降り注ぐ雨で
その涙を洗い流してしまえ
目を開けて
涙は流れるままにすればいい
胸に焼き付き
最早お前と分かち難くなった
だから、どうかリトル・ガール 泣くんじゃない
泣くことはない
すべて過ぎ去ったことなのだから
今夜
今夜は
俺に身を預けるんだ
そして俺たち2人でここを去る
穏やかで多くの連中が群れていたある夏俺とテリーは友達になった
俺達が生れ落ちた炎を吸い込もうとしつつも叶わず
行き合う車をつかまえながら街外れまで足を伸ばし そっと信義を交し合った
打ち捨てられた海辺の小屋で暑さにうだりながら眠り
そして裏通りに身を潜めていた 裏通りに
激しい愛と敗北感でいっぱいになりながら
夜には生きがいを求めて裏通りを駆けていた
暗がりの中 スローなダンスを踊った浜辺のストックトンズ・ウィング
望みの無い恋人達が車を停める場所
俺達は最後に残ったデューク・ストリートの王者達と一緒に腰掛けた
車の中で抱き合い 鐘が鳴るのを待っていた
夜が深まり 何もかもから自由になれるのを
裏通りに出て駆けるのを 裏通りで駆けるのを
俺達は誓い合った 永遠に生きるのだと この裏通りで そう信じ合った
止むことのないジュークボックスと
バレンティノのパーティで涙を拭う踊り手達
通りの先 ぼろぼろになった服で暗闇の中へと走っていく
ひどく傷つき 中には死の瀬戸際にある者さえいる
夜には うらぶれた街の叫びが聞こえたろう
俺達を殺した嘘を恨み
俺達をくたびれさせた真実を呪って すべて俺のせいにしてもいい
もう俺にはどうでもいい事だ
深夜には全てが挫かれてしまう今となっては
言うべき事など何も無かった
俺はあいつが憎かった そしてお前を憎んだ お前が去って行ったから
お前は確かに言った!
もうこれきりで終わりにすると!
暗闇の中でこうして横たわっていると 俺の胸の上のお前は天使のよう
不実を嘆き 行くあてもなく彷徨う心を持つ1人に過ぎない
俺達がよく観に行った映画は テリー どれも覚えているか
こんなふうにならなければと思った英雄達の歩き方を真似たっけ
そして結局最後には思い知るんだ 俺達も他の連中と変わらないと
広場に立ち尽くし 無理にも打ち明けざるを得なくなる
裏通りに身を隠していた事を 裏通りに身を隠していた事を
俺達は誓った この裏通りでいつまでも仲間でいようと 最後まで
裏通りに身を隠しながら
最後の時まで
俺とお前とで
俺とお前と2人で
思い出すんだ 駆け戻って行ったことを
あの車を捨てて行った男のことを
町から1マイル半ほど離れた広野だった
夜 俺と彼女とビリーだけでそこまでヒッチハイクをしていった
若い奴らが車の外枠を取っちまって
殆ど何にも残っちゃいなかった
だけど内装の方は 内側はまだ大丈夫だった
それで俺達は線路沿いを走ったり
バックシートでライドに繰り出したりしたんだ
彼女がライドに連れ出してくれた バックシートで
あの古びたキャデラックのバックシートで
あいつはスパイク付のブーツを履いていて
彼女は高いヒールの靴
そう バックシートで
俺を傷つければいい
テリー
俺をぼろぼろにしてしまえ
世界も そして世界は回る
ぐるぐると
そして落ちていく
ぐるぐる
そして俺達は身を落とすばかり
思い出すよ あの夜連中は
農家の廃屋に火を放った
通りを半マイルほど行った先にあって
奴らはバイクで集まっていた
消防車も来ていた
激しい炎が空をもなめるのが俺達にも見えた
火が平野をとらえるまで
俺達はボンネットに座って炎がこちらに向かってくるのを見ていた
炎が広野を越えて俺達に迫ってくるのを見ていた
そして俺達は再び通りに出る
町へ帰ろうと
そして そして
そして彼女は俺にキスをした
そして彼女は俺にキスをした
そして約束をしたんだ
彼女は俺に誓った
そして彼女は嘘を告げた
彼女は欺いた
優しい嘘を
甘い嘘を幾つも重ねて
そして俺は祈るばかりだった
覚えている 俺は祈っていた
神が天使をよこしてくれますようにと
そしてこのろくでもない町を丸ごと海に吹き飛ばしてくれるようにと
海に向かって
すべて追いやってしまえ
吹き飛ばしてしまえ
すっかり粉々になるまで
消し飛ばしてしまえ
一切を ことごとく
消し去ってしまえ
裏通りに逃げ込み 裏通りに身を隠す
裏通りに姿を隠す 裏通りの中で
言えよ!そうだろう!
裏通りで ひっそりと身を潜めて
裏通りに姿を隠しながら
いいんだ
俺たちは裏通りでひっそりと生きるのだから
裏通りで 裏通りで そして俺達は去る
ENGLISH
</object>
今日は年末にリクエストを頂いたものを取り上げました。1977年3月25日、Boston Music Hallで行なわれたブルース・スプリングスティーンのコンサートから、"Backstreets"の壮大な演奏です。こんなことを言っていてはいけないのだけれど、ご紹介くださった方にとって、とても思い入れの強い大切な内容だと思うと、何だか私が日本語に置き換えるという意味で、解釈をしてしまうのは、とても僭越なことに思えたし、気を引き締めさせられる作業でした。英語を日本語にするということは、結局、私のイメージや言葉が作り出す世界から逃れられない作業です。もし、「この部分はこんなふうに解釈していた」だとか、「こうも解釈できる」というような点があれば、ぜひどなたでもお聞かせ願えればと心から思っています。私自身のイメージも膨らみ、今後の解釈にも発展させていけると思います。
さて、この日のボストンでの演奏は、『Darkness on the Edge of Town』(1978)のスタジオレコーディング作業に入る前の最後のコンサートでした。『Born to Run』(1975)のリリースから1年半以上経っている時期ですが、その間ブルースはマネージャーであったマイク・アペルとの訴訟に巻き込まれ、スタジオ作業も差し止められる中で、コンサートによって音楽的衝動の表出させると共に、生活を立ててもいました。デイヴ・マーシュによる『明日なき暴走』(ソニー・CBS出版、1982年)、3月22日に法廷でブルースにとって前向きな展開がありました。そのため、この25日の演奏を最後に一旦、ツアーに区切りがつけられたのでした。けれども、この日の演奏にそうしたことから生じる解放感や喜びが反映されているかといえば、それはどうかな、というのが私の印象です。もちろん、22日の決定が彼のアーティストとしての自由を完全に保証したのでもなかったけれど、それ以上に、ブルースの心のありようは『Darkness』を作り上げるような、何があっても浮かれる訳にはいかない重しを抱えたものだったと思います。意識的にも無意識的にも。
取り上げた"Backstreets"の演奏も始まりからして、何とも言えない苦みか胸を刺されるような痛みがあるように感じます。そういう意味で、とても個人的なことだけれど、私がこの演奏を好んで聴きたいかと問われれば、心が沈んでしまって辛いと答えてしまうかもしれません。試しに、私が持っていた、77年以降のツアー音源で3月25日に1番近い日の"Backstreets"の演奏を聴いてみたのだけれど、やっぱり全然違っていました。私が聴いたのは1978年7月7日のコンサートで、演奏自体は同じ後半に3月25日とも重なる言葉を用いた、似て非なる語りがはさみ込まれた長いものではあります。でも、歌い方も違えば、語り手が求めているものも違う。78年7月は既に『Darkness』が世に出た後で、ブルースは自分に起きたことを少なくともひとまず、飲み込む心の奥行みたいなものを得たように思われるのです。テリーに対して、語り手は「理由を知りたいだけなんだ」と迫るのが78年。「町も何もかも海へと吹き飛ばしてしまえ」と言い放ってしまう外ないのが77年3月25日でした。
けれども、3月25日の演奏に挿し込まれた語りは、自分の今いる場所を忘れさせてしまうような具体的な情景を描き出していて、これは本当に素晴らしいです。ドラマティックな演奏に乗せて、すべてを語りきらないからこそ、断片的なイメージが強く心に残ります。夜の闇を照らし出す不良少年たちが放った火を、次第に熱気が迫り、草の焼ける匂いがする中で、見つめていたような気がしてしまう。そして外枠が無いに等しい車に乗って、暗い町に帰って行く道のりが見える気がする。鮮やかな火の色と、それと対を為す闇が、その中のテリーが、どれだけ忘れ難く記憶に焼きついているか、自分の一部となっているか、今の自分を駆り立てているか。そして、それに苦しめられているか。最後に"Backstreets"のフレーズにたち返り、「Say it!」と繰り返す部分も胸に迫ります。モノローグであるために、決してそれが報われないやりきれなさもあるのだけれど、感情の高まりに、逆に不思議なことに聴いている自分自身の心は洗われるような気もするのです。少なくとも、始まりほど心を引きずられる感じはしない。演奏が終わった時にはやはり、悲哀を感じてしまうけれど、コンサートの中ではそのまま"Jungleland"に流れこんでいくさまに救われます。
最後に、ブルース・スプリングスティーンのコンサートの音源はこちらで自由にダウンロードすることができます。私も今日取り上げたボストンでの演奏は、このウェブサイトからいただきました。
その涙を洗い流してしまえ
目を開けて
涙は流れるままにすればいい
胸に焼き付き
最早お前と分かち難くなった
だから、どうかリトル・ガール 泣くんじゃない
泣くことはない
すべて過ぎ去ったことなのだから
今夜
今夜は
俺に身を預けるんだ
そして俺たち2人でここを去る
穏やかで多くの連中が群れていたある夏俺とテリーは友達になった
俺達が生れ落ちた炎を吸い込もうとしつつも叶わず
行き合う車をつかまえながら街外れまで足を伸ばし そっと信義を交し合った
打ち捨てられた海辺の小屋で暑さにうだりながら眠り
そして裏通りに身を潜めていた 裏通りに
激しい愛と敗北感でいっぱいになりながら
夜には生きがいを求めて裏通りを駆けていた
暗がりの中 スローなダンスを踊った浜辺のストックトンズ・ウィング
望みの無い恋人達が車を停める場所
俺達は最後に残ったデューク・ストリートの王者達と一緒に腰掛けた
車の中で抱き合い 鐘が鳴るのを待っていた
夜が深まり 何もかもから自由になれるのを
裏通りに出て駆けるのを 裏通りで駆けるのを
俺達は誓い合った 永遠に生きるのだと この裏通りで そう信じ合った
止むことのないジュークボックスと
バレンティノのパーティで涙を拭う踊り手達
通りの先 ぼろぼろになった服で暗闇の中へと走っていく
ひどく傷つき 中には死の瀬戸際にある者さえいる
夜には うらぶれた街の叫びが聞こえたろう
俺達を殺した嘘を恨み
俺達をくたびれさせた真実を呪って すべて俺のせいにしてもいい
もう俺にはどうでもいい事だ
深夜には全てが挫かれてしまう今となっては
言うべき事など何も無かった
俺はあいつが憎かった そしてお前を憎んだ お前が去って行ったから
お前は確かに言った!
もうこれきりで終わりにすると!
暗闇の中でこうして横たわっていると 俺の胸の上のお前は天使のよう
不実を嘆き 行くあてもなく彷徨う心を持つ1人に過ぎない
俺達がよく観に行った映画は テリー どれも覚えているか
こんなふうにならなければと思った英雄達の歩き方を真似たっけ
そして結局最後には思い知るんだ 俺達も他の連中と変わらないと
広場に立ち尽くし 無理にも打ち明けざるを得なくなる
裏通りに身を隠していた事を 裏通りに身を隠していた事を
俺達は誓った この裏通りでいつまでも仲間でいようと 最後まで
裏通りに身を隠しながら
最後の時まで
俺とお前とで
俺とお前と2人で
思い出すんだ 駆け戻って行ったことを
あの車を捨てて行った男のことを
町から1マイル半ほど離れた広野だった
夜 俺と彼女とビリーだけでそこまでヒッチハイクをしていった
若い奴らが車の外枠を取っちまって
殆ど何にも残っちゃいなかった
だけど内装の方は 内側はまだ大丈夫だった
それで俺達は線路沿いを走ったり
バックシートでライドに繰り出したりしたんだ
彼女がライドに連れ出してくれた バックシートで
あの古びたキャデラックのバックシートで
あいつはスパイク付のブーツを履いていて
彼女は高いヒールの靴
そう バックシートで
俺を傷つければいい
テリー
俺をぼろぼろにしてしまえ
世界も そして世界は回る
ぐるぐると
そして落ちていく
ぐるぐる
そして俺達は身を落とすばかり
思い出すよ あの夜連中は
農家の廃屋に火を放った
通りを半マイルほど行った先にあって
奴らはバイクで集まっていた
消防車も来ていた
激しい炎が空をもなめるのが俺達にも見えた
火が平野をとらえるまで
俺達はボンネットに座って炎がこちらに向かってくるのを見ていた
炎が広野を越えて俺達に迫ってくるのを見ていた
そして俺達は再び通りに出る
町へ帰ろうと
そして そして
そして彼女は俺にキスをした
そして彼女は俺にキスをした
そして約束をしたんだ
彼女は俺に誓った
そして彼女は嘘を告げた
彼女は欺いた
優しい嘘を
甘い嘘を幾つも重ねて
そして俺は祈るばかりだった
覚えている 俺は祈っていた
神が天使をよこしてくれますようにと
そしてこのろくでもない町を丸ごと海に吹き飛ばしてくれるようにと
海に向かって
すべて追いやってしまえ
吹き飛ばしてしまえ
すっかり粉々になるまで
消し飛ばしてしまえ
一切を ことごとく
消し去ってしまえ
裏通りに逃げ込み 裏通りに身を隠す
裏通りに姿を隠す 裏通りの中で
言えよ!そうだろう!
裏通りで ひっそりと身を潜めて
裏通りに姿を隠しながら
いいんだ
俺たちは裏通りでひっそりと生きるのだから
裏通りで 裏通りで そして俺達は去る
ENGLISH
</object>
今日は年末にリクエストを頂いたものを取り上げました。1977年3月25日、Boston Music Hallで行なわれたブルース・スプリングスティーンのコンサートから、"Backstreets"の壮大な演奏です。こんなことを言っていてはいけないのだけれど、ご紹介くださった方にとって、とても思い入れの強い大切な内容だと思うと、何だか私が日本語に置き換えるという意味で、解釈をしてしまうのは、とても僭越なことに思えたし、気を引き締めさせられる作業でした。英語を日本語にするということは、結局、私のイメージや言葉が作り出す世界から逃れられない作業です。もし、「この部分はこんなふうに解釈していた」だとか、「こうも解釈できる」というような点があれば、ぜひどなたでもお聞かせ願えればと心から思っています。私自身のイメージも膨らみ、今後の解釈にも発展させていけると思います。
さて、この日のボストンでの演奏は、『Darkness on the Edge of Town』(1978)のスタジオレコーディング作業に入る前の最後のコンサートでした。『Born to Run』(1975)のリリースから1年半以上経っている時期ですが、その間ブルースはマネージャーであったマイク・アペルとの訴訟に巻き込まれ、スタジオ作業も差し止められる中で、コンサートによって音楽的衝動の表出させると共に、生活を立ててもいました。デイヴ・マーシュによる『明日なき暴走』(ソニー・CBS出版、1982年)、3月22日に法廷でブルースにとって前向きな展開がありました。そのため、この25日の演奏を最後に一旦、ツアーに区切りがつけられたのでした。けれども、この日の演奏にそうしたことから生じる解放感や喜びが反映されているかといえば、それはどうかな、というのが私の印象です。もちろん、22日の決定が彼のアーティストとしての自由を完全に保証したのでもなかったけれど、それ以上に、ブルースの心のありようは『Darkness』を作り上げるような、何があっても浮かれる訳にはいかない重しを抱えたものだったと思います。意識的にも無意識的にも。
取り上げた"Backstreets"の演奏も始まりからして、何とも言えない苦みか胸を刺されるような痛みがあるように感じます。そういう意味で、とても個人的なことだけれど、私がこの演奏を好んで聴きたいかと問われれば、心が沈んでしまって辛いと答えてしまうかもしれません。試しに、私が持っていた、77年以降のツアー音源で3月25日に1番近い日の"Backstreets"の演奏を聴いてみたのだけれど、やっぱり全然違っていました。私が聴いたのは1978年7月7日のコンサートで、演奏自体は同じ後半に3月25日とも重なる言葉を用いた、似て非なる語りがはさみ込まれた長いものではあります。でも、歌い方も違えば、語り手が求めているものも違う。78年7月は既に『Darkness』が世に出た後で、ブルースは自分に起きたことを少なくともひとまず、飲み込む心の奥行みたいなものを得たように思われるのです。テリーに対して、語り手は「理由を知りたいだけなんだ」と迫るのが78年。「町も何もかも海へと吹き飛ばしてしまえ」と言い放ってしまう外ないのが77年3月25日でした。
けれども、3月25日の演奏に挿し込まれた語りは、自分の今いる場所を忘れさせてしまうような具体的な情景を描き出していて、これは本当に素晴らしいです。ドラマティックな演奏に乗せて、すべてを語りきらないからこそ、断片的なイメージが強く心に残ります。夜の闇を照らし出す不良少年たちが放った火を、次第に熱気が迫り、草の焼ける匂いがする中で、見つめていたような気がしてしまう。そして外枠が無いに等しい車に乗って、暗い町に帰って行く道のりが見える気がする。鮮やかな火の色と、それと対を為す闇が、その中のテリーが、どれだけ忘れ難く記憶に焼きついているか、自分の一部となっているか、今の自分を駆り立てているか。そして、それに苦しめられているか。最後に"Backstreets"のフレーズにたち返り、「Say it!」と繰り返す部分も胸に迫ります。モノローグであるために、決してそれが報われないやりきれなさもあるのだけれど、感情の高まりに、逆に不思議なことに聴いている自分自身の心は洗われるような気もするのです。少なくとも、始まりほど心を引きずられる感じはしない。演奏が終わった時にはやはり、悲哀を感じてしまうけれど、コンサートの中ではそのまま"Jungleland"に流れこんでいくさまに救われます。
最後に、ブルース・スプリングスティーンのコンサートの音源はこちらで自由にダウンロードすることができます。私も今日取り上げたボストンでの演奏は、このウェブサイトからいただきました。