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読書の森

自由への遁走 その1

ウキヨは熱帯と化し、きな臭い匂い紛々としてます。

どうか拙文で暫し現実をお忘れくださいませ。




定年間近な朝田厳は、最近切実に妻の加奈子から逃れたいと思っていた。
30年の結婚生活は外目には至極円満に見えたらしいが、巌にとって妻の前では忍耐あるのみだった。
狭い自室に入って、内側から鍵をかけベッドに寝転がるのが家での一番の楽しみだった。
ところが、バッチリ合鍵を加奈子に作られて、寝転んで夢想する至福の時間は壊される事に決まっている。

「あゝあ何て汚いんでしょう!不潔!何これ、あなた一体ここで何してんのよ」
「寝転がってるだけだ」
「もっと生産的な事出来ないの!」
「なんだよ、生産的って?今更子供つくれっこないだろう」
「まあいやらしい!そんな事しか考えてないから。あなた早くボケるわよ。こんな汚い男の老後の世話なんてイヤだ!」
「じゃあ離婚しようよ」

「待ってたホイ」とばかりに
何気なく別れを持ち出してみる。
自分でイヤだと言ってた癖に加奈子は派手に怒り出すのである。
「あなた一筋で尽くしてきたのに、私のどこが悪いの。
他に女でも出来たの?
変な女に財産渡すもんか!
離婚なんか絶対致しません」と妄想的になる。
非常にヒステリックになってきて怖いのだった。


加奈子は一見優しそうな美人で、頭もいい。
多少浪費家ではあるが、大企業に勤める朝田にとってダメージを受ける程ではない。

ただし決定的な欠点があった。
それは、甘えて愛される事だけを望んで、夫の愛の証を日々要求するのだ。
言葉でもモノでもハグでも巌が具体的に示さないと機嫌が良くない。

60近い巌は最近妻に擦り寄られるだけでもウンザリしてくる。



新婚当初、今まで真面目一方で女をあまり知らなかった巌は美しい妻を溺愛した。
加奈子は会社でも評判のアイドル的存在だった。
その昔、巌が恋い焦がれてた加奈子に思い切ってアタックしたら、意外にすんなり受けてくれた。
後で聞くと、真正面からプロポーズした男が他にいなかったからだと言う。
安定した生活や妻の座を人一倍望んでいた加奈子にとって巌は実に都合の良い男だった。

新婚当時の事である。
彼は会社で目一杯働き、伝書鳩の様に必ず帰宅して妻にサービスした。
デパートで評判の良い惣菜を必ず買って帰る習慣があった。

若さに任せ、社内でも家庭内でも彼が心身を酷使し過ぎて過労で寝込んでしまった時がある。
その際、加奈子が言った言葉は
「私の食べる物は充分あるから、あなた無理して今日は行かなくても大丈夫よ!」
だった。
「じゃあ僕の分は?」
弱々しい声で巌が尋ねる。
「あらあなたの分よね。食べる気しないって言ってたから用意してない。ミルクどうかしら」
とパックのままの牛乳とコップを出したのである。

ローンで買った一軒家は、駅から遠く重たい買い物に不便だった。
車の運転が下手な妻を案じて、彼は必ず仕事帰りに妻の注文する高価な食材を買っていた。
加奈子はわざわざ彼の為に食材を買いに行こうと言う気はないらしい。

巌は熱で苦しい中、柔らかく冷たい食べ物を口にしたくてたまらない。
「確かに冷蔵庫から出して冷たいだろうが牛乳、しかもパックごとだと。こいつ足りないのか?!
彼は妻を心の中で激しく呪った。ただし怖いので心の中の呟きに終わった。
代わりに言った言葉は
「俺も会社の仕事がキツいから無理は出来ない。これから買い物はお前に一任する。会社の帰りに間に合うよう夕食用意しておいてくれ」

以来加奈子は自分で車に乗り買い物に行っている。
上からの命令には極めて素直な妻だった。







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