Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

SS 愛のプレリュード (8)

2015-10-04 14:32:35 | SS 恋人同士

「指輪の代金のことだが-----」

 

 アンドレはためらいながら、話を切り出した。オスカルは黙ってアンドレの次の言葉を待っていた。

「旦那さまと奥さまがすべて支払ってくださった。」

「えっ。」かすかな驚きの声を上げた。

「オスカル、聞いてくれ。もちろん俺は自分で払うつもりで、会計係のムッシュ・バルローのところへ行った。今まで蓄えたお金、ばあややアランたち衛兵隊員からも「お祝いに」と気持ちを頂いてきた。それでも足りない時は、借金を申し出るつもりだった。」

「-------------------------------------」

「ムッシュ・バルローはこう言った。先週旦那さまと奥さまが店を訪れ、俺たちがスムーズに指輪選びできるよう援助してほしい。そして代金はすべて自分たちが支払うと言ったそうだ。ただしこのことはオスカルには内緒にしてくれないかと。」

「両親を早くに亡くした俺を引き取り、読み書きそろばんも学ばせてくれ、何とか一人でも生きていける力をつけてくださったのは旦那さまと奥さまなのに。そして今回俺たちの結婚を認めてくださった。感謝しなければいけないのは俺なのに。お二人は-----。」

「アンドレ----。正直に話してくれてありがとう。お前が私のそばにずっといてくれたから、私は思うように動くことができた。世間は私の手柄と捉えていることも、私ひとりの力では絶対になしえなかった。それなのに----私はお前にずいぶんつらい想いをさせてしまった。けれどこんな私をずっと愛し続けてくれたお前。感謝しなければいけないのはこの私だ。」

「オスカル、そのことはもういい。過ぎたことだ。」

「いや、お前はいつだってそう言って私をかばい、傷つけまいとする。お前は私のそばにいたから、ずいぶん心が折れる日々もあったはずだ。そんなお前の気持ちにもっと早く気づいていたら-----。」

「オスカル、もういいんだ。お前だっていっぱい傷ついたではないか。ご覧、この店にもたくさんの恋人たちがいる。皆楽しく愛を語り合っているように見えるが、笑顔の裏には嫉妬や憎しみ、悲しみの感情があふれ、夜も寝られぬ日々があったかもしれない。」

「お前だって苦しかったろう、オスカル。フェルゼン伯の前では常に近衛連隊長として存在するしかなかった。恋する一人の女の気持ちはぐっと押し隠し、軍人の仮面をつけてフェルゼン伯に接する。そんなお前をそばで見ているのは苦しかった。だからつらかったのは俺だけじゃない。お前もだ、オスカル。」

「物事は思うようにいかないものだな、アンドレ。」

 

 カフェとアイスクリームが運ばれてきた。

「ごゆっくり。」先のギャルソンは笑みを浮かべ、テーブルを去った。アンドレはカフェを一口すすると、再び話し始めた。

 

「もし俺の両親が生きていたら俺は村を出ることもなく、ジャルジェ家に来ることもなくお前に出会うこともなく、まったく別の人生を歩んでいただろう。俺にとって両親を亡くしたことは確かに不幸で悲しいことではあったが、それがなければお前と出会えなかった。人生とは不思議なものだ。」

「私も子どもの頃はとても孤独だった。姉君たちはお人形遊びやクラブサンの練習。私の剣の相手を務めてくれる者は周囲にいなかった。だからばあやの孫が来ると聞いた時は本当にうれしくて、絶対に仲良くしよう、野山を駆け巡って探検ごっごをしよう、剣の相手もしてもらおうと毎日ワクワクしてお前が来る日を待っていた。」

「そして運命の日。俺はきれいなお嬢さまのお相手をすればいいと聞いていたのに、階段から降りてくるのはどう見ても男の子で---。しかも剣を持っている。これって話が違うじゃないか、おばあちゃん、どういうこと!と----今となっては笑い話だが。」

「ふふふ、こんなやせっぽちの男の子では、私の剣の相手は務まらない。これは鍛えないと---と妙な使命感を感じたな、あの時。」オスカルは遠くを見つめていた。こんな話、しばらくしていなかった。

「無邪気だったあの頃。この時間がずっと続けばいいと思っていた。やがて大人になり、世の中の不公平・不条理を知り、私は叶わぬ恋に苦しみ-----。」

「だが今思えばそうしたことの1つ1つは、決して無駄ではなかった気がする。ずいぶん回り道をしたのは事実だが。俺はお前の嘘のない真っ直ぐな気持ちが好きだ。オスカル、アイスクリームが溶け始めているぞ。早く食べないと。」

「ああ、そうだな。」

 

「話が横道にそれてしまった。すまない。それでだ、指輪の代金のことだが、せっかくの旦那さまと奥さまのお気持ちを無駄にせず、ありがたく受けとめようと思うがどうだろう?」

「賛成だ。」

「お二人の想いを知り、絶対にお前を幸せにしてやりたい、ジャルジェ家のために尽くしたい気持ちが一層強くなった。」

「アンドレ----」

「苦しい時だって、もうお前一人じゃないんだ。」

「幼馴染、兄と妹、戦友、隊長と従卒、恋人、夫と妻----私たちの関係は面白いな。」

「そうさ。世界中のどこを探しても、こんな男女はいないだろうな。オスカル、ここにアイスクリームが付いている。」

 オスカルは右人差し指で、言われた場所を拭ってみたがうまく取れない。アンドレは自分の人差し指をオスカルのくちびるに軽く押し当て、クリームを拭った。その指の感触に思わずオスカルはぴくっとする。

「大丈夫だ。」

アンドレはそっとオスカルの腰に腕を廻す。細くくびれたウエストラインに優しく手を置く。

「愛している、オスカル。一人で頑張りすぎるな。これ以上痩せてしまったら、本当にのっぽのかかしになってしまうぞ。」

「アンドレ!言ったな!」

「ああ、言ったとも。」

「旦那さまと奥さまが指輪の代金を支払ったことは、お前は何も知らないことにしてくれ。いいな?」

「わかった。今後このことには一切触れない。それよりアンドレ、何だか久しぶりにゆっくりお前と昔語りがしたくなった。今夜夕食を終えたら、私の部屋に来てくれないか?」

「いいとも。シャンパンかショコラを持っていくぞ。」

「よかった。お前が私のそばにいてくれて。」

 

 オスカルは自然とアンドレの肩に頭を預けてきた。アンドレは初めてオスカルの二の腕を撫でてみた。肩から肘そして肘から再び肩へと指を滑らせる。この白く細くてなめらかな腕で男たちと対等に戦ってきたお前。涙が出そうになる。これからはこの腕からどんな物語が生まれていくだろう。いつかこの腕で俺たちの子どもを抱く日が来る---かもしれないな。あせらずゆっくり女性としての幸せを味わわせてやりたい。そのためなら俺は何でもする。ああ、もうしばらくここでこうしていたいが、お屋敷に残してきた仕事も気になる。

 

「オスカル、マダム・マリのところへ戻ろうか?続きは今夜ということで-----。」

「そうだな。そろそろドレスを着ているのも限界だ。」

「無理しなくていい。結婚したからといって、急に今までと変えることはない。お前はお前のままでいいんだよ。」

「ありがとう、アンドレ。」

アンドレがギャルソンに視線を送る。

「このテーブル、落ち着けて良かったよ。ありがとう。」

店の外に出てみれば既に黄昏時。

「さあ、行こう。」

アンドレにエスコートされ、オスカルは自分の横に共に歩む人がいてくれる幸せをかみしめながら、一歩一歩歩き始めた。

 

終わり



12 コメント

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ありがとうございました(*^_^*) (まい)
2015-10-04 16:54:54
シリーズの最終回まで毎回楽しみに拝読させて頂きました、ありがとうございました。そしてお疲れ様でしたm(__)m 激動の運命の最中で追い討ちをかけられるように、結核という過酷過ぎる試練も襲いかかることなく、SSではオスカルが普通の女性として最愛のアンドレと共にかみしめる幸福感を味わえる時間があり本当に良かったなと思っています。
SSを通じてmarineさまがドレスを作成されたお話なども伺えて楽しかったです(^.^) 早く原画展に行きたいと思いつつ会社の給湯室で左手に大きな火傷をしたりしてなかなか都合がつかず、何とか今週中には行きたいと思っています。
ブルーやグリーンは心安らぐカラーですね、オスカルにはピンクなどの暖色系よりそういった落ち着いた色合いのAラインのドレスなどがお似合いですね。りらさまの文章から美しい映像が目の前に浮かび上がってきて楽しかったです(*´▽`*)
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まいさま (りら)
2015-10-04 17:54:22
 コメントをありがとうございます。
こちらこそ最後まで読んでいただけて、感謝しております。私たち劇画ファンはオスカルとアンドレの苦しみはもう十分味わい尽くしましたから、せめてSSの中では、2人に幸せな時間を過ごしてもらってもいいのではないかと思い書いてみました。marineさまの手作りドレスのお話も知ることができ、私自身とても楽しい時間を過ごさせていただきました。これも読んでくださる皆さまのおかげです。また少しずつ、心に浮かんだお話を書いていけたらなと思っています。

>早く原画展に行きたいと思いつつ会社の給湯室で左手に大きな火傷をしたりしてなかなか都合がつかず、

 まいさま、お医者さんには行かれましたか?今も左手が不自由なのでしょうか?やけどは辛いですよね。どうか一日も早く治りますように。原画展も残すところ、あと一週間となりました。ぜひ時間をやりくりしてご覧になってくださいね。見て絶対に後悔はしませんから。五作品を一度に見られるのは、めったにないと思います。

 オスカルは基本的に何を着ても似合うでしょうが、ブロンドとブルーまたはグリーンの組み合わせは、互いを引き立て合う気がします。ピンク色のドレスですと、肌の色があまりきれいに見えないかな?(なんて偉そうなことを申してしまいました。)
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素敵なサプライズ ()
2015-10-04 18:19:59
この度も素敵なお話有難うございました。マダム マリの粋な計らいで普通の恋人同士のようにカフェで寛ぐ二人。また両親の二人に対する深い愛情も感じられるお話になっていて温かい気持ちになりました。段取りブックでは語られることのない裏話を読ませていただいてるようで、幸せな気持ちになりました。正直段取りブックを読み終えた時、え、これで終わりなのー?
もっと準備の奔走する二人の幸せな様子を拝めると期待していただけに、作者自らによる二人の結婚式は嬉しかったものの、もっとと望んでしまうのは読者のわがまま、それとも原作同様隙間を各自で想像してくださいってことなのでしょうか?でも、リラ様のSSでうっとりとする二人の世界に酔わせていただいて、二人の幸せをおすそ分けいただいてます。
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ごちそうさまでした(笑) (おれんぢぺこ)
2015-10-04 20:14:17
おいしいお話を、おなかいっぱいいただきました。
毎日の更新、ご苦労も多かったのではないでしょうか? 指、痛くなりません(笑)!? 

指輪、アンドレにとっては義両親からの贈り物となったわけですが、内緒にしておくように言われた事をきちんとオスカルさまに告げるあたりが、いかにもアンドレらしくって誠実さを感じました。

次のステップ、ありですか?
私のお腹はすぐに空きます(^v^) 次回のおいしいメニュー、お待ちしてます。

朝夕の寒暖の差が激しくなってきています。
お身体ご自愛下さいませ。
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杏さま (りら)
2015-10-04 21:07:14
 コメントをありがとうございます。

>正直段取りブックを読み終えた時、え、これで終わりなのー?

 私も同じ思いでした。特に後半は駆け足で
、あっという間に最終ページに至ってしまいました。漫画にできなかった部分は、文章として2ページにわたり掲載されていましたが、そこが実は面白かったりして---。ダンドリBOOKは限られたページ内に、あれだけ描くのが精いっぱいだったのかもしれません。

 42年前に描かれた原作には、揺るぎないしっかりとした土台があり、今も色あせない魅力を放っているからこそ、私みたいな者が好き勝手を書けるのかもしれません。これからも幸せな2人の姿を書いてみたいなと思います。読んでくださり、ありがとうございました。
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ありがとうございました。 (marine)
2015-10-04 21:12:37
愛のプレリュード、お疲れ様でした。
仲むつまじく、二人で指輪選びにカフェでお茶。この上なく幸せなお話で、私もほっこりできました。アンドレやまわりの心遣いによって、花がほころんでいくように女性として美しくなっていくオスカル。夕食の後はまた2人だけの幸せな時間を過ごすのでしょうね( ´艸`)。原作でも短い間ながら2人だけの時間はあったとは思うけれど、あまり描れていなかったので、本当に嬉しかったです。

私も、まいさまの、お仕事をしながらピアノのボランティアもされているお話を伺えて、お体も辛い中、人の役に立つ活動が出来るのは素晴らしいと思いました。私もピアノは子供の頃習ってましたが、センス皆無で…。聴くのは好きなんですけどね。
火傷も、どうかお大事にしてくださいね。

そうそう、わたしもまりまり様の書いていらした、来年の手帳を今日見つけました。確かに、オスカルの顔色がかなり青白いですね…。色校のミスでしょうか…。ピンクの方は特に問題なさそうなのに残念。あの絵は私も大好きです。

りら様、一息つかれましたら、また新しい記事やSSを楽しみにしております。
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おれんぢぺこさま (りら)
2015-10-04 21:26:04
 コメントをありがとうございます。
 おれんぢぺこさまのように、丁寧に登場人物の心理描写を描けたら、情感のある文章を書けたら---といつも思います。おれんぢぺこさまの文は、読み始めると一気に惹きこまれます。さらさらと流れる小川のように。繊細でいて大胆。そこがまた驚かされるところでもあります。

>毎日の更新、ご苦労も多かったのではないでしょうか? 指、痛くなりません(笑)!? 

 隙間時間を見つけて、書きました。おれんぢぺこさまも毎回、字数の多いSSをお書きになりますが、どのように時間をやりくりしているのだろうといつも思っています。

 次のステップも考えております。美味しくなるかどうか自信はありませんが、「幸せな2人」を描こうと思います。よろしければお付き合いください。

 今年は残暑がほとんどなく、一気に秋に突入しましたね。おれんぢぺこさまもお体を大切にしてくださいね。またお邪魔させていただきます。
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marineさま (りら)
2015-10-04 21:38:14
 コメントをありがとうございます。
皆さまからの書き込みを励みに、どうにか最後までたどり着くことができました。普通の恋人同士なら何でもないことが、オスカルとアンドレにはとても新鮮で、まるで10代の少年少女のように見える時もあったのではないだろうか?そんなことを想いながら、書いていました。

 原作では愛の告白をしてから、7月11日までの間、2人だけの時にどんな会話をしていたのか、ほとんど描かれていませんよね。せっかく相思相愛になったのに、オスカルは吐血する。その過酷な運命に、彼女の命の灯が、まもなく消えることを感じて切なかったです。

 またぼちぼち記事やSSを書いていきますので、お付き合いいただけると嬉しいです。
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終わってしまいましたね。 (みゆ)
2015-10-05 14:42:54
前作から続くダンドリのお話をありがとうございます。
二人にとって初めてのデート、しかもオスカルはアンドレの為にドレスでって。昔語りをしたり、なんか読みながら何とも言えない気持ちになりました。原作がああいう結末だったからでしょうか。アンドレも嬉しかっただろうなぁと思いながら、屋敷の仕事が気になる辺り、しっかり自分を持ってますね。
「次のステップも考えております。」
ダンドリ、結婚式まで描かれていましたから、そこまでは書いて頂けるんでしょうか?結構ドタバタ(笑)してましたけど。
続きを早く読みたい気持ちはありますが、少しお休みしてからまた新しい物語を書いて頂けたらと思います。
お疲れ様でした。
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みゆさま (りら)
2015-10-05 19:22:12
 コメントをありがとうございます。
こんな拙いSSを読んでくださる方がいる---ありがたいなあといつも思います。皆さまの励ましを受け、自分自身も楽しみながら創作しています。「ベルばら」について考えるときは、日常を忘れます。それがいいのです。一日の中で、たとえわずかでもそんな時間を持ちたいなと考えています。
 
 これから季節は秋から冬に向かっていきます。だからこそ読む方の心がポカポカするお話を書けたらなと思っています。みゆさまからコメントを頂けて、本当に嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。
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