Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

SS すみれ色の風 (3)

2015-10-11 02:54:55 | SS 恋人同士

 自室に戻ったソフィアは、ライティング・デスクの引き出しから便せんを取り出した。

 

(ジェローデルさまにお手紙を書かないと----。)椅子に座り、羽根ペンを握ってはみたものの、いったい何から書き始めればよいのかわからず、しばらく天井を見上げたり、窓の外の風景を眺めたりした。庭園には青い絨毯のようにブルーベルが咲き乱れている。冬の間、庭は白一色だった。来る日も来る日も白ばかり。けれど今、花たちがようやく自分たちの出番が来たとばかり咲き誇っている。手紙を書き終えたら、ブルーベルを摘みに行こう。そしてお兄さまにも見せてあげなくては。最近のお兄さまはグスタフ国王から依頼された機密文書の作成に忙しくて、全然春の花を愛でる余裕がないから。

 

「今でもはっきりと覚えているわ、あの夜のこと。王妃さまから預かったお兄さま宛ての手紙を持って、宮殿を出ようとしたところ、衛兵に見つかってしまい途方に暮れていた私に気づき、手首をぐいと掴んで抱き寄せ、ジェローデルさまはくちづけをしてくれた。くちづけ---ううん、あれは違うわ。あのような緊迫した時でさえ、ジェローデルさまは私を傷つけまいと気遣い、互いのくちびるが触れるか触れない程度の、かすかなキスをした。そのおかげで衛兵の目をくらますことができた。そして---宮殿内のジェローデルさまのお部屋に入ってからは、あの方は私に指一本触れなかった。」

 

「あのあと二人でいろんなお話をした。互いの国のこと、家族、友人、読書、音楽、幼いころの思い出、語学、哲学、宗教、ヨーロッパ情勢、フランス軍など話題は尽きることがなかった。あの方と話していると、まるで旧知の間柄のような感覚が湧いてきた。1からすべて話さなくても、2つ3つ語るだけで互いの胸の内が充分理解できた。今までいろんな男性とお話ししてきたけれど、どれほど時間をかけても、これほど互いをわかり合える相手に巡り会えなかった。男の方とお話して、あんなに楽しかったことは一度もなかった。だからだんだんと東の空が明るくなっていくのが恨めしかった。このまま時間が止まってほしい、もっともっとあの方とここでお話していたいと何度思ったことか。あの方に私はどう映っただろう?未婚の女が見目麗しい独身男性の部屋で、二人だけで夜を明かした--こんなことが世間のうるさい奥方の耳に入ったらゴシップ沙汰になる。でも私たちの間に俗っぽい空気や感情はまったくなかった。魂が共鳴したとでも言うのだろうか、私たちは同志だった。でも互いにプライドが高いから、そのことは口に出さなかったけれど。あの方もきっと同じことを感じていたのではないだろうか?」

 

「今度のフランス行きでは、ジェローデルさまにぜひあの時のお礼を申し上げないと。もちろんお兄さまにも同席していただくわ。そしてまたいろいろお話したい。」ソフィアはペン先をインク壺に浸し、手紙を書き始めた。

 

 

 ソフィアが部屋から出て行ったあと、フェルゼンはオスカルからの手紙を机の上に広げたまま、最後にオスカルに会った時のことを思い出していた。

 

 パリ市内に不穏な空気が流れている中、オスカルはどうしたことか目立つ馬車に乗り、アンドレと共にパリの留守部隊のところやってきた。だがそこへ向かう途中、暴民に襲われた。偶然通りかかった俺は、額から血を流しているオスカルを救ったが、その時彼女が漏らした一言「わたしのアンドレ----」ですべてを了解した。そうか、そういうことか。わかった。親友としてオスカルのためなら、どんなことでも協力を惜しまないつもりだ。暴民の注意を俺に向けるように仕向け、その場をやり過ごし事なきを得た。どんな時もアンドレはオスカルだけを愛し、常に彼女に寄り添い命がけで守ってきた。その想いにようやくオスカルは気づき身分の差を乗り越え、二人は結ばれる。良かった。オスカルのためなら何でもしてあげたい。だが---彼女を女性として愛することだけはできなかった。そのためオスカルを長いこと、苦しめてしまった。本当にすまなく思っている。

 

 俺が王妃さまと結ばれることは永久にないだろう。かといって王妃さま以外の女性を愛するつもりもない。このままずっと人目を忍ぶ愛を貫くだけだ。俺のことはどうでもいい。さあ、オスカルへの返事を書かないと。

 

 

 オスカルとアンドレは忙しい勤務の合間を縫って、招待状に手書きのメッセージを書き添える日々が続いていた。夕食後アンドレがオスカルの部屋に入ると、彼女は疲れていたのだろう、椅子に座った姿勢で右手にペンを持ち、頭を下にコクリと落とし静かに寝息を立てていた。

「オスカル、疲れているんだな。無理もない。結婚が決まってからは、休日も式の準備に追われ休む間がなかったからな。そうだ、今度の休日はすべての予定をキャンセルし、ゆっくりと休ませてやろう。」

 アンドレはオスカルの右手からそっとペンを抜き取った。

「やれやれ、いくつになっても世話の焼けるお嬢さまだ。」

 フッと笑って、アンドレはオスカルをお姫さま抱っこしてベッドへ運ぼうとした。軽い!オスカル、お前こんなに軽かったか?アンドレは悲しくなった。お前はいつだって自分一人で悩みや苦しみを背負いこみ、解決しようとする。もうそんなことはするな。これからは共に喜びも苦しみも分かち合っていこう。

 

「う---うん。」どうやら熟睡しているらしく、目を覚ます気配がない。

 アンドレはシーツをめくり、オスカルをそっとベッドに横たえた。靴を脱がせ、首元が苦しそうだったので、クラバットをほどいてやると白い胸元が覗き、思わず左右の身頃をしっかりと合わせた。

「寝顔にくちづけするくらいなら、許されるだろう。」

アンドレはオスカルが目を醒まさないように、軽くくちびるにキスをした。1回だけのつもりが、愛おしさがこみあげ2回3回と----。一度は閉じた身頃に手をかけそうになったが自制した。

「う---ん?アンドレか?」オスカルが薄目を開けた。

「もうしばらく----そばに---いてくれ。」

「わかった。お前が眠るまで、ここでこうしているよ。」

アンドレはオスカルの右手を両手で優しくさすった。

「ありがとう。疲れた。」そう言うと再び瞼を閉じた。

「いいから休め。」

「うん。」

オスカルが寝たのを見計らい、シーツを首まで掛けてあげると彼はベッドから離れた。

 

 机の上を片付けようとすると、長姉のオルタンス宛てにメッセージを書き終えた招待状が目に入った。

オルタンスさま一家は今、ここから片道3日間かかる田舎にお住まいだ。式に来ていただくとなれば当然---

アンドレはついさっきまでオスカルが握っていた羽根ペンを手に取り、オスカルが書いたメッセージに続けて

伝言を書き添えた。

(ル・ルーだ。ル・ルーが式に出席してくれたら、オスカルはどんなに喜ぶだろう!しかし---これは式当日まで伏せておこう。)メッセージを書き終えると、便せんを丁寧に折りたたんで封筒に入れた。

(あとは俺の部屋で宛名を書き、明日さっそく宿駅に持っていこう。ル・ルーが来たら、結婚式はさぞ賑やかになるだろうな。)

その様子を想像すると、自然と笑みがこみあげてきた。手紙を注意深くポケットに入れ、室内の明かりをすべて消し、アンドレは部屋を出た。

続く



2 コメント

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りら様 (marine)
2015-10-11 22:12:32
こんばんは。
新作エピソードが絶妙に織りなされていて引き込まれます。
ソフィアは兄のフェルゼンの事を本当に心配し、色々助けてもいますよね。アントワネットの為に生きられたのも、そうした周りの助けがあっての事だと新エピソードを読みながらも思いました。
アンドレも、いつもオスカルだけを見つめていて、気遣っていて、羨ましいくらい。
お前だけを見つめている、その通りですよね。

ブルーベルの森、帰国ギリギリでしたが私が見たときはまだ五分咲きでしたが、本当に幻想的で、もし満開なら、妖精が織った絨毯と言われているのもわかる気がしました。いつまでもいたかったです。

映画館、近くはないのです(^_^;)。
で、主婦のしみったれ根性で(笑)割引のある日に行こうかと思ってますが、その曜日は三週ほど見事に学校の行事が入っており、私もすぐには行けそうにないのです…。
そんなこんなで上映館が増えると良いなぁ。上映期間短いかもしれないから、気をつけてチェックしてみます。
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marineさま (りら)
2015-10-12 05:47:04
 コメントをありがとうございます。
 オスカル&アンドレが大好きなのは昔から変わりません。けれど新作エピソードを読んだら、ジェローデルやソフィア、アランなど二人の周辺にいた人たちに、以前より関心が向くようになりました。報われない愛に苦しむ人たちが、なんて多いんだろうと。

 アンドレは幼いころからオスカル一筋。彼女を超える魅力的な女性など現れないでしょうね。それゆえ、身分差に長年苦しむことになりますが、愛する心を簡単に捻じ曲げることはできない。いつもそばにいるため、オスカルがフェルゼンに心寄せる姿を見て嘆く。

 ブルーベルがあたり一面に咲く時期に、ヨーロッパを旅したいです。写真を見ているだけでも幻想的な雰囲気が伝わってきますから、実物はさぞロマンチックだろうと予想しています。けれど実現するのはまだずっと先になりそうです。う~ん、実現できないかもしれません。

>主婦のしみったれ根性で(笑)割引のある日に行こうかと思ってますが

 私も同じです。今、正規の映画料金ってとても高いです。大人一人1,700円くらいしますよね。だからいつもファーストディ、レディースディなどを狙っています。私も上映スケジュールをこまめにチェックし、行けるとわかったらさっと行ってきます。
 
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