牢につながれたパウロとシラスには
保釈のための金もなかった
目標から目を離してはいけない
諦めてはいけない
パウロとシラスは
一巻の終わりだと思ったが
牢が揺れ
鎖が解けた
勝利を見据えて
踏ん張り続けよう
自由の名のなんと甘美なことか
やがて僕らもそれを手にする
目標から目を離さず
屈しないで
僕にはイエスが教えられた鋤がある
何も要らない
これから踏み出す旅のためには
勝利を見据えて
諦めずにいるだけ
負けないで 持ちこたえよう
得るべきものを見据えて
諦めない
人が受け入れられる鎖は
つないだ手と手でできるものだけ
目標から目を離さず
頑張り続ける
大きなグレイハウンドバスに
乗りこんで
愛を運ぶ
町から町へ
勝利の目標は片時も忘れず
屈しない
僕の過ちは
荒野にあまりも長い間
身を置いてしまったことだけ
勝利をしっかり見据えるんだ
負けるんじゃない
僕らが正しいことをしたとすれば
それは闘いを始めた日
勝利の目標を見定め
諦めない
天国は見たことがないが
聞いた話では
通りはどこも
黄金で舗装されているそうだ
ENGLISH
</object>
今日の記事は私の学習メモのようなものです。アメリカの公民権運動を扱った歴史ドキュメンタリーの大作『Eyes on the Prize』(1987)の話になった際に、もとの曲である”Eyes on the Prize”の内容を問われて、しどろもどろになってしまったという情けない出来事への反省を念をこめて。
もともと作者不明のスピリチュアル(霊歌)である、この曲には少し歴史があります。『We Shall Overcome: The Seeger Sessions』(2006)でカバーしたブルース・スプリングスティーンはこの曲について、ブックレットに以下のようなコメントを寄せています。
「ホリネス教会の賛美歌で、”Gospel Plow”や”Paul and Silas”、”Hold On”としても知られている。「鋤から手を離すな」というフレーズは1956年に公民権運動家のアリス・ワインによって「目標から目を離すな」と書き変えられた。自由を求めて行進した地方の人々が歌ったもののレコーディングが何にも増して刺激的だ。」
“We Shall Overcome”(「勝利を我らに」)などのように、この曲も公民権運動の際には広く歌われたようで、ピート・シーガーやボブ・ディランもレコーディングを残しています。(ボブ・ディランは”Gospel Plow”のタイトルで1962年のセルフ・タイトルのアルバムに収録。)
歌詞の内容は、スピリチュアルなので聖書に基づいたものになっています。私は聖書には不案内なのですが、調べてみると、最初の2連は『新約聖書』における「使徒行伝」に登場する逸話に基づいているものだそうです。そして、4連目、’gospel plow’が出てくるくだりは、「ルカによる福音書」で読むことができる箇所だということです。特に’gospel plow’の部分は聖書の該当箇所を読んでも私にはよく意味が分からなかったのだけど、こちらの解説を読んで納得しました。他のことに心を奪われることなく、定めた目標を忠実に追求する、というのが’Keep your eyes on the prize’というフレーズと重なる意味になっているのでした。
けれども、この”keep your eyes on the prize”という表現は日本語にするのが難しいものでした。’prize’という言葉の意味は「到達や獲得が難しい、とても大切で貴重なもの/こと」(Oxford Advanced Learner’s Dictionary)と定義されていて、この曲の公民権運動の文脈においては、もちろん黒人の公民権獲得を意味しています。得難いものではあるけれど、諦めず、闘い取るまで一心に努力を重ねるその対象を意味しているということで、訳の中では「目標」や「勝利」、「権利」という言葉などに置き換えてみました。あまりうまくはないけれど。
これでいつかまた尋ねられた時には、きっと少しは説明ができると思います。それにしても、改めてブルース・スプリングスティーンの演奏を聴くと味があってとてもいいです。抑えた表現の中から、見据えた目標を前にして心内に湧き起こる高揚感が滲み出すようで、聴いているだけで何か心が逸るようです。『Live in Dublin』(2007)の演奏が素晴らしいです。
保釈のための金もなかった
目標から目を離してはいけない
諦めてはいけない
パウロとシラスは
一巻の終わりだと思ったが
牢が揺れ
鎖が解けた
勝利を見据えて
踏ん張り続けよう
自由の名のなんと甘美なことか
やがて僕らもそれを手にする
目標から目を離さず
屈しないで
僕にはイエスが教えられた鋤がある
何も要らない
これから踏み出す旅のためには
勝利を見据えて
諦めずにいるだけ
負けないで 持ちこたえよう
得るべきものを見据えて
諦めない
人が受け入れられる鎖は
つないだ手と手でできるものだけ
目標から目を離さず
頑張り続ける
大きなグレイハウンドバスに
乗りこんで
愛を運ぶ
町から町へ
勝利の目標は片時も忘れず
屈しない
僕の過ちは
荒野にあまりも長い間
身を置いてしまったことだけ
勝利をしっかり見据えるんだ
負けるんじゃない
僕らが正しいことをしたとすれば
それは闘いを始めた日
勝利の目標を見定め
諦めない
天国は見たことがないが
聞いた話では
通りはどこも
黄金で舗装されているそうだ
ENGLISH
</object>
今日の記事は私の学習メモのようなものです。アメリカの公民権運動を扱った歴史ドキュメンタリーの大作『Eyes on the Prize』(1987)の話になった際に、もとの曲である”Eyes on the Prize”の内容を問われて、しどろもどろになってしまったという情けない出来事への反省を念をこめて。
もともと作者不明のスピリチュアル(霊歌)である、この曲には少し歴史があります。『We Shall Overcome: The Seeger Sessions』(2006)でカバーしたブルース・スプリングスティーンはこの曲について、ブックレットに以下のようなコメントを寄せています。
「ホリネス教会の賛美歌で、”Gospel Plow”や”Paul and Silas”、”Hold On”としても知られている。「鋤から手を離すな」というフレーズは1956年に公民権運動家のアリス・ワインによって「目標から目を離すな」と書き変えられた。自由を求めて行進した地方の人々が歌ったもののレコーディングが何にも増して刺激的だ。」
“We Shall Overcome”(「勝利を我らに」)などのように、この曲も公民権運動の際には広く歌われたようで、ピート・シーガーやボブ・ディランもレコーディングを残しています。(ボブ・ディランは”Gospel Plow”のタイトルで1962年のセルフ・タイトルのアルバムに収録。)
歌詞の内容は、スピリチュアルなので聖書に基づいたものになっています。私は聖書には不案内なのですが、調べてみると、最初の2連は『新約聖書』における「使徒行伝」に登場する逸話に基づいているものだそうです。そして、4連目、’gospel plow’が出てくるくだりは、「ルカによる福音書」で読むことができる箇所だということです。特に’gospel plow’の部分は聖書の該当箇所を読んでも私にはよく意味が分からなかったのだけど、こちらの解説を読んで納得しました。他のことに心を奪われることなく、定めた目標を忠実に追求する、というのが’Keep your eyes on the prize’というフレーズと重なる意味になっているのでした。
けれども、この”keep your eyes on the prize”という表現は日本語にするのが難しいものでした。’prize’という言葉の意味は「到達や獲得が難しい、とても大切で貴重なもの/こと」(Oxford Advanced Learner’s Dictionary)と定義されていて、この曲の公民権運動の文脈においては、もちろん黒人の公民権獲得を意味しています。得難いものではあるけれど、諦めず、闘い取るまで一心に努力を重ねるその対象を意味しているということで、訳の中では「目標」や「勝利」、「権利」という言葉などに置き換えてみました。あまりうまくはないけれど。
これでいつかまた尋ねられた時には、きっと少しは説明ができると思います。それにしても、改めてブルース・スプリングスティーンの演奏を聴くと味があってとてもいいです。抑えた表現の中から、見据えた目標を前にして心内に湧き起こる高揚感が滲み出すようで、聴いているだけで何か心が逸るようです。『Live in Dublin』(2007)の演奏が素晴らしいです。