Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

SS  アランとアンドレ 片目の従卒殿

2014-07-23 22:06:56 | その他
 オスカルと衛兵隊員たちがようやく互いを理解し、隊員たちがオスカルを自分たちの隊長と認め始めた頃のお話です。

 ある秋の日、午前中の任務を終え、昼食をとるためアンドレが食堂に入ってきた。この時間はいつも隊員でごった返している。今日は唯一アランの隣の席が空いている。あいつの隣か、まあいいさ。あいつが喧嘩を吹っかけてきても、俺は相手になんかしないぞ。

「おい、アラン。お前の隣は空いているか?」
「おう、片目の従卒殿。本当なら可愛い乙女を侍らせたいところだが、今日はお前で我慢するとしよう。」
相変わらず、憎まれ口を叩くやつだ。だがこいつ、よくよく付き合ってみると義理堅く人情に厚いし懐が深い。信用できる男だ。悪い奴じゃない。アランはスープにパンを浸して食べていた。世間では食材が出回っておらず、民衆はパンを得るために日々苦労しているが、軍隊ではちゃんと栄養が考慮された食事が出される。その点では恵まれている。しかし---家族にも---少し分けてあげたい。それがアランたち衛兵隊員の願いだった。

「おい、片目の従卒殿。前から一度、あんたに聞きたかったことがある。」
こいつは一体、俺から何を聞きたいって言うんだ?俺にはお前を感動させるような、波乱万丈な話などないぞ。ケツの青いガキのお前が、何を知りたいっていうんだ。どうせ、ろくでもないことだろう。どこの娼婦が可愛いとか。仕方ない、聞いてやるか。

「何を聞きたいんだ?」
「あんたの左目は、生まれつき見えないのか?」
「あぁ、この目か?いや、そうじゃない。」

 ほんの数秒、沈黙が流れた。アンドレは特に表情を変えることもなく、淡々と話し始めた。
「アラン、黒い騎士を知っているか?」
「噂で聞いたことはある。貴族の館ばかりを狙った義賊のことだろ?」
「ああ。当時オスカルには黒い騎士を捕える任務があった。俺はおとりとなって彼をおびき出すため、黒い騎士に変装したのさ。」
「それで?」
「夜な夜な貴族の館に出没しては、黒い騎士のように、貴族のご婦人方から高価な宝石を頂いた。」
「面白いなぁ。お前、隊長のためならそこまでするのか?たいした野郎だ。」
「けれど黒い騎士を追いかけている最中、彼が俺の左目に鞭を振るった。もちろんすぐに手当てはしたが----。次第に霞んでくるようになった。」
「お前---何ていうことを!まだ医者には診てもらっているのか?」
「いや。平民の俺が治療を続ければ、ジャルジェ将軍にものすごい負担をかけることになる。そうでなくても俺は将軍には幼いころからとても目をかけてもらい、平民でありながらオスカルと一緒に読み書きを勉強させてもらったりした。だからこれ以上、ご迷惑をかけるわけにはいかないのだ。」アンドレは終始落ち着いた口調で、アランに語りかけていた。
「お前の左目が霞んで見えることを、隊長は知っているのか?」
「知らないはずだ。あいつには余計な心配をかけたくないからな。」
「お前の目をそんなふうにした黒い騎士が、さぞ憎いだろう?」
「全然。もし俺が本物の黒い騎士だったら、自分の身を守るため、きっと同じことをしただろう。だからちっとも憎んでなんかいない。アラン、武官はどんなときも感情で行動するものではないんだ。」
「俺だったら怒りまくって、そいつをぶっ殺すだろうな。」
「お前ならそうだろうよ。----さてそろそろ司令官室に行って、オスカルと来週のパレ・ロワイヤル行きの打ち合わせをしないと---。先に失礼する。」そう言うとアンドレはお盆を持って立ち上がり、食器を返しに行った。

 おい、アンドレ。お前は何てやつなんだ。お前がそこまでして、隊長を守りたい気持ちがよくわかる。そういう女性(ひと)さ、隊長は。おまえ、そのうち命さえも隊長に差し出してしまうんじゃないか?おまえがいなくなったら、隊長はどうなる?アンドレ、お前は隊長と共に生きなければいけない。

 もはやアンドレを、片目の従卒殿 などと呼ぶことは絶対にしない。


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