよ。パリのサントノレにお店があって、オーナーのマリー=エティエンヌがデザインする宝石は、今貴族にとても人気があるの。一度そこへ行ってみたらどうかしら?」
「ショーメですね。サントノレあたりは、アントワネットさまのお供で何度も行っていますが、宝石店までは知らなかったです。ありがとうございます。アンドレと相談して、近いうちに行ってみます。ところで母上、今日は何を描くのですか?」
「前回と同じよ。庭で摘んだ水仙の花。あなたたちを描く前に、身近なものを描いて、少しずつ勘を取り戻さないとね。」
「ようっ、色男!足取り軽く、背中から幸せが漂っているぜ。昨夜は隊長と仲良く過ごしたのか?いいねえ、まったく。」
隊列訓練を終え休憩時間になると、アランはアンドレの後ろから近づき、声をかけた。
「馬鹿言え。いつもと同じだ。」
「そうかい?『いつも』っていつもと同じ隊長のベッドの中ってことか?」
「しっ!」
まったくアランときたら!オスカルに聞こえたらどうなる?
「どうだ、式の準備は順調に進んでいるか?」
「ああ。何せ初めてのことばかりだから、よくわからん。とにかくジャルジェ家に失礼のないよう、そしてオスカルが最高に美しくあってくれればそれでいい。」
「そうだな。誰も男のお前なんか見にきやしないぜ。招待客のお目当ては、隊長のウエディングドレス姿だ。お前はその引き立て役ってところだな。まあ、料理に付くパセリみたいなもんさ。ははは----」
「アラン、男なんて所詮そんなもんさ。」
「それでだ、アンドレ、ここからは業務連絡だ。式当日はユラン伍長が隊長の代わりに衛兵隊の指揮を執ってくれる。俺たちは隊長とおまえに心配かけぬよう、ちゃんと伍長の命令を聞いて動くから安心しろ。ここのことは俺たちに任せておけ。」
「アラン----」
「隊長がいなくても、俺たち衛兵隊員はちゃんと任務を果たせる。昼間から酒を飲んで、羽根を伸ばしたりしないからな。だからアンドレ、どうか隊長のことをよろしく頼む。」
「-----------------」
アラン、俺とオスカルは衛兵隊全員を式に招待したいけれど、お前以外は皆平民。そのあたりを察して、お前のほうから先に「式当日は任務に着く。」と言ってくれたのだな。わかっているぞ。すまない。一見粗野に見えて、実はとても細やかに人の心を読むことができるお前。出会ったころ、俺たちは毎日殴り合いの喧嘩ばかりしていたが、次第にお前の嘘のない気持ちがわかってくると、衛兵隊の中で一番頼れる存在になった。
「ところでバチェラーパーティのこと、忘れてないだろうな?」
「バチェラーパーティ?ああ、結婚前に男だけ集まって開くパーティのことだな。もちろん。」
「そこでお前をう~んとしばいてやるからな。覚悟しておけよ。こんなふうに---。」
アランは右手で握りこぶしを作り、アンドレの右わき腹めがけてぐいぐいと押してきた。
「おい、やめろアラン。痛いぞ。やめろったら。」
「こんなの序の口だ。何だったら、俺がお前の代わりに新郎として式に出てもいいんだぞ。」
「いて---いてぇな。アラン、わかったから、もう離れてくれ。」
「ははは---。そんなひ弱な体で、隊長を喜ばせることができるか? じゃあまたな。あばよ。」
アラン、まったく---オスカルに聞こえていたらどうなる?最近の彼の言動には、寿命が縮まる思いだ。
ああ、痛かった。おやっ?歩くたびに、右のわき腹が何か固いものに当たる。何だろう?アンドレはわき腹に手を当ててみた。何か丸い塊のような感触があった。
あいつ、ふざけやがって。俺のポケットに小石を入れたな!そんなに俺のことが羨ましいのか。まだまだケツの青いがきだな、まったく。
アンドレは右ポケットに手を入れると、厚い布に触れた。何だろうと思って取りだすと茶色の小さな巾着袋だった。ご丁寧にこんな袋に石を詰めたのか?どこまで手が込んでいるんだ---と袋のひもをほどき、中を見て驚いた。1フラン、5フラン、10フラン硬貨がぎっしり詰まっていた。そしてアランが書いたメモが入っていた。アンドレはすぐ読んだ。
アンドレ、結婚指輪を買いに行くんだってな。ベルナールから聞いたよ。
これは俺たち衛兵隊員全員の気持ちだ。わずかだが指輪代に充ててくれ。
俺が皆からカツ上げしたんじゃないぞ。このことは隊長には内緒だ。
それから絶対にこれを俺たちに返すな。
大した力にはなれないが、隊長と幸せになってくれ。 アラン
アンドレのたった一つの目から、一気に涙がこぼれ落ちた。アランそして衛兵隊員たちの想いに、感謝の気持ちでいっぱいになった。俺とオスカルはなんて幸せ者なのだろう。いろいろあったが、衛兵隊に来てよかった。アランたちとはおそらく一生の付き合いになるだろう。彼らの真心に応えられるような夫婦にならねば---アラン、お前のケツはもう青くないぞ。
続く
中身も初回から愛情友情に満ち溢れており衛兵隊の皆さんが本当に2人を祝福している様子が手に取るように伝わりました!
アラン、言葉使いや外見上は粗野ですが純粋で恥ずかしがり屋さんですよね…それを隠そうとわざとクールに粗雑に行動してしまうあたり、アンドレとはまた違う魅力に溢れていて惹かれてしまいます。学校にそういう男子いましたよね!
これからの展開がまた楽しみになってきました。
土曜日、会社帰りに記事を読み紀伊国屋書店で雑誌を立ち読みしてしまいました(購入しないでごめんなさい) 本当にパズルみたいに上手く原画が当てはめられていて感心しました。
来年夏のフランス再々訪を実現すべく昨日からフランス語をまた勉強し始めたところです( ^-^)前に行ったときに道端で、英語で話していいですか?って尋ねたらnonって断られてしまいましたので自国語に異常なくらいに誇り高いんだなと痛感しました。3日坊主にならないようにしないと…です!
読み返すと「まだまだ駄目だ。」と拙い点ばかり目につきます。村上春樹さんは「上手な文章を書けるかどうかは、天性の素質がモノを言う」みないなことを仰っていました。そうなのかもしれません。
タイトルの「愛のプレリュード」は、昔懐かしいカーペンターズの大好きな歌から拝借しました。原題は"We've only just begun"で、「たった今、始まったばかり」という意味です。
>昨日からフランス語をまた勉強し始めたところです
NHKのEテレか何かで学習されているのですか?いよいよ旅行の実現に向けて、本格的に動き出しましたね。私も昔、フランス語を習いましたが、動詞の活用や男性名詞・女性名詞の区別、スペリングが長いことと黙字に泣かされました。語学はちゃんと目的を持って学ぶと、上達が早いはず。ぜひ来年のご旅行では、フランス語で現地の方たちとたくさん会話をなさってくださいね。一気にフランスが近づきましたね。ここで宣言したので、もうあとには引けませんね。そうやって自分を追い込むのも一法ですね。
新しいSSもとても素敵です。
りら様は原作の登場人物の性格を熟知してらっしゃるので違和感なく読めます。
アランも、原作の最初はとんでもない事しでかしそうになってましたが、その後オスカルの腹心とも言うべき人物に成長し(ナポレオンでは将軍になりオスカルよりも出世しましたしね)、オスカルを看取った数少ない人物の1人でもあります。その後も軍人としてオスカルの意志を継ぎオスカルに一生分の片思いを抱えたまま、人生を終えました。粗野だけど、聡明な部分もあり、温かみもある魅力ある人物の1人でした。理代子先生もアニメのラストがお気に召さなかったようでナポレオンに登場させたし、アラン、好きだったんだろうなぁ。
時間をおいて読み返すと、粗さばかりが目につきます。なかなか思うように書けないものです。
池田先生の新作エピソードは既に6作発表されましたが、「アラン編」は結構気に入っています。もはやアランはオスカルを名前で呼ばず、「あの方」と呟くのが、何とも切ないです。そしてル・ルーの初恋の人は、もしかしてアランだったのでは?と考えてみたりもします。オスカルとの出会いにより、アランは更生したというか、人間としての幅が広がりましたよね。アンドレとオスカルの2人を看取ったのもアラン。バスティーユの戦いでは、もはや手遅れと分かっていても、オスカルを庇って被弾する。
>理代子先生もアニメのラストがお気に召さなかったようで
こういうのって、事前に池田先生に許可を得なかったのかなと思いました。
でも何やかやと言いながら、フランス革命以後、逞しく生き切ったのはロザリーかもしれませんね。息子をフランソワと名づけるあたりも、憎い演出です。
ロザリー嫌いなファンも多かったと思いますが(外伝でカロリーヌはそういうファンの気持ちを表したとキャラだったとか)、いつも自分の事は二の次で、嫌みを言われてもシャルロットが妹とわかれば優しく接し、情の厚い女性だったなぁと思います。
フランスに、帰れたかしら…。あのままスウェーデンで過ごしたのかな。
理代子先生、ロザリーの話も書くと仰ってましたっけね?
「ロザリーが苦手。」とおっしゃる方の気持ちもわかります。「ベルばら」ではシンデレラ的存在。嫁ぐまでずっとオスカルのそばにいますし---。全然別作品ですが、「風と共に去りぬ」のメラニーをちらっと彷彿させるような、芯が強くてそれでいて人に優しい女性になりましたね。「栄光のナポレオン」を読むと、頼もしいお母さんになったなあと感じました。
>理代子先生、ロザリーの話も書くと仰ってましたっけね?
はい、仰っていました。次のエピソードで登場かな?と秘かに予想しているのですが、まだ次作はいつ発表か告知が出ません。ロザリーにもたくさん隙間のお話がありそうですね。