Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

SS すみれ色の風 (8)

2015-10-20 22:35:30 | SS 恋人同士

 屋敷に戻ったオスカルとアンドレは、馬の世話をするアンドレを厩舎に残し、オスカルが一足先に部屋に戻った。侍女から「オスカルが戻った。」と聞いたばあやが、オスカルと目を合わせようとせず、着替えを持って近づいてきた。

 

「お帰りなさいまし。遠乗りはいかがでしたか、お嬢さま?」

「ばあや、今日は予定を急に変えてしまい本当に悪かったね。でもとてもリフレッシュできたよ。アンドレのおかげだ。ごめんね、ばあや。今度の休みは絶対エステに行くよ。アンドレに予約を入れてもらうから。」

「はい、これ。着替えでございます。今日はずっと外にいたから汗をたくさんお掻きになったでしょ。さあ、そのブラウスと乗馬ズボンを脱いでこちらにください。」

「ありがとう、ばあや。私はいつもばあやに甘えっぱなしだ。」

「------------------------」

 

「そうだ、ばあや。これ。」

「なんでございます?」

「うん、ちょっとしたものだ。今日はばあやに迷惑をかけてしまったからな。私からのお詫びの気持ちだ。」

オスカルはレースの替え襟とすみれのポプリが入った包みを、ばあやに渡した。ばあやは怪訝な顔で包みを開けた。

「お嬢さま、これは!」

「ばあやに似合うと思って。気に入ってくれるといいのだが-----。」

「お嬢さま、もったいない。私なんかに、このようなものを----。本当にいいのですか?」

「もちろん。」

「これ、すみれの香りがいたします。」

「ばあや、こんなことくらいしかできない私を許してくれ。」

「何をおっしゃいます、お嬢さま。ありがとうございます。大切にします。」

ばあやは胸の前でしっかりとすみれのポプリが入った袋を持ち、嬉し涙をこぼした。

「そうそう、奥さまがお嬢さま宛てに手紙が届いたと仰っていました。着替えたら、奥さまのお部屋にお行きなさいまし。」

「そうか。」

 

 手紙---さて誰からだろう?ここしばらく、私たちの結婚式に招待する方たちにたくさん手紙を出したから、きっとその中のどなたかが返事をよこしたのだろう。オスカルはジャルジェ夫人の部屋に向かった。

 

「母上、入ってもよろしいでしょうか?」

「お入りなさい、オスカル。」

夫人は一輪挿しのばらをデッサンしているところだった。

「遠乗りはどうでしたか?」

「はい、天気も良く、久しぶりに子どもの頃初めて走った道を駆けてまいりました。」

「そう、それは良かったわね。懐かしかったでしょ?」

「ええ、昔と変わらぬ景色を見て、あの頃に戻った気分になりました。本当に月日の経つのは早いものです。母上、絵を描いておられましたか?」

「少しずつ、昔の勘を取り戻そうと思ってね。あなたとアンドレの絵も描きたいのだけれど、今はとても忙しそうだから、結婚式を終えて落ち着いたら描かせてね。」

「ぜひお願いいたします。ところで母上、先ほどばあやから、私宛てに手紙が届いていると聞いたのですが---。」

「ええ、フェルゼン伯からお手紙が届きました。」

ジャルジェ夫人はオスカルに手紙を渡した。

フェルゼン伯から?何だろう?オスカルはその場で開封した。

 

 オスカルとアンドレの結婚を祝福する言葉と共に、来月、グスタフ3世の名代としてウィーンを訪れた後、フランスに寄ってから帰国すると書いてあった。妹のソフィアも同行する。ついては久しぶりに会って、直接祝福を述べたいと。

 

「いったい、なんて書いてあったの?」

「フェルゼン伯が来月、フランスを訪れるそうです。私たちに会って、直接祝福を伝えたいと言っています。」

「まあ、それはいいわね。ぜひ屋敷に招待してさしあげて。」

「でもアンドレが---」

「アンドレがどうかしたの?」

「いえ----。」

 

「オスカル、今だからもうお話しするわね。お父さまと私はこれまで2回、アンドレに結婚を勧めたことがあったのよ。」

「えっ?」

「あれはアンドレが25歳くらいの頃かしら。お父さまと相談したの。『アンドレにもそろそろいい人を世話してあげないと---』って。いつまでもあなたの従卒というわけにいかないし。いずれは独り立ちして、この家を離れる時が来るだろうと。だからお父さまはいろんな方にお願いして、とても素敵なお嬢さんを見つけてきてくれたの。」

「私たちはアンドレを呼んで、結婚を勧めたわ。すると彼はきっぱりとこう言ったの。『私はオスカルの従卒としてまだ十分な働きができていません。アントワネットさまの乗った馬を暴走させた時、オスカルに助けてもらいながら、ポリニャック夫人が放ったと思われる刺客から、オスカルを守ることができませんでした。そんな、まだ仕事が一人前にできない私が、結婚だなんてとんでもないです。オスカルの従卒としての役目をきちんと果たすことが最優先です。』と。アンドレは結婚したい気持ちをまったく見せなかったから、その話はそれで終わったの。」

「そんなことがあったのですね。全然知らなかった。」

「2度目はあなたが衛兵隊に移り、ようやく隊員たちとうまくやっていかれるようになった頃よ。アンドレは30歳を超えていたから、もう一度結婚を勧めたのだけれどやはり即座に断られたわ。その時思ったの。アンドレには誰か好きな人がいるのではないかと。そしてそれは---あなただと----。」

「母上---」

「わかるものですよ。アンドレがあなたを見つめる目は、従卒以上のものがあったから。そうだったのね、アンドレ。ごめんなさい。だけど身分差をどうすることもできず、結局私たちはアンドレに何もしてあげられなかった。」

「---------------------」

 

「お父さまと私はあなたにジェローデルとの縁談を勧めた。でも---たとえ家柄は釣り合っていても、二人の間に、確かな信頼と愛がないとだめね。私とお父さまは、家柄は釣り合ってはいなかった。私の実家は没落貴族だったから。でもね、たとえ家柄や身分が釣り合っていても、愛のない結婚は虚しいわ。共に生きて何の喜びがあるかしら?お金も名誉も地位も永遠ではないわ。はかないものよ。あなたにはそんな結婚はしてほしくなかった。」

「母親として、アンドレなら安心してあなたを任せられる。あなたの気性を知り尽くしてなお、あなたから離れず常に見守ってきた。ほほほ、人生って上手く出来ているわね。物事はちゃんと落ち着くところに落ち着くのよ。さあ、ぜひフェルゼン伯を我が家に招いて、じっくり昔語りでもしなさいな。アンドレも一緒にね。」

母上は、すべてお見通しだったのですね。

「オスカル、アンドレを幸せにしてあげてね。アンドレは8歳で両親と死別して我が家にやってきた。親の愛が欲しい時、甘えたい時、じっとこらえて我慢してきた。これからはあなたが彼にたくさん愛を与えてね。私たちはあなたたちをずっと見守っていきますから。」

「母上---」

オスカルは思わず跪き、母の膝の上に頭を乗せた。

「おやまあ、幼い子どものようですよ。フェルゼン伯は来月のいつ頃いらっしゃるの?私も伯爵にお会いしたいわ。」

「中旬です。」

「ヴェルサイユの街に、夏の花が咲き始める頃ね。ガーデンパーティができるといいわね。」

 

 母の部屋を出ると、オスカルは自分の部屋に戻った。そうか、アンドレは結婚話などに興味を示さず、ずっと私のことを想って待ってくれたのだな。アンドレ、遠回りさせてしまった分の埋め合わせは必ずするから。

 

「オスカル、入るぞ。今日は疲れたか?」

アンドレの姿が目に入ると、オスカルは駆け寄って彼の胸に飛び込んだ。えっ!オスカル?どうしたんだ?

「疲れてないぞ。ばあやは贈り物を喜んでくれた。アンドレ、次の非番の日がわかるか?わかればエステの予約を入れてくれないか?」

「了解。しかしオスカル、どうしたんだ、急に?」

それには答えず、ただアンドレの胸の中で静かに彼のぬくもりを感じ取っていた。もう絶対ここから離れないと。ここは私の故郷。

 

続く



4 コメント

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はじめまして (金柑)
2015-10-21 21:42:41
もうかれこれ半年位ブログを読ませて頂いております。
りら様が書かれるSSは、私の頭の中で、田島令子さん、志垣太郎さんら豪華アニメ声優陣によるアフレコが聞こえてくるほど自然な展開で、毎回ワクワク&ドキドキな私です。幸せそのものでホントいいですね。

原作にはないですが、アニメのオスカルがアンドレの死後、パリの町を彷徨いながら言った言葉…「もっと早くあなたを愛している自分に気付いてさえいれば、ふたりはもっと素晴らしい日々を送れたに違いない」…。
その“素晴らしい日々”というのは、まさにりら様が描き出している時間なのではないかと思います。

タイムリーなベルばら情報も惜しみなく教えてくださり、ホントありがたいです。

やっと、りら様に感謝の思いをお伝えできてよかったー。←すみません、完全自己満足です。
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金柑さま (りら)
2015-10-22 00:18:39
 初めまして。コメントをありがとうございます。

 田島さん、志垣さんの声が聞こえてくるとは!恐縮です。もったいないお言葉です。もっとしっとりとした情感溢れる文章が書けるといいのですが---。つらく苦しい展開は原作で十分味わいましたので、せめて創作の世界では、二人の幸せな姿があってもいいのではないかと勝手に思って書いております。

>…「もっと早くあなたを愛している自分に気付いてさえいれば、ふたりはもっと素晴らしい日々を送れたに違いない」…。

 確かにそうかもしれません。しかし恋人期間は短かったにせよ、二人は革命のさなか束の間、密度の濃い時間を過ごしていたでしょうね。“素晴らしい日々”は、天の国で叶えられていると思います。2人とももう一度健康な体を取り戻し、身分差などのしがらみから解放され、真に愛し合う男女として幸せな日々を送っていると勝手に解釈しています。

 感謝の思いだなんてとんでもないです。こちらこそ未熟な文章を、金柑さまに読んでいただけてありがたいです。ぽつりぽつりと書き綴っていきますので、どうかこれからもよろしくお願いいたします。コメントを本当にありがとうございました。
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りらさまへ (まい)
2015-10-22 00:44:30
少しご無沙汰しておりました。仕事上の凡ミスでお客様からお叱りを受けたり自己嫌悪からくるストレスで持病のリウマチが暴れ出し手指関節が激痛で夜通し眠れず、それでも翌朝にはサポーターをして寝不足で出社せねばならず本当に心身辛い数日でしたが、そんな中でも更新されているSSや記事を拝読して心の安らぎを得させて頂きました!
レース襟の工芸品…昨年亡くした母と20代の頃に旅したベルギーのブルージュでも有名で、お土産に購入した昔の懐かしい日々が思い起こされました。
原作ではあまりに短すぎる恋人同士の時間でしたので、アンドレの胸が「心の故郷」だと思えるようになってからの幸せな心安らぐ時間をオスカルにはたっぷりと味わって貰いたいですね( ^-^)

先般の記事での池田先生の「形になるには10年を要する」というお話、とても心に響く含蓄のある御言葉でした。
リウマチの薬代も医療費も高額なのでやはり渡仏は無理、ピアノも手が痛くてもう無理~と自暴自棄になっていましたが、幸い今は少し痛みが軽減してきたので、出来る範囲でまた頑張ろう!と、続けていくことの大切さを教わったような気がいたします(*'▽'*)諦めずに続けて参ります!
色々と為になる記事、心安らぐSSを楽しみにしておりますが、りらさまの御無理なさらない範囲でお願いいたしますね!いつもありがとうございます!皆様のコメントも素晴らしいものばかりで毎回楽しみにしております(^.^)
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まいさま (りら)
2015-10-22 22:45:06
 コメントをありがとうございます。

「最近、まいさま、どうしていらっしゃるだろうなぁ?」と思っていたところでした。やけどは良くなりましたか?自己嫌悪やストレスから、持病が痛み夜も眠れないと伺い心配しております。どんな人も皆、悩みや苦しみを抱えながら生きています。どうやってそれらと折り合いを付けていくか、日々悶々としながら過ごしています。なかなか答えは出ませんが、少しでも気持ちが上向くようにしています。

まいさまもブルージュに行かれたことがおありでしたか!こじんまりとした水の都ですよね。お母さまと行かれたとは羨ましいです。親孝行なさいましたね。私はブルージュで、レースの襟を付けた民族衣装を着た人形を買いました。ブルージュはもう一度行ってみたい街です。

>出来る範囲でまた頑張ろう!と、続けていくことの大切さを教わったような気がいたします(*'▽'*)諦めずに続けて参ります!

私は決して器用な性格ではありませんが、何事もあきらめずに継続することって大事だなと思います。まいさま、ぜひお互いにこれからも疲れた時は休みながら、好きなことを続けていきましょう。
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