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田舎神職の人生-自然の中で生きる

神明社に奉仕しながら、気ままに生きる日々の暮らしを、生かされて生きることに感謝しながら綴っています。

どうして二拝二拍手一拝なのか

2013年03月09日 21時38分15秒 | 神社
 神社でお参りするときは、「どうして二拝二拍手一拝なのですか」「弥彦神社で四拍手ですかどうしてですか」と聞かれたらどうするか。先日の教化研修会で神職の話し方が話題になりました。
 私は、「そのように決まっているからです」「昔からそうやって来たのです」と答えます。でも聞いた人は納得しないでしょう。



 私たちは感動や褒め称えるときには自然に拍手をします。神社でする拍手も神様に感謝や喜びの気持ちを伝えるために、音を出すのでしょう。
 普通の神社は拍手は二回です。これは明治40年の神社祭式行事作法に明記されています。この祭式行事作法では、本殿の御扉を開けたり閉めたりするときや、祝詞奏上の前後、玉串拝礼など今よりの拍手をする場が多くありました。そして、昭和17年の改正で今の形になったようです。

 人は喜び事や祝い事など慶事は重なることを願って、拝礼と拍手は二回、四回、八回と重ねて行ってきたのでしょう。正月の鏡餅は二段重ねです。神様にお供えするお神酒の入れ物は一対(二つ)です。しめ縄やお祓いの大麻の紙垂はふつう四垂か八垂に折ります。包み紙も吉事なら二枚重ねで、凶事なら一枚とするのが礼法とされています。
 中国の陰陽説で奇数を陽数として重んじたのに対し、日本では偶数を吉を考えてきたようです。

 普通の神社では、二拍手ですが、弥彦神社では四拍手です。出雲大社や宇佐神宮でも四拍手と聞きます。また伊勢の神宮では四拍手を二回で八拍手、八開手(やひらて)と聞きます。でも、一般の人が伊勢の神宮をお参りするときは、二拝二拍手一拝です。八拍手は神宮の神職が祭祀をやる時の作法で、一般の参拝者がやることは作法に反します。

 他の宗教は手を合わせて祈るのですが、神社神道では拍手をして清々しい音で神様に感謝と祈りを伝えるのです。

 でも、音を立てない拍手もあります。神葬祭の時の偲手、忍手(しのびて)です。死を悼み悲しむ気持ちから二拍手は音をたてません。
 また、一拍手もあります。直会で盃を受けるときや食事の前後に行う拍手は一拝一拍手です。学校の給食では「手を合わせましょう。いただきます。」ですが、神道では、一拍手して「いただきます」です。

 人に尋ねられて時間があったら、こんな話をしたいです。


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2 コメント

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Unknown (佐藤明史)
2013-03-12 11:39:37
弥彦神社では、私たちが行って参拝する場合、
正式参拝でも、2拍手ですが。。。
一般の方には、4拍手をお願いするそうです。
東京では、いまだ、戦前の旧祭式で行うところも。。
説明する時に困ることがあります。。
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Unknown (栗田明廣)
2013-03-12 17:27:37
今の世の中、説明責任と言って納得するまで説明が必要とされます。でも、本当に大事なことは説明なんてできないものです。
神様を見たことがあるのか。なぜ神を崇め先祖を敬うのか。どうして親を大事にしなければならないのか。
等々。説明なんていらないことではないでしょうか。
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