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遠い家への道のり (Reprise)

Bruce Springsteen & I

Wavves Live @ Shibuya Club Quattro (2011/03/03)

2011-03-06 03:16:23 | Live in Concert
"Post Acid"

マジで惨め
慰めてくれない?
俺が必要としている時には
分かってくれる?

理解してくれんの?
俺が必要としている時には
分かってくれる?

俺は楽しんでるだけ
楽しい思いをしてるだけなんだって

君とね
君とだよ

手を握ってよ
手をとってくれない
俺が必要としている時には
分かってくれる?

ENGLISH


3月3日には、渋谷クラブクアトロでWavvesのコンサートがありました。
Wavvesはカリフォルニア、サンディエゴ出身のネイサン・ウィリアムスを中心とするプロジェクトです。ブルース・スプリングスティーンガスライト・アンセムなんかとは大分毛色の違うアーティストですが、偶然、去年12月に日本盤がリリースされた最新アルバム『King of the Beach』(2010)を聴く機会があり、割と好きになった人でした。1曲目のタイトル曲から活きが良くて、掴みも良くて、中には"Baseball Cards"のようにBeach Boysを思わせるようなコーラスやウォール・オブ・サウンドっぽいプロダクションがあったりしてなかなか楽しい1枚でした。寒い日に聴くとなんとなく暖かくなる気がして時々聴いていました。

でもそれ以上に、もしかするとWavvesのような人なり、音楽なり、というのは私にとってはブルース・スプリングスティーンと対極にあって、だからこそ時々必要になるようなものなのかもしれません。ブルースの音楽は私にとって時に厳しいまでの誠実さを強いるもの、つまり自分や自分の生き方との妥協のない向き合い方を強いるものだと思うのです。でも時にはそういうこともできないくらい気持ちが弱くなってしまうこともある。人のせいにしたり、もうどうでもいいやという気持ちでいろいろなことを放り出したくなってしまうことももちろんある訳です。Wavvesは私にとってはそういう時のための音楽という向きが強いかもしれないです。気怠い歌とうるさい楽器の音の組み合わせはとても気持ち良く、繰り返しの多い歌詞も難しいことを言わない。「俺の真後ろで俺のことを笑い者にしてただろう/でも俺は不死身だし/頭の中でサーフィンしに行こう」"Idiot")というような開き直っているのか逃げているのかよく分からないような態度。

高校生の頃、Babyshamblesというバンドの"Fuck Forever"という曲がとても好きで、どうしようもなくつまらない気分で学校に行くバスに朝早く乗りながら、イヤホンでこの曲を大きな音でかけていたのを今でもとても鮮明に思い出すことができるのだけど、それは、なんてつまらないんだろう!という気分と同時に、でもある種の逃げ場か解放感を与えてくれるものでもあったのです。中心メンバーのピート・ドハーティの生活も含めて頽廃的で破壊的なものに自分の気持ちを代弁させていたということなのかもしれません。Wavvesのもたらす心地良さというのはどことなく、その時の感情を思い出させるものでもあるな、と思うのです。3日の日に彼のコンサートを観たいと思ったのは、2月最後の日にSuze Rotoloの訃報を聞いてからというもの、どうにも心が晴れなかったから、というのが1つの理由でした。

コンサートはもう少し手頃なチケット価格で小さな会場でお客さんとぐちゃっと親密さを感じられると良かったなとは思うけれど、期待外れということもなく楽しめました。特にアンコールの最後にものすごい勢いで演奏された"Post Acid"は確かに何とは言えない憂鬱をさっぱり吹き飛ばしてくれるくらい良かった。短いコンサートだったので(1時間くらい)、これで終わるのは惜しいなという思いがあった半面、これ以上良い終わり方はないとも思えるくらいかっこ良かったです。聞いたところでは、ネイサンくん(と言いたくなるくらい見た目が若かった。たぶん同い年くらいだと思うのだけれど)は結構とんでもない人らしいということだったので、どんなことになるのか、どんな人なのか少し不安に思いながら来たけれど、ステージに現れた様子は本当に普通の男の子という感じで留学中に大教室で受けていたアメリカ史の授業にあんな男の子がいたな…と思ったくらいでした。着ているものも、本当に今時の普通のアメリカの白人の男の子という感じです。曲と曲の間でチューニングをしながらMCとも言えないような小声の独り言のような話をしたり、よく分からない冗談を言って、こちらも応え方に戸惑って微妙な雰囲気になったり、ということもあって、不慣れな感じは否めなかったけれど、演奏は結構安定しているようで(出だしで間違ったりはしていたけれど)自然と身を任せて没頭しているうちにあっという間に終わってしまいました。途中で挟まれたBlack Flag"Nervous Breakdown"のカバ-は1番Wavvesらしさがなくて、素人が好きでカバーしているみたいだったのが印象的でした。

セットリストはこちらをご覧ください。

The Rubinoos Live @ 新宿JAM (11/02/10)

2011-02-19 00:26:19 | Live in Concert

"Hurts Too Much"

昨夜 あれだけのことを言っておきながら
どうして平気で電話をかけたりできるんだろう
君が自由になりたいというのは分かるよ
だけど僕が時間を無駄にするとは思わないでほしい
座ってぼんやり君が出るのを待っているなんて
君が順番待ちをさせている他の6人の男と一緒に

あまりに辛い
心が痛んで仕方がない

君が放っておいてほしいというのはよく分かった
だけど傍にいてほしいと思った時に僕がいるとは期待しないでくれ
今でも君のことがあまりに好きだから
君のコレクションの一部になる気にはなれない
だから距離を置くのがいいと思う
そして良くない関係を断ち切るんだ

あまりにも辛い 今君に会うのは
辛すぎる 君のすべてをものにできないのは
心が痛んで仕方がない 君は一体何を期待しているんだ
あまりに胸が痛むよ

ENGLISH


今日は10日(木)に新宿JAMで観ることのできた、The Rubinoosの公演について書こうと思います。今回の日本公演は結成40周年を記念したものだ、ということだったのだけれど、私自身は、彼らを知って半年くらいでした。昨年8月にThe Yum Yumsというノルウェーのバンドのコンサート観て、音楽を聴く楽しさの基本に帰ることができたような気持ちになったことをこちらで書いたのですが、ルビナーズはヤムヤムスを通じて知ったバンドだったのです。ルビナーズの代表曲である"I Wanna Be Your Boyfriend"をヤムヤムスがカバーしていたのでした。そして、ヤムヤムスのコンサートがあまりにも楽しかったので、彼らがカバーするようなアーティストならきっと楽しいに違いないという思いから、殆ど何も知らないままに出かけたのでした。

小さな会場で行なわれたコンサートはとても暖かな空気に満ちた素敵なものでした。力でぐいぐい押すというようなところは全然なくて、これが円熟味というものなのかどうかは分からないけれど、不思議な柔らかさというか円みを感じさせる優しい演奏でした。けれども、それが全面に出ているというよりはぴたりとはまったコーラス(これは反対にとても若々しい!)や弾力のある軽快さの背後から滲み出てくるようなものだったために一層魅力的だったように思います。メンバーは私の場所からはドラム以外の3人の方しか見えなかったけれど、とても粋な方達でした。1番よく見えたベーシストのアル・チャンの笑顔は忘れられないくらい素敵でした。

今回のコンサートで最も強く印象に残っているのはヤムヤムスから始まって、なにか循環、というものを意識させられたということです。私はこれまではコンサートに行くとそれは毎回毎回、1度きりのことであって、同じ経験は2度とできないのだという切なさみたいなものを感じてしまって、だからこそ精いっぱい楽しまなくては、という気持ちにもなっていました。でも今回、"I Wanna Be Your Boyfriend"を聴きながら、ヤムヤムズの時と同じ高揚感や幸せな気持ちを味わって、最後にThe Archiesの1969年のヒット曲である"Sugar, Sugar"がお客さんとやりとりをしながら演奏されるのに胸を高鳴らせているとそこには1回きりという哀しさよりも、もっと大きな時間的な広がりがあるような感覚になったのでした。もちろん個々のバンドの持つ特別さはあるけれど、それでも私が観ることのないアーチーズの楽曲をこうして胸がいっぱいになるような演奏で聴くことができる。そして、そもそも私は別のバンドに導かれて今夜ここでルビナーズを観ている。これは本当に不思議な、初めての心持ちでした。そしてコンサートの後、家に帰ってルビナーズを聴いてから、今度はアーチーズを聴き、最後にヤムヤムスを聴くと、そこには"Sugar Rush"という曲があり、彼らもまた、その中で"Sugar Sugar"を少しだけ取り上げていました。ある種の音楽は、決して立ち消えてしまうことなく、幾度でも演奏され、味わわれ、少し、或いはたいへんに形を変えて、新しい人に出会っていき、それに比べたら私の方がずっと束の間の時間を生きているのかもしれない。こうしたことはもちろん後になってから考えたことだけれど、思わず考えが広がるような余韻を残す公演でした。



Train @ duo music exchange (2010/06/16)

2010-06-16 23:58:01 | Live in Concert
"When I Look to the Sky"

ひどい雨が降り ドアを押し開ける
いつでも安全で濡れたりしないと思っていた床が水浸し
航海の最中 僕らは愛する人に唇を押し当て
さよならを言わなくてはいけない

海を漂流していると
君が感じられる 僕を行かせまいとしているんじゃないかと思えたりする

僕が空を見上げると 何かが教えてくれるから
君はここで僕の傍にいて
心配事もなくしてくれる
道を見失ったように思える時にも 何かが僕に言う
君はここで僕の傍にいると
そして僕は君がいればいつだってちゃんと道を見出せる

言わなかったけど後から忙しい日に話したこと
1度もしたことがないキッチンでのダンス
見逃した夕日はみんなキスに込めて贈るよ
君をそうしたものの中から見つけ出す 海に漕ぎ出す時には

この海に漂っていると
君が感じられる 決意は決して失われないという僕の希望のように

前向きでも 落ち込んでいても どこにいても 頭上の飛行機だとしても
とにかく空を飛ぶなんて不可能に思えてしまう
でも君がいれば 翼を広げることができる
そして生きる僕に与えられた全てのものの上から自分自身の姿を見るんだ
それが過ぎ去らないようにと願う時

僕を知る人などひとりもいないように思える時
君が現れ 僕を導いてくれる

ENGLISH

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渋谷duo music exchangeでtrainのコンサートを観てきました。本当に素晴らしかったです。良い意味で予想を裏切られる場面がとてもたくさんありました。音楽やメンバーの印象から、私自身はバンドに対して堅実だけれど地味、というイメージを持っていて、コンサートもきっとそういう仕掛けや言葉数の少ないものなのではないかな、と思っていました。ところが、実際のトレインのステージはそんな先入観とは殆ど正反対と言っていい、最高にエンターテイニングなものでした。舞台を右に左にと自由に移動するフロントマンのパット・モナハンはオーディエンスの盛り上げ方をとてもよく心得ていて、コール&レスポンスをふんだんに入れたり、ファンサービスも生半可なものではありませんでした。クラウドサーフィンはするし、女の子たちをステージに上げて歌って踊ってもらってTシャツをプレゼントし、舞台から降りてきて前列の人たちに端から端まで伸ばされた届く限りの手と握手もしていました。

けれど、そうしたサービスはあくまでも引き立て役でしかありません。演奏も想像以上にタイトで、とても聴き応えがありました。よくブルース・スプリングスティーンなんかは、ライブを観て初めて真価が分かると言われますが、私はトレインもそういうアーティストだと今日のコンサートを観てつくづく思いました。私が先入観として持っていた堅実さは、確かに演奏の中にしっかり見られるものだと思います。ただ、それ以上に全体が華やかでもあったということなのです。レコードで聴いていた時から、私が心を奪われていたパットの歌声は、目の前で聴くとその力強さと自由自在に色が変わる巧みさに殆ど呆然としてしまいました。その声はしばしば、ゴスペルを想起させるほどソウルフルになったかと思うと、リトル・リチャードばりのシャウトを聞かせたり、繊細な子守唄のような声で歌い、更には軽快にオーディエンスを躍らせてしまうのです。私が最も驚かされ、心を動かされたのは"When I Look to the Sky"でした。彼は始める前に、3作目のアルバムに収められたこの曲は、とても大切な1曲で、マイクなしで歌いたいと思う、と観客に告げました。そして、小さく抑えたキーボードに乗せて、本当にマイクを切ってこの曲を歌い始めたのです。ロックミュージックのコンサートに行って、こんな事をする人を観たのは生まれて初めてでした。なぜ、大切な曲でマイクなしで歌わなくてはいけないのか、そういった理由は私には分からないけれど、その歌声には何か人の心を動かすとてもとても強い力がありました。私は、普段音楽を聴く時、なかなか純粋に音楽として楽しむことができません。特に最近は、歌詞や社会的背景・必然、そして自分自身の思いや記憶などと音楽が強く結びつくことでしかなかなか心を動かされなくなってしまっているように思います。けれど、この曲がマイクもなく歌われるのを聴いて、久しぶりに、いろいろな理屈や意味を抜きにして、音楽というものが昔から自分にとってどれだけ心惹かれるものであってきたのかを思い出さされたように感じたのでした。こうして振り返ってみると、今日のトレインのコンサートは、音楽そのものがいかに楽しく、感動的で、コミュニケーションの媒体になり得るかを雄弁に語るものだったように思えます。そして、トレインは出会った時から、ずっと私にとってそういうバンドだったのです。ブルース・スプリングスティーンに出会って、音楽の持つ音楽以上の可能性に強く惹かれるようになっていった後も、私の心から離れていくことのなかったこのバンドは、生きる術としてではなく、一緒に生きるものとしての音楽がある生活の魅力を形にしているように感じます。

そして、やっぱり今日のハイライトと言えば、"Hey Soul Sister"の演奏だったと思います。ジミーがウクレレを手にしただけで、もう演奏されることが分かり、沸き立つオーディエンスを前に、パットがアカペラで出だしを歌い始めると、オーディエンスが声を合わせ、マイクを向けられても歌い続ける場面がありました。パットは(たぶん、英語があまり通じないと思っている)日本のオーディエンスがこうして歌詞を覚えて、歌い返したことに少し驚いているように見えました。そしてとても嬉しそうでした。その表情が私にもとても嬉しかった。この曲のシンガロングで感じられた一体感は、特定のコンサートでしか感じられない特別の瞬間のように思います。アンコールの"Drops of Jupiter"では隣のお兄さんがこっそり涙を拭いていて、思わず貰い泣きをしそうでした。13歳の頃の自分に、9年後にこんなに素敵なコンサートを渋谷で観られるんだと教えたら一体どんな気がしただろう、と思います。

パットは言いました。「何で日本に来るまでこんなにも時間がかかっちゃったんだろうね。でも、これからは何度も戻って来るよ!」ぜひ、その言葉通りであってほしいです。彼らのコンサートには観る人を心から幸せにできる音楽の力が漲っていました。私はもっと何度でもトレインのコンサートに行きたいし、もっともっと沢山の人にこのコンサートを味わってほしい。



Green Day @ Saitama Super Arena (10/01/24)

2010-01-27 22:37:13 | Live in Concert
1月24日のグリーン・デイのさいたまスーパーアリーナでのコンサートについては書いてみたらライブレポートになりませんでした。23日のショーでは記事にも書いたように「最新のグリーン・デイを目撃している」という感覚を受け、アルバム『21st Century Breakdown』の文脈からステージを興味深く眺める事になりました。しかし、打って変わって24日には、私はことごとく内省的になってしまい、そのせいでかなり感傷的な気分になってしまいました。そして、「最新のグリーン・デイ」というよりは、過去とのつながりの中で今ここに存在するグリーン・デイを観ているのだという思いになりました。

何故そういう気持ちになったかというと、前日と同じ箇所で演奏された”!Viva La Gloria!”の前にビリー・ジョーが短いMCを挟んだからでした。静謐な鍵盤のイントロに乗せて、ビリーは言いました。「俺達が初めて東京に来たのは1996年のこと。俺は死ぬほど怖かった。(I was scared off my ass.) そして今は2010年。俺は今でも死ぬほど怯えてる」。たったそれだけの事だったのですが、この言葉がビリー達グリーン・デイのメンバーにとって意味すること、そして私自身にとって意味する事が一瞬のうちに私の頭を駆け巡り、胸がいっぱいになりました。この言葉をふと口にしたビリーはきっと心の中である種の感慨を抱いていたと思います。きっと96年に彼らが立ったのはもっとずっと小さな舞台で、ステージにはビリーとマイクとトレしかいなかった。その頃から見れば、何と遠くまで来た事だろう。それでも振り返ってみれば、大舞台を前にした時の怖れは実はそう変わってはいない。そして、『American Idiot』も『21st Century Breakdown』も今日に至るまでの全ての経験があったからこそ、作る事が可能になったものだったのです。私は最近、これまでの事を振り返ったり、これからの事を考える事がよくあります。5年前にグリーン・デイを大阪で観てから、随分遠くまで来たなと思う事もあります。叶えたかった幾つもの夢を実際に手にしたし、こんなふうになろうと思っていた自分にも近づいた気がします。でも、その反面、やっぱり私は私でしかないんだと思わされる場面もあります、良い面でも悪い面でも。結局、現在というのは決して真空状態から生まれる訳ではなくて、過去の延長線上にあるものでしかない。だから、過去の自分からは逃れられないし、過去の自分も今を形作る糧になる。でも、そうだとすればこれから私はどう生きていくべきなんだろう。そんな事を考えていると「グロリア、どこにいるんだ?」というこの曲の問いかけは、まるで自分の中の自分を探している声のようにも思え、涙が止まらなくなりました。

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この出来事のために、昨日は『21st Century Breakdown』の一部を成すように感じられた中盤の過去のヒット曲群が、この日は『21st CB』ができるための絶対不可欠の要素(経験)であるように感じられました。つまり、昨日はすべてが「現在」に鳴っていたのに対し、この日は現在に至るまでの時間の流れを意識させられたのです。”Longview”で引きこもって退屈で死にそうになったり、”Basket Case”でもう自分の頭がおかしくなっているのかどうかも分からなくなったりしたからこそ、クリスチャンというキャラクターは現代社会の中でリアルに描き出されたのです。

そして、”!Viva La Gloria!”でのビリーの言葉のために、この日とても胸を打った演奏が”21 Guns”でした。前日も素晴らしいと思ったけれど、24日は自分と曲の境界がなくなってしまうほど、自分にひきつけて聴いてしまったせいで、重みが一段と増しました。『21st Century Breakdown』という物語の中で”21 Guns”はターニングポイントとなる曲です。それまで闘いを挑み続けてきたクリスチャンが武器を捨て、闘いを放棄する事を決意し、怒れる自分を葬り去ろうとしています。私が最近、過去を振り返ったり、先の事を考えるのは自分が道を選ばなくてはいけないポイントに今まさに立っていると思うからです。そして、この先の自分はたぶん、もう5年前にグリーン・デイを観た時のように怒りに任せて突き進んだり、自分の信条を盲目的に信じたり、夢見がちでいる事はできない。大統領の退任や死去の際に打たれるという21の礼砲は、まるで人生の特別な一時期だけに存在し得る自分への別れのそれのように思えました。その事が何故これだけの感傷を引き起こし得るかというと、それは先に”!Viva La Gloria!”でビリーが示してみせたように、自分自身が過去の自分がいた事を忘れる事ができないからです。そもそも、セイント・ジミー的な(怒りに突き動かされた)自分を生み出したのも自分であって、その根本はどこへ行こうと、いつになろうと自分について周る。たとえ、昔の記憶通りに行動する事がもうできなくなってしまったとしても。

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24日はアンコール2曲目で念願の”Jesus of Suburbia”を聴く事ができました。でも、私が10代を生き延びるのを何よりも助けてくれ、私がどんなグリーン・デイの曲よりも歌詞を熟知している曲だったのに、”21 Guns”の後に聴くと何だか1歩ほど、この曲が遠ざかってしまったような気がして淋しくなりました。たぶん、コンサートが終わりに近づいていた事に対する感傷も手伝ったのかもしれません。

次にグリーン・デイのコンサートを観る時には、たぶん私は今とかなり違う立場にいるかもしれません。でも、グリーン・デイは96年も東京に来て、2010年にもまだ来ている。そして、私は5年前も彼らを観て、今年も観た。しかも、周囲には本当に様々な年齢層の方々がいました。私の後ろに立っていた2人組の男性の1人の開演前の言葉が心に残っています。「前回観た時は、成人したばっかりだったんだよ。・・・今日は生きて帰るのが目標だな。もう既に足が痛いし、座りたいなあとか思うけど」。たぶん、5年前には開演前から足が痛いなんて事は無かったのかな、と思います。でも彼も5年前と今では随分違う立場にいる筈ですが、今回もこうして2日共、グリーン・デイを観に来ていたのです。変わる事もあれば、変わらない事もある。そして私も光が見たい。『21st Century Breakdown』の物語の終わりは、次なる物語の始まりなのでした。

SET LIST for 2010/01/24 Green Day Live @ Saitama Super Arena

1 21ST CENTURY BREAKDOWN
2 KNOW YOUR ENEMY
3 EAST JESUS NOWHERE
4 HOLIDAY
5 THE STATIC AGE
6 !VIVA LA GLORIA!
7 ARE WE THE WAITING
8 ST.JIMMY
9 BOULEVARD OF BROKEN DREAMS
10 BURNOUT
11 GEEK STINK BREATH
12 HITCHIN A RIDE
13 WELCOME TO PARADISE
14 WHEN I COME AROUND
15 HIGHWAY TO HELL/YOU REALLY GOT ME
16 BRAIN STEW
17 JADED
18 LONGVIEW
19 BASKET CASE
20 SHE
21 KING FOR A DAY/SHOUT! (/EARTH ANGEL/ HEY JUDE/ (I CAN'T GET NO) SATISFACTION)
22 21GUNS
23 MINORITY
ENCORE
24 AMERICAN IDIOT
24 JESUS OF SUBURBIA
25 LAST NIGHT ON EARTH
26 REDUNDANT
27 TIME OF YOUR LIFE


Green Day @ さいたまスーパーアリーナ (10/01/23)

2010-01-26 22:55:11 | Live in Concert
今日は1月23日(土)にさいたまスーパーアリーナで行なわれたグリーン・デイのライブレポートをしようと思います。私は23日、24日と参加しましたが、セットリストは大幅には変わらなかったにも関わらず、1日目と2日目では受けた印象が大きく異なりました。1日目は最新の、まさに2010年のグリーン・デイを目撃したという思いでした。アルバム『Kerplunk』(1992)からの楽曲”2000 Light Years Away”という古い曲まで演奏されましたが、それを含めてすべての曲がまるで『21st Century Breakdown』という物語の一部として再構築されているように感じたのです。

理由の1つはステージが『21st CB』のアルバム通り、”Song of the Century””21st Century Breakdown””Know Your Enemy”で幕を開けた事で一気にその世界に取り込まれたという事です。”21st Century Breakdown”はオープニングに相応しく、だんだんと盛り上がる曲であり、シンガロングする事でクリスチャンと自分が一体化するような感覚を覚えました。この始まりは本当に良かったです。曲が展開する瞬間にニューヨークにも見える都会の煌めく高層ビル群が背景に映し出されます。私達はポスト9.11という現代に生きているのだという事をふと感じさせる演出でした。また、かなり早い段階で演奏された”Static Age”はアルバムの中ではクライマックスに向けて疾走していくような曲なので、まるで物語が終わるところからこの日のライブ、という新たな、そして1日限りの物語が展開する事を予感させる素晴らしい演奏でした。2つ目の理由としては背景のスクリーンとデザインが一貫して『21st CB』のアルバムアートワークを意識したものになっていた事だと思います。



序盤は『21st CB』と前作『American Idiot』(2004)の曲で固められていました。どちらも物語形式をとった作品であり、多くの共通点が見られる事から2つのストーリーが不思議に、絶妙に交差しているのが感じられるのはライブの構成ならではの面白みでした。ライブアルバム『Bullet In A Bible』(2005)では反戦歌として歌われた”Holiday”は戦争、暴動が起きる寸前の緊張感のある現代という背景を『21st CB』の物語に効果的に提供しているようだったし、”Are We the Waiting”は何となくクリスチャンの子ども、或いは少年時代を歌っているようでした。そして、”St. Jimmy”は中でも不思議な感じを受けました。セイント・ジミーは『AI』の主人公、郊外のジーザスの破壊的で怒りに満ちたオルター・エゴですが、彼には明らかにクリスチャンには無い愚直さがあるのです。高速で演奏される音楽のストレートさによって気づかされました。堕天使のようなセイント・ジミーの絵が背景に映し出されていたのが印象的でした。続く”Boulevard of Broken Dreams”はまるで郊外のジーザス/セイント・ジミーがクリスチャンに至るまでの歩みでもあり、グリーン・デイが『AI』から『21st CB』に至るまでの長く厳しい道のりのようでもありました。

中盤は過去のヒット曲を次から次に打ち出す流れで、全く息つく暇が無い寸分の隙も無い演奏でした。そして、最初に述べたようにどの曲も『21st CB』の物語に合致するように思えたのです。特に『Dookie』(1994)からの楽曲がそうでした。『Dookie』の中でまっすぐすぎるほどに歌われているのは、退屈な日常、孤独、(したい)仕事が無い事、逃げ出したい事、などでした。何が価値のある事なのか分からない。まるで現代の中で迷子になり、地団駄を踏んでいる。それは今から考えてみれば現代社会の構造的な問題のせいでもあり、21世紀はそれに拍車がかかっているだけのこと。だから、今でも1994年の楽曲がこれだけリアリティをもって訴えかけてくるのだという事を、この日のセットリストは明らかにしていると感じました。特に印象的だったのは”She”の演奏です。背景にうつむく女の子の白いシルエットが映し出され、それはまるでグロリアであるかのようでした。グリーン・デイは語る術を知らない「彼女」を陰から救い出し、声を与える事で「彼女」をグロリアにした。それはグリーン・デイが私に対してしてくれた事でもあるかもしれません。

定番”King For A Day”とIsley Brothersの”Shout!”のカバーの際にはBen E. Kingの”Stand By Me”、The Beatlesの”Hey Jude”、Rolling Stonesの”(I Can’t Get No) Satisfaction”のメドレーまで披露してみせました。この日は他にもThe Whoの”My Generation”をフルでカバーし、その前にはBlack Sabbathの”Iron Man”のさわりを弾いてみせるなど、自らのルーツであるパンクを大切にしながらも古典ロックからソウル、メタルと幅広いロックの伝統をグリーン・デイが踏襲している事を示していました。

本編最後は再び『21st CB』に戻り、”21 Guns””American Eulogy”というアルバム通りの流れで2曲続けて演奏されました。この2曲は私にとってこの日のハイライトの1つでした。私はやっぱり今回は『21st CB』からの楽曲がどれも本当に素晴らしかったと思います(それだけにもう少しいろいろ聴きたかった・・)。特に”American Eulogy”は最も聴きたかった1曲だったので嬉しかったです。アメリカの問題を追究する曲でありながら、日本にいても共感できる部分も少なくありません。特に”I don’t want to live in the modern world”というラインを一緒に歌う事がとてつもないカタルシスでした。『21st CB』の楽曲の多くがドライブ感のあるものであっても、一抹の哀しさのような雰囲気を持っていて、それはまるで、最後のチャンスに賭ける、という切迫感と真剣さを表しているように思えます。この曲からもその事を強く感じ、ライトが落ちた時には胸がきゅうと痛む気がしました。

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ここからは2度のアンコールでした。”Minority”は私がグリーン・デイに出会った曲で、とても感慨深かったです。また、これも最初に述べた全ての楽曲が『21st CB』の物語と呼応している、という事を強く感じさせる曲でした。私はこれを今までずっと個人的な文脈だけで聴いてきました。中学1年生だった私に少数派でいる事をこれ以上ないほどストレートな言葉で肯定してくれた曲だったのです。でも、改めてこの日聴いているとこれが必ずしもそれだけの曲ではない事に気づかされました。「マイノリティ」というのはアメリカでは極めて具体的なイメージを喚起する言葉です。白人カトリック教徒以外の人々であり、有色人種であったり、異なる信条や性的嗜好を持つ人であったりします。そして1990年代はこうしたマイノリティの権利を強く主張する流れとそれに対する激しい批判が戦った時代でした。また、サビに出てくる”Down with the moral majority”というフレーズも示唆的です。「モラル・マジョリティ」は”East Jesus Nowhere”の記事でも書いた宗教右派の代表的な団体の名前でもあるのです。アメリカにいれば、この曲を聴いた途端に歌詞が持つ含意というのは感じられるようになっている。グリーン・デイは10年も前からきっちりとアメリカと向き合い、あるべき姿に導くために闘う心意気を見せていたのでした。しかも、それがロックに目覚めきっていない、ティーンエイジャーにもなっていない日本の女の子にも勇気を与える楽曲にも仕上がっている事は魔法としか言い様がありません。会場全体の一体感も素晴らしく、感動的でした。最後のアコースティック3曲での終わり方もグリーン・デイが最早パンクの域に留まらない、21世紀を牽引するロックバンドの1つである事を雄弁に物語っていました。最新のグリーン・デイとはつまり、正真正銘のロックバンドとしてのグリーン・デイだったのです。

SET LIST for 2010/01/23 Green Day Live @ Saitama Super Arena

1 21ST CENTURY BREAKDOWN
2 KNOW YOUR ENEMY
3 EAST JESUS NOWHERE
4 HOLIDAY
5 THE STATIC AGE
6 !VIVA LA GLORIA!
7 ARE WE THE WAITING
8 ST.JIMMY
9 BOULEVARD OF BROKEN DREAMS
10 2000 LIGHT YEARS
11 HITCHIN A RIDE
12 WELCOME TO PARADISE
13 WHEN I COME AROUND
14 MY GENERATION (/IRON MAN)
15 BRAIN STEW
16 JADED
17 LONGVIEW
18 BASKET CASE
19 SHE
20 KING FOR A DAY/SHOUT! (/STAND BY ME/ HEY JUDE/ (I CAN'T GET NO) SATISFACTION)
21 21GUNS
22 AMERICAN EULOGY
ENCORE
23 AMERICAN IDIOT
24 MINORITY
25 LAST NIGHT ON EARTH
26 WAKE ME UP WHEN SEPTEMBER ENDS
27 TIME OF YOUR LIFE

rockin' on 編集部日記より引用。