goo blog サービス終了のお知らせ 

遠い家への道のり (Reprise)

Bruce Springsteen & I

Bruce Springsteen "Wrecking Ball"

2009-10-04 21:12:17 | Bruce Springsteen Live
ニュージャージーの湿っぽい 鉄鋼の町に育った
もう朧ろげになったしまったほど何年も前の話
泥とビール、血と歓声を浴びながら来ては去ってゆく勝者達
さあ、もしも根性があるのなら 勇気があるのなら
今がチャンスと思うなら 位置について
君のレッキングボールを持ってくるといい

レッキングボールを用意して
見せてほしい 最高の一打を打ってくれ
君のレッキングボールで 最高の一打を打ってくれ
君にできることを 君のレッキングボールで

我が家はここメドウランズ
蚊が飛行機みたいにでかく育つ所
この血が滴り、アリーナは人で溢れ、ジャイアンツがプレーする所
さあ、グラスを掲げ 思い切り呼ぼうじゃないか
今夜死者も皆ここに集まっている
だからレッキングボールを用意して

明日にはここにある何もかもがなくなっている
だから怒りにしがみつくんだ
怒りを手放しちゃいけない 恐怖に屈してはいけない

鉄の骨組みも幾層もの階もいまやすべて錆と化して失せていく
俺達の若さも美しさも塵の中へと消えていくばかり
試合はかたがつき 俺達は時計を焼き払う
俺達のちょっとした勝利や栄光は駐車場の姿になってしまった
最良の希望や願いが風の中へ消えてなくなってしまっても
辛い時というのはやって来ては去っていくもの
困難な時期は訪れるけれども、それは去っていくもの

ただもう1度帰って来るため レッキングボールを持って来てくれ
大声で叫ぼうじゃないか
最高の一打を見せてくれ 君ができることを 
君のレッキングボールで


*wrecking ball: レッキングボールとは建造物解体用のクレーンで吊るした鉄球のことです。
          ぴったりの日本語を見つける事ができなかったのでここではそのまま片仮名表記としました。


ENGLISH

</object>
今日ご紹介するのは取り壊しが決まっているジャイアンツ・スタジアムでの最後の一連のコンサートに合わせて、ブルース・スプリングスティーンが書き下ろした新曲です。9月30日のジャイアンツ・スタジアムでのコンサート1夜目にオープニングナンバーとして演奏されました。シーガー・セッション風の懐かしさを感じさせる音といつものように鮮やかな詩作によって、まるで自分がジャイアンツ・スタジアムに親しんで育ち、今その取り壊しを目の当たりにしようとしているかのような気持ちにさせられる作品です。ブルースにとって何度もアリーナいっぱいの観客を前に演奏してきた地元ニュージャージーのスタジアムはとても思い出深い場所だと思います。取り壊しにはきっと胸をかき乱される思いがするに違いありません。

けれど、私がこの曲において印象的だったのは、その取り壊しについて嘆いたり、物事の儚さを憂うのではなくて、そうした現実を積極的に受け止めて前向きに強かに生きていこうとするブルースの姿勢でした。取り壊しは為されるものではなく、自分自身でレッキングボールを持って来て手を下すもの。その勇気があるならば、私達は更に前進できる。若さと背中合わせの感情だった怒りは前ほど表には出てこないかもしれない。だけど、時の流れに押し流され、挫けそうになった時、その闇雲な思いはきっと恐れを追い払ってくれる。そしてその気概は持ち続けなければいけない。感傷的になるのではない力強い思いに胸を打たれました。

ジャイアンツ・スタジアムは1度だけ訪れた事があります。スタジアムの駐車場でイベントがあった際に入ってみたのです。フィールドには入ることができないようにロープが張り巡らされていましたが、一群の若い人達が監視員の目をすり抜けてフィールドに走りこみ、端から端まで全速力で駆け抜けガッツポーズをしてみせました。何だか胸の空くような光景でした。そんな挑戦さえしたくなるような可能性に満ちた場所だったジャイアンツ・スタジアム。ブルースとEストリート・バンドの最後の挑戦も残すところ後2回となりました。



Bruce Springsteen @ Mellon Arena (09/05/19)

2009-09-20 00:01:00 | Bruce Springsteen Live
またもや、長い間を空けてしまいました。今日は2009年5月19日にアメリカ、ペンシルヴァニア州の西部の街ピッツバーグで観たブルース・スプリングスティーンのコンサートについて書こうと思います。
今回のショーではGAのチケットも取ることができず、ステージから最も遠いくらいの席でした。

今回も"Badlands"で幕を開けたショーで私が最初に目を引かれたのはドラムの前に座るマックス・ウェインバーグの姿でした。やはり長い間テレビやインターネットで配信される映像等で親しんできたEストリートのメンバーをこの目で観られる事の感慨は否定できません。この日は、定番の"Outlaw Pete"などをはさみながら演奏されたのは"Candy's Room""Jackson Cage""She's the One"といった必ずしも私がこれまで重く捉えてこなかった曲でしたが、中でも"Jackson Cage"はそのメロディがライブでのブルースの声を振り絞るような差し迫る歌い方によって悲壮さを増すようでドラマティックで印象に残っています。

この日の私にとって1番思い出深く残っているのは"Working On A Dream"です。とても個人的な思いに過ぎないのですが、この曲は長い間ブルースの歌う"Thunder Road"のような世界に憧れ、故郷の町を出る事を夢見、彼の育ったアメリカに行くという夢も現実になり、その夢の10ヶ月を今しも終えようとしている自分への賛歌のように思えたのです。また、この曲はその10ヶ月においても大統領選挙や就任式、スーパーボウルなど思い出深い瞬間を残してくれました。間奏でのブルースの「家を建てる」という語りはオルバニーで聴いたものとごく似たものでしたが、この夜は涙が止まらなくなりました。1人では家は建てられない、だからみんなここにいるんだ、そして頑張り続ければ夢は叶うし、そうであるべきなのだ、という彼の思いを私は絶対に忘れないと思います。

重みを感じさせる"Youngstown"では周囲の殆どの人が腰を下ろしてしまい、退席する人の姿も目立ちました。ロックンロールとはエンターテインメントであるだけでもいいのかもしれないけれど、私としては何だか不誠実なものを感じてしまいました。



リクエストボード集めは"Good Lovin'"というThe Rascalsの軽快なナンバーのカバーをバックに行われます。私はロック史の授業で知ったこの3分間のロックンロールの楽しさを凝縮したような曲が大好きなので聴いてみたいと思っていましたが、それも続いて演奏されたカバーの驚きには敵いません。「これから演奏する曲はこれまで1度もやったことがないんだ。」というブルースの言葉で始められたのはBob Dylanによる名曲中の名曲"Like A Rolling Stone"です。大歓声に迎えられたこの苦々しく哀しい曲はブルースとEストリート・バンドが演奏するとオリジナルよりも伸びやかな印象を与えます。そしてアリーナ中の観客が声を揃えて「どんな気がする、独りきりでいるというのは」と歌う時、やっぱりそれは不思議なほど感動的なのです。ここから"Darkness On The Edge Of Town"へという流れも素敵でした。私はこの曲はこの演奏を境にとても心惹かれるようになりました。

"Waitin' On A Sunny Day"では例によって小さな子どもがマイクを向けられるというシーンがありました。やり方次第ではわざとらしくなりかねない演出だと思うのですが、不思議な事に盛り上がる場面です。最初は歌詞が分からず、ごにょごにょと歌っていたその子が最後には完璧なまでに素敵に"Waitin' on a sunny day!"と言い切り、観客がそれに歓声を浴びせる。連帯や結束を願って作られたアルバム『The Rising』の思いが普遍性を得てステージでまで受け継がれているようで、再び心を動かされます。
"Kingdom of Days"はオルバニー公演に続いて屈指の本当に素晴らしい演奏でした。歌いだしの「君といると、時が刻まれる音も聞こえない」というロマンティックなフレーズから胸を鷲掴みされるようです。伸びやかに歌うブルースの優しく深みのある声はこの曲の中で最も美しく現れているのではないかなぁと思います。"Lonesome Day""The Rising""Born To Run"という本編を締めくくる3曲はオルバニーと全く同じものでした。"Born To Run"になるとやはり、会場が総立ちになり、50歳だろうと30歳だろうと、21歳だろうと、「いつかはっきりとは分からないけれど、本当に行きたい場所に行き、太陽の下を歩くんだ。だけど、それまでは俺達みたいな根なし草は走るために生まれてきたんだ」と声も限りに歌うのです。

アンコールでは"Thunder Road"に退けとらない演奏だったのが"Land of Hope and Dreams"でした。"Working On A Dream"や"Lonesome Day"に感じられるような今のブルースだからこそ歌える懐の深さを感じさせる歌と演奏だと思います。昔からのファンの方であればきっときっと、今までブルースについてきて良かったと思うのではないでしょうか。"Glory Days"ではピッツバーグでは必ず共演するというジョー・グルシェキーともう1人誰かがステージに現れました。しかし私はこの時、彼についてさっぱり知らず、一体誰なんだと訝っているうちに、ブルースとスティーヴのお決まりの「ボス・タイム」の掛け合いも彼とブルースの間で行われてしまい、やや興醒めでした。そして、折角のゲストだからという事なのか"Mony Mony"も一緒に歌ってのお開きでした。これが随分楽しい演奏で、、ブルースも気に入っているんだろうなと思いました。そして、その演奏があまりにも楽しいものだったので私はこれを最後に一体次はいつブルースのライブが観られるんだろうかとか、これで長年の夢に一区切りついてしまうんだ、というような感傷に浸る事なく、心から満足した幸せな思いで帰路につく事ができたのです。

May 19, 2009
Pittsburgh, Pennsylvania
Mellon Arena


Badlands
Candy's Room
Outlaw Pete
Jackson Cage
She's The One
Working On A Dream
Seeds
Johnny 99
Youngstown
Good Lovin'
Like A Rolling Stone
Darkness On The Edge Of Town
Waiting On A Sunny Day
The Promised Land
I'm On Fire
Kingdom Of Days
Lonesome Day
The Rising
Born To Run

Hard Times
Thunder Road
Land of Hope and Dreams
American Land
Glory Days
Mony Mony


Now We Bring the Magic Home

2009-07-06 02:21:10 | Bruce Springsteen Live
ようやくBruce Springsteenオルバニー公演についての記事を今日で締めくくることにします。今日はアンコールの部分です。それでも、頭が真っ白になるくらい、人生がリセットされるくらいの衝撃と楽しさをくれたコンサートだったのに、2ヶ月近く経とうとする今、詳細があやふやになりつつあるのがとても悲しいです。

アンコール1曲目は今回のツアーでは恒例となっているスティーブン・フォスターの"Hard Times Come Again No More"です。非常に強いメッセージ性と彼のアメリカへの深い愛情を感じる演奏です。スティーブン・フォスターの音楽は19世紀前半に米国の牧歌的風景を扱ったアメリカの心、とでも言うべきものです。アメリカ人として、この曲をブルース・スプリングスティーンが歌うというのは一体どんな経験なのだろう、と考えずにはいられません。また、この曲の演奏前には現在の厳しい経済状況への言及があります。
オルバニーにたった10ヶ月滞在しただけでも、今のアメリカが決して楽天的ではいられない状態にあると感じさせられる場面は幾度か経験しました。私の学んだ州立大学は予算不足により、学費の値上げと非常勤講師の大幅な切捨てを決行しました。そのため、秋学期に習って大好きだったジャズの先生は春からは姿を見る事ができなくなったのです。最後の試験の際に、「ご両親が自動車工場に勤めていたりすれば、みなさんも随分辛い時期を過ごしているでしょう。私はもうこの学校の教師ではいられないが、みなさんの幸運を祈ります。」と仰った先生の言葉はとても切実でした。

シーガー・セッションを想起させる"Hard Times"が終わって、始まったのは"Kitty's Back"でした。とても目を引く黄色い猫の絵を描いたリクエスト・ボードのリクエストに応えたものです。個人的には渋くてあまり今まで注目していなかった曲ですが、ジャムっぽい演奏がとてもかっこいい1曲でした。Eストリート・バンドの実力を感じさせられるように思いました。また私としては、途中のインプロヴィゼーションのような部分でジェイがついてきていたのが驚きでした。弱冠18歳であれだけの大舞台で、本当によくがんばっていたと思います。

そして、これも近年のコンサートでは定番となっている"Land of Hope and Dreams"です。この曲になると、いよいよコンサートも終盤かと、少し寂しい気持ちも感じ始めました。この作品は私はブルースのミュージシャンとして持つメッセージを明瞭に表現したという点で1つの集大成的なものだと思っています。誰もが受け容れられる、それがブルースの音楽の描く世界であり、CDだけでなく、このコンサートで実際それを感じ、信じる事ができる。私が6年間、ブルースを聴き続けて、彼の音楽に導かれてここまで来て本当に良かった感じた1つの瞬間がこの曲の中にありました。今でもこの日のこの演奏を聴くと胸がいっぱいになります。

間髪を入れずに始まるのが"American Land"です。私はここで歌われるような伝統的な「アメリカの理想」というものにすごく惹かれてきた部分があると思います。現状がそれをどれだけ反映しているかは分かりません。特に2001年以降はそうした期待を著しく裏切られてきた場面が多々ありました。それでもブルース・スプリングスティーンは今でもその理想を信じ、そこに懸けようとしてこの曲を歌っている。この楽しげな祝祭的な雰囲気溢れる演奏の中でアメリカ人に混じって跳びはねていると、自分もアメリカという土地に家を持ちたいなぁなんて感じてしまいまいます。10ヶ月間、もちろん嫌な思いもしたけれど、あまり期待の無かったアメリカでの生活は思ったよりもずっと大らかで私にとっては居心地の良いものだったのです。今となっては記憶が定かでないのですが、確かこの曲の時だったと思います。スティーヴが私にギターピックを手渡してくれました。私は彼のマイクスタンドに最も近い場所にいて、ブルースが気づいてくれるずっと前からスティーヴはこの1人で来ている奇妙なアジア人女性に気づいてくれていました。思わず「スティーヴ、ありがとう!」と日本語で叫んでしまったのを覚えています。10ヶ月間に手にしたいろいろな物の中でも最も大切なお土産の1つにになりました。


「オルバニーのためにもう1曲!」という掛け声で始まったのは"Glory Days"です。スーパーボウルでの演奏が記憶に新しいこの曲は途中、"Louie, Louie"をはさんだり、とにもかくにも楽しいものでした。ブルースのライブだったら、きっと何時間あっても満足できないだろう、もっともっと観たいと思ってしまうに違いない、と感じていましたが、実はそうでもありませんでした。何か途方もない満足感が全身を満たしているようでした。

ショーが終わると1人の中年女性が他の人に向かって私が、初めてのブルースのライブでいかに幸運だったかという事をまるで自分の事のように誇らしげに話していました。恍惚状態にあって特に何も言う事ができなかったけれど、よく覚えています。会場を出ると人の流れに沿って数本道を渡れば、もう寮にはバス1本で帰れる親しんだ通りに出ます。帰りの空いたバスの中でもブルースのライブにいた人達が話しているのを聞きました。
「ジェイはよくがんばったね。」
「本当に!私が18歳の時なんて一体何をやってたかなあ、なんて思っちゃう。」

私がこの日、本当に満足感だけを抱いて家に帰る事ができたのには1つ個人的な理由があったと思います。私の短い人生の中ではなかなか無かった事ですが、その日の私には帰りたいと思える場所があったのです。穏やかな愛について歌われる『Working On A Dream』を私がこれだけ好きになったのも、その人の存在あっての事ではないかと思うのです。母を除いて私のブルースへの思いを唯一理解してくれた人でもありました。

</object>

この日は演奏されなかったけれど、ブルースと彼に。

In the room where fortune falls
On a day when chance is all
In the dark of this exile
I felt the grace of your smile
Honey you're my lucky day
Baby you're my lucky day
When I've lost all the other bets I've made
Honey you're my lucky day



Bruce Springsteen @ Times Union Center (5/14)

2009-06-17 00:35:34 | Bruce Springsteen Live
8時15分。期待の高まる客席から何度かBruuuuuuuceコールが繰り返された後、おもむろに客電が落ち、暗いステージの上に1人、また1人と影が現れるのが見えました。そして遂にあまりにも見慣れた、初めて向き合うとは思えないほど親しんだブルース・スプリングスティーンの影を目にすると、私はずっとお腹の底に居座っていた期待と小さな恐怖のうち、後者がこっそりと離れ、前者が膨らむのを感じました。私が最も不安だったのは、6年の間に自分がどれだけブルースを私にとって好都合な存在にしてしまっているかという事でした。しかし、今2,3m先にいる彼はとても親しみ深く、”Badlands”を歌い始める声も笑顔も全ての不安を吹き飛ばしてしまいました。何て楽しそうに演奏するんだろう、というのが1つの驚きでした。友人の顔を見つけたかのように目を輝かせてオーディエンスを指差して笑ったり、ギターをかき鳴らしながら歌ったりする様子はとても今年60歳になるとは思えない、少年のような若さを感じさせました。

ステージ全体を見渡して最初にショックを受けたのは、ドラムセットの後ろにNirvana時代のデイヴ・グロールの髪が少し短くなったような華奢なシルエットを見出した時でした。この日ドラムを叩いたのはマックス・ウェインバーグの息子さんであるジェイだったのです。ある理由からマックスが好きになっていたので残念な思いは拭えませんでしたが、彼がいた事でブルースのとても素敵な面を目にする事ができたようにも感じます。ショー全体を通じて、ブルースは常にジェイを気遣う事を怠らなかったのです。オーディエンスに対して彼の紹介を繰り返し、しばしば振り返って彼の表情を確認して笑みを投げ、横まで行っては置いてあった水入れからスポンジで自分とジェイに水を浴びせかけ、タオルも渡してあげました。本当の家族、息子であるかのように誇り、大切にしている温かさはステージ上のブルースらしいの魅力の1つでした。

この日最初に演奏された新譜からの楽曲は3曲目の”Outlaw Pete”でした。この曲ではブルースの巧みなストーリーテリングの技と歳相応の渋みが活かされ、クリント・イーストウッドの映画か何かのような印象を与えます。照明やカウボーイハットといった小道具の助けも得ながら、歌詞と共にドラマティックな展開を遂げていく素晴らしいパフォーマンスでした。この他に『Working On A Dream』から演奏されたのはたったの2曲でしたが、59歳であるブルースにとって新作の作品はどれも最もしっくりくるもので、その瞬間の美しさを引き出す力があるように思いました。もちろん、過去の楽曲も衰えない輝きを持っているし、歌い続けられる事で加わる深みも意味もあります。だけど、ブルースにはまだまだ現在進行形の自分を歌う事もできると思うのです。6曲目に演奏された”Working On A Dream”も本編の終わり頃に”Backstreets””Lonesome Day”にはさまれた"Kingdom of Days”も柔らかなブルースの声がオーディエンスを包み込むような、ここまで辿り着いたブルースを祝福したくなるような感動的なものでした。

私にとって新鮮だったのは、”The Ghost of Tom Joad”でのニルス・ロフグレンのギターソロです。小柄で穏やかそうな彼が独楽のようにくるくると回りながら、激しく長いソロを弾く姿には驚かされました。近年ではこの曲はRage Against the Machineによるカバーや、ブルースのステージでのトム・モレロとの共演が話題を呼びましたが、トム・モレロにも退けをとらない演奏でした。ギターのネックに取り付けられた小型カメラの映し出す映像も効果的だったと思います。向かってステージ左手にいた彼は私の位置からはやや遠かったですが、その格好良さは十分に伝わってきました。

私にとってブルースの曲の中で最も大切なものは、どれだけ人がベタだと言おうとやはり”Thunder Road”です。若さとその喪失、孤独と愛、故郷への苛立ちと慈しみ、夢見、夢破れるということ、何もかもがこの5分弱の曲の中に歌われているように感じられるのです。そしてこの6年の間に私とこの曲の歴史はどんどん厚みを増す一方でした。ハーモニカのイントロを初めて聴いた瞬間から今に至るまで、ありとあらゆる思い出が詰まっています。いいものも、あまり思い出したくないものも。だからベタな曲であっても、私がこの曲を聴く時、それは私だけの曲でもあるのです。ブルースとの出会いのきっかけは”The Rising”だったけれど、”Thunder Road”なしには今の私は存在しなかったように思います。オルバニー公演まで暫くはセットリストから外れていたこの曲が、リクエストボードから選ばれた1曲目だと知った時はもう今夜死んでも構わないと思えるほど嬉しかったです。”Thunder Road”が『Born To Run』の1曲目であり、『Born To Run』がブルースの本当のメジャーデビュー作品であったように、この曲は全ての旅の序章でしかありません。決して語られない結末、「俺」が町を飛び出すんだと意気込むところでこの曲は終わります。本当に町を出たのか、メアリは彼と共に行ったのか、「俺」は辿り着いた先で負け犬にならずに済んだのか、それは語られません。だからこそ、誰もがこの歌詞に自分を重ねる事ができる。いつまでも。会場中が”Show a little faith, there’s magic in the night/ You ain’t a beauty, but you’re alright/ that’s alright with me”と声を揃える時も、1人1人の中に異なる”Thunder Road”の物語が息づいているのだと思うと、胸がいっぱいになるような気がしました。

リクエスト2曲目の”Mony Mony”をはさんでから終了までの後半は私にとって最高の流れでした。母との思い出の深い”Waitin’ On A Sunny Day”の余韻が覚めやらぬままに始まった”The Promised Land”は衝撃的でした。ブルースはハーモニカを手に丁度私の目の前にやって来て、イントロを演奏し始めたのです。ブルースがこれほど近い距離にいる事も驚きでしたし、その全身で奏でるハーモニカの力強さには圧倒されました。あんなにも小さな楽器がこんなにも荒々しく逞しく聞こえるなんてと考えていると、冬の1人旅で孤独が迫ってきたサンディエゴの街角でこの曲を聴いた事を思い出しました(それについてはまたいずれ)。しかし、それよりも何よりも驚いたのはブルースがただでさえ近くにいたのに更に舞台の縁へと歩み寄り、私の目の前でその身をかがめて手を伸ばしてきた事でした。ブルースの手が好きな訳ではなかった筈だけど、夢中で自分の手を伸ばすと、彼に届いたのです。そして少年のように笑う彼の目が確かに私の目を見て、うなずいたような気がしました。この曲の中で私は本当に一瞬、自分にとっての「約束の地」を1つ見出したかのように感じさえしたのでした。自分が6年間、信じてきたものを肯定されたような気がしたからです。更に”Backstreets”がリクエストボードの中から選ばれ、先にも述べたように、"Kingdom of Days”、”Lonesome Day”へと続いてゆきます。
“Lonesome Day”もその後に演奏された”The Rising”も元々は具体的な背景を持った楽曲でしたが、7年という時代の変遷を経ながら普遍的な意味が増し、個人でも国家でも、どんなものに対しても持つ事のできる再生の夢を支えてくれる曲になったように思います。

最後に演奏された”Born To Run”については何と書いていいのか分かりません。こんなに自分を忘れるほど楽しくて、幸せで、胸を鷲摑みにされるような経験を最後にしたのは一体いつだっただろうと考えてしまいます。このロックンロールのロマンティシズム、エンターテインメント性、カタルシスとしての役割がこうして無数の人々を惹きつけ、今夜の経験を一生の宝物に決定付けてくれるのか、と今までしつこいほどに彼のライブの評価を耳にしてきた理由が本当に分かりました。だけど何かを夢見て走る事はただのロマンティシズムに終わらない、それをブルースは一晩かけて示してくれたのでした。(To be continued…)


</object>

実は私も一瞬映っている当日の"The Promised Land"



Before Magic Takes Place

2009-06-12 00:13:42 | Bruce Springsteen Live
既に夏と思えるような暑い日もあったというのに、ブルース・スプリングスティーンのコンサートが行われるその日、オルバニーは嵐の気配がしました。風は恐ろしく強く、肌寒く、今にも雨が降りそうです。何かが起こりそうな空でした。

15歳になって間もない頃、ブルースの歌う姿をテレビで初めて目にしてから6年が経ちました。彼の歌に突き動かされ、故郷の町を出て大学で英語とアメリカ史を学ぶ決意をし、アメリカの土地で少しでも暮らす事を夢見て、そのどれもが1つずつ現実になっていった6年でした。そして遂に今、ここで私の人生の舵をとってきた彼のパフォーマンスをこの目で観ようとしているのだと思うと、信じられない気持ちでした。



午後1時。Times Union Centerの前には何の掲示もなく、人の姿もまばらです。それでもよくよく見ると誰も彼もが思い思いのブルースTシャツを着ているのが分かります。1人きりのアジア人でブルースTシャツも着ていない私は何だか場違いなような気がしました。1時半にGeneral Admissionのチケットを持った人のための番号付リストバンドの配布が始まります。紫色の紙でできたちゃちなリストバンドに印字された私の番号はきっかり30番。チケットは持っていなかったけれど、一緒に会場まで来てくれた連れがそれは僕のラッキーナンバーだと言う。理由を問うと、バーモントにある実家の番地だとの事でした。何だかよく分からないけれど、良い事のありそうな気がしてくる番号でした。

5時になったら会場に戻ってくるように、という係員の方の言葉に従って5時前には今度は1人で会場に戻りました。先ほどよりは人の数も増えたけれど、そもそも大して大きくない正面入り口は、後数時間でブルース・スプリングスティーンのコンサートが始まる会場には見えませんでした。こんなものかしらと思いながら、GA用の列を探しに行くと今度はあまりの列の長さに愕然とさせられました。聞いたところでは約600人いたそうです。全員、リストバンドの番号順に並んで、この後くじ引きでどの番号から入場できるかが決められます。もしも30番が引かれたら、私は1番に会場入りできるということで、万が一40番なんて引かれてしまったら、私は1番最後から10人目の入場という事になってしまいます。張り切って早々とリストバンドを受け取りには行ったけれど、それが良い事かどうかはくじが引かれるまで誰にも分からない事だったのです。

いよいよくじが引かれるという時になると、気楽さを気取ろうとする努力の隙間から多くの人の緊張が感じ取られるようでした。私も祈らなかったと言えば嘘になるけれど、大きな期待は抱いていませんでした。もしかして一生のうちでブルースのコンサートを観る機会になんて1度も恵まれないんじゃないかと思っていたほどだった私には、どんな席であっても観られるだけで十分すぎるほど幸せでした。しかし、引かれた番号は何と10番だったのです。周囲の人々からも私からも歓喜の声が上がり、自然と見ず知らずの前後の人々と抱擁やハイファイブ、笑顔を交わし合うという不思議な経験をしました。私のすぐ前に並んでいた男性はブルースを観るのは今日が10度目だけれど、こんなにいい場所は初めてだと言うので、訊かれた時には今日が初めての参加だと言うのは何だか憚られました。それでも、そのおじさんは今日は私の誕生日なんだと言ってわざわざそれを裏付けるために免許証まで私や他の人々に見せて周るほど喜びでいっぱいで、私が初めてだという事を気に留める様子もありませんでした。面白い事に彼は40代くらいでしたが、熱心なブルースファンになったのは10年前のEストリートバンドのリユニオン・ツアーの際だったと言います。ブルースが常に現役ミュージシャンとして活動し続けてきたという事をよく物語っていると思いました。私の後ろには従姉妹同士という中年女性の2人組がいました。筋金入りのファンなのは片方だけのようで、彼女は『Born To Run』時代からブルースの事は知っているけれど、本当に好きになったのは『Tunnel of Love』からだというこちらも興味深い例でした。黒いショートヘアで、列を離れては降り出した雨の傍まで行って煙草を吸う気の強そうなこの女性と『Tunnel of Love』の間には一体どんな思いが潜んでいたのか今でも気になります。

入場直前と直後に列に関してちょっとした揉め事があって嫌だなぁと少し思いましたが、概して会場の雰囲気は温かでした。私のとった場所はステージを向いてやや右寄り、スティーヴ・ヴァン・サントのマイクに程近い1列目でした。

やはりThe Whoをボストンで観た時と同様、圧倒的に白人のオーディエンスが多く、年齢層に関しては中年層が最も顕著ではあったけれど、小さな子どもからお年寄りの方まで幅広く見かけました。黒人やアジア人の方も目にはしました。それでも最前列に陣取るアジア人の20代女性は珍しいと『Tunnel of Love』のおばさんは、恥ずかしがらずにアピールすればきっとブルースの目に留まるから頑張りなさいと言うのでした。

チケットに記された開演時間は7時半。そして8時を過ぎ、行きなれたファンの人々は後15分くらいだねと囁き合っています。(To be continued…)