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田舎神職の人生-自然の中で生きる

神明社に奉仕しながら、気ままに生きる日々の暮らしを、生かされて生きることに感謝しながら綴っています。

境内の草取り終わる

2013年06月24日 19時44分24秒 | 神社
 6月に入って神社境内の草が伸びて気になっていました。

 境内と拝殿入り口

 鳥居と参道


 時間がとれたので、昨日午前2時間、午後3時間かけて境内上の段と下の段、途中の斜面の草を全部刈りました。今回は、草刈りにの先にナイロンカッターをつけて買ってみました。石や木の根、凸凹の斜面も気を遣うことなく刈ることが出来ました。ただ、細かい石や土が飛んでメガネをしていても顔や首からシャツの中まで土が入ってしまいました。

 今日は、午前4時間かけて、参道の石段と周りの草を取り、昨日刈り飛ばした草を集めて片付けました。最後に石段と参道をほうきで掃いて仕上げました。
 時計を持たないため時間が分からず、参道を掃いている途中で正午を知らせる柏崎市のチャイムを聞きました。午後は別の予定があったため、最後まで掃き終わって写真を撮ってから家に帰りました。結局家に戻ったのは、12時はなりました。

 氏子も17軒と少ないため、草刈りや掃除はお祭りやお盆の時以外は私の仕事です。いつもこうなっているといいのですが、手が回りません。


どうして二拝二拍手一拝なのか

2013年03月09日 21時38分15秒 | 神社
 神社でお参りするときは、「どうして二拝二拍手一拝なのですか」「弥彦神社で四拍手ですかどうしてですか」と聞かれたらどうするか。先日の教化研修会で神職の話し方が話題になりました。
 私は、「そのように決まっているからです」「昔からそうやって来たのです」と答えます。でも聞いた人は納得しないでしょう。



 私たちは感動や褒め称えるときには自然に拍手をします。神社でする拍手も神様に感謝や喜びの気持ちを伝えるために、音を出すのでしょう。
 普通の神社は拍手は二回です。これは明治40年の神社祭式行事作法に明記されています。この祭式行事作法では、本殿の御扉を開けたり閉めたりするときや、祝詞奏上の前後、玉串拝礼など今よりの拍手をする場が多くありました。そして、昭和17年の改正で今の形になったようです。

 人は喜び事や祝い事など慶事は重なることを願って、拝礼と拍手は二回、四回、八回と重ねて行ってきたのでしょう。正月の鏡餅は二段重ねです。神様にお供えするお神酒の入れ物は一対(二つ)です。しめ縄やお祓いの大麻の紙垂はふつう四垂か八垂に折ります。包み紙も吉事なら二枚重ねで、凶事なら一枚とするのが礼法とされています。
 中国の陰陽説で奇数を陽数として重んじたのに対し、日本では偶数を吉を考えてきたようです。

 普通の神社では、二拍手ですが、弥彦神社では四拍手です。出雲大社や宇佐神宮でも四拍手と聞きます。また伊勢の神宮では四拍手を二回で八拍手、八開手(やひらて)と聞きます。でも、一般の人が伊勢の神宮をお参りするときは、二拝二拍手一拝です。八拍手は神宮の神職が祭祀をやる時の作法で、一般の参拝者がやることは作法に反します。

 他の宗教は手を合わせて祈るのですが、神社神道では拍手をして清々しい音で神様に感謝と祈りを伝えるのです。

 でも、音を立てない拍手もあります。神葬祭の時の偲手、忍手(しのびて)です。死を悼み悲しむ気持ちから二拍手は音をたてません。
 また、一拍手もあります。直会で盃を受けるときや食事の前後に行う拍手は一拝一拍手です。学校の給食では「手を合わせましょう。いただきます。」ですが、神道では、一拍手して「いただきます」です。

 人に尋ねられて時間があったら、こんな話をしたいです。


氏子の除雪に感謝

2013年02月13日 08時53分57秒 | 神社
 今朝、神社の参道を見て驚きました。



 昨日、私は参道入口石段の除雪を残しました。神社からやってきて疲れてしまい、「どうせ今後も雪が降るだろう」と鳥居の下の石段をそのままにして置いたのです。

 今朝見たら、除雪がきれいに終わっていました。スコップで下の道に落ちないように、わきに積んでありました。女性だかもしれません。
 私が最後まで終やさなくて申し訳なかったと思いながらも、黙って除雪をやってくださった人に感謝です。

 除雪をしてくださった人に、神明社の一層のご加護がありますよう祈っています。


 

今日も参道の除雪

2013年02月09日 17時08分35秒 | 神社
 周りは雪でも、国道や県道には雪は少ない。それを思うと、神社の参道に雪があることはあまりいいことではない。そう思って、今日も参道の除雪をしました。



 これからまた雪が降って積もるだろう。誰も神社に参拝する人はいないだろう。と思えばそれまでです。

 でも、私は知っているのです。毎日雪道を歩いて神社まで上がってお参りしているおばあさんが一人いることを。
 たとえ一人でもお参りする人がいるなら、その人のために参道を歩きやすくしよう。

 雪に埋もれている神社よりも、せめて参道がきれいになっている神社の方が、神様に鎮座していただけると思います。
 宮司の私が一番困ることは、神様に見放されて神社から離れてしまうことです。

 終わって、夕方早めに風呂を沸かしてゆっくり入りました。幸せを感じる一時です。


冬も参拝者あり

2013年01月30日 16時05分43秒 | 神社
 雪も落ち着いたので、神社の参道石段の雪を除雪してきました。



 その後、家に戻って白衣に着替えて神社の中の掃除をしてきました。

 外から入れる賽銭箱に、五百円硬貨や百円玉、十円玉などが数個ずつ入っていました。この前、屋根下の除雪の時にはなかったので、その後お参りをした人がいたのです。
 
 氏子が10数軒の山間地の神社ですか、冬もお賽銭を入れてお参りする人がいるとは、とてもうれしいことです。

 誰でもいつでもお参りできるように、参道の雪踏みをしたり石段の除雪をしたりすることは、宮司の務めと改めて実感しました。