こんな時でも彼は背広に着替えてネクタイを締め、ブリーフケースを持って玄関を出た。
休日に相応しいと言う姿でない。
それはともかく戸締りをしなければいけない。
それはともかく戸締りをしなければいけない。
鍵を閉めた。
鍵を開けて置いて物盗りの仕業にするなどの発想は巌の混乱した頭には一切浮かばなかった。
鍵を開けて置いて物盗りの仕業にするなどの発想は巌の混乱した頭には一切浮かばなかった。
彼はゴロンと床に横たわる赤の他人のような女の死体にはとても触れる気がしなかった。

巌は、とりあえず駅に向かって歩く。

巌は、とりあえず駅に向かって歩く。
いつもの駅でそれもいつものパスで改札口を通過、ちょうどきた電車に乗った。
これも馬鹿みたいに、彼は通勤と同じコースを電車で辿る。
ただし、「いつもの駅で降りたらダメ」会社に迷惑をかけるという意識は残っている。だったら全然別コースに行くなんて発想は最初から無いのである。
結局、彼は沿線を乗り継ぎ、ずっと先の見知らぬ駅で降りて、見知らぬ街を彷徨い続ける事になった。
これも馬鹿みたいに、彼は通勤と同じコースを電車で辿る。
ただし、「いつもの駅で降りたらダメ」会社に迷惑をかけるという意識は残っている。だったら全然別コースに行くなんて発想は最初から無いのである。
結局、彼は沿線を乗り継ぎ、ずっと先の見知らぬ駅で降りて、見知らぬ街を彷徨い続ける事になった。
いつの間にか日が落ち、辺りが暗くなった。
「妻を殺したい」と言う衝動をそのまま実行に移してしまうと、今度は「どうしようもない自分を殺したい」と言う思いに苛まれてきた。
高架橋から差し掛かかった彼はぼんやり思う。
下の国道に飛び込んだら、一気に死ねるだろうか?
高架橋から差し掛かかった彼はぼんやり思う。
下の国道に飛び込んだら、一気に死ねるだろうか?
暗闇迫る中、死は魔物の形をして彼に忍び寄ってきた。

ぼうっとしたの巌の背後で女の声がした。
「課長!」
「俺は今は課長じゃなくて部長だ」この後に及んで訂正しようと振り返ると、健康そうな中年の女性が心配そうに見つめていた。
「君は?」
「お久しぶりです。坂本美津でございます。
今はこの辺りに住んでおります」
彼が課長の時に部下だった坂本美津はすっかり面変わりしていた。
華奢だった顔はふっくら肉付き、身体も同様にふっくらよりもでっぷりに近い。
服装も如何にも安物と分かるワンピースだった。
いつもの巌ならスーッと無視するだろうが、今は唯一の救いに思えた。
「、、、」
何か口に出したいが言葉にならない。
「お疲れのようですね。どうですか?ファミレスでお茶でも」
美津は半ば強引に国道沿いのファミレスに巌を連れて行った。
快適な空調と温かい飲み物は瞬く間に巌を正常に戻した。まあマトモに戻ったと言えど、相当頼りない状態の彼は今朝の出来事を洗いざらい美津に打ち明けてしまったのである。